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http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=nnyKkA05nYw更新したいけども文章書く気にもならないから、動画をはっておしまい。見ると勇気が出てくる、そんな動画をチョイスしました。最後まで見ましょう。おーまいがー。
2011.02.23
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ケーキを食いたいと思ったのだ。街のちっちゃなケーキさんってあるだろう。こじゃれた外見のお店で、店の中には甘い香りが漂い、ショーウィンドウにはおいしそうなパンやらケーキが並んでいる。そんなイメージ。幼稚園の頃とか、大きくなったらケーキ屋さんになりたいと言っていた人も中に入るのではなかろうか。ただそんなお店に入るのは勇気が多少いる。別に恥ずかしいとかそういうことじゃないんだ。全然恥ずかしいとか思わない。むしろ恥ずかしい方がどうかと思う。ただ、ああいう店というのは、店に入って何も買わないで出ていくのが躊躇われるのだ。気に入ったものがなくとも、何か買っていかなければいけない。そんな強迫観念に襲われるのだ。それがどうにもならずつらい。
2011.02.22
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駅前の十字路で一人の男性があいさつ運動をしていた。 あいさつ運動とは懐かしい。小学校の頃だったか中学校のころだったか、私も校舎の玄関に立ってした(あるいはさせられた)ものである。 だが、まぁしかし。挨拶というものは中々にいいものではないかと思う。俺が言うなと言う話であるかもしれないが、もし自分に子供ができたならば、挨拶のできる人間に育てたいものである。ともかくあいさつ運動の男性に焦点を戻そう。信号付きの十字路の前で、チラホラ来る人たちに「おはようございます」とそれはそれはさわやかな声であいさつをしている。年齢は20代後半であろうか。私もあいさつをされ、こんにちわと返す。いや、本来はおはようございますと返すべき気であろうが、いかんせん文句が長い。ですので私はこんにちわと短く返したのである。驚いたことにその男性。人にあいさつをし終えたら、道路を走りぬける車一台一台にまで挨拶を始めたのである。これには私も驚いた。時速40キロくらいで、しかも相当数の車が駆け抜けていく道路である。その通り過ぎていく一台一台に、男性はおはようございますと挨拶をするのである。たいしたものだ。いったい何をこの男性がここまで駆り立てるのか。信号が変わり、あるき始める人たち。私もそれにならって歩き始める。すると後ろから「いってらっしゃい!!」という声が聞こえてきた。なんと清々しい。挨拶は心を豊かにしている気がする。ただ一つ気になったこととしては、男性の近くに立てられた2本ののぼりである。片方は、挨拶で地域の笑顔をつんちゃらかんちゃらーといった内容で、なるほど、頷けるものである。もう片方にはただ一言。「地産地消」とだけ書かれてあった。しかも太筆字で。まったくかけ離れた言葉とも言えないが、あいさつ運動と地産地消。うーん。どのように解釈したものか悩む言葉である。清々しい気分はそこそこに。私は新しいテーマに頭を悩ますのであった。
2011.02.10
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仙台の街中を歩いていたら学ランに黒のサングラスをかけた高校生に出会った。どう見ても似合っていない。 「それはひょっとしてギャグでやっているのか?」と心の中で呟いたのはここだけの話である。
2011.02.09
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まずは何も言わずにこれをやってみてほしい。この記事の後半はこれをやってから読んでほしいものだ。私の恋愛身分証明書いやぁ・・・。私の結果を見てみようか。あなたの恋愛とは・・・女性にうまく近づけないまま終わる恋愛である。ほほぅ・・・。【普段の人柄】お気楽、甘えがない、適当、女扱い下手、情に厚い。ははぁ~。【恋愛で出る人柄】マイナス思考、誤解されやすい、理屈っぽい、癒し系、ツンツンした態度。ふ~む。愛される上手さ △ 心の余裕 ○ 相手の気持ちへの理解 △セクシャリティ △ 愛する上手さ △女性への自信 ×自分の気持ちへの理解 ○ポジティブさ △ほほぉ。【恋愛における長所】少しとっつきにくいが、慣れ親しんだ後は優しさと思いやりを発揮。余裕さえあれば相手を包むような振る舞いも可能。あ~。【今後の課題】女性に興味があるわりに、女性との接し方は下手で、近寄らせない雰囲気あり。自分のプライド維持に必死すぎる。余裕が必要。むー。恋愛初期(出会い~付き合い始め) 優しくされるとかなり弱い。女性の笑顔を見るだけで、すぐに心臓を撃ち抜かれる。男性だが、わりと甘えん坊。年上には特に恋愛感情が起きやすい。恋愛中期(付き合い始め~半年) 彼女のことを好きになると同時に、不安が襲ってきて束縛などをしはじめる可能性がある。好きなわりに相手が悪いかのような気になって素直にはなりにくい。恋愛後期(それ以降)喧嘩をふっかけながら、相手の心が離れていく。相手が他の人に心を奪われることを「裏切り」と感じることも。素直に好きだとは感じられなくなっていると思われる。【アドバイス】◆ 強気だったり心に壁をつくっているその態度の裏に、隠したはずの臆病さがにじみ出ています。自分の弱さに向き合いありのままを受け入れるところから始めましょう。◆ つい文句を言ってしまったり、嫉妬したりして、相手を自由にするということが苦手なようです。そのわりに素直になれないので、まずは不安を素直に伝えられるようになりましょう。◆ まるで女性が異星人かのように遠くに感じられているかもしれません。男性への接し方と差がありすぎかと思われますので、等身大の女性というものをもっと把握する必要があります。上記を考慮し、恋愛総合力を 30点 と認定する。 ぬふぉぉぉー。
2011.02.05
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八百長も、あと一歩進んだら801になるわけで、いやそんなことはどうでもいいのだが。相撲の八百長が騒がれているね。八百長は根本的な問題だよね。見ている方も馬鹿らしくなってくる。春場所を中止にするという案が出ている。野球賭博の際、中継中止になって俺は猛烈に反対だったが、今回の場合は中止に賛成だねぇ。面白い取り組みだろうが「どうせ八百長だ」の一言で全部冷めちゃうからね。見ていてつまらないのだ。そんなものを見ていてもしょうがない。疑いを晴らそうとして晴らせるもんではないが、一区切りつけてからでないと見る気は起きない。とりあえず関係者全員解雇して話はそれから。
2011.02.05
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パソコンのディスプレイが壊れた。画面が表示されるにはされるのだが、全体が赤いフィルターを通したような感じになっておりとても気持ちが悪い。目が痛くなる。とても長時間見ていられない。ちなみに言うと、ディスプレイとモニターはほぼ同じ意味である。今日の記事ではディスプレイと言ったりモニターと言ったりするだろうが、指がそう動いただけで別に深い意味はない。そんなわけで、これははたしてディスプレイの故障なのであろうかと、嫌々ながら赤い画面を見ながらいろいろ調べてみる。するとやはりディスプレイの故障らしいことが分かった。しょうがあるまい・・・。ディスプレイを新規購入するかぁ・・・。そう思い、色々算段を巡らす。今まで使っていたモニターはdellの4:3モニターである。大きさは19インチなのでそこそこの大きさ。出力端子はdsub端子のみ。正直なところ、不具合が出るまで特に不満をもったことはなかった。しいて言えば、ウインドウを複数表示するときに、もうちょいと広ければいいかなと思ったことはあったが、別にそれで困るといったことはなかった。じゃあ同じようなものを買えばいいじゃないかという話なのだが、どっこいそうはいかぬ。今年の7月に地デジ完全移行が始まる。別にテレビなどなければないで生活にさしたる障害はないかと思うが、やはりあった方が良い。私が現在使っているテレビは無論地デジなど対応していない、古くて小さいブラウン管テレビである。そのうち砂嵐しか見えなくなる。この古っちいテレビにチューナーをいれて地デジを見るのか?それはナンセンスであると思うのだ。地デジを見るからにはちゃんとした地デジ画質で私は見たい。では地デジ対応テレビでも買うのか?いいや、それは高すぎる。そうだ!パソコンのディスプレイに地デジチューナーをつけてテレビを見ればいいではないか。というわけで、ディスプレイが壊れたこのタイミングで、地デジ移行に本腰を入れようと私は考えたわけである。っつかね、画面一つで全部まかないたいの。俺は。PC、テレビ、ゲーム、全部。で、結論としてはディスプレイと地デジチューナーを買うのがベストかなと。他にも素人知識ながらいろいろ考えたんだ。地デジテレビにPCを出力だとか、PC用のチューナーを購入するとか。でも値段だとか使い勝手の悪さとかいろいろ考えたらこりゃだめだと思った。さて。ではではディスプレイとチューナー選びである。ディスプレイは購入を決める。BenQ 21.5型ワイド液晶ディスプレイ E2220HD台湾のメーカーである。acerの子会社。安い。1万4000円。出力端子が多い(hdmi×2)。ちゃんとしたメーカーのもの。この値段なら、録画可能な地デジチューナーを買ったとしても、同サイズの地デジテレビを買うより出費が安く収まる。もちろんエコポイントを計算に入れた上で。hdmi端子が2個あるから、一つは地デジ用で、もう一つゲームでも何でも好きなものを接続できる。PC用の端子もちゃんとある。まぁ、それは当り前のことだが。別になくてもいいが、ディスプレイにもUSBが4つ繋げられる。ノングレア。いわゆる非光沢。ちょうどいいサイズ。見た目もカッコイイ。薄型。糞音質であるがスピーカー付き。新たにスピーカーを買う手間が省ける。んでんで、国産じゃなきゃだめだ―という方も多かろうが、十分に信用できるくらいに有名なメーカーのものだから、それでいいじゃないか。以上の理由で決定。同サイズで同じ値段帯の国産品iiyama21.5インチワイドとも悩んだが、hdmi×2というのが決め手となり、benqを購入。地デジチューナーについてはしばらく見送り。いま一つ決定力に欠ける商品ばかりである。今後、新しい商品が発売されることを期待して、しばし静観。品薄になったところで、切羽詰まってるわけでもあるまい。今はとりあえずディスプレイさえあればいいやと思うたのだ。そんなこんなで長々話したが、先日ようやく注文したディスプレイが届く。接続する。そこで、まぁ、衝撃的な事実が分かったのである。なぁんと、今まで使っていたdellのモニター壊れていなかったのだ。単に接触不良起こしていただけで。そういやぁ、模様替え&PC清掃をしていたときに、いい加減に接続していたわけで、よく見たらケーブルが半差しの状況であった。奥までグッといれたらモニターは今まで通り、きれいに映っていた。( ゚Д゚)ポカーン あぁ、そうだ。デュアルディスプレイやってみよー!あれかっこいいんだよねー!と思ったが、そもそもうちのグラボじゃできない。っつかするだけのメリットがない。結果として、19インチのdellモニターだけが残った。まぁ、このモニターじゃ地デジチューナ繋げられないから、いずれ買い換えたのだが、なぁんというかなぁ・・・悔しいというかなんというか。もしね。欲しい方がいたらコメントしてください。タダではあげません。2000円くらいで売ります。あるいは俺がヤフオクでさばいてやるぜ!!ひゃっほーい!!という方がいましたらコメントしてください。連絡なければそのうちハードオフに二束三文で売ります。DELL SE197FPfサイズ 19インチTFT SXGA(1280×1024)表示色 1619万色(擬似フルカラー)入力端子 D-Sub15pin×1スピーカー なし外形寸法(mm) 幅413×奥行144×高さ40.1質量 4.1kg発売年月日 2006年12月発売時実勢価格 29,700円見たところドット欠けはなし。キズなし。汚れあり。
2011.02.05
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楽天ブログには「お気に入りブログ」という機能がある。なんと説明していいやらわからぬが、簡潔に言うならば、楽天ブログ内のみのブックマーク機能である。普通にBOOKMARKがあれば十分だと思うので、私はその機能を一切使っていない。表示すら目障りなので、設定をいじってトップページに表示すらしないようにしている。でも、ブログの管理ページに行くと「お気に入りブログ」の管理画面を見ることができる。さらに。自分のブログを「お気に入りブログ」に登録している人まで確認できる。私のそこには、私の知人のブログが数件のっているだけであった。しかし・・・。そこに先日見慣れぬブログがあらわれた。誰だこれ?私の知らぬ人が、どうやらこのブログを「お気に入りブログ」に登録したらしいのだ。なんてこったい!!とにもかくにも、このブログを気にいったらしいその人のブログを見に行く。~ぶりポン世界のはてへ~ 1997年生まれの男の子。なるほどー。ブログを見ても、学校のことやら好きなゲームの話やらのことが書かれていて、等身大の小学生、いや中学生?っぽい。プロフィールをよく見てみると、2007年にパタポンの声&歌担当とある。そもそもバタポンって何?と思って調べたところPSPのゲームらしい。ってこたぁ、この少年は声優なのか?と思って過去の記事を探ったら、サインがどうたらこうたらの記述がある。なもんで「パタポン 声優」でググったらちょっとした情報が出てきた。どうやらパタポンというゲームの声を担当したというのは本当のようだ。いずれにせよ。13歳くらいの小学生or中学生の男の子がこのブログを見てお気に入りに登録したわけである。これは驚きですよ?最後に。この少年のブログの「お気に入りブログ」蘭を見てみた。私のブログの画像が異様で、なにやら申し訳ない気持ちにすらなった。
