和。。さん

>昔の人は、知らなくても経験的にわかっていましたよね。

 近代の誕生と自我の誕生は、同じではないかと思っています。つまり、産業革命以降の資本主義においては、ウエーバーの 勤労主義が生じ、努力することが最高の価値のようになった。それまでは、週に3日も働くことはなかったといいます。いわば 子供の延長でいられた。
 近代以前は、鏡であるとしることもなく、きっとあたりまえだったと思いますね。 (2010.06.18 09:46:06)

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2010.06.17
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テーマ: たわごと(27816)
カテゴリ: カテゴリ未分類
 世界が鏡であるかどうかは、実は、どうでもいいこと。

 楽に生きることができれば、世界が鏡だと知る必要もない。

 生きていて、なんか生きにくいなあとか、何か違うと思ったとき

 どうしようもないとき

 世界が鏡であると知って、ああそうだったのかと気づく。

 相手の嫌いなところは 自分の嫌いなところ

 人のふりみて 自分をなおせ

 とか、まったく科学的ではないけれども、経験上認められることはたくさんある。

 それが、世界が意識の鏡であることで、



 そして、想いが世界を構成しているのであれば

 想いを 観察していくと、世界を 観察していくことと同じとわかる。

 そして、変わろうとするから 変れない

 幸せに なろうとするから なれない。

 努力しても 成功することはない。

 と、わかる。

 それまでは、努力すれば 何とかなると思っていた。

 努力が すべてを解決してくれるから、うまくいかないのは

 努力が足りないからだと思っていた。

 努力の効果がでるなら、すでにでてないと おかしいのに



 ・・・」が、変わることはなかった。

 むしろ どんどん 悪くなっていくようでした。

 そういう風に 感じている人は、この世界が鏡であるとして仮定してみるといい。






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最終更新日  2010.06.17 09:22:01
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Re:+鏡/(06/17)  
和。。  さん
>楽に生きることができれば、世界が鏡だと知る必要もない。

おお、するどい意見ですね。
これが、世界が鏡だと感じている人にとっての死角なんですよね。 (2010.06.17 12:40:00)

Re[1]:+鏡/(06/17)  
nokuta  さん

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