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60億円(!)と言う破格の移籍金でボストンレッドソックスへ移籍するのが内定している西武ライオンズの松坂大輔投手。この日本最高のスーパースターは実は私が応援していたBuこと大阪近鉄バファローズとおもしろい、そして手に汗握るエピソードを持っていたりします。それについて語っていきたいと思います。日本で通産108勝60敗という成績を残した松坂ですが、実はその最初の黒星をつけたのは、何を隠そうBuだったりします。そして面白いことに、この年(99年)のBu対ライオンズは一時8勝1敗まで星の差が広がったのですが、実はライオンズの1敗と言うのがこの松坂プロ入り初敗戦だったりします。そんな松坂が苦手としていたのは、当時Bu、現在イーグルスの高須。松坂から3割打っている数少ない選手ですが、実はこの選手アマチュア時代から打撃に定評があったわけではありませんでした。高須が松坂をカモにしたのは、実は松阪の苦い思い出がありました。ルーキー時代の松坂は、打撃力が有るというイメージのわかない選手をなめてかかるような所がありました。まァ、これはあの強気なピッチングに繋がっている部分でもあるので、一概に非難できるものではないのですが。先述の通り打撃に定評があったわけではない高須。なめてかかった松坂は、手痛い一打を喰らいました。この時は、まァ、仕方ないくらいの感覚だったのでしょうが、高須の方はこれを切っ掛けに自信を持ち、松坂を得意としてしまいました。松坂が高須に対する意識を改める頃は、すっかり高須は松坂をカモとしていました。松坂にとっては悔やんでも悔やみきれない出来事だったかもしれませんねェ。同じ年の選手にライヴァルらしいライヴァルが無く、「松坂世代」という黄金世代の中でも頭1つ抜けていた松坂。年上の選手にも臆することなく、ビシバシと三振や凡打の山を築き上げ、勝ち星をもぎ取ってきました。しかし、そんな松坂に突如現れたのが、年下のライヴァル、Bu最後のエース岩隈久志。2002年にプロ入り初の2ケタ勝利をマークすると、その後もますます実力をあげてきて、あっと言う間にリーグを代表するエースの1人となしました。高校時代から大注目を浴びてきた松坂。かたや、高校時代は無名で、野球を断念する危機にまで見舞われ、Bu以外はどこも注目しなった岩隈。新人の時から2ケタ勝利をあげ、栄光の花道を歩き続けてきた松坂に対して、ルーキーイヤーは1軍登板がなく、3年目に芽が出て、4年目に花が咲いた苦労人の岩隈。対照的な野球人生を歩んできた岩隈に、松坂は強烈なライヴァル心を燃やしました。その2人が激突した最高の名勝負が、表題の試合。この試合が行われては、Bu・BWの合併と言う野球史上最悪の愚行が発表された16日後のことでした。いつもなら試合を楽しみに球場に向かう私も、この日はやりきれない気持ちと、悔しさが入り混じった気持ちで西武ドームへ向かいました。『合併反対!』と書かれたプラカードが数多く掲げられた観客席は怒りやしんみりとした気持ちでいっぱいでした。そんな中で始まった試合は、先発の松坂、岩隈の両投手が素晴らしい投げ合いを演じてくれました。鬼気迫るような迫力あるピッチングで、凡打の山を築き上げた両投手。両チームとも何度か塁にランナーを送るものの、遠い遠いホームベース。ある回に岩隈が満塁のピンチを迎えた時など、レフトスタンドは総立ちで岩隈コールを送っていました。それに奮起したのか、三振とサードへのライナーに打ち取り、ピンチを切り抜けました。余談になりますが、この時のサードライナーを好捕したノリこと現オリックスの中村紀洋の守備が素晴らしかったですねェ~(^0^)。この年は5億円と言う年俸を貰いながら、打撃不振で口の悪いBuファンから非難轟々だったノリですが、この守備に関しては「今のは5千万くらいの価値がある!」と、Bu名物ヤジエール(?)が飛んでいました。そう、岩隈と松坂の素晴らしいピッチングに魅せられた観客は、いつの間にか球界最悪の愚行のことなど忘れて、この闘いを見つめていたのです。松坂もこの熱い戦いに闘志のヴォルテージがさらに上がったのか、岩隈以上のピッチングをしようと、時に力でねじ伏せ、時に巧みなピッチングでかわしていき、9回までとうとう0に抑えきりました。そして、9回の裏を岩隈が0に抑えた時、両投手の健闘を讃えた拍手が両方の観客席から起こりました。