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『江川事件』。
読売虚塵(きょぢん)軍が起こした「史上最悪のドラフト破り」と言う、1978年のシーズンオフの空前の大騒動。
虚塵と江川卓が起こしたワガママによって、人生を大きく狂わされた男、それが小林繁であった。
まずは『江川事件』については(↓)を参照して欲しい。

江川事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6


虚塵が強引にワガママを押し通し、その結果キャンプ前日に空港まで行ってからタイガースへトレードを言い渡された小林繁。
悔しい思いや腸が煮えくり返るような思いが無かったと言えばウソになるだろう。
しかし、この「生贄トレード」についての記者会見で、「今年(1979年)は阪神(タイガース)のために頑張る」と言った。
あの時の小林繁と江川事件。
これによって私はアンチ虚塵になった。

そして、1979年シーズンで自己レコードの22勝を達成した。
そして、この内8勝が自身を生贄にした古巣虚塵からのものだった。
この小林の活躍に多くのファンが感動した。
ちなみに、関西で活躍する芸能人で大のタイガースファンの仙道あきほさんは、この頃の小林の活躍を見て、タイガースのファンになったそうである。
そんな小林だったが、やはりあの事件の動揺と、あの22勝の反動は大きかったのか、その後3年で現役を引退した。
その活躍はあまりにも短すぎた。
あの時、『江川事件』に巻き込まれなかったら、小林繁の野球人生はどうなっていただろうか。
早すぎる引退、早すぎる鬼籍入りにそのことを思わざるをえない。
ちなみに、小林の訃報を聞いた江川卓は(↓)のようなコメントを発表している。

沈痛の江川氏「申し訳ない気持ち消えない」
1月17日23時48分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100117-00000542-san-base


私には、常に自分のことしか考えてこなかったとしか感じられないこの男でも、やはりあの事件に関しては良心の呵責を感じたのだろう。
江川が司会を務める日本テレビの番組を、「虚塵が負けている時の虚塵戦以外は見ない」と言う方針を曲げてこの日は久しぶりに見た。

ただ、江川のコメントはともかく、番組内のVTRは正直虚塵の都合の良い編集であると感じざるをえなかった。
また、虚塵と言う球団自身も、この日記を書いている時点ではこの事件と、あれだけ迷惑を掛けた小林に関して何もコメントを発表していない。
江川自身はあの事件についてはすまない気持ちは欠片くらいでもあるようだが、虚塵と言うチーム、読売と言う企業はどうも今もってあの事件に関して何も反省をしていないと感じられた。
この事を今、天国で小林はどう思っているだろうか。
改めて悔しいと思っているのか、それとも、生前、特に現役時代に女性ファンを魅了した甘い笑顔を魅せて、にっこりと笑って「もう済んだ事だ」と言うだろうか。

そして、それこそが小林への真の焼香であろう。
元近鉄バファローズのコーチであり、そして、私自身が同チームのファンだったので、最後はこの言葉で締めさせて欲しい。
小林繁コーチ、安らかに眠ってください。






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Last updated  2010.01.18 08:22:41
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