2004年06月01日
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ハラ・ケイという名前はは原敬(ハラ・タカシ)の愛称であり、原敬はご存知の通り1851年に生まれ大正時代に華族の牛耳ていた政府において平民出身ではじめて宰相なった。「Silk」の作者Bariccoがハラ・ケイという人名を選んだのは単にHara-Keiという音を気に入ったからだと思う。原敬は岩手の豪商の家に生を受け、華族ばかりの政界に乗り込んだ階級闘争者だったから、小説の退廃的で寡黙なハラ・ケイとは逆の大衆受けのする人物だったのではないかと思う。

英国・イタリア文学フェスティバルはイタリア文化会館の大ホールで開かれた。やたらに外交官やその奥さんとその取り巻きのような人が多かったから、出席者の平均年齢は60ぐらいに押し上げられていたのではないかと思う。謎めいた豪商のハラ・ケイでなく、大衆政治家の原敬なら雰囲気を嫌って帰ってしまったのではないかと思う。何せ金の臭い、古い金の臭いがぷんぷんするのだ。

日本人の文学ファンの間で「長距離走者の孤独」は学校の推薦著書に含まれていたので知名度が割りと高いアラン・シリトーが彼のお気に入りのアントニオ・デルフィーニを数ページ朗読した。1950年代に英国で「怒りの世代」の旗手として有名だった作家だ。怒れるインテリ労働者だった彼は大学教授のような雰囲気になってしまっているが、ダンディーなテラコッタ色の帽子を机の上にサワダケンジみたいに放り投げ、朗読の締めくくりは兵士が「Fucking Good!」と叫ぶところで決めてくれた。80歳以上になっているはずであるのに心はまだ研ぎ澄まされている。

日本でいう芥川賞、ブッカー賞受賞で非白人に乗っ取られた感じまでする英国文壇で非常にがんばっているイアン・マキュアンはイタロ・カルヴィーノの短編を読んだ。
「カルヴィーノのいつもの突き抜けてしまったような華麗なスタイルではなく、若いコミュニストが教会に行き牧師や尼がクリスチャン・デモクラットに投票をしないように画策する…という泥臭い社会現実主義だから私は好きなんです」とコメントをしたマキュアンは灰色のスーツを着ていて会計士か弁護士のように見えた。
友人の弁護士がマキュアンの離婚訴訟に関わって「あー!イアン・マキュアンってすごくチャーミングだったわよ」なんて言っていたことを思い出した。サラリーマンの家庭に育った私は彼のような冷たい上流階級っぽい男は苦手だ。あんな奴がチャーミングであるはずはない。しかしマキュアンの何かに憑かれたような気味の悪い感触のある心理小説は好きなので読み続けるだろう。

原敬よ、私を救いたまえ。





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最終更新日  2012年03月30日 14時03分10秒
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