2011.02.04
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昔、NHKでやっていた「パンをふんだむすめ」というのをご存じであろうか。私は幼稚園でそれを見せられた。とてもとても怖くて、本当に怖かった思い出がある。なかでも最後に流れる「地獄にお~ち~たー」という歌には底知れぬ恐怖を覚える。それを先ほど思い出したのでここに書く。あらすじ貧しい母親と暮らしている少女インゲルは美しいが高慢な少女であった。ある日インゲルは金持ちの老夫婦に見初められ、養子として貰われていき、毎日毎日綺麗な服に身を包み幸せに暮らしましたとさ。ところが老夫婦が、たまには母親に会っておやりと、インゲルを着飾らせ、パンを1斤持たせてインゲルを里帰りさせる。嫌々ながら故郷へ向かうインゲル。故郷へ着いたインゲル。だが彼女は道の向こうに母親を認めるや、そのみすぼらしい姿に逃げ出してしまうのである。インゲルを追う母。逃げるインゲル。ところが逃げるインゲルの行く手にぬかるみが立ちはだかるのだ。真新しい靴を汚したくないインゲルはここで策を講じる。持っていたパンを足がかりにぬかるみを渡ろうというのである。インゲルはパンをぬかるみに置き、その上に足を置いた。ところが、その途端に、パンもろともインゲルの体はぬかるみにずぶずぶと沈み、二度と浮き上がることはなかった。ここでこの曲が流れる。パンをふんだむすめこの話。ちゃんと続きがあるらしく、最終的にインゲルは小鳥として生まれ変わり、いろいろあって天国へと向かうらしいのだ。ものを大切にしなくてはいけませんよという教訓にはなろうが、それ以上に深刻な何かを脳裏に刻みつける番組であった。
2011.02.04
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先日のこと。私は近所のスーパーにいつものように買い物に行ったのだ。いつものように入り口のドアをくぐると、長い虫取り網をもった店員のおっちゃんが立っていた。なんじゃこらー。すっげー不審な目を店員に向けつつ、買い物をする私。何かの気配を感じ上を見ると、白い鳥がバサバサと羽ばたいていた。I see.私はこの異変の現況を知った。どうやら鳥が一羽店内に入り込んだらしい。白と黒の羽をもち、手を広げた時の親指と小指の先までの長さほどの鳥である。虫取り網のおっちゃんは鳥を見つけると、それを拿捕せんと駆ける。駆けるとはいっても、全力で走ったらお客様の迷惑になるから、必然と「シュタタタタ」という擬音が似合う忍者走りになってしまうのだ。そして、いざ鳥に近付くと、鳥は羽ばたき店内のどこかへと飛んで行ってしまうのだ。広い店内。一度見失うと再び探すところからやり直しだ。これが犬猫の類であれば、追いかけて挟み撃ちなどということも可能であるが、鳥が相手では追いかけることも挟み撃ちにすることも無意味である。いつ捕まるかもわからぬ絶望的な鬼ごっこをするしかないのだ。私を含め、お客様は見ていて楽しい。そしてなぜか鳥を応援したくなってしまう不思議。追いかける店員を見て、「あらあらたいへんねぇ~」といった風。目も前に鳥が出てきて驚いたご婦人に、近くの老人が「店員が捕まえようとしているのさ。」と丁重に教えてあげる。自分が捕まえようという気は毛頭ない。毛もなかった。肉コーナーで私の目の前に鳥があらわれた。もちろん私も捕まえる気はないので、立ち止り鳥を見守る。鳥は棚の陰に隠れる。すると虫取り網をもった店員がやってきた。私「そっちに行きましたよ」店員「そうですか。ここら辺(肉コーナー)が好きらしいんですよ。見つけてもすぐに逃げてしまって」私「大変ですねぇ(藁)」店員「本当にもう・・・」そして鳥に突撃し、鳥は再び飛んで逃げて行った。野菜コーナーの方向へ飛んで行ったが、もはやその姿は認められない。店員はため息をついた。買い物を終えた後、店内を見渡すと、鳥はまだ空を飛んでいた。虫取り網のおっちゃんは、もう嫌だ・・・といった感じで立ち尽くしていた。そんなちょっと違った日常のお話。
2011.02.04
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友人からパズルをいただく。 壁に飾るものが前々からほしいとおもっていたのだ。 1000ピースのこれは実に見栄えがよく、趣味もよい。 いいものをいただいた。
2011.01.24
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どこで髪を切っているのかと聞かれたとき、美容院と答えると驚かれるときがしばしばある。 別に驚くこたぁないじゃねぇかと思うが、驚きたい気持ちは分かる。 先日その美容院に行く。 もちろん、髪を切るのに金を投資するよりは、寿司をたらふく食べることに金を費やしたいと考える私。 美容院に行くといっても、カットモデルとしてであり、要するにタダできってもらえるのだ。 親がハゲてるからか、私が真実に紙が薄いからかは分からぬが、小学生からハゲと言われた私である。 実は最近抜け毛が気になってきた。 育毛剤だとか、髪の毛によい食品などなど、それらに手を出すのははばかられる。ハードルが高いのである。 だから、できることから始めようと私は考えた。 そいで、まぁ、シンプルに言えば、シャンプーの仕方を美容師の方に教えて頂いたわけだ。 教えて頂いた内容はとてもシンプルである。 ・よく泡立てること ・頭皮に塗りこむような感じにシャンプー ・泡だとかはしっかりと流す ・マッサージはしてもしなくてもどっちでもよい なるほど。これは分かりやすい。 別にこれをすれば髪が生えるというわけではないが、普段の何気ない動作を正しく行うのは、何かにつけて大事ではないかと思う。
2011.01.21
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この前センター試験があった。 受験とはとても懐かしいもので、雪道を歩く受験生を見ては当時を思い出す。 受験生頑張ってねと、心の中で応援しようかと思ったが、 あー、今電車に乗るために駅の待合室にいるんだが、目の前で高校生カップルがいちゃいちゃしている。 受験でどんなに頑張って、いい結果を出そうが、俺はいちゃいちゃしているカップルの方がうらやましいと思うね。 だから、受験を頑張るより、色恋に励んだ方がいいと思うんだ。 まぁ、冗談だがね。いや、本気も含んではいるが、なんというか、他人事だからもうどうでもいいや。 受験生に言ってみる。 俺「キットカットできっと勝つど!!試験が始まっても慌てずに落ち着くんだぞ。」 受験生「きっとカットされるんだ!足きりだ!いや、慌ててはいけない。落ち着くんだ。おち・・・落ちるだって!なんてことだ!もうだめだ!」
2011.01.19
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自動ドアの前に立ってもドアが開かない。 そんな時はないだろうか。 え…?ない? ないの? 自分はけっこうあるんだ。 別にドアが壊れたわけじゃない。 開かないなー、と思って別のドアに行く。 その時に他の人が開かなかった自動ドアに近づくと、何事もなくスイーッと開く。 なにこれ。 「自動ドアに認識されない男」って、なかなかかっこいい二つ名だなと思った。
2011.01.11
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混浴風呂について考える。俺の調べによると、大抵の混浴の温泉宿には男湯と女湯がちゃんとあり、その上で混浴できる風呂場もある。もちろん混浴しかないよって温泉もあるけどね。つまり混浴に入りたくないなぁって人は、無理して混浴に行かなくても、男なら男湯で、女なら女湯で、その温泉を楽しめてしまうわけだ。無理して混浴に入る必要性はない。←重要まぁ、もちろん、温泉好きの人は、違った湯船を楽しむ、入れるものには全部入る、というのもあろうかと思うが、そのパターンはつまんないので今回は無視する。文書まとまんね。書くのめんどくせ。だから要点だけ。男は女の裸を多少は期待して混浴に行くのでないか。混浴に行く女は、男がそういう下心をもっていることを十分承知しているはずである。このとき女は、下心をもっている男に対してどういう気持ちでいるのであろうか。←争点いろいーろ考えたが、どうにも文章にまとめられなかった。もうちょい考えを煮詰めにゃいかん。
2011.01.10
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あけましておめでとう。 昨年の紅白について思うことを述べよう。 歌の力とか、メッセージだとか、つながりだとか、感動だとか。 どうしてそういう言葉をツラツラと言うのか。 悪趣味な演出がなくなってよかったと思えば、今度はイマイチ理解に苦しむ感動のバーゲンセールに方向性を変えたようだ。 「感動的な歌でした。歌の力、あらためて感じました」 「歌のメッセージ、きっと世界中に届いたことでしょう」 などなど。 いやぁ。 そんなに感動を押しつけないでいただきたい。 そんでこんな台詞を台本を読むが如く棒読みするのはいかがなものか。 無理にその気になろうとしてもしらける。 茶番も甚だしいと思ったが、それはいまに始まったものでもないか。 夢を見ず。
2011.01.01
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書きたいことはないが、年の最後だし日記をかかんとす。 今年を振り返ろうと思ったが、あまり思い出したくもないのでやめよう。 じゃあ来年の話でもしようと思ったが、暗澹たる心地がするのでやめよう。 じゃあ今の話をしようと思ったが、書いてて面白いこともないのでやめよう。 過去、現在、未来において書くこと、書きたいことが何もない。 いっそわけの分からぬ妄想でも書こうかとも思ったが、年の締めがそれではあまりにむなしい。 ここ最近で一番よかった出来事を思い出そうと頑張る。 あぁ、あれだ。 雪が積もって少し溶けてビシャビシャになった道路。 他の人が悪戦苦闘している中、自分一人ゴム長靴でどしどし歩く。 もう自分は無敵ではないか!と喜びにうち震えた。 これが最近のよかった出来事だね。 なんとくだらぬ。 だめだ。こんなことでこの年のブログを締めるのは本意でない。 が、雪と長靴だけで喜びにひたれるというのは、普通にはできぬ、とても凄いことではなかろうか。 いやいや、どう考えても脳内お花畑なだけであろう。 そういう声があることを私は否定しないよ。 でも、雪と長靴だけで喜びにひたれるというのは、普通にはできぬ、とても凄いことであるという可能性を完全に否定することは何人にもできぬ。 ふむ。 とすればこの一年は、雪と長靴だけで喜びにひたれるという、常人には容易にできぬ至高の境地かもしれないものに私が達する事ができた。 というだけの価値があったのだろう。 ああ、実に有意義な一年であった。 今日は大晦日。 初夢にドキドキワクワクで眠れない。 おいみんな。 いい夢みろよ!!!! といって、今日の日記は完成するところだったが、ちょっと待てよと私は考える。 皆さんの来年の幸せを祈るか否かは別として、初夢くらいちょっぴり馬鹿だったり、混沌とした夢でもいいんじゃないか? 少なからずそっちの方が俺は楽しいぞ。 はい。決まりました。 皆さんが、へんちくりんな初夢を見ますよう、お願いし、今年のブログの締めとさせていただきやす。 いい夢みろよ!!!!ヾ(≧ω≦)ノ
2010.12.31
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たまにエロゲをするのも悪くないと思い、エロゲをすることにした。とはいっても、エロゲを買うのは金がもったいないし、友人からもらうのも面倒くさい。そういえば、昔。あんまりにも展開が鬱すぎて、途中でやめたエロゲがあったな。あれをプレイしなおしてみるか―。・・・で、今挫折したところ。いと悲し。銀色
2010.12.28
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幸せとはなにか。例えば今日はクリスマス。多くのカップルは笑顔に満ち、蜜のように甘い時を過ごすことだろう。一方で独り身の者はカップルたちを羨み、憎しみの呪詛を唱えながらこの日を過ごすのだ。多くの人は思うことだろう。前者は幸せであり、後者は不幸であると。だが考えてほしい。クリスマスをカップルで過ごすことは、独り身でクリスマスを過ごすものより幸せだと本当に言えるのであろうか。もしやすると、孤独にクリスマスを過ごすというのはとてもとても幸福に充ち溢れた行為であるかもしれない。よしんば孤独は不幸であると大多数が答えたとしても、実は幸せであるというその可能性をいったいだれが否定できようか。その男は考えた。クリスマスに、他の誰よりも孤独で、それでいて幸せに充ちた時間を送ってやろうではないかと。で、家で一人チーズフォンデュやれば、相当孤独なんじゃねぇのか?と思って、実際にやろうとしたんだが、どうあがいても幸せな気分に浸れそうにないのであきらめた。だが一つ。気付かされたことがある。そういうくだらないことを考えている時の自分は、他の誰よりも幸せに違いないということだ。
2010.12.25
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クリスマスに向けて、ブログのトップページをクリスマス風にしました。クリスマス終わったら元に戻します。ハッピーメリークリスマス!!
