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お姫岩(中村地区) 悲しい言い伝えのある岩です。ユっぴー・コスモスです。 どうぞ、《コスモス街道》を、応援してくださいね~→内山《コスモス街道》には、いくつかの、語り継がれているお話があります。今日はその中の一つ、「お姫岩」にまつわる物語を紹介しましょう~。 -------- * お姫岩 * -------- 昔、内山に 右大臣藤原内基公 という人が住んでいたことがあった。婦人の 鎌岩御前(かまいわごぜん) はたいそうの美人だったので内基公は婦人を心から寵愛していた。ある時内基公は、所用のため都へ上っていったが、行ったきりいつになっても帰ってこなかった。鎌岩御前はそれを深く悲しんで、装束を改めて岩の上に立って天に祈った。不思議にも満願の日の明け方「おまえの願いはかなった。」と天から声が聞こえたかと思うと、白雲が辺り一面を覆い、鎌岩御前の姿は見えなくなってしまった。白雲が晴れたあとを見ればそこには鎌岩御前そっくりの三丈余りの岩が立っていたという。 (「内山峡・コスモス街道」リーフレット より 発行;佐久市観光協会) -------- * ------- * --------・・というお話です。どうして当時このような山の中に、右大臣という身分の人が住んでいたのか、ユっぴーは今のところ勉強不足でよくわかりません。でも、夫の帰りをずっと待っていた鎌岩御前の気持ちは、なんとなくわかるような気はします。内基公さんって、お手紙くらい、よこしてくれたのでしょうか?どうして御前を都に呼び寄せなかったのかなー。それに、「おまえの願いはかなった。」とは、一体どういうことなのでしょう~??ん~、わかりません~。でも、「願いがかなった」というのですから、よかったな~、ということにしておきましょうね。うんうん♪皆さま、《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ ~~~~~~~~~ ♪~~~~~~~~~~♪ コスモス街道から、 「風」を届けるメールマガジン、*コスモス街道*風メール♪は、こちら♪です ~~~~~~~~~~~~~~~♪~~~~
2006.01.19
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あなたの顔やからだは、どんなタイプ?ユっぴー・コスモスです。 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→内山限定地域新聞『月刊こすもす』(プリントショップコスモスさん提供)に掲載された、内山在住羽毛田(はけた)卓也さんの、歴史・自然エッセイのご紹介、今度は今年の2月号への掲載分です。(Web上で読みやすいように、ユっぴーが改行・行空けしています。) ★見てね♪ → ★羽毛田さんの、自然・歴史エッセイコーナー★今回は、私たちの顔や身体の特徴は、どんな系統なのかというお話です。 人面付土器(岩村田西一本柳遺跡出土)--- 顔とからだの歴史 ---ちょっと難しい内容の話が続きましたので、今回は趣向を変えて、皆さんにとってもっとも身近な「顔とからだの歴史」の話をします。右の写真は以前に紹介した弥生時代中期後半の人面付土器(岩村田西一本柳遺跡出土)の頭部で、重要文化財クラスの貴重な出土品です。弥生時代の人の顔を特徴的に表現しています。切れ長の目に二重まぶた、鼻筋はまっすぐで横に広がる鼻、鼻腔は下を向く。あごの張り出しが弱く細面、耳は大きいという特徴があります。これらの特徴は、大きく二つのモンゴロイドのもので、弥生時代すでに、今の日本人の特徴を備えていることがわかります。そのふたつのモンゴロイドについて説明をします。日本人は人類学上、モンゴロイドに分類されます。モンゴロイドはアジアのほぼ全域、トルコの一部、ロシアの一部、アラスカ、オーストラリア(原住民族)、中南米(原住民族)、アメリカ(原住民族)などに分布しています。日本人はふたつのモンゴロイドのグループを中心として成り立っていると言われています。新モンゴロイドと古モンゴロイドです。今からおよそ10万年前、ユーラシア大陸の内陸部に展開していたモンゴロイドは、氷河期を迎えて、南下したモンゴロイド(古)と内陸部で氷河期を耐え抜いたモンゴロイド(新)に分かれたという説が有力です。さて、ここでこれを読んでいるあなた、自分を含め家族の顔を見てみましょう。目が細く一重まぶたの人、眉毛の薄い人、唇の薄い人、耳の小さな人、ひげの薄い人、鼻が低く横に広がっている人、髪が直毛の人、あごの張り出しが小さい人は、新モンゴロイドの特徴を持っています。二重まぶたの人、眉毛の濃い人、唇が厚い人、耳が大きい人、ひげや体毛の濃い人、髪が縮れ毛の人、あごが横に張り出している人は、古モンゴロイドの特徴をもっています。