温故知新

名前の由来


彼の研究や授業を一言で表した、絶妙なものだと思います。

彼は『大学教授とは研究者であり教育者ではない』との私の持論を見事に裏切ってくれた、まさに人格者でした。
退官パーティーでは多くの彼の弟子たちが彼を称えました。中には名だたる大学の教授ともあろう大の大人がが号泣して礼を述べていました。

私がパートナーの転勤で知らない土地に移ってからも気にかけてくださって、公私共々でこの地に足を踏み入れるときには連絡をしてくださり、ケーキを食べながら私の話に相槌をうってくださいました。

私が妊娠したときも自分の孫の誕生のように喜んでくれました。
体調管理や音楽鑑賞を手紙で促してくださいました。

彼女の障害が判明したとき、まず最初にすがりたかったのは教授でした。
しかし、子育ての慌しさでそのまま連絡を怠っていたところ、彼の方からお電話をいただきました。
私は教授に説明しました。
出産のこと、障害のこと。
教授は励ましてくださいました…

その時…1%だけ何かが気になりました。
障害児を産んで周囲に告知したことのある人なら分かるであろう…何か…。

たったそれだけのエピソードではひっくり返せない程の歴史があり、私は教授を認めています。
その時の電話の記憶も時間が経つにつれて薄らいでます。

それきり連絡はありません。お忙しいでしょうし、子育て中の私を気遣ってくださってるのかもしれません。お年ですから、お体を悪くされてるのかもしれません。

なんの進展もないまま消え去ることはなく、私の中に澱みとして残り続けているのです。

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