2010.12.22
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今年のオリコントップ10を嵐とAKBが独占したそうな。音楽について全然詳しくない自分が、この結果について「日本音楽界終わったな」という発言をするのは、何者かからの反発を招きそうなので差し控えたいと思う。思うにはファンの力強さだろうと思う。ジャニオタ。AKBオタ。どちらにもお近づきにはなりたくない。近づきがたく、私には理解しようもない思想が流布していそうである。実に一方的な偏見である。この前コンビニでこんな高校生たちの会話を聞いた。「こんなことしてっからAKB次誰が脱ぐとか言われるんだよ!!」果たしてこれはAKBを応援している声なのだろうか。馬鹿にしている声なのだろうか。甚だ疑問ではあるが、どちらでもいい。アイドル。アイドルオタがいったい何を目指してアイドルを追っかけるのかは非常に興味深いところ。普通、男が女性を好きになった場合、その目指すところは交際であり性交であり結婚なのだろう。でも、オタの人たちがそれを目指してるかと言えばそうでもないでしょ?いったい何を目指してるのかなって。終着点は何?・・・とかいろいろ考えてさ、いろいろ調べてたわけよ。俺にゃあ一生かかっても理解できそうにない。もっともそこまで難しく考える必要もないかとも思うが。無駄な思考はしてもしょうがないので今日の記事はここまで。
2010.12.20
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この前テレビでオペラ座の怪人を放送していた。こういうミュージカル的なのもたまには悪くないなと思って見てたんだが。。。つぼった。もしもだよ。この映画を小学校のころ見てたら、俺は間違いなく「オペラ座の怪人ごっこ」をし、中学校のころに見ていたら間違いなくオペラ座の怪人風に中二病をこじらせていたことだろう。俺「歌え!!俺のために!!音楽の天使よ!!歌うのだ!!!」俺「俺の顔を・・・俺の顔を見るんじゃない!!!」俺「私はいつも君のそばにいるよ。いつでもね。そう、君の心の中に・・・。フフッ!」周囲「うわぁ・・・」オペラ座の怪人は超かっこいい。冷静に考えたら相当キモイやつだが、愛してた女をイケメンの金持ちに奪われたと考えると涙が出てくるね。最後にリンク張っておきますよ。100回リピートして聞こう。http://www.youtube.com/watch?v=ygKUSvtqZyk
2010.12.19
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荒らしとは、不特定多数が利用可能なインターネット上のコミュニケーションリソース(掲示板・チャット・ブログ等)において、他人が不快に思うような書き込み・発言をする者を指すネットスラングである。転じてそのような行為・行動そのものを指す場合もある。このブログもまた荒らしの経験がある。何を書いたかは忘れたが、あのときは意味不明な文字の羅列を延々とコメントで書かれた記憶がある。削除したかどうか覚えてない。消すの面倒だったからそのまんまだったような気もするが、過去の日記整理した時にまとめて消しちゃったかもわからぬ。とにかく、だ。荒らしって時間の無駄だと思う。書いてることに文句があるなら、わけわかんねぇ荒らしじゃなくてちゃんと意見をしろ。嫌がらせしたいんだったら・・・まぁ、別に荒らしもいいんじゃない?それで荒らした人の心が晴れるのならば、僕は喜んで荒らしを受け入れようではないか。荒らしに対して反応する人がたまにいる。荒らしに向かって「荒らしてんじゃねーよ、ボケかす」みたいに反応するのだ。よく「荒らしに反応する人も荒らし」っていう人がいる。荒らしに反応することで荒らしの感情を逆なでし、荒らしを激化させるからという理屈らしい。分かんないでもないが、荒らしに対してはスルーするよりも反応した方が楽しいと思うんだよね。最初からスルーだと、荒らしもつまんないし自分もつまんない。お互い不満が残って消化不良になっちゃうでしょう。お互いがリアクションしてどんどん荒れちまった方がお互い罵詈雑言吐けてすっきりすると思わないかい。飽きてその時初めてスルーすりゃいいんだ。一つ言えることはいずれにしたって時間の無駄だっていうことだね。
2010.12.17
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寿司をむしょうにに食いたくなった。とってもとっても食べたくなったのだ。ここ最近は寿司食い放題の店によく行っている。1400円で食い放題。しかも回らない寿司屋さん。とてもうまい。そんな神様みたいな店があるので寿司にはあんまり困っていなかった。まぁ、月に一度しか食い放題を実施してないから、必然的に月に一度しか行けないのだが、それでも私にとって十分だった。その寿司屋さんに今月行かなかった。そして今日思った。自分は寿司に飢えている。寿司を食いたいと。次に私は悩む。どこでどうやって食べる?あんまり金は使いたくない。スーパーのパック寿司?回転寿司?宅配寿司?結果としては回転寿司に行くことにしたんだ。パック寿司は割高な上にまずそうだし、宅配寿司はおいしそうだけど高いし。回転寿司はそんなにおいしくないだろうけども、割安だろうからね。そう。実際のところ値段しか頭にはない。安かろうよかろう。そんなこんなで1人回転寿司(かっぱでない)に行く。一人回転寿司なんて初めてなので少しドキドキ。平日の昼1時半くらい。2つあるレーンは一つしか回っていない。客はボックス席に3組とカウンターに1人。どうやら一人寿司は私だけではないようだ。謎の安心感。寿司があんまり回ってないので店員のおばちゃんに握ってもらい、8皿でお会計。ぶっちゃけね。一人寿司が初めてだからって特に面白いこともなんもないんだ。よく考えたら俺一人で寿司を食いに行ったという、ただそれだけの話じゃねぇか。こうして、何もなく一人寿司デビューは終わった。寿司屋の匂いっていいよね。
2010.12.17
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兄が再び車をダメにした。凍った路面を運転してスリップしてドーン。幸いにも怪我はなかったらしいが廃車となった。2年間のうちに2台を廃車にするとは。この男、恐ろしい。というか笑えない。1台目の時は「ばっかで―」とか言って、事故の様子を撮影した写真を見て馬鹿笑いしたが、2台目は笑えない。うん、笑えない。兄の心中察して余りある。しばらく運転控えるらしいというか、車自体買わないことにしたらしい。それがよい。健康が何より。
2010.12.13
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草食男子が増えているというニュースをよく聞く。いや、別によく聞くなんてことはないか。たまにニュースで聞く程度かな。草食男子という言葉を使う人たちのことを考えた。そもそも草食女子があの男は肉食だ草食だと話しあうのは想像しがたく。であれば、男を見て草食だの何だのとブツブツ言っているのは肉食女子たちであるわけで。さらに言えば、「草食男子が増えている」と感じるということは、今の世代の男も昔の世代の男も知っていて、かつ、未だ男に興味あるわけで。以上から察するに、草食男子があーだこーだ言っているのは、未だ結婚できないでいる3,40代のオバサマ達なのではなかろうか。この考えに至った時、私は思ったのだ。草食男子がどうこうと言うのは、結婚できない売れ残り女性の僻みや言い訳だったのか、と。っつか、増えているのは草食男子じゃなくて肉食女子なんじゃねぇの?