さあどうでしょうか。たぶんどちらか一方にどんぴしゃと当てはまる人は少ないでしょう。奥二重・普通の唇・普通のまゆげ・普通のあご・ウエーブのかかった髪といった中間的特徴の人も多いかと思います。また同じ家族なのに違う人も居るはずです。地域によってばらつきはありますが、日本人は新モンゴロイドと古モンゴロイドがほぼ半分ずつ交じり合っています。お隣の韓国は新モンゴロイドが7割前後になります。韓国ドラマでチェックしてみてください。じゃあ身長の高低はどうなの、足の長短や指の長短はどうなのと疑問を持った方もいるかと思います。それらは、多様性を持つモンゴロイドの一部の特徴で、食や住環境の変化によって、もともと持っていたものが出てきただけなのです。現代人の若者の平均身長の伸びは、欧米型の食住環境が短期間でもたらしたもので、いかに変化しやすいものかわかるはずです。ちょっと駆け足になってしまいましたが、皆さんのお茶の間の話題のひとつになりましたでしょうか。 (写真:「佐久市文化財年報2平成3・4年度」) (文責 羽毛田) 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→
2007.04.05
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ユっぴー・コスモスです。9月18日(日)の、コスモスライブ2011、ダイジェスト動画でアップしていただきましたので、ご紹介しま~す♪(アップ、ありがとうございまーーす!) 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ ↓その1 ↓その2 ↓その3 こうして改めてダイジェストで見てみると、やっぱりとても良いライブでしたね。多くの人の力を合わせてこんなすてきなライブができることって、本当に素晴らしい、、と、しみじみ感じるユっぴーでした。★「佐久高原コスモスまつり」は、9月25日まで開催中で~す♪ ⇒☆ここをクリック♪☆ 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ ★うちやま織り~部♪ ★お仙の里内山、機織り愛好会(↑うちやま織り~部♪ 前身)★ ★ ユっぴーの、ツイッター yuppycosmos ★ ☆内山キラキラプロジェクト公式ブログ☆
2011.09.19
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ユっぴー・コスモスです。「お仙の里内山*機織り愛好会」が、できました☆ ※関連記事 →★"お仙の里" うちやま 織り~部♪ 出発。★ 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ 「お仙ちゃん」と、機織り機 2009年7月の、中込商店会七夕まつりに出展した、 「内山を紹介する七夕飾りブース」にて。ユっぴーと何人かの有志で作っている、内山の地域づくりグループ 「内山キラキラプロジェクト」 では、毎年7月はじめの土日に開催される「中込七夕まつり」に、「内山」をテーマにした七夕飾りブースを出展しています。昨年、2009年の七夕まつりでは、内山に伝わる民話、「仙ヶ滝」を題材にし、機織りの練習にいそしむ少女「お仙ちゃん」の様子を、表現することにしました。 ★「仙ヶ滝」のお話は、また後ほど紹介しますが、簡単には、 お仙という少女が機織りの技を磨くためけなげに努力をしたが、 どうしても継母に認めてもらえないことを嘆いて滝に身を投げてしまう。 以後その滝からは、機織りの音が聞こえるようになった…という伝説。そして、この内山地区で昔使っていた「機織り機」を内山中探しまわりました。ですが、ない、のです・・。どのお宅でも、処分してしまった、と。そうして探しまわり、最後にやっと、青木茂太さんという方のお宅の梁の上に、「分解」して上げてあったものを、下ろさせていただくことができました。年代を経た、木製の様々なパーツの数々・・それらを、ああでもない、こうでもない、と、パズルを組み立てるようにして復活させたのが、写真の機織り機です。ところが、なんとか機織り機は組み立てたものの、今度は、私たちの中のだーれも、この機織り機に「糸をかける方法」が、分かりません・・機織りの様子を再現するには、糸がかかっていなければ変ですよね。ここに到ってはじめて、その重大な事に、気付いた訳です。(苦笑)あら~、どうしよう・・???で、結果は、奇跡的な偶然が重なって、(この過程も話せば長いお話なのですが)ユっぴーは、機を織ることも、機織りに糸をかけることもできる、望月多恵子さんという方に、めぐりあうことができたのです。(大感激でした。)