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2005年06月05日
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さて、昔話の時代も1974年から75年に入ってきましたので、ちょっとこの当時の出来事を簡単におさらいしておきましょう。あはは。


まず1974年の話題はなんと言ってもこの人、ユリゲラーですね。
スプーン曲げ、流行りましたねぇ。
ちなみに委員長の奥さんもできます。
だから何だってコトなんですけど、貧乏一家のスプーンをやたら曲げちゃって困ったもんです。どうせなら、曲がったスプーンとか折れたスプーンを元に戻すって能力だったらもっともっと世間に認められたことでしょう。
このパワーがいつか世の中のためになることを祈ります。
そして爆発的な大ヒットとなった「ベルサイユの薔薇」の登場です。
この作家が、後年ぷっつんしてしまうなんて誰も想像つきませんでしたね。

やはり道楽で大金を手にするとロクなことはありませんから、くれぐれもご注意下さい。(ほんとかよ)
スポーツ界は話題豊富です。
モハメッド・アリがジョージ・フォアマンを破り、奇跡のチャンピオンにカムバック。
ジャイアント馬場がジャック・プリスコを破り日本人初のNWA王者に輝く。
凄いですね、馬場さん。16文キック!今の子たちにはこのサイズ説明するのが難しいですねぇ。椰子の実割り、カワヅ落とし、必殺技の数々。興奮しました。
そして、なんと長島選手の引退がこの年でした。
往年の野球少年は皆涙を流しました。
さて、不良少年の話題はというと、そうですあの「傷だらけの天使」がTVに登場したことに尽きます。
あの衝撃的なタイトルシーン、生トマトにコンビーフかじって、ソーセージ食って牛乳飲む、あの無節操さが不良少年を虜にしました。
真似して腹下した馬鹿が何人いたでしょうか?
ちなみに放送開始は74年10月5日土曜日で、翌75年3月29日まで半年間の放映だった。

監督は、恩地日出夫、深作欣二、工藤栄一、児玉進、スゲー!
キャストは、小暮修(萩原健一)、乾亨(水谷豊)、綾部貴子(岸田今日子)、辰巳五郎(岸田森)、海津警部(西村晃)、森川京子(ホーンユキ)その他ゲストも凄かった。
ホーンユキさん、平パン、デラパン、グラビアでは随分お世話になりました。
えっ?(^0^;
しかし、このドラマのブームっていうか、流行っていうのは、本当に当時遊んでた馬鹿というか不良にしか分からない魅力でした。

言ってみりゃ、これぞまさしく道楽者のヒーローです。

そして74年の締めくくりは日本レコード大賞、「襟裳岬」森進一でした。

明けて75年は、カルビーのポテトチップ発売、紅茶きのこのブーム。
「傷だらけの天使」で一躍若者の共感を得た萩原健一、打って変わって演技派役者の面目躍如「前略おふくろ様」放映スタート。
日活ロマンポルノ・SM女優「谷ナオミ」引退。
縄で縛って鞭で叩いて、こちらも随分お世話になりました。(^0^;

ハワイの貝殻「プカシェル」大ブーム!
出たぁ~、1本千円、新島のビーチ(昔ゃ、単に“海”って言ってたよね)で怪しい若者が売り歩いていたなぁ~。
実は彼、マー坊って言って六本木アフロレイキでボーイ長やってた奴なんだよね。
偶然にも委員長がジミーって奴と二人で新島行ったとき、偶然船で乗り合わせて、なんだかよくわからんノリで買わされちゃった。お土産にって、彼女の分まできっちり二千円取られた。
こういうパブリックスペースで目立つカッコしてはいけません。
必ず行商のターゲットになってしまいます。
悔しいから、「俺らはエンバシーで働いてんだぞぉ~」とか思いっきりハッタリこいてやりましたが、島のディスコ「くろんぼ」でまたも再会。ウェイターのバイトしながらプカシェル売り歩く、奴のそのフーテンの寅さん的生き方には頭が下がる思いでした。(でもないか)

いやー、でもこのプカシェル、確かに流行りましたよね。
アロハ風シャツに白のバギーパンツ、首には白いプカってのが当時の一般的スタイルだったですね。
ちなみに委員長は相変わらず原宿「ハラダ」のアロハにニットバギーでしたが、当時の不良仲間は、同じハラダのアロハでも上下ペアで買い込んでました。
今にして思えば「ジンベエ」だよね。
同時に、関東、関西で「ニュートラ」がちょっとした流行にもなりました。
アンアン、ノンノンの影響ですか。
そして極めつけは、キャロル解散、伝説の日比谷屋音コンサート、クールスが前でしゃがんでました。
キャロルの親衛隊クールスってことで、ストーンズの親衛隊ヘルスエンジェルス、みたいなー、って矢沢さん言っておりましたが、そうかなぁ~、ちょっと違うと思うんだけどなぁ~って思っていた委員長でした。

そしてこの年のレコ大は「シクラメンのかほり」布施明でした。

しかしこの年のディスコブームは本当に凄かったですね。
新島にもディスコあったし、式根島にも、さらに湘南海岸とか伊豆白浜あたり行っても、変な掘立小屋みたいなところで踊ってたなぁ~。しかもぞうりで。
よく意味わかんなかったけど、それだけディスコのパワーが凄かったってことですね。(本当に意味わかんねーぞ)

さぁてと、委員長のビバヤング生活は更に盛り上がって、75年年明けと共に、旧バイト組と入れ替わるように続々と馬鹿たち(本当にどーしょーもないバカばかり)が入社してきました。
コトの発端は、委員長のバカ友・井の頭線三鷹台駅前で酒屋スーパーを営む家の次男坊君が、自分のバイトの後釜に中学の同級生だったケイゾーを紹介したことから始まりました。
そしてこのケイゾーと委員長の出会いは、道楽者人生に更なる興奮と衝撃の日々を与えてくれたのです。
続きはまた明日。。。。。。。。






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最終更新日  2005年09月22日 08時15分45秒
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