2010.12.11
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途中まで書いてて、間違えてF5押して文章全部消えた。マジうけぴー。うぇーい!ポイポイポイポポイポイポピー(^q^)そんなわけで、まともな更新する気も消え失せたので、コピペでも張って終わろうかと思う。63年生まれとは幼少の頃から両親のファミコンをやって過ごし、小学校に上がる頃にスーファミを買ってもらった世代である。タイトルで言えば星のカービィ夢の泉の物語、マリオペイントあたりの単語に反応する。コロコロコミックがひとつの全盛期を迎えた時代、ミニ四駆、ビーダマン、すげゴマ、ハイパーヨーヨー・・娯楽に使う時間が足りないレベルだった。たまごっちブーム、そして所謂ポケモン世代であり、それに影響を受けて爆増したその手のゲーム、デジモン(元の)、モンスターファームあたりのプレイ率も高い。PC、携帯電話の急激な普及時期に育った世代でもある。中高生が携帯を持ちはじめたのがこのあたりの世代。ネオ麦茶と共に、2ちゃんねるが良くも悪くも勢力を急拡大した頃。同時に2001年頃からの深夜アニメ、萌えアニメの発展期。総じていえば、圧倒的にオタクが多い年代と言って良い。経済学的にはバブル崩壊と同時に産まれてきたような世代とされるが、実際の庶民の生活は小学校低学年くらいまでは良かった。つまり、成長とともに景気が悪くなっていくのを体感した世代でもある。実はリーマンショックだの氷河期だのに「驚き」はない。学業面では週休2日制が途中から始まり、土曜半ドンで昼に家で食う焼きそばの味の記憶はある世代。当時ゆとり教育という言葉は流行っていない。初めてそれを実感するのは高校生の頃。受験が今回から変わるって言う事を知った時。授業は非常に混乱があり、教師もどう構成を組むかを考えてる時で、書店に売られている参考書も旧カリキュラムのものが主で、まともにそろったのは高校3年生の頃。こんな事ならかえって旧課程のままの方が楽だったな・・・とか思いつつも受験がそっちなので結局ゆとり第一世代に数えられる。彼等の非常なコンプレックスは、「最近の若いのは」の方に組み込まれる事。ただそれが天皇の崩御がいつだったかという違いであったとしても、平成生まれと一緒にされたくないという思いが非常に強い。「あれ?○○君って平成生まれなの?」とかニヤニヤして色んな所で聞かれては「一応昭和ですから!!」と半ギレで返した経験が一度はある。
2010.12.04
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昨晩。まぁ、包み隠さずに言うならば私の誕生日だったのだが、私は学部の友人4人と友人宅で飲んでいたのである。酒をしたたかに飲み、ストリートファイター2に興じ、ノンノンと話していた時、ヤスにメールが届く。ヤス「なんかゼミの女の子からメール来たんだけども」大先生「なんて?」ヤス「打ち上げやってるから今から来ないかって。今日、ゼミで講演会の運営してらんだよ」俺「今から?午前2時は遅すぎやしないか?」エミール「誰来てんの?」ヤス「○○さんと××さんとハナちゃん」エミール「へぇ」俺「行くのかい?」ヤス「うん、行こうと思う。エミール行く?(ヤスとエミールは同じゼミ)」エミール「じゃぁ、行こうかな」そう言って二人は出て行った。大先生「どう思う?」俺「なんかあるね」大先生「だよね。」俺「ハナちゃんってあれだよね。ヤスのことを好きな女の子」大先生「うん。エミールが相談受けてるらしい。ヤスは彼女を鬱陶しいとしか思ってないから実りそうもないが」俺「どうなるかねぇ。っつかエミール行かない方が良かったんじゃないか?」大先生「俺もそう思ったけども、あいつは空気読める人だよ」俺「そだね」グダグダ話して30分くらい経ったところでエミールから大先生に電話が入る。俺「なんだって?」大先生「まだ飲んでるかって。こっちに戻るかどうか迷ってたけども、時間も時間だから家に帰るって」俺「ほうほう。ということは打ち上げの方は・・・?」大先生「空気を察したそうな。ここにいてはいけないと」俺「なるほど。いよいよか」大先生「いよいよだ」20分後。ヤスから大先生に電話が入る。俺「なんだって?」大先生「まだ飲んでるかって。今からこっちに来るって」俺「ワクワクしてきた」大先生「全くだ」玄関のチャイムが鳴り、ヤスが来た。俺「やぁ。どしたの?」ヤス「あー、なんかさ。告白されたんだけども」俺「ほっほー!!そいでどうしたの?」ヤス「いや、断ったんだけどさ」大先生「そっかぁ」俺「一部始終教えてくれないか?」ヤス「打ち上げやってる子のアパート行ったでしょ。なんかさ、飲むっていう感じでもなくて、ハナちゃんと一緒に帰ることになったのさ。」大先生「エミールは?」ヤス「コンビニ行くとか言ってどっかに行った。それでハナちゃんと二人きりになって、告白された」俺「今後の参考にするために聞いておきたいんだが、なんて告白されたの?」ヤス「いや、普通だったよ。好きです、付き合ってみたいな感じ」大先生「そして断ったわけだ」ヤス「うん。俺は、俺が好きになった人と付き合いたいんだ。だから君とは付き合えないって。そしたらめちゃくちゃ泣かれた」俺「こういうと語弊がありそうだけども、いい振り方だね。」ヤス「ありがとう。気まずくなるのも嫌だから、これからもゼミで仲良くしようねって言って別れた」大先生「へぇ」ヤス「なんか・・・疲れた」その後、告白するまでの戦略、および戦術の話をして夜が明けた。
2010.11.30
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俺「俺君!!誕生日おめでとう!!」俺「いやー、ありがとうありがとう!また一つオッサンに近付いちまったよ」俺「はっはっはー。まぁいいじゃねぇか。お前のためにケーキを買ってきたよ」俺「え?マジで?うれしいねぇ」俺「あ、ロウソク足りないわ。10本しかねぇ」俺「いいじゃん。細かいことは気にせんでも」俺「ほい、ライター」俺「はいよ」俺「電気消す?」俺「んー、なんか照れるなぁ。まぁ、消そうか」パチッ俺「うわー。なんかドキドキするわ」俺「ハッピバースデートゥー俺♪ハッピバースデートゥー俺♪ハッピバースデーディア俺♪ハッピバースデー俺~♪」俺「パチパチパチ」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「めでたいな」俺「おめでとさん」俺「クエッ」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「おめでとう」俺「ありがとう」父に、ありがとう 母に、ありがとう。そして、全ての子供達に おめでとう。
2010.11.29
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そういやティッシュが切れそうだと思い、スーパーへ買いに行った。食品コーナーを見ていたら、イワシのかば焼きがやたら安い。これは買いだと思って、トングで袋に詰める。何かサンマ食いたいなと思ったので、さんまもトングで袋に詰める。ティッシュも手に持ちレジへ並ぶ。レジ会計430円なり。・・・金足りNEEEEEE!!!!!!!403円しか入ってねぇ!!そういや通販で金使ったばかりやないか・・・。金が足りないのならしょうがあるまい。いずれかの商品をキャンセルしなければならない。だがどれを?この買い物の目的は何と言ってもティッシュなんだ。俺は今日、ティッシュを買うためにわざわざここまで歩いてきたんだ。だからティッシュを一番優先したいのだ。だが・・・!!だが、しかし・・・!!セルフ袋詰め商品のサンマ、イワシのかば焼きをキャンセルすると言うのか?セルフで袋に詰めた生鮮食品を、「これいいです」と言ってレジに手渡しキャンセルするのか?それでいいのか?本当にそれでいいのか?俺はそんなことしたくないしされたくない。俺にはできない。俺はしない。「じゃあ、これいいです」そう言って俺はティッシュをキャンセルした。帰り道。目的を一切達成することなく歩く俺。だが不思議と、何かをやり遂げたという達成感が胸に湧く。いったい何をやり遂げたと言うのか。否、何もやり遂げてはいない。人はこれを反語という。そして私のことを馬鹿と呼ぶ。
2010.11.28
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めちゃイケで岡村が復帰した。でもなんか声変わってないか?かすれているような。病み上がりだからそんなもんか。
2010.11.27
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昨夜、布団の中で考えていた。クリスマスを一人で過ごすよりも、誕生日を誰にも気づかれず、独り過ごす方がずーっと寂しいと言えるのではないか。いや別に確たる論拠もないが、漠然とそう思ったのである。かの漫画「最強伝説黒沢」の主人公は、自分の誕生日を誰かに気付いてもらうために、わざわざ仕事場のカレンダーの誕生日のところに自分の名前を書き、唐突に星占いの話を始めて自分の星座を高らかに叫んだという。うん。寂しい。どー見ても寂しい。クリスマスクリスマスと憎しみの呪詛をつぶやいている方が、ずっといい。だってクリスマスを恨む人は一人じゃないもの。誕生日は何というか孤独だ。しばらく会っていない知人から、誕生日の時に突然「誕生日めでとう」メールが来ると言うのはとっても幸せなことであると思う。よくもまぁ、そんな細かいことをいちいち気遣えるものだと、私は驚きあきれる。しかしそんな気遣いだけで人一人を幸せな気持ちをするのには十分なのである。そんなちょっぴりの幸せに気付かずにいる人はきっと幸せに違いない。何でもないような事が幸せだったと思うというのは、それが目の前から消え失せてしまった人の弁である。僕はいて座ですよ。
2010.11.26
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思うことその1最近どぶ川の匂いをかがなくなったと思う。昔はいたる所にどぶがあって、外で遊んでいたらボールがどぶに入ってしまい、「くっせー」とか言いながら汚れたボールを洗ったものである。この頃はどぶなんぞ全部ふたされていて、どぶの臭いすら嗅がなくなった。そんなことを、先日どぶの臭いを嗅いで思ったのだ。思うことその2例えば夜中、誰もいない道。一人歌でも歌いながら歩いていたとしよう。そんな時に思わず人が通りかかったとしよう。この時。果たして歌うのをやめるべきか、あるいは気にせず歌い続けるべきか。それが疑問だ。そりゃぁ、歌っているところを見られたら恥ずかしくて、歌うのをやめるのは自然なことではあると思うのだが、何か負けた気分にならないか?やめた瞬間、通行人に失笑されるような気がして気に食わない。ならばいっそ、通行人など気にせず、さらに大声で歌った方がいい。そっちの方が「自分は実に気分がいいのだ。誰がいようが気にならん。むしろ通行人の君にもこの気持ちを分けてあげよう!がっはっは!!」という感じでよいではないか。ただし、やっぱり恥ずかしい。思うことその3人を殺す酒を作ったなと思う。今年の春くらいに作ったリンゴ酒。飲みごろを迎えたので開けることにした。飲んだ。こいつぁ・・・やばいね。前回の反省を踏まえて、甘み成分多めにし、熟成期間を長くした結果、リンゴの風味と相まって、実にフルーティで味わい深い、アルコール度35%の酒が出来上がった。これはやばい。この飲みやすさでこのアルコール度は人を殺すだろうと思った。とはいえ、もうすでに食前酒として自分で飲みきってしまった。900mlしか作らなかったのでしょうがないのだが、もっと飲みたかったなと思う。現在、梅酒も熟成中であるが、うまくいくかどうかは謎である。思うことその4先日、ロシア人の留学生と話す機会があった。会話をしていく上で思ったことが、国語力の重要性である。日本語で一つの単語を言うだろう。するとソノコトバワカリマセーンという場面がどうしても出てくるわけだ。