そして、七夕祭りでは写真の通り、美しく糸のかけられた機織り機と、その機で布を織っている等身大の「お仙ちゃん」を、無事に展示することができたのでした。あのときは、何とも言えず感動したわたしたちでした・・。この写真の機織り機は、昔ながらの、「糸綜絖(いとぞうこう)」を再現してあります。*綜絖(そうこう):一本一本の経糸(たていと)を、 絡み合わないように通過させる装置。現在、機を織る人でこの「糸綜絖(いとぞうこう)」を採用している人は、ほとんど居ないそうです。(現在はほとんど、金属製の綜絖(そうこう)が使われています。)下の写真は、望月多恵子さんとその友人の方が、昔ながらの「糸綜絖」を作り、そして、機に糸をかけてくださっている時の様子です。望月さんがかつて、あるおばあ様から教わったという、方法で。集中力と緻密さと体力の要る作業、ということが、傍で見ていたユっぴーにもわかりました。(ほんとうに感謝。) 糸で綜絖(そうこう)を作り、用意された経糸(たていと)を機にかける様子・・と、ここまでの話は前置きです。大変な過程を経てよみがえった、この機織り機。わたしたちは、これを、「貴重な文化的財産」だと思うのです。そして、息を吹き返したこの価値ある装置を、ちゃんと活かして行かなければ嘘だと思い、「お仙の里内山*機織り愛好会」を、作りました。現在、内山の人を中心に、十数名の人が入ってくださっています。かつて、養蚕が盛んで、どこのお宅でも、「蚕(かいこ)」を育てていた内山。当時は、自分の家の蚕の繭から採った絹糸で布を織り、その布で仕立てた着物を着る、というシーンも多かったそうです。今、この「機織り愛好会」に入ってくださった皆さんは、ほとんど、機織りの経験のない人ばかりです。ですけれど、自分たちのできる範囲で、少しずつ、織物にも親しんで行きたい、と考えてくれる人たちが集まりました。若い人から、年配の人まで、様々。まずは、裂き織り等からはじめて、少しずつ、広げて行きたいと思います。その為には、この機織り機を、発起人のユっぴーや、主要なメンバーの住む近くの建物に置かせていただき、時間があるごとに触って慣れておきたい。・・ということで、内山の公民館長さんを通して、内山集会所に置かせてもらえないでしょうか?~と、申し入れてみました。が、区長会のみなさんから、「集会所はそのための場所ではない」ということで、却下、となりました。たしかに、そのように言われればその通りですので、仕方がありません。現在、この機織り機は、内山の相立(あいだて)という地区にある、「プリントショップコスモス」さんの旧事務所に、置かせていただいています。ユっぴーをはじめ、主なメンバーの居住地からは距離があるのですが、とりあえずここで、できることからやって行こうと思います。(とは言え、この場所にずっと置かせていただく、 というわけにも行かないと思います。 しばらくの間は、大丈夫のようですが。)千里の道も、一歩から。ですよね。「仙ヶ滝」という、滝にまつわる伝説と、また、内山の昔の産業にも関わりのある、「機織り」という文化。愛好会、という小さな一歩から、少しずつ、育ててゆきたいな~、と、心を躍らせている、わたしたちです。~* ※機織り愛好会、その後の展開 →★"お仙の里" うちやま 織り~部♪ 出発。★ 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ ★ ツイッター yuppycosmos ★
2010.06.10
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自然に囲まれた保育園で、音楽会♪ 内山保育園音楽会ユっぴー・コスモスです。17日、山里の自然に囲まれのびのびとした保育園、「内山保育園」で音楽会がありました。 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ 周囲を自然に囲まれた、内山保育園 向かって右側の、外に時計の掛けてあるところが、 音楽会の行なわれる広間です。年長のゆり組さんが、年下の組の子ども達を呼ぶところから音楽会は、はじまりました。 内山のコーラスサークル「山ゆりの会」 ~毎年、音楽会にお招きいただいています。 この日は「緑のそよ風」と「四季のうた」を、 歌わせていただきました。 一生けんめいステージに見入る子どもたち。 先生方のハンドベル演奏 ~とても素敵でした。 保護者役員の皆さんの元気な演奏 身近にあるものを利用して作った「特製楽器」で 演奏してくれました。 とっても楽しかったです! すごくウケてました♪ 保護者役員の皆さんの元気な演奏 たのもしきママさん達です☆「山ゆりの会」のメンバーは、園児のみなさんと一緒にお昼をいただきました。 小さい子どもたち大勢と一緒のごはんは、 とても楽しく美味しかったです。 お当番の園児さんと、 給食調理担当の先生。 