9回の表と裏にきれいに0が揃った瞬間でした。延長に入った白熱の戦い。10回の表のマウンドに立ったのは、なんと松坂でした。絶対に負けたくない、という気持ちがレフトスタンドにまで伝わるような気迫でした。これにとうとう押されたのか、Buはその回も0点。そして10回の裏、吉川がサヨナラ安打を打たれて痛恨の敗戦となりました。悔しい悔しい敗戦でしたが、それ以上に素晴らしい白熱の戦いが見られた満足感が一杯でした。ヒーローインタビューで松坂はこう言いました。「試合に勝てたことよりも、岩隈投手より先にマウンドに降りなかったのが嬉しい。」この言葉は本音だと思います。そして、その言葉には岩隈へのエールでもあったと思います。それから約4ヵ月後の日米野球(*11月3日の日記参照)で、見事なピッチングを披露した岩隈。それを見た松坂は、アイツが7回1失点ならオレは完投してやる、と呟いたそうです。そして有言実行した松坂。見事日本に2勝目をもたらしました。岩隈と熱い戦いを見せてくれた松坂。この手に汗握る投げ合いが見られなくなるのは、非情に残念です。でも、10歳の頃からの夢が叶う日が来たことを、それ以上にお祝いさせてもらいたい。アメリカへ行っても頑張れ、D-MAT!そして、レッドソックスを世界一に導き、自身も日本以上の勝ち星をあげ、アメリカである程度のことをやり遂げたら、またレオをユニフォームに袖を通して欲しい。そして、また岩隈と投げ合いを演じて欲しい。その日が来るのを待っているぞ!そして、その日が来るまで、頑張れ松坂!
2006.11.16
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勝ったァ~♪勝ったァ~♪また勝ったv(o^▽^o)v♪弱い虚塵(きょぢん)にまた勝ったヽ( ゜∀゜)ノ♪塵(ゴミ)収集車で早よ帰れェ~(ノ^0^)ノ♪バンザぁ~イヽ(⌒▽⌒)ノ♪バンザぁ~イヽ(⌒▽⌒)ノ♪バンザぁ~イヽ(⌒▽⌒)ノ♪2013年セ・リーグ優勝&プレーオフ制覇チーム(予定)の広島東洋カープやりましたヽ( ゜∀゜)ノ♪本拠地マツダスタジアムで行われた、『たかが選手!』と言う野球史上最悪の暴言を吐いた人物が経営者を務めていてヽ(`д´)ノ、6人の新人選手に36億円と言う12球団合意の最高金額を大きく上回る裏金同然の金額で契約を結んでいてヽ(`д´)ノ、女性問題でスキャンダルを起して、口封じに1億円もの大金を暴力団疑惑が濃厚な人物に渡す選手(当時)を公称監督(実質出迎え係り)に据えるヽ(`д´)ノ、【球界の悪魔・虚塵(きょぢん)】との一戦で見事な逆転勝利を収めましたヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ♪勝利の貢献はかつて「虚塵終身名誉ストッパー(アンチ虚塵認定)ダン・ミセリ様2世筆頭候補」と言われた西村健太郎からサヨナラ安打を放った松山竜平も素晴らしかったですが、それ以上に素晴らしかったのは、何と言っても「赤い代打の切り札」:カープが誇るベテラン・前田智徳さんの同点タイムリー!あれは勝手に勝を確信していた虚ヲタことオウム真理教信者虚塵ファンと虚塵ベンチに大きなダメージを与え、それが松山のタイムリーに間接的に繋がっているのではないかと思います。この前田さんの一打がカープナインに乗り移り、そして、残りの虚塵戦はすべてカープが勝って欲しいものです(人゚∀゚*)♪スプライトが実に美味しゅうございました(^-^)♪
2013.04.21
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選挙運動中最後の日曜日も終えて、いよいよ終盤戦となった東京都知事選挙。恥民党こと自民党の「東京で負けるわけにはいかない」と言う「勝手な都合で」推薦を受けた:石原ジョンイル慎太郎都知事。小池晃候補を始め、他に石原よりましな候補がいるにも関わらず(*石原より酷いのなんて、東国原とドクター中松くらいのものだ)、残念ながらこの「都民生活破壊の土建屋」が大優勢のようです・・・。確かに、地方選挙は「現職が圧倒的有利」で、東京においてもそれは変わりません。ましてや、今回のように大きな天災があり、選挙どころではないと言う雰囲気が蔓延してしまうと、ますます現職有利と言う展開になりがちです。