その時、分からなかい単語を簡単な単語に分解して説明する必要が出てくる。これって実に国語力が試されると私は思ったのだ。留学生との会話でこんな話題が出た。なぜ日本人は天気の話からするのか。別にどうでもいいじゃないか。さっさと本題を言えと。ふーむ。おはよう、こんにちわと同じようなもんじゃないかと思うがね。様式美。思うことその5鋼の錬金術師が完結して、最終巻を読みました。そんなにガッツリ読んでたわけじゃないから、論評する気はないんだけども、一読者の意見としては、よい終わり方だったなと思いました。単行本全27巻。この巻数にして実にボリュームのある内容だったと思うのです。あのね、ブリーチとかナルトとかのマンガがあるでしょ。あれらは単行本で50くらいあるよね。でも中身カッスカスじゃね?無駄なほどに長ったらしい戦闘描写があるだけで。いや、これは鋼を褒めているのではなく、むしろナルトとブリーチをdisりたいだけなんだけどもね。50巻もあるナルトとブリーチよりも、鋼の錬金術師の方がずーっとストーリーが語られてると思うんですよ。というか無駄がない感じ?ナルトブリーチは水で薄めたカルピスみたいなんだよね。読むのがひたすらだるい。だらだらした部分除けば20巻くらいに収まるんじゃねーの?引き延ばしすぎですよと思う。まぁ、ストーリーそのものは面白いんだけどもさぁぁ。思うことその6かの双葉山は連勝記録が途絶えた時「未だ木鶏たりえず」と言ったそうな。まぁ、これは有名な話だね。双葉山の連勝を止めたのは安藝ノ海という力士。この人は双葉山を倒して意気揚々と部屋に帰ったそうな。だが部屋に帰って親方にこう言われた。「勝って驚かれるよりも、負けて驚かれる力士になれ」僕はね、双葉山の木鶏もカッコイイと思うけども、親方の言葉はもっといいなと思うんですよ。なんつーか期待と信頼に満ちているなと思う。事実、この後安藝ノ海は見事横綱になります。深イイですねぇ~。思うことその7美川憲一が紅白歌合戦に落選した。えぇぇぇぇ・・・って感じだが、まぁ、別に美川憲一大好きというわけじゃないのでかまわん。ただね。美川憲一対小林幸子の衣装対決は馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、紅白の見どころの一つではあったと思うので、美川落選に少なからぬ驚きを覚えたのである。正直なところ、美川の衣装は毎回毎回悪趣味だと思う。歌が歌だからしょうがないか。幸子は神々しい。ラスボス。思うことその8上の階の住人はあいも変わらずドシンドシンとうるさい。いったい何をしているんだろう?あぁ。ナニをしているのか思うことその9料理が上手というのはどういうことを言うのだろう。別に料理なんざぁ、同じやり方で同じようにやれば同じようなものができるわけで、それで十分おいしい料理が出来上がるわけだ。それはつまり、よっぽど不器用でなければ、またよっぽど難しいレシピでなければ、誰にでもある程度の水準の料理を作ることができるわけで。じゃ、いったい料理が上手ってどんな人のことを言うんだ?考えはいまだまとまっていない。思うこと最後クリスマスまであと一カ月である。そもそもクリスマスは男女でイチャイチャする日ではないというのは、もうはるか以前から語られつくした話である。彼女いない彼女いないと嘆くのは簡単である。だがそれは実につまらなく、情けないことである。またそのような奴に彼女ができないのは当然である。ではどうすれば彼女ができるのか考えようとも思ったが、考えて彼女ができたら世の中苦労はしないし、そもそもそれはとっても寂しいことなのでこの場では控えたいと思う。一つのトピックを提供したい。彼女がいたとしてクリスマスをどのように過ごすのが正しいのであろうか。私の答えは簡単である。彼女とイチャイチャすればよいのだ。クリスマス→なんだかロマンティック→ムラムラ美しいまでに自然な流れではないか。いったいどこに変なところがあるのであろうか。「クリスマスはイチャイチャするための日じゃねぇ!!」という怒りの声もあろうかと思うが、そもそもイチャイチャするカップルのほとんどはキリスト教信者ではないので、クリスマスに何をしようが勝手である。だからクリスマスの本来の意義を盾にガミガミ言うのはお角違いもはなはだしく、ただの嫉妬にすぎない。イチャイチャできる境遇の人々を祝福してこそ、株も上がろうものだし、彼女ができる布石の一つになるのではないかと思う。そもそも、他人を祝福できないものが、自分もその祝福に預かりたいなどと、実におこがましい。恋人同士がカップルでイチャイチャするのは実に自然なことではあるのだが、世の中、そんな幸せなカップルばかりではない。中にはクリスマスに別れるカップルもいるのかもしれない。そのシチュエーションについて考えるのは、クリスマスにイチャイチャするカップルを考えるよりもはるかに難しく、そしておもしろく、実に、実に愉快な想像なのである。一つの今にも別れそうなカップルがいた。もう少しでクリスマスである。このクリスマスは一つのターニングポイントである。クリスマスをどう過ごせるか。もしかするとお互いの中が改善するかもしれないし、またもしクリスマスなのに何もなかったら、それはもう関係が冷え切ったことの証拠であって、いよいよもって別れようという空気になる。だから・・・クリスマス。この日をどう過ごせるか。ほら、この前段階で実に面白いとは思わないかね!!幸せでイチャイチャチュッチュ。もうすぐ楽しみだねワーイ!という脳味噌お花畑のカップルよりも、別れ間近のカップルの方がよっぽど真剣にクリスマスについて考えている。カップルはクリスマスに会う約束をする。片方はクリスマスに希望を込めて、片方はクリスマスに別れを決意して。この気持ちのすれ違い!!すんばらしいね!!!実にドラマティックではないか。この前久しぶりに宗教勧誘の人がきた。たぶんエホバだと思う。冊子を渡してあっさり帰って行った。優しそうなおじさんだった。冊子をちらりと見る。タイトルにこうあった。「クリスマスの真実」おっほぉぉー!!こいつを道行くカップル全員に配布しろぉ!!と、珍しく宗教勧誘を応援してしまったのはここだけの話である。
2010.11.25
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どっちが右でどっちが左かを言葉だけで教えるにはどうすればいいのだろうか。ただただそれを考える。
2010.11.14
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もうそろそろおはようございます。夜と朝の境目からごきげんよう。目が覚めたので、ジョージウィンストンのLonging/Loveを聞きながら緑茶を飲み、私は悦に入る。悲劇について考えたい。悲劇ってのは実に悲しいものである。当たり前ですが。たとえば史実にてしばしば起こる悲劇は、もはや悲しいという次元を通り越すくらいに悲惨だね。ただ、これはもう私の話たいことの次元をとうに過ぎているのでパス。どうしても史実レベルの悲劇を語りたいと言う人は、「映像の世紀」を全集見て感想文でも投稿してください。心中というものがあるね。心中ってのは好き合っている男女がいた→周囲が猛烈に反対する→もうこの世では幸せになれない→一緒に死んで来世で幸せになろう→一緒に自殺→「何で死んでしまったんや」と周囲が悲しむ。大体こんな感じであろうか。一つ思うこととしては、この男女はそこまで悲しい存在ではないということである。だってこの二人は互いの幸せを思って、自分の意志で死んだわけだろう?自分の本望を貫きとおせたわけだから、別にそんな不幸ってわけでもないじゃないか。僕はね、どうにもこういう話は死でうやむやにしている感じがして好きじゃない。悲劇というのは悲しい話であり、大抵は人が死ぬ。ただ、大事なのは人の死の過程である。いきなりポンと死んでも「あら、死んじゃったの?」でおしまい。「どうして死んでしまったの?うわぁぁぁん」というくらいじゃないといけない。だから、まとめて、突き詰めて言えば、「いかにドラマティックに人が死ぬか」が、悲劇の肝であるのでないかと思う。ここで一つ言っておきたいことがある。私は人が死ぬ話が大嫌いである。「?ついてんじゃねーよ」という声もおありかと思うが本当の話である。特に人が死んでお涙ちょうだい的なものはどうにもいただけない。作者の「ここでこいつを死なせておけば悲しいんじゃねーの?」という魂胆が感じられるようで気に食わないのだ。死んだという事実を「悲しい」の一言で済ませられるような小説に碌なものはない。そういった小説における人の死は後味が悪くてしょうがない。話がそれた。要するに、私は大抵の悲劇が好きではない。どれもこれもどれもこれも後味悪く死ぬだけか、作者のにやにや笑いのもとで適当に死ぬからだ。私は思った。「人が死なずに、ひたすら悲しい」話しとはどういうことなのだろうかと。悲劇に定義などない。だが、私は思う。悲劇はひたすら悲しく、報われない話でなければならないと。例えば、夢を追い続けていた男がついに破れ、家族にも愛想を尽かされ乞食になったとすれば、それは悲劇であろうか。いや、生ぬるい。夢を追い続けたこの男の生きざまは美しい。例えば、才気あふれる美女が事故により顔面崩壊し、一生醜い顔で生きなければならなくなったとしたら悲劇であろうか。いや、だめだ。周囲の同情は彼女が新しく勝ちえたものといえる。思うにだ。本当に悲しいことであるためには、大きな変化があってはいけない。流れに逆らえず、一生を後悔で過ごすのだ。そこには輝かしい過去もなければ、未来という絶望の中の希望も期待されるべきではない。他人が見て「愚か」の一言で片づけられるぐらいであるべきだ。結果。こんな感じになりました。男1は女1が好きでした。ですが男1は好きでもない女2と関係を持ち、子供ができ、結婚を余儀なくされました。実は女1は男1のことが好きでした。女1は男1が結婚したことに衝撃を受け、自堕落になりました。男1はそんな女1を見て、悲しむと同時に、女1と一緒にならなくてよかったと思いました。しかしながら好きでもない女2との家庭を一生営まなければならないということにむなしさを感じました。しかしながらしょうがないことだと諦めました。ある日、男1と女1は再会しました。女1は身も心もみじめなほどにボロボロで、昔の面影はどこにもありません。そこで初めて男1と女1は、当時、お互いが好き合っていたことを知りました。女1は、もしあの時、男1と一緒になっていたら、こんなに身をやつすこともなく、幸せになれただろうと思いました。ですが家族がいる男1に今さら自分と一緒になってくれなどとどうして言えましょうか。ましてや今のみすぼらしい自分ではとてもとても。男1は、もしあの時、女1と一緒になっていたら、今よりももっともっとずっと幸せな家庭が築けただろうと思いました。ですが好きではないとはいえ、どうして今さら家庭を捨てることができましょうや。男1は真面目でしたので、そのような無責任は通らないと自分を縛りました。こうして男1と女1は、一生自分の選択を後悔しながら、望みのない自分の未来を嘆き悲しみました。なんの面白みもない、ひたすら後味が悪く、ひたすら報わず、救われない。まるで希望を持てない、ただただむなしく悲しいお話でした。
2010.11.11
