私の教師生活の半分近くを過ごした高校が 統廃合の波にさらわれて 昨日またその門を閉じました。 36年 という短い生涯でした。昨夜はその記念(というのもおかしいですが)パーティーに行って来ました。
大学出たての右も左も判らない私を講師として採用してくれ、その後 別の二校で武者修行を終えた私を再度迎えてくれた学校です。 鬱から少し快復した元妻を保健室のバイトに雇ってくれ、長女と次男もお世話になった学校でもありました。 そんなこんなで色々ご迷惑を掛けたりお世話して下さったりの先生方ひとりひとりにお礼とお詫びを言う機会を与えられました。
教師としての私も随分好き勝手をやらせてもらいました。記念誌に私の事を書いてくれた卒業生がいます。その文章からそのまま引用してみます。
体育の先生でもないのに、とにかく自転車をこぐのが速く、何度挑戦しても追いつくことができなかった先生。その先生は授業もユニーク。映画を見て、伏線をひたすら探したり、自転車に乗って外に出て、川沿いに行き俳句を詠んだり。外に出ていくとは考えもつかず、友達と大笑いしたのを覚えている。
普通の授業ではこんなことは出来ませんが、選択国語という3年生だけの特別授業だったんです。私の前任者までは、ひたすら受験対策の問題集をやっていた時間なんですが、何をやってもいいと言われたので、映画を観たり、歌仙を巻かせたり、ゲーム感覚で日本語や文学に親しんでもらうメニューを毎時間考えて遊んでいたんです。「やったもん勝ち」的に、校外授業もやりました。「二十四の瞳」の世界に憧れがあったんです(笑)
秋の校外学習(遠足)が雨で流れ、生徒たちが「遠足 行きた~い」と言うので、 考査の最終日 に、卒業アルバム用の写真を撮る名目で、私のクラスだけ近くの山に遠足に行ったこともありました。他のクラスの担任も生徒達も、誰がそんな日に再集合なんかするもんかと呆れ顔でしたが、9割の生徒が来てくれました。
生徒も教職員もけっこう仲が良く、毎日が楽しい日々でした。
それはともかく、私は都合 4つの高校に勤めましたが、なんとそのすべての学校が統廃合で消えてしまいました。 名門校に行かなかった(行けなかった)お前が悪いのだと言われればそれまでなのですが、これってどう考えても尋常なこととは思えません。
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