お味噌汁は、ちゃんとお出しをとって 作っているのだそうです。 食器は、プラスチック類ではなく、セラミックでした。 栄養のバランスを考えてある献立は、ヘルシーな感じ。 パンはホクホクで、これも美味しかったです。 山ゆりの会から園にお贈りしたスイカを、 美味しそうにモリモリと食べてくれてました。 うれしいですね!楽しい音楽会、そして子どもたちと一緒の昼食会でした。コーラス「山ゆりの会」の皆、うれしかったです。ありがとうございました。そして、ごちそうさまでした。★中込七夕まつりに、今年も内山ブース&内山のおみやげが当たるクイズ実施します! 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ ★うちやま織り~部♪ ★お仙の里内山、機織り愛好会(↑うちやま織り~部♪ 前身)★ ★ ユっぴーの、ツイッター yuppycosmos ★ ☆内山キラキラプロジェクト公式ブログ☆
2011.06.17
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コスモス染めのお弁当袋、出来上がり!ユっぴー・コスモスです。9月6日、地元の中込(なかごみ)中学校へ行って、生徒さんが「コスモス染め」を体験するお手伝いをしてきました。 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ 「佐久高原コスモスまつり」開催中~♪ ⇒☆ここをクリック♪☆「総合学習の時間」ということで、それぞれの生徒さんが、地域の色々な人から、それぞれ希望することを、体験を通して学ぶ、という授業。「コスモス染め」の体験を通して、地元内山コスモス街道のことを感じてみたい、・・という生徒さんがいらして、ユっぴーも呼ばれたのでした。あらかじめ、「薄めた牛乳に浸してから乾かす」という下処理まで済ませた木綿の布を、持って行きました。・まずこの布に、ところどころ、輪ゴムで「絞り」を施してもらいました。 コスモス染め 染める前の絞り作業丁寧に絞り作業をした布を、コスモスの葉と茎を煮ている鍋の中に入れます。この中に「みょうばん」を入れます。たちまち、お湯が鮮やかな「黄色」に変わります。すると、中に入れた布も、きれいな黄色になります。しばらくしてから引き上げて、流水で水が澄むまでよく洗います。(絞った部分もほどいて、よく洗います。)コスモス染め 染め上がったところ「絞り」を入れた部分は白い輪になって、きれいに並んで、たのしい模様になりました。染まった黄色の部分も、爽やかな感じの色になりました。これを、古タオルで水気をよく取ってから、アイロンを掛けてスキッと乾かし、ミシンで縫って「お弁当袋」に仕立てます。ぐるっと紐を通すところを作り、「お花のような、きんちゃく袋」に仕立てます。レモン色に染まった布に、赤い糸が効いていますね♪慎重にゆっくりと縫っています世界にただ一つ、自分で作ったマイお弁当袋です。中込中学校の窓からは、浅間山と秋の青空が。お弁当袋の「花びら」のそれぞれに、アイロンで付ける、可愛いワンポイント模様を入れました。「どの絵にしようかなー?」と選ぶのも、また、たのしそうでした。 そして・・ できました! コスモス染めのお弁当袋、出来上がり!コスモス街道にちなんだ、「コスモス染め」の作品、上手にできました。大切に、使ってね。コスモス染めに興味を持ってくれてうれしかったです。どうもありがとうございました。 「佐久高原コスモスまつり」開催中~♪ ⇒☆ここをクリック♪☆ 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ ★うちやま織り~部♪ ★お仙の里内山、機織り愛好会(↑うちやま織り~部♪ 前身)★ ★ ユっぴーの、ツイッター yuppycosmos ★ ☆内山キラキラプロジェクト公式ブログ☆
2011.09.07
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ユっぴー・コスモスです。 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ 荒船山上の水源地(御池・沼)6月に、「荒船山について学ぶ勉強会」を荒船不動尊にて開催しました。主催は「内山キラキラプロジェクト」。(地域の魅力を発見し発信し磨いてゆこうという趣旨のもとに結成された非営利の小グループ。)勉強会の講師を務めてくださったのは、内山在住、佐久の歴史研究家、羽毛田卓也さん。たいへん深い知識を、わかりやすく話してくださいました。その羽毛田さんが、当日のお話の内容を、整理して何回かに分けて文章にし地元内山のコミュニティ紙「月刊こすもす」に投稿してくださることになりました。今日は既に掲載された<その1>を、こちらでご紹介させていただきます。 (ウェブ上で読みやすくするために、 当ブログ筆者が改行や行空け等の手を加えていますことをご了承ください。)── 水の信仰(荒船不動にて)その1 ──去る6月9日に内山キラキラプロジェクト主催で、荒船山の水の信仰の話を荒船不動尊で行いました。今回から数回にわたり、その内容の一部を紹介します。佐久地方には、古くから信仰されている山が3座あります。蓼科山(古くは高井山)、浅間山、荒船山(古くは逆鉾山)です。いずれの山も太平洋と日本海の両方に注ぐ川を持つ分水嶺です。高井山の「タカ」は岳信仰に通ずるその地方を代表する高い山の意味があり、「イ」は神の恵みである水が湧く「イズミ」をあらわします。浅間山は、アサはウスから変化したもので、火を噴くという意味をもちます。アソも同じ意味となります。ですので古代では、火を噴く山は「アソ・アサ・ウス」などが付いた名前が使われ、現在まで残っています。逆鉾山は、荒船信仰で伝承している3人の巫女の内の一人が、荒船山頂で逆さに刺した鉾の上に座っていたという伝承から呼ばれた名称です。荒船山を御神体とする神社は、佐久側では「荒舩山神社」、群馬側では富岡に鎮座する「抜貫神社」です。荒船山の女神が里へ降りて来た際に、座っていた鉾を抜いて、脇に抱えてきたため、「抜貫」という名前になったと伝えられています。まだ行ったことがない方は、荒船山という奥宮や水が共通する神社ですので、一度は訪ねてみませんか。荒船山の艫岩へ向かう登山道の脇に御池があります。ここが、女神信仰の母体となる水の信仰地です。「抜貫神社」の禁足地でもあります。群馬側では、荒船山の木を切ると神様のバチが当たるとして、木を切ることを固く禁じていました。山頂の木を切ると、御池の水が減ってしまうことを、経験的に知っていたためと考えられます。日照りの続いた夏でも水が枯れないということ、ほぼ山の頂上にあるということ、少量ですが水が湧くということで、信仰の対象地になったものと考えられます。現在の荒船山は、地質年代の第三紀末に盛んに噴火した火山で、その噴火の際に噴出した石英質な安山岩が山頂をすっぽりと包み込み、北側に絶壁を持ちます。その山頂部はほぼ平で、中央部がわずかに窪んでいます。それが荒船山の溶岩噴出口の一つです。その後、八ヶ岳、蓼科山、黒斑山、浅間山の噴火に伴う粘土質の降下火山灰が何層も覆い、現在の山容を形作っています。頂上付近に降った水は、石英質な安山岩の層と、粘土質な火山灰層に阻まれて、地下に浸透することなく、頂上凹地に溜まり、わずかな起伏を持つ粘土層の圧力により、圧力の少ない御池付近で湧き出しています。この御池の水は、群馬側で鏑川の支流の源泉となり、長野県側では、旧内山川の源泉となっています。この水の信仰は非常に古く、古代に遡るものと考えられますが、江戸時代の中頃には、農業に必要な水として、再び信仰の対象と成ります。それが内山や平賀地区に伝承されている「いっぱい水」の信仰です。日照りが続き、旧内山川の水が枯れると、農業に大変な損害が発生します。そこで村の人たちは、代表者を荒船山の山頂に向かわせます。当初は、結婚前の女性でしたが、そのうちに男性に代わります。村の代表者は、一本のひしゃくを携えて荒船不動を目指します。不動に着きますと、不動裏の湧き水、あるいは眼下の旧内山川で禊を行い、山頂を目指します。山頂の祠で、荒船山の神様に貯めている水を天からいただきたいとお願いし、御池に向かいます。御池着くと、ひしゃくで水をすくい、こぼさないように慎重に下山します。こぼすと、その場所から水害が発生するとされ、慎重にこぼさなように下山したそうです。無事下山すると、水が欲しい耕作地や井堰に御池から汲んできた水を撒きます。すると2・3日の内に、荒船山の神様が願いを聞き入れて、雨を降らせてくれるという信仰です。この信仰を母体として、神道系ではあふり信仰(雨降神社)、修験道・仏教系では石尊山信仰へと移行していきます。内山や平賀の各村々に残存する「あふりさん」と「せきそんさん」の信仰は、荒船山の御池の水を信仰としているのです。これは群馬県側でも全く同じで、あふり信仰(雨降りさん)が鏑川流域に広がり、信仰の源の水は、荒船山の御池ということで共通しています。 ★ 内山在住 羽毛田さん★の →■内山の歴史・自然エッセイ*コーナーへ──────以上羽毛田さんの寄稿文です。(改行等は当ブログ筆者)後日、続編をご紹介します。 《コスモス街道》を、応援してくださいね♪→ ★ユっぴーのfacebook ☆内山キラキラプロジェクト公式ブログ☆ ★うちやま織り~部♪ ★お仙の里内山、機織り愛好会(↑うちやま織り~部♪ 前身)★ ★ ユっぴーの、ツイッター yuppycosmos ★
2013.09.05
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