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「すてきな奥様」への険しいく果てしない道を歩もうとしていましたが、やむを得ない理由で「肝っ玉母さん」への道をチョイスすることになりました。「きんたま母さん」ではありません。念のため。やむを得ない理由とはなにか?今春から息子が幼稚園に入園するにあたり、息子の成長を左右するのは母である私がいかに「きんたま・・・」じゃなくて「肝っ玉母さん」になれるかにかかっている!とある人は言った。発達障害をもつ息子を社会にむけてプロデュースし、支える。太くなくてはやれない仕事だ。精神的に。自分ではわりと「肝っ玉母さん」体質だと思っていたのだが・・・まだまだ細い、デリケートである!とある人は言った。見抜かれていたようである。肝っ玉はどーやったら鍛えられるのかしら?筋肉のように栄養を摂取して徐々に負荷をかけていく感じかしら?まぁいい。とにかくなりましょう。「肝っ玉母さん」とやらに。「すてきな奥様」の仮面をかぶった「肝っ玉母さん」というのはどうだ?あほ?どーでもいい?まぁがんばるよ。
2006.02.20
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私は優柔不断で、不器用で、へんなとこがクソまじめで、行動力も決断力もないのに理想だけは高いのです。そして、すぐわかったフリをします。すぐ人に左右されます。ホントはよくわかっていないのに、「たぶんそうだろう」と無難な検討をつけていままで生きてきました。なにか困難なことがあると、すぐ自分のせいにして済まそうとします。人によく思われたくて、しっかりした人や、ものわかりのいい人のフリをしているけど、それは自分のダメなところを見せないようにするだけの技術。おまけに情緒は不安定。よく言えば、柔軟性があって、誠実で、感受性が豊かで、向上心がある。ということにもなるのかしら・・・。大人になって、日々の生活で、自分を見つめることなどほとんどなかった。弱いところ、ダメなところは、無意識に見ないで済むようにしていたのだと思う。逃げることもできた。最近、自分の優柔不断もほどほどにしろよ!っていう出来事で、周りの人を振り回しまくっていました。自分は必死だったけれど、混乱し頭真っ白状態でした。正直、もうどうでいい、逃げたいとも思いました。決断できるのは自分だけでした。迷えば迷うほど人に迷惑をかけ、決断のための判断材料を集める行動もうまくできない。自分のできると思っていたこと、自分のとるべき行動、わかっているはずなのに、いざとなるとできない自分がいた。前々から感じていた自分の弱さに直面してしまった。自分の弱さなんかに向き合いたくないし、認めたくないと思う自分がいた。だって、私はもっとできるはず。がんばればできるはず。と思いたかった。現実と理想の自分のギャップ、理想に向かってがんばろうと思う気持ちと、現実の自分の押しの弱さ、意志の弱さ、その差の大きさを感じました。もっと努力しなくては・・・という思いと私にはできない・・・という思い自分のしりをたたき続ける自信はないのです。でも自分で自分の限界を決めてしまうのは悔しいのです。自分の弱いところは克服するべきものだと思い続けてきたけれど、弱いところを認めたうえで、「ごめんなさい、それは私には少し難しいからほかの方法でいいかしら、手を貸してくれるかしら、教えてくれるかしら」って言えるようになれたらいいのかもしれない。どちらにせよ、自分の人生。誰になんと言われようと、自分を信じて自分の人生を生きていきたい。・・・と、とても心情的な日記になりました。大げさに考えすぎるのもどうかと思うよ!>自分!
2006.02.06
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