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2010.04.09
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カテゴリ: カテゴリ未分類
一言で言えば、顔が大きく平面的ということでしょう。

 多分、我々もこの世界を、園児の描くお母さんの絵のように見ている。

 関心のあるものは、大きく見ていて、関心のないものはあっても
見えない(見えていても 記憶にとどめていない)

 ですから、その人の価値尺度によって 世界のありようは変わる。

 公園の 浮浪者と遊んでいる子供、ひなたぼっこしている老人は、同じ公園にいても、違う世界を見ている。

 会社でも 立場によって、見方が違えば 実際に見ている世界も異なる。

 これが、世界が意識により創造されるということ。

 いまの意識が 見たいものを見て、見たくないものは見ない。



 もちろん、その意識・感情が問題であって、たいていは
ミニ自我(偏見)をもっていて、ゆがんで世界をみている。

 あるがままに 見ること自体なかなかできるものではない。

 ただ、あなたの見ている世界が あなたのいまの状況を映し出していると考えることはできる。

 世界を観察して、自分の思いを見ることができる。

 それが いやな上司であり、したくない仕事であり、しなければならないことでもあるのでしょう。

 世界を観察すること=心象風景をみること

 自分の想いを観察することは、結構難しい。すぐに変わるし、忘れる。

 ある意味、日記は想念観察には最適。

 自分が今何に関心があるのかということを 見るには、日記等で書き留めておくことは、必要かもしれないですね。

 多分、関心のないものは 世界に存在しない。見えもしないし、感じもしない。











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最終更新日  2010.04.09 16:18:13
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