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好きな人ができた時、あるいはそれに準じるような場面において、お互いの趣味、好きなことの一致を重視する人はなかなか多いように思える。例えばですよ。好きな人ができた。好きな人は野球が好きらしい。じゃあ私も野球について詳しくなって、彼と話してみよう。この一連の流れ。僕はね、これを無駄だとは思いません。共通の話題をもつことで、好きな人とよりたくさん話すことができますから。たぶん。でもそれ以上の僕は思うんです。好きなものを語るよりも嫌いなものを語った方が、お互いの距離は縮まるのではないかと。たぶん。例えばですよ。A,野球について語り合う男女B,野球のダメなところを語り合う男女AとB、どっちの方が仲良く見えるでしょうか。そしてAとB,どちらの方が男女の距離感が近いように感じるでしょうか。私は書いていて思いました。どっちもどっちだな、と。えぇ、そうです。もちろん理想の男女としては、好きなものを語り合えて、嫌いなことも遠慮なしに言いあう関係が素晴らしいのです。たぶん。でもなんとなく、Bの方が私には男女が親密なように見えるのです。たぶん。たぶんですよ。Aは、お互いの好きな「野球」の話をしています。お互いの好きなことは何かをメインに話しているわけではありません。あくまで話題の中心は野球にあるように感じます。Bは、お互いの「嫌い」な野球の話をしています。こっちはお互いな嫌いなことについて話しています。話題の中心は野球ではなく、お互いの嫌いなこと、にあるように感じます。より人間に近いところで話題が起こっているのです。まぁ、これは専門的な学問の領域でしょうから私には断言できません。「好きなものを語り合うよりも、嫌いなものを語り合う方がお互いの距離が近く感じる」真偽はどうあれ、とりあえず私はそう思うのです。少なからず、相手と好みを一致させようとする場合、好きな人の好きなものに自分を合わせるよりは、好きな人の嫌いなものに自分を合わせる方がずっと楽です。考えればすぐに分かります。全然興味ないものを急に好きになるのはなかなか難しいでしょう。無理に好きと言ったとしても、相手はそれについて詳しいのですから、簡単に納得してくれるかは分かりません。深く突っ込まれたら対処のしようもありません。でも全然興味ないものを嫌いになることは容易です。もともと興味ないんですし、相手も興味ないものです。適当に悪口いってればそれだけで相手は納得してくれます。ね。嫌いになる方がずっと簡単だ。まとめましょう。意中の相手と好みを一致させ、「気が合う」と思わせるには、好きなものより嫌いなものを一致させた方が簡単。たぶん。ただ、どんなことであれ、悪口を言う人間は嫌いだという人も世の中にいるのでご注意ください。たぶん。嫌いなものを一致させる方が、好きなものを一致させるよりも効果があるのかどうかは分かりません。ですが、私としては嫌いなものが一致している方が気が合うという感覚になります。皆さんの感覚ではどうですか?で、読み返していて、野球の話だとぜーんぜんピンとこないんだよね。なんつーか、言いたいことは分かるんだけども、なんだか釈然としないの。だから、私の好きなものが東方project、嫌いなものが音ゲーとして、上のAとB、その分岐パターンを例えていきたい。A,好きなものを一致させる場合女「東方に興味があるんだ」俺「へぇ、そうか。意外だな」A-1俺「あのゲームは弾幕が美しいねぇ」女「そうだよね。とってもきれいだよねー」俺「あそこの弾幕もねぇ、難しいけどもあぁすれば簡単に避けられるんだぜ」女「へー、そうなんだ。知らなかった」俺(・・・コイツ本当に興味あるのか?)・・・相手の曖昧な知識にただ話を合わせているだけなのではと疑問を持つ。A-2俺「あのゲームは弾幕が美しいね」女「弾幕もそうだけどもキャラクターも可愛いよ」俺「キャラ?そっちの方かいな。ゲームもやれよ」女「ゲームもいいけどキャラもいいの!」俺「ぁぁああん?」・・・・お互い東方が好きなのはわかったが、意見の一致を見ず。ただ仲良くはなった。A-3俺「あのゲームは弾幕が美しいね」女「特に紅の6面ラストスペルは難易度も相まってとてもいいよね」俺「おぉ!!分かってるね。俺のお気に入りは妖4面の最初の奴かな」女「確かにあれもいいね。東方面白いよねー」俺「ねー」・・・お互いの好きなもので意見の一致をみる。B、嫌いなものを一致させる場合女「私、音ゲー苦手なんだ。なんだか難しくて」俺「あらま。俺もだよ。叩いても全部一歩ずつずれちゃうんだよね」女「あ、それ分かる―。ちゃんとやってるつもりなんだけど、どうしてもうまくいかないの」俺「そうそう。だから友達とゲーセン行く時、太鼓の達人だけは避けて歩いてるんだよ」女「えー本当?私も今度からそうしようっと」・・・お互いの嫌いなもので意見の一致する。Bの方が簡単だよね。そしてA-3もBも同じくらい親密に見えるけども、Bの域に女が達するのは並大抵のことではない。一見オタっぽいが、いや、オタなんだが、誰しも自分の好きなものに関してはこれくらい詳しいであろうから、決して変な例でもあるまい。あと、Bは互いの弱点をさらしているような感じがするね。
2010.11.10
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PCの周辺機器をちょっと買い、スカイプで通話できるようになった。まぁ、繋がったからどうしたという話なのだが、これで全世界の人々と無料で音声通話が可能になったわけだ。世の中進歩したもんだね。
2010.11.09
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あなたとは今までドッヂボールばかりでした。わたしはあなたとキャッチボールをしたいです。ボールは・・・投げました。結婚できない男が再放送していたのでついつい見てしまった。この二人の会話のやり取りは素敵だね。今夜はロールキャベツですか。圧力鍋はありますか?ない?うちにはりますよ。「もしかして・・・うちに来いとおっしゃるのですか?」あなたがどうしてもと言うのなら。「どうしてもなんて言ってません」・・・。「でも、あなたがどうしてもと言うのなら」
2010.11.09
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最近、上の階の住人がうるさい。いや、うるさいというのは私の言いたいニュアンスとは少々異なっている。正確に言うならば、最近、上の階からの騒音が大きくなってきている。私は騒音というものをそこまで気にしないで生きていけるタイプの人間なのである。夜中、午前1時くらいに上の方からドシンドシンという振動が轟いてくる。こーんな夜中にいったい何をしているのであろうか?音の大きさ、高さ、パターンから、その時間に上の人がいったい何をしているのかを想像する。なかなかにおもしろく興味深い遊戯であると言わざるを得ない。答え合わせができないというのが嫌なところではあるが。ブログで政治・思想的な話をこってり主張するのは好むところではないので、やんわりと思うことの話をしよう。尖閣ビデオ流出のお話。いやなんつぅかさぁ。テレビでは連日、仙石38が何者なのかとか、情報流出がどうのこうのということばかり話題でつね。でもね、大事なのは仙石38探しじゃないでしょう。なんでこのビデオ流出がこれほど注目されてると思う?このビデオの内容に問題があるからでしょうが。一国民としてはそこにもっと切り込んでほしいわけですよ。仙石38探しで問題の本質をうやむやに誤魔化すのではなくてさ
2010.11.08
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今日の記事は桃鉄を知らない人にはちんぷんかんぷんなので時間の無駄です。桃太郎電鉄というゲームを初めてした時からずいぶんな時間が経つ。今まで様々な人と一緒に遊んだものだ。色々やっていくうちに分かってきたが、桃鉄ってのは機動力が勝敗を握ると言ってよい。機動力があれば、貧乏神のなすりつけ、物件集め、目的地。全てにおいて先を取ることができる。当たり前だけども。進行形カードをいかに効率よく入手し、隙を見せることなく物件を購入できるかが、桃鉄のキモではないだろうかと思う。ゲームの最初は敵よりも早く安定収入を得ることが何より大事である。当たり前ではあるが。そのためには当然ある程度の資金が必要になるが、そのやり方には各人で意見が分かれることであろう。カード駅だけを狙っていくとか、最短ルート(多くの場合は海路)を取らずに陸路で万事をこなす、がむしゃらに目的地などなど。もちろん最初の目的地にもよるだろうが、私の場合、最初の目的地に入るまでは以下の戦略が最も良いのではないかと思う。・基本的に目的地にがむしゃら・夏以外はカード駅優先・農林物件以外には買わない(資金1億を超えてたり、独占できる場合を除く)目的地をあまり狙わずにカードばかりを狙う戦法はリスクが大きい。いいカードを得られなかったり、カード売り場に行けないとタダの時間の無駄となる。さらにリターンも少ないと私は思う。カードを売って資金にするとか、進行形、あるいは有効な妨害カードを迅速に入手できる可能性はあるが、資金を得るなら目的地に行った方がいいし、妨害カードを得たところで差があまりついてない序盤では不要。進行形カードも序盤はそこまで必要ない。貧乏神のリスクも大したことないし、物件競争にもまだ早く、目的地目指す以外での重要性がまだ薄いから。必要なのは安定収入であり、そのためにはなんだかんだで目的地が一番都合がいい。カードなんてその道中のついでくらいでいい。ただし、ナイスカード駅が存在するバージョンの桃鉄ではそれだけを狙うのもありだと思う。カード駅を狙う手間に見合うだけのカードがほぼ確実にくるから。目的地に入ってないうちは農林物件だけ買う。他の人があがって、貧乏神がつき、即座に借金になることは序盤ではよくある。金に余裕があって、借金にならない自信があるなら別だが、安定収入を得られるようになるまでは、借金してもいいように農林だけを買って、確実に財産の積む方がいい。また、いつまでたっても農林物件しか買わない人がいるけども、じり貧になることは間違いないので、愚かと言わざるを得ない。逆に農林を全く買わない人もいる。攻撃的な戦術で一理あると思う。何時までも目的地に入れず、周りがどんどん成長していって自分に都合よくいかない場合、青マスで得たお金で細々物件買うよりも、進行形をたくさん(特急3枚くらい)買い、チャンスを逃さないように備えた方がいい。貧乏神、目的地、物件、全てに即時対応するのだ。序盤から中盤。貧乏神のリスクが高くなる。また、物件争奪戦が激しくなる。この時期は特に進行形カードが重要となる。常に手持ちに特急カードがあるように心掛ける。特急カードが切れそうな場合はカード売り場で補給。特急カードで特急カードを買いに行くような感じ。場合によっては目的地よりもカード売り場を重視してもいい。進行カードは万能ツールなのである。急行は薦めない。目的地には、最後尾で貧乏神がつけられそうな場合でなければ、そこまでがむしゃらに突き進む必要はない。目的地に向かう道中で効率よく物件を買いに行くというのが基本スタンス。自分が孤立した状況(自分が北海道で他3人が九州)などの場合は、目的地に入るべきではない。その後即座に目的地に入られると、周りに移す人がいない状況で貧乏神を抱えることになるから。何よりも恐れるべきはキングボンビーである。貧乏神だから大丈夫というのは甘え。常にキングボンビーのリスクがあることを忘れてはいけない。どのような場合でも貧乏神を回避することを優先すべき。現れた場合は特急カードによる追いかけっこが無難で確実な回避方法。メカボンビーは高価な割に運ゲーなので、よほど余裕がある時でなければ買う必要はないと思う。カードもなく、周りに移す相手がいないときは腹をくくる。そういう状況にした自分を恨もう。間違ってもコントローラーを投げたり、電源を切ったりしてはいけない。物件買いすぎて資金がつきかけた時に災害が来ると借金なので、使い過ぎには注意。持ちすぎもまたダメ。銀次で大損害。あらゆるリスクを警戒しながら、物件を買いこんでいくべし。敵からの攻撃は対処が難しい。昔のであればブロックがあれば十分だが、最近のはブロックがない。一番簡単で有効なのが豪速球カードで相手のカードを壊すこと。あるのなら刀狩りやカード交換カードでもよい。当然ながら、それらのカードがあろうが確実に敵の攻撃に対処できるわけでもない。最近になればなるほどエグイ効果のカードが増えているから。なので、当たり前すぎて言うまでもないことだけど、敵が何のカードを所持しているかを常に把握し、それに合ったたち振る舞いを心掛けることが重要だよね。バージョンごとに違いもあるけども、これは使えると思うカードを考える。・ばちあたり・・・自分が最後尾の時、「おいどん」がいる時、貧乏神を抱えている人が孤立している時など、攻撃防御共に優れたカードだと思う。・テレポート・・・キングボンビー抱えての孤立などの緊急時。敵が銀河鉄道に行った時。自分が最後尾の時などなど、あればとっても心強い万能&お守りのようなカード。基本的に高価なのがネック。・星に願いを・・・確実なカード補給というのは戦術上大変重宝する。・冬眠、徐行運転・・・ボンビーがついた敵に使うと、敵はブチ切れる。・うんち・・・地味だが海路・空路で絶大な効果を発揮。完璧なほどのなすりつけ防止と進路妨害は実に使える。・豪速球・刀狩・・・持ってるだけで敵をけん制できる。ここら辺のカード持ってると強いよね。まぁ、ここまでは完全に自己満足で賛否両論あろうが、今日私が話したいことは別のことである。先日友人と桃鉄をしたんだ。その時に、一番最初の目的地がハワイになった。ハワイ周辺は赤マスだらけ。全員無理やり突入するが借金になり返り討ち。そのせいでハワイに行くメリットがなくなる。しょうがないので全員ハワイ後回しで国内に移動しちまちま稼ぐ。3年目になっても貧乏神出現せず。目的地はずっとハワイのまま。全員ほぼ横並び。なんだこのクソゲー。リセットしました。
