欧州フットボールの空間

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Mar 30, 2004
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トータルフットボール創始者、リヌス・ミケルスの軌跡 完結編



この画期的なスタイルについて、彼は自伝のなかでこう語っている。
「このシステムでは、選手はルーレットのように動き回り、だれもが攻撃に参加するのだ。守備に対して責任を負うのと同じように、攻撃の局面でもエゴを捨て、チームの勝利のためにすべてを捧げること。」

 ミケルスはこれを選手に求めた。選手は自己犠牲の精神を忘れず、勝利に向かって遭進すべし。
 これが彼のモットーだった。
 就任2年目の65-66シーズンにリーグ制覇を果たすと、69-70シーズンまでの5年間で4度のリーグ優勝と3度の国内カップ戦優勝を記録。
 そして70-71シーズンには、クラブ史上初めてのチャンピオンズ・カップ優勝を成し遂げたのである。
 こうして、ヨーロッパ屈指の名監督として押しも押されもしない存在となったミケルスは、ヨーロッパ王者のタイトルを置き土産に名門バルセロナヘと転出。
 スペインでの挑戦を始めた。一方、指揮官を失ったアヤックスだが、クライフら〃ミケルスの遺産"は快進撃を続け、73年までチャンピオンズ・カップ3連覇を達成。国内リーグでも、72年、73年と2連覇を果たしている。

 38年フランス大会以来、実に36年ぶりとなったワールドカップの舞台で成功を収めるため、KNVB(オランダ・サッカー協会)は、切り札を切ったのである。
 この期待に応え、ミケルスは白慢のトータル・フットボールを披露。オランダは旋風を巻き起こしながら勝利を
重ね、ピッチで躍動したクライフは世界的なスターになった。
 決勝の相手は地元の西ドイツだったが、だれもがオランダの優勝を信じて疑わなかった。
 しかし、試合開始のホイッスルからのPK)を奪ったものの、その後は"皇帝"フランツ・ベッケンバウアー率いるドイツの厳しい守備の前に沈黙。
 結局1-2で敗れ、ミケルスは世界の頂点に立つことができなかった。
 失意を味わったミケルスだが、その後も精力的に指導を続けた。バルセロナ、1FCケルン、バイヤー・レバークーゼン、さらにはロサンゼルス・アズテックス(北米プロサッカーリーグ)と渡り歩き、オランダ代表監督にも再任。
 そして88年のヨーロッパ選手権で、彼の努力がついに報われる。
 ルート・フリツト、フランク・ライカールト、マルコ・ファン・バステン、ロナルド・クーマンら鐸々たるタレントを擁したミケルスは、準決勝で西ドイツを撃破。
 14年越しのリベンジを果たすと、決勝でもソ連を破り、オランダ・サッカー史上初めてとなるビッグタイトルを手にしたのである。
 このチームのキャプテンを務めたフリットは試合後、

 デンマークにPK戦の末に敗れ、ベスト4に終わった92年のヨーロッパ選手権を最後に第一線を退いたミケルスは、KNVBをはじめUEFAやFIFAのアドバイザーを歴任。
 オランダ・フットボール界だけでなく、ヨーロッパ大陸、さらには世界のサッカー界にも多大なる貢献を果たした。
 日韓ワールドカップ出場を逃し、辞任したルイス・ファン・ハール監督の後任を決める際にも、KNVBはミケルスに助言を求めている。
 相談を受けた彼は、白分の愛弟子でもあるディック・アドフォカートを推薦。
 オランダ代表の新体制は、こうして決まったのである。

 さて、こうしてミケルスの半生を振り返ってみたが、改めてその偉大さに圧倒されてしまう。
 3月9日を前にしたオランダでは、テレビ、新聞、雑誌などあらゆるメディアがミケルスのムードに包まれた、1月の次は2月ではなく"ミケルス月〃と呼びたくなるほどのフィーバーぶりだった。
 ミケルスの代名詞ともいえる「トータル・フットボール」について、改めてコメントを求めたメディアがあったが、それに対する答がまた痛快だった。
「君らメディアは好んでその言葉を使うが、わたしにいわせればフットボールとは戦争なんだよ。ミケルスを語るときは、そう心得てくれたまえ」
心に響く言葉は、さらに続いた。
「シンプルなフットボールこそが、もっとも美しい。それこそ、フットボールで最高の瞬間だ。完壁さを求め、それを実行するのはある意味、簡単なことだ。しかし、フットボールにおいてもっとも重要なものは、勝利なんだ。われわれオランダ人は、とにかく美しさにこだわり、それについてのディスカッションは絶えない。美しいプレーは観客にも支持されるし、その意味では大きな満足を得られるだろう。だが忘れるな。オランダ以外の国では最終的には結果、つまり勝利がすべてなんだということを。プレーのクオリティーは、確かに世界屈指のレベルにある。しかし、そのために大きな代償を払ってきたのも事実なのだ」

ミケルスは言葉を継ぐ。

「日韓ワールドカップ予選のアイルランド戦(アウェー)がそうだった。われわれは試合の中身やらクオリティーやらに囚われて、もっとも大事な結果を忘れてしまったではないか。オランダは、美しい、攻撃的なフットボールを発展させてきた。だが、いまわれわれが誇れるのは、この攻撃だけなのだ。いまの代表チームで、まともに守備ができるプレーヤーといえば、ヤープ・スタムだけではないか」

 そう語るミケルスの脳裏には、アリー・ハーンの姿があるのだ。CBと守備的MFをこなし、守備陣のリーダーとして74年ワールドカップの準優勝に貢献したハーンは、トータル・フットボールの影の功労者だった。
やはり、安定した守備があって初めて、攻撃サッカーも意味を持つのだ。
 この考えを念頭に置いて、ミケルスはトータル・フットボールを、
「ひとつのスタイルであり、決してカルチャーではない」
と言い切る。
「11番と7番がサイドに開いてプレーするばかりがサッカーではない。もっとフレキシブルに、ピッチを有効に使って、中央からアタックしてもいいのだ。ボールを奪い、キープする。そしてフィニッシュに持ち込む。それがフットボールではないか」


 夢のようなスタイルを完成させたミケルス。だが彼は、だれよりも現実を見据えているのだ。そう、フットボールとは単純明快なスポーツである。
 それを忘れては、最終目的(勝利)を達成することなどとうていできないのだ。

 リヌス・ミケルス。オランダフットボール界の伝説であり、多大な貢献をした彼の発言は現在でも、最も影響力がある。





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Last updated  Mar 30, 2004 07:24:58 PM
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南町与力@ 無題 ペレ、クライフ、マラドーナ、ディステフ…
玉田より田中使え@ 監督が良かったら勝つの? 色々言われてるけどただの結果論だね。サ…
小野のボランチ反対@ 身の程をわきまえて 単純ですがキープ力、そして単独突破でな…
ネドベド@ Re:第二話・・オフ・ザ・ボールの重要性(03/05) その通り、全くです。上手い選手だけ集め…
今いっとけ@ ミラン衰退の足音か?セレソン化 即戦力は分かるけど30越える選手が多す…

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