しかし、都民の皆様、よく考えてください。「本当に石原ジョンイルにもう1期やらせて良いのか」。はっきり言いますが、石原ジョンイルでは都民生活は守れません!特にそれが顕著に出たのは今回の「帰宅難民」の時のことです。3月11日の日記にも書きましたが、あの時石原ジョンイルは「天罰」などと被災地の方々に追い討ちを掛けるような事を言うのは素早かったくせに、帰宅難民の方々への配慮は後手後手でした。都立高校始め多くの施設が開放されたのは、午後8時過ぎでした。何故もっと早い時間に手を打つことはできなかったのでしょうか。しかも、この施設会報に関しても、石原ジョンイルが陣頭指揮をとったわけではなく、都庁職員から催促されるような形でおこなったものです。東北・関東大震災のような天災はもう懲り懲りですが、しかし、チョッとした悪天候でもすぐに交通機関に遅延が出てしまう東京。しかも、1つの路線に遅延が出ると、代替交通機関に乗客が殺到してしまうため、玉突き的に他の路線も遅延が出てしまうのです。こんな状況がまったく改善されていない都政。むしろ、石原ジョンイルの就任前よりも酷くなったと言っても過言ではありません。また、最近話題になる「ゲリラ豪雨」。あれで床上浸水を受けた家屋と言うのも都内には意外とあったりします。石原ジョンイルはそれに対する対策は何か立てたでしょうか?それらしいものを行っていると言う話を私は聞いたことがありません。地震、ゲリラ豪雨、こういうものを防いだり予測する手立てと言うものは残念ながら持ってはいません。そうであるからこそ、起こってしまった時、被害を極最小限に食い止める必要がありますが、石原ジョンイルはすでにそういう事態が都知事就任中に何度も起こっていながら、おざなりにしています。天災が来ても安心して住める街作り、そういうものを怠る人物に都政をこれ以上任せ続けて良いのでしょうか!オリンピックなど派手な土建政策には熱心な石原ジョンイルですが、こういう都民の足元に密着したことを行わない人物など、もう都政には必要ありません!派手な土建政策には熱心だが、都民の足元には冷たい、そんな石原ジョンイルは小さい子どもや障害者には特に冷たい政策を取っています。数千人から1万人とも言われる待機児童がいる東京都。先進国の首都でこんな事態になっているのはここだけです。フランスなのでは、保育園には常に余裕があり、いつでも入れるそうです。また、障害児の寮施設を11から5に減らした石原ジョンイル。その結果、車を持たない障害児のいる家庭は、子どもを半ば引き篭もりのような状態にせざるをえないところもあるそうです。病気や事故などで心身に障害を負ってしまう、そんなことは誰にでもありうることです。その時、自身の不幸に大きな心の痛手を負っても、生活面では安心して過ごせる、それが「先進国の首都」に相応しい街づくりだと私は思いますが、石原ジョンイルのやっていることはまったく逆です。災難があっても安心して過ごせる、そんなものは石原ジョンイルが都知事に就任して以来、1度も感じたことはありません。奇しくもアフリカのリビアでは石原ジョンイルを連想させる独裁者カダフィが国民の力で追放されようとしています。そして、石原ジョンイルが大嫌いな中国では、民衆の力で弱者切捨て的な政治に大きな抗議の声が上がり、「ジャスミン革命」なる言葉が生まれています。アフリカや中国で起こっていること。それに都民も続きたい物です。己の自己顕示のためだけの土建政治家はもういらない!東京から独裁者の追放を!東京からジャスミン革命を!4月10日には、石原ジョンイルとその政策を継承することを宣言している東国原候補以外の候補者に、小池候補を始めとする真に都民のことを考える候補者に投票を!そして、文末になりましたがお断りを。3月13日より「東北関東大震災」で特に大きな被害を受けた「東北地方太平洋側にせめて励ましの言葉だけでもおくりたい」という意味で、「頑張ろう東北!」と言う言葉を表題につけました。また、同じく14日よりその気持ちを強めたいと言う意図で「(J゚д゚)J!」をつけました。見苦しい、不謹慎と言うご意見もあるかもしれませんが、決して茶化したりふざけたりするものではりませんので、ご了承くださいm(_ _)m。頑張ろう東北(J゚д゚)J!
2011.04.04
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