2010.11.05
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先日、ちょうど寒くなってきたということで、アパートで友人と自分の4人で集まり鍋をした。メンバー。・俺・エミール・・・エロい彼女(社会人)と同棲している。超美少年。軽いニヒリストで基本的にマイナス思考。・大先生・・・病弱な彼女がいる。たまにyahoo知恵袋の恋の相談に返答している変人。メタボ。・やす・・・独り身のさわやかイケメン。見た目も性格も文句ない好青年だが、最近オタク化が進んでいるのが気がかり。エミールと同じゼミ。夕方頃、やすの運転する車に乗り込み買い出し。我がアパートに集いて鍋をする。鍋はとてもうまく仕上がり、満腹になったところで麻雀に興じる。話題はそこに生じた。やす「今度うちで開くゼミの飲みあんまやりたくないんだよね」大先生「なんで?」やす「なんかさ、面倒というか特に用もないのになんでわざわざうちで飲み会しなきゃいけないの?」俺「そもそも何でやすのとこで飲み会に開くことになったわけよ?」やす「話の流れ?っつかなんかさぁ。ハナちゃんっていう子がやたら俺に絡んでくるんだよ」俺「うらやましいじゃないか」やす「そうでもないよ。あの子は…あの子は何か…ねぇ。ないんだよな。わかるっしょ?」エミール「分かんないでもないね。悪い子じゃないんだけども」やす「そうそう。会えば分かるよ」俺「じゃあ何か。その子がやすに気があって、ハナちゃんのプレッシャーにより飲み会を開くことになっちゃったと」やす「そんな感じじゃないかと思う」大先生「やすはその子が告白してきたらどうする気なの?」やす「断るよー。あの子はない」エミール「まぁそうだろうね」大先生「じゃあ飲み会も断っちゃえばいいじゃないか」やす「それは他の人にも迷惑だから今さらね。仮病使いたいけどもそうもいかない。それ以上にハナちゃんを何とかしたい。」エミール「何とかって何とするの?」やす「断る?君のこと好きじゃないからみたいな?」俺「告白されてもいないのに断るというのは少々自惚れすぎてる感じがしないか。」大先生「ハナちゃんは本当にやすのことを好きなのだろうか」やす「少なくともうっとうしいくらいに絡んでは来るよ。」エミール「あれは気があるね。間違いなく」大先生「でも別に好きじゃない。鬱陶しいと。」やす「うん」エミール「いいじゃん。鬱陶しいなら放っておけば」大先生「そうだよね。告白されるまでは放っておくしかない。されたらはっきり断ればいい」俺「告白されて断りたい時ってなんて言えばいいんだろうね」やす「貴様に興味はない!帰れ!」エミール「無言で立ち去る」大先生「ひどすぎでしょ!」俺「なるほど」やす「でもさ、ハナちゃんって断っても付きまといそうじゃない?」エミール「あーたしかにそうかも」やす「じゃあ私死ぬわ!!みたいな感じで」大先生「いいじゃん。断って死んだら死んだで」俺・エミール「え?」大先生「え?」俺「あれか。もし断って死んでもどうでいいと?」大先生「うん。あーあの子は馬鹿だったんだなって。それでおしまい」エミール「それはないわー。やすは?」やす「どちらかというと大先生かな」エミール「だってさ、少しくらい何かあるでしょ。罪悪感・・・とはちょっと違うけども後味の悪さくらいは。」大先生「いや、ないね」俺「いやなんつーかさ、あの子が馬鹿だってのには同意なんだけども、自分が死に関わったのに何も感じないなんてそりゃ嘘ですよ」やす「でもそうじゃないかな。実際自分に何の問題があった?その子が勝手に死んだだけでしょ?」エミール「そういえばそうなんだけど俺には耐えられないね」オチなし。
2010.11.01
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ハッピーハロウィン。そのせいかは分からぬが、あるいは今日が日曜日だからなのかもしれぬが、夕方にスーパーに行ったら、今までに経験がないほどに混雑していたので私はゲンナリ。世間さまはクリスマス・バレンタインに飽き足らず、ハロウィンまでもイベント化するのかと思うとうんざりである。とはいえせっかくのハロウィンであるので、何かしたいよねということで、私は誰彼と絡むでもなく、家で一人かぼちゃの煮つけを作ることにした。味付けは文句ないと自負するが、煮込む時間が長すぎた。柔らかすぎるというか、ところによってはペースト状になっている。洗濯物の処理に夢中になっていた自分が憎たらしい。そして無残な姿をしたかぼちゃの煮つけの味が実にうまいのが口惜しい。先日、後輩がブラインドタッチというものをしていた。自分、ブラインドタッチはできませぬ。で、そのブラインドタッチを見てかっこいいなと私は思った次第である。結果、私は現在ブラインドタッチの練習中である。おかげで指が普段にないくらいに疲れる。そして練習中なもので普段の倍くらいに打ち込むのが遅い。やっていて疲れることこの上ない。でも練習の成果と今までの経験の結果、左手のタイピングだけはわりとスムーズになった気がする。それはつまり、右手でのタイピングは依然不安を抱えているということである。っつかね、右手の小指の担当範囲の多さはいったい何なの。多すぎると言ったらない。だから多少オリジナル要素だして、左手は基本ポジション、右手はポジションを随時変えていけば打ち込みやすいんじゃね?って思ったが、それだと結局キーボードを見てしまうので良くない。結果として教科書通りにするのが一番なのではないかという結論に到達しつつあるのが現状である。ちなみに言えば、ブラインドタッチを教科書通りにやっていくと、「きゃきゅきょ」が非常に打ちづらい。でもこれも将来のブラインドタッチ習得のためと思えばこそである。もうそろそろ我流タイピングは卒業しようかなって。久々のブログだからもう一つくらい話を進めよう。(この間3時間)酒が回ってきたので今日の更新はここまで
2010.10.31
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私は彼のことを愛してなどいなかった。彼がくれた快楽を愛してはいたけれど。悲しみよ、こんにちわ。僕です。俺のパソコンのDVDドライブがいかれている。開閉ボタンを押しても、「カシッ!」と音がするだけで、ディスクをはきだしてくれない・・・。数日に一回くらい、機嫌がいい時にちゃんと動いてくれるのがいじらしい。おかげで新しいのを買うのにもちゅうちょしてしまう。我が家に出る虫を紹介しよう。小バエ、ゲジゲジ、蜘蛛である。小バエちゃんは夏限定で我が家に顔を出す。台所辺りにごみをほおっておくと、翌日にはたくさんの小バエちゃんがやってくる。でも彼らはとても弱いので、数が多かろうが少なかろうがスプレーで一網打尽が可能である。また、ごみをちゃんと処理していれば、発生することはまずないと言ってよい。発生したところで、不快という以外には特に問題はない。ゲジゲジさんは忘れたころに我が家にやってくる。ふと気付くとそこにいる。それがゲジゲジさんである。足がたくさんあって見た目が異様なので、見る度に驚かされる。幸いなことにゲジゲジさんは年に数匹程度しか出ない。出た時は新聞紙を丸めて必殺の一撃を与える。スプレーだとビチビチ動いて気持ち悪いのだ。蜘蛛さんは部屋の隅にいたりする。目をしかめないと気付かないほど小さい種類のものなので、特に気にはならない。大きいのがいたら駆除するけども、そんな大きい種類の蜘蛛は現在まで我が家で確認されたことはない。蜘蛛さんは害虫を取ってくれるので、目の前をひょこひょこ歩いていても何もしないで逃がしてあげることにしている。主にこの3種が我が家にいる主な虫である。ゴキブリ、アリがいないのは幸いである。虫には虫の世界がある。例えば、うちにいるゲジゲジさんは肉食で、ゴキブリやアリなんかを喜び勇んで食べてくれるらしい。蜘蛛さんは言うに及ばす、そこらをひょろひょろとんでいる蚊たちを取って食う。それを考えていたら、なにやらうちを舞台にした虫たちの抗争が行われているような気がした。実に興味深いが、私は虫がそもそも大嫌いなので知りたいとは思わない。とりあえず、ゲジゲジさんには水面下で黙々とゴキブリ駆除を行ってほしいと思う。表舞台には出ないでほしい。チリの落盤事故で見事救出成功のニュース。良かったねーとは思うけども、ちょっと世間の注目浴び過ぎじゃアないかぁと僕なんかは思うのです。番組中断して生中継するほどのもんなのかい?こういうのを見て感動の~~~って言ってるやつの気がしれない。いや、まぁ、べつにいいんだけどもさ。どうでもいいんだけどもさ。
2010.10.14
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一年前。2009年9月14日。富士山に行ってきた。昼過ぎに河口湖駅に着くと、観光客でいっぱいだった。車に乗って須走口へ。そんで仮眠。夜22時。出発である。富士は夜間登山。夜に登って朝日を狙うのです。水がない。買わなきゃいけない。高い!!と嘆いていたら、小屋のおばちゃんが水をただでくれた。ありがとーおばちゃん。代わりに杖を買った。まぁ、富士登山記念だと思えば悪くない。わりとしっかりした杖で、今現在も僕の部屋で、物干しざおとして活躍している。で。登るわけなんだけども。富士山ってのは皆さんご存知の山でして。ひたすら登って登ってみたいな山で、特に言うこともない・・・。途中下を見ると、街の明かりがきれいだったり。上を見ると、富士山の大きな影が聳え立っててすごかったり。それくらい?上の方に行くとパーティの方々が体調不良。まぁ、しょうがない。自分。前日まで八ヶ岳だからへっちゃら。山頂クスシ神社到着。9月はオフシーズンなのに、人がたくさんいる。これでも少ない方なのだろう。寒いのでツェルトにくるまって待つ。日の出。雲がわいてて見えず。ツアーできてるっぽい人がガイドに聞いていた。「ここが日本で一番高いところなんですか!?」ガイド「そーだよー」鬼畜ガイドだなと思った。ツアー的にしょうがないのか。ここは山頂ではあるが、最高地点はここじゃないぞ・・・。お鉢めぐりをする。で、日本最高地点3776到着。景観はあるにはあるが微妙。なんだかなー。下山。下山は須走りコース名物の砂走りを行く。 想像以上でびっくりした。まっすぐに下まで降りていく登山道。爽快で気持ち良かったです。そして下山。お疲れさまでした。書いてて思ったんだが、富士山ってつまんねー山だなーっと思う。ただ山頂に行くだけの作業みたいな登山だった。俺の心がまえが悪いのかね。富士山の記録なんかそこらじゅうにあるだろうから、タイムは載せません。ただ日本最高峰に立ったという満足感。それだけ。
2010.10.06
