2008/06/04
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カテゴリ: 心象風景


  投げたい。
  もう いいから。 もういいから。
  耐えるよりも 投げた方が 楽ならば
  投げてしまうかもしれないな。

  泣きたい とか 通り越して
  吐きたい もう 吐きたい。

  笑えない 声 涙 連鎖。
  心に 降り積もって また連鎖。

  目の前 見たくないから 目を閉じて。
  目の前 見たくないから 目を閉じて。

  どうしようもなくて 涙 どうしようもなくて 涙 なんて もう 流れない。


  頼れない 支えられない 心。
  身から取り出して 投げ出して。
  頼れない 支えられない 心。
  もう いらない。 いらない いらない。

  始めても 始まらない心。

  しかたないね。
  にやけた 太陽 仰いでみれば
  たくさん の 光 が 視野
  いっぱい に 降り注いでいた。

  もぬけの殻 の ような 心。
  うめき声を あげる 心。

  いつの間にか 心は
  やるべきことを 放ったまま。
  だから もう 何も 生まれやしないんだ。

  かなしい とか くるしい とか そんな気持ちは
  かくせない 隠せない。
  えらぶことが できれば きっと こんな心はいらない いらない。
  ただただ 一般論的な 答えが欲しいんです。

  ここに いること。
  ここに いる心。
  ろぐあうと? ログアウトしちゃおうか。

  すばらしき この世界。
  てかてか 光る この世界?
  たら・れば いつも 考えちゃう心。
  いつか とか じゃなくて 今すぐにでも 抱えた心 捨てたい。

  終わる今日に 何を託そう?


  何も託せない 心。

  できそこないの心。
  あらわにすれば 避けられてしまう心。
  だから できない心。

  できそこないの心。
  もういらない と 何度叫んだろう?心。
  けれど 捨てられない心。

  できそこないの心。
  それは ぼくと 繋がる意識。
  もういらない と 思えば
  ぼくを 殺すことに なる心。

  力なく 仰ぐ世界。
  頑張れよ と 言われた心。
  何を 頑張れば いい?と
  首をかしげた心 ぼく 心 ぼく。

  もういいや
  と つぶやいてしまったよ 心。
  だから 世界から 離脱した心。
  はみ出した感情に 心 意識 あてもなく消えそう。』


僕と言う個体を見切れなくて

だから 不安になる。

僕と言う個体は時々自分だけじゃ支えきれなくなるから

誰かに 頼りたくなる。

けれど

できない。

できないのです。

なぜならば

心をあらわにできないからです。




こんな心はもういらないんです。


素直に心からの言葉を吐き出せば

僕と言う個体は もう 以前の 個体では見れなくなってしまうからです。


素直になれること。

それはとても素晴らしい。

けれど 

それができないのは

とても苦しい。


これを

あと残された何十年も抱えていかなければならないとするのならば、

僕は抱えきれなくなるでしょう。





僕の心は 強くなく

すぐに折れてしまいます。

でも

僕には、心から素直になれる人はいません。


最終的には独りで自分自身に向かい合わなければならないのです。



それは 本音ではないのです。

オブラートに包まなければならないのです。

なぜならば

包まなければ 今まで積み上げてきた僕という個体が崩れ落ちてしまうからです。


最終的に向かい合わなければならなくなった僕と僕は

いつも憎しみを抱いています。

どちらもお互いすれ違ったまま

何も始まってやくれないのです。


お互いに理想を掲げて生きています。

けれどその理想は決して重なり合うことはありません。

僕と僕はお互いに違う意識だからです。



今日 頑張れ

と言われました。


その瞬間に 心の何かが 崩れました。


僕はまだ頑張りきれていなかったのです。

まだまだ 頑張らなければならないのです。

でももう疲れてしまいました。

僕と僕を向かい合わせること。

もう疲れてしまいました。


見えるところは 嫌なところしか見えません。

見えるところは 見たくないところばかりしか見えません。


お互いがお互いに 文句を言うわけです。

それを見続ける身体は 耐え切れないのです。


目覚めたら

どちらかの理想に叶ったぼくになってくれていれば…

と、思うことがいつもあります。

それはあくまでも どちらか です。


お互いの理想を半分ずつとかはやめてください。

そうすると困るのは身体ですから。


けれど どちらかの理想も 叶う事はないのです。

僕という個体がいる限り 叶う事はないのです。


どちらかの思うことが 中途半端に 僕の身体に 注がれて

僕の身体は 中途半端にしか 感情を 発することができないのです。


苦しいです。

本当に苦しいです。


周囲を見渡しても わかります。

僕と言う個体が この世界に 馴染んでいないと言う事を。


僕と言う個体は この世界には 馴染めないものらしいのです。


僕と言う個体は すぐに弱音を吐きます。

そして すぐに 心のせいにします。


こんな弱っちい心 こんな弱っちい心。


けれど 違ったのです。

心だけではないのです。

身体も弱っちいのです。


だから 全てが全て 弱っちいのです。



心を捨てきれない 身体と

身体を捨てきれない 心の関係は

まるで

僕を嫌う 僕と

僕を嫌う 僕の関係に 似ています。


つまりは どうしようもないのです。


僕と言う個体が 僕と言う個体として この世に存在する限り

心と身体のどちらも手放さない関係

と

僕と僕の言い争いは 終わらないのです。


そして

それが 終わらないことに 一番 腹を 立てているのが

今、

このように キーボードを叩いている ぼく なのです。


こうあるべき 


と

いつも”べき”を求めているぼくなのに

その最も身近な存在である 僕と言う個体が 一番 あやふやな存在だからです。


こう生きるべき

こう恋をするべき

こう言う風に友人関係を作るべき

べき

べき

べき

べき

べき


全てあてはまらないのです。

ぼくが最も憎む

こうあるべき に はみ出す事柄に 僕と言う個体がはみ出しているのです。


だから

ぼくは いつまでも 言い争いをする僕と言う個体が嫌いです。

ぼくは いつまでも 弱っちい身体と心が嫌いです。


嫌いなものを内包しているわけですから

ぼくは いつまでも ぼく自身を 好きになれないのです。


そして


だから 他人も 好きになれないのです。

だから 他人にも 想いを 伝えられないのです。


ぼくと言う個体を いかにして 修正しようか

いつまでも悩んでは いつも その出た答えを 放ったままにしているのです。


そのたどり着いた答えはしたくてもできないのです。

なぜならば

それを実行するのは ぼく自身であり 僕という個体の首を絞めることになるからです。 




しろくろーむ





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Last updated  2008/06/04 06:45:11 PM
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