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去年の話だけどね。2009年9月13日。八ヶ岳に行ってきた。記憶もあいまいだから、すっげーテキトーにまとめます。時間だけは写真で記録してれうから正確なはず。高速バスと電車を乗り継いで茅野駅へ。ずっと電車でもよかったんだが、値段にあまり差がなかったので、なるべく楽に移動しようということで高速バス使用。深夜の茅野駅を歩きまわり、近くのネカフェで一泊。翌朝。朝一番、茅野駅前発のバスに乗り、7時20分に美濃戸口。登山者はちらほらいるが、思ったほど多くはない。林道を歩き、登山道を歩き、9時50分、硫黄岳頂上到着。一帯がガスに包まれており、一切合財何も見えぬ。硫黄岳は爆裂火口の光景がすげーと聞いてたんだが、当然ながら何も見えぬ。 たしか赤岩の頭から、硫黄岳の途中で撮った。決して2人の女性を撮ろうとしたわけではない。硫黄岳から横岳への縦走路は風がビュービュー吹いていて結構しんどかった。耐寒気温極めて低し。雨は降っていないが、あいかわらずガスは濃い。しょうがないので硫黄岳小屋に入り、しばし休憩する。他の登山者も、多くがこの小屋で休止していた。20分ほどして外を見ると、風が少し弱まり、ガスも幾分薄くなってたので出発する。横岳は岩岩しい山だ。「横岳」というピークはなく、このごつごつした岩峰全てをよまとめて横岳というらしい。鎖もあったりするが、そんな危ないような事もない。歩いているうちに天候はどんどん回復していった。 横岳の西側はアルパインクライミングのスポットである。この写真。よーくみるとクライマーがいるのだがお分かりいただけるだろうか。 横岳の終わりごろには目指す赤岳(八ヶ岳最高峰)が見える。ニョキッとね。途中に見える小屋は赤岳展望荘である。山頂にあるのは赤岳頂上山荘である。小屋多すぎ。安心でいいけどもね。で、山頂到着。14時10分。赤岳への登りは上にある写真のとおり、とても急でしんどかった。 赤岳山頂。ガスで景色はあんま見えない。頭上は晴れてるのに。下って行者小屋到着。15時40分。 テント張っておやすみなさい。向かいのテントに同世代のカップルが一緒のテントで寝てたのが気になった。翌朝。旭を見に行く気もないので超のんびりと起床。のんびり下山。バス停のある八ヶ岳山荘は、モンベルカードがあるとタダで風呂に入れるのだ。喜び勇んでhグロに入る。バスに乗ってさよなら八ヶ岳。登ってて楽しい山だったよ。時間茅野駅(640)美濃戸口(720)硫黄岳(950)赤岳(1410)行者小屋(1540)下山時の時間は記録なし。
2010.10.06
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ブログトップページ右側の登山カテゴリに伯耆大山と石鎚山追加しました。昔の日記をちょいと編集しただけですが。近いうちに八ヶ岳と富士山も追加予定です。燧ケ岳、雲取山は追加するかどうか分からん。気分次第。
2010.10.06
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山のまとめをしようとしていて思い出したんだが、昨年の西日本の話をまだまとめてなかったことに気付く。これの続き。福山駅に着いて後輩たちと合流し。翌朝漁船をチャーターして無人島に行きました。無人島では食料持ち込み禁止で、水のみ。あるいは現地の調達物です。僕は鼻っから獲物を取る気がなかったので、旅行中に汚れた下着類を洗濯するか、野生のシカに餌付けをするか、寝てるかしてました。後輩たちが貝とか魚を取ってきます。焼いています。僕はおいしそうに見ています。後輩「食べますか?」俺「え!いいの!やったー!」おいしかったです。こういう先輩に、こういう人間になってはいけません。空腹は耐え難いものです。二泊三日。すこし食べ物をもらいはしましたが、全然足りません。徐々に体が重くなり、何もする気になれません。・・・まぁ、もともと何もする気はなかったのですが。テレビとかで無人島生活とか、芸人が数日間飲まず食わずで・・・とかあるけども、絶対やらせなんだろうなって思う。他にもいろいろありましたが、書いたらいろいろとまずいので描きません。食べ物のありがたみさえ知っていただければ僕は満足なのです。こうして無人島は終わりました。つらかった。本当ならこの後、関西の山にちょっと登る予定だったのですが、あんまりに無人島がつらかったのでそのまま新潟に帰りました。こうして2009年夏の旅は終わりましたとさ。今さらーって思うが、書きかけも気に食わなかったんだ。
2010.10.06
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自画像描いたよーヽ(´Д`)ノ HBエンピツ、アクリル絵の具使用作成時間は全部で2時間くらい下書きおよび撮影風景 鏡はテレビの横辺りに配置。参考までに。5年前に描いた自画像 恐怖を感じる絵である。自画像と銘打ち、実際に自分の顔を見ながら描いてはいるが、こんなのは断じて私ではない。もし心理学にかぶれた人が見れば、これが君の深層心理だよと言うかもしれないが、こんなので量れるほど人間の脳みそは単純じゃないということを理解しておいてもらいたい。だがこれだけは間違いなく言える。この絵には恐怖を感じる。自分で描いておきながら恐ろしい。この絵では誰も幸せになれない。捨てられた廃屋にこの絵が飾られていたら、私は飛んで逃げるだろう。描いた経緯を述べたい。そもそもこの自画像は、ブログ復帰の際に掲載しようと思って描いたものである。なんで自画像?というのには特に答えがない。何かを創作したかったのだ。描いたのは夕方頃。ちょうど日が落ちるくらい。描いているうちにどんどん光の当たり加減が変わっていった。なんでこんな時間に描き始めたのだろうと後悔。なもんで、下書きは適当に済ませて、さっさと色を塗ることにする。どうせ色塗りで下書きは消えてなくなるんだという僕の気持ち。僕はね。先日ボブ・ロスの動画を見たんだ。その結果、顔面全体は真っ黄色になり、次に茶色になり、やがて抹茶色になった。あぁ、これはだめだ。そう思って路線変更する。今度のイメージはこれである。墨絵風かっけー。んで,ガガガガガッ!!!っと色を塗っていったところ、顔面全体がものすごく暗くなった。これはいけない。しょうがないからもうちょっと肌に明るさを出そうと思って、色を塗った食った。その結果、白と黒が複雑に入り混じる。病的でおぞましい顔が出来上がった。あぁ、どうしてこうなってしまったのだ!!これではまるで病人ではないか!!だがこうも考えた。なんてインパクトのある顔であろう!!正直なところもう面倒だったのだ。上半身をさっさっさっと塗りあげ、背景をどうしようかとも思ったが、この顔には夜だなと思い、藍色に塗った。色ムラがあって、筆の痕がめちゃくちゃ残ってるが、それはそれでいいんじゃないかと思った。きれいなお顔を描きたいわけでもないし。そうして出来上がったのがこの画である。改めて。
2010.10.01
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電車に乗っていたら向かい側の席に座っていた男子高校生が嘔吐した。 私は眠かったので、ウトウトと舟をこいでいたのだが、どうにもこの眠気の邪魔をする臭気が鼻をさす。 いったい何の臭いかしらと重い目蓋を開いてみたら、向かい側の席に座っていた男子高校生が、それはそれは盛大にゲロにまみれていた。その高校生の友人達と彼の隣に座っていたおばさんが、どうしていいかわからず慌てていた。 男子高校生は椅子の上で顔を伏せたまま動かない。 手の格好から、とっさに手で椀をつくり、その中へ吐こうとしたことがうかがえる。 しかしゲロは手の椀に到底納まりきらなかった。 盛大な量のゲロは、高校生の胸にとびちり、太ももを染め上げ、足元のカバンへかき氷のシロップのごとく降り注いでおり、床には広大な黄土色の海が広がっていた。 飲み会で吐く人を数多見てきた私ではあるが、これほど盛大な嘔吐は記憶にない。 周囲の人はティッシュでもって清掃を試みていたが、圧倒的な量の吐瀉物にたいして物資が足りないのは明らかであった。 私はというと、とても清掃に参加する気にはなれず、かといって眠る気にもなれず。 黄土色の海が自分のところまで来ないことを確認すると、読書にふけこむことにした。 それが他人面しながら、事態を観察できる最善の体制だと思ったからである。 自己弁護するが、清掃には十分な人が参加しており、今さら私が参加する必要は感じられず、そもそも清掃に必要なティッシュを持っていなかったのである。かといって何もせず事態を静観するのも心苦しく、結果として読書して他人面するという結論にいたったのだ。 しばらくして駅員が来て事態を把握。 次の駅で電車は止まり、男子高校生は駅員に連れられ、ゲロをポタポタと零しながら外へ出た。 その際に救急車を呼ぶかどうかの会話がなされたが、男子高校生の声は小さく、聞き取ることができなかった。 男子高校生が出て行っても電車は動かなかった。駅のホームでは係員が右往左往している。高校生はホームにある待合室で横になっているらしかった。 幸いなことに、シートにゲロはかかっていなかった。 係員が持ってきたトイレットペーパーで床が拭かれ、爆心地には紙屑の山が築かれた。 車内放送がなる。 急病人が出たため停車している、吐瀉物の周囲にいる方々は感染症の恐れがあるからふれるな、と。 この手の放送は何度か聞いたことがあるが、目の前でそれが起こったのは初めてであった。 嘔吐した高校生の友人達は口喧しくおしゃべりしている。 ・今日はテストがあるらしく、このままでは遅れる。・吐いたあいつはテスト全く受けられないからやべーんじゃないか。 ・吐いたあいつは昔不登校してたから、今回ので再発しないか不安だ。 ・電車とめるってすげー。・前夜カラオケで、今朝チャリ激こぎして来たから疲れてたんじゃね。 ・ゲロの臭いはチーズの匂い。 ・もらいゲロしそうになった。 ・吐くならトイレ行けよ。 ・衝撃的過ぎてテスト勉強何したか忘れた。悪い点とってもしょうがない。 サイレンの音とともに救急車がやってきた。 隊員が待合室の中で高校生と会話しているのが見える。しばらくして隊員に連れられ、高校生は自分で歩いて救急車に乗り込んだ。近くの病院に搬送するという会話が聞こえたのでたぶんそうするのだろう。見た目大事なさそうでよかった。 電車はようやく出発。 少し先の駅で清掃隊が乗り込んできてゲロの痕跡をきれいさっぱり洗って行った。 とはいえ、その席周囲には誰も行きたがらない。多数の乗客が立っているにもかかわらず、その一帯だけは空間が開けている。 なんとも不思議な光景であった。 次の駅で乗り込んできた、体格がよく、いかにも横柄そうな男子高校生2人が何の迷いもなく空いていた一帯5席分を占領した。 それと同じ駅で、嘔吐した高校生の友人達は「知らないんだからしょうがないね」と同情と嘲りのまじった声をあげ、嘔吐現場を占領した高校生達をチラリと見ながら電車を降りた。 他の人達もやがて降り、私だけが嘔吐を知る人間として一人車内に残った。 その後は特に何もない。ただ車内放送だけが、急病人による電車の遅れを謝罪し、あった出来事を語るのみである。
2010.09.27
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モテキが終わった。 無論、漫画の話である。 4巻を読みおわって、5巻まだかなぁっと思ってたら4.5巻が出て。 そしたらなんか作者が漫画のモテキを書き終えてみたいなことを話してて。 そんで改めて4巻読み返したら、巻末に「モテキ 完」とあった。 ほー。てことは完結ということか。 たしかーに。話し的には一区切りついてたしな。納得。 だが物足りない。うーん、なんだか消化不良だ。 いや、おもしろかったし、内容に不満はいっさいないのだ。 だからたぶんこの気持ちは、この漫画をもっと読みたかった。まだ終わらないで!というようなものなのだと思う。
2010.09.26
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