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2005年07月01日
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総合企画「ひとやすみ」に舞い込んだ飛び切りデカイ話は、真夜中の歌舞伎町、深夜喫茶白馬車の隅で、やや興奮気味のマチャアキ社長の口から身振り手振りで語られました。
過日ジュリーが連れてきたY氏の紹介で、蒲田のディスコを経営するオーナーと会ったマチャアキとジュリーの二人は、このオーナーから色々な質問や相談を受け、現状の経営状態が芳しくないこと、自分にはディスコの経営は無理であることなどから、経営回復のための協力依頼を受けたというようなことでありました。
目を輝かせながらもふんふんと聞いていたメンバーたちから、マチャアキ、ジュリーの二人へ矢継ぎ早に質問が浴びせられました。

「どんな店なの?」

「立地条件は?」

「企画の依頼なの?それともマネージメントの依頼なの?」

「契約金は?」

まあ落ち着けと言わんばかりにマチャアキが質問を遮って、
「今日は向こうの話を聞いてきただけだから、もし皆がこの話を進めることに賛成なら、あらためて具体的な話をするつもりだけど」


「よし判った。じゃ、この話を進めるとして、具体的に我々のメリットと先方のメリットを比較していこうか」(メリットもなにも傾いてる店なんですから・・)
頑張って背伸びしても所詮はこの程度ですよね。

ということで、いよいよ愚にも付かない話が現実味を帯びて、益々愚にも付かない話へと発展していき、深夜の白馬車は目を血走らせた道楽者が、朝まで独自の経営哲学などを語り明かしたのでした。
いやいや人生何事も経験です。
今にして思えば、傾いた会社のオーナー(経営者)は藁をも縋る思いですから、相手が誰であろうと相談に乗ってくれれば頼りたくなるのが人情です。
いくら何でも新宿あたりの水商売でチャラチャラしている若造に、そんなウマイ話が突然飛び込んでくるほど世の中甘くはありません。
まして現実社会からかけ離れた世界で、1日のうちのほんの数時間、レコードをかけるだけで金貰っているような道楽者たちに、いくらディスコだからといって簡単に経営が勤まれば誰だって苦労しません。

最初のうちは、店のレイアウトだ、選曲だ、チラシまきだ、イベントだ、花だ提灯だ(こればっかですね)と、好き勝手なことを言って盛り上がっていた道楽者達ですが、しまいにゃ、「店ごと貰っちゃうってのはどうだろ」などと言い出す始末。

「それってハコ取りするってこと?」

「そーだよな、いっそのこと俺らで経営しちゃった方が早いかもしんないな」

「でも場所がなあ」



「そうだよ、アフロレイキやエンバシーにも引けをとらないSOULディスコを作ろうぜ」

「おう、メチャくちゃFUNKYな店にしたいな」

一体自分たちをどれほどのスペシャリストだと思い込んでいたのかわかりませんが、自分たちが乗り込んで行って丸ごと面倒みちゃおう、みたいな思い込みだけが先行して、まだ店も見ぬうちから勝手な想像だけが大きく膨らんでいきました。

ということで、早速交渉案が作成されました。
○イベント等の企画=いくら?

○店のマネージメント=いくら?
(自分たちがいくら貰うかだけの話じゃん)
こんな具合の極めて稚拙な契約交渉案でしたが、当事者たちは皆目を輝かせて思い切り舞い上がっていたのでした。
さすがに白馬車のおいちょかぶ大会はしばらく中止となり、毎晩期待に胸膨らませた道楽者たちが集っては「一大企画」を懸命に作成しました。
そんな期待とは裏腹に、マチャアキ社長が持って帰ってきた回答は、「金はない」の一言でした。(あたりまえですよね)
ところが、「とにかく当面は資金繰りが追いつかないから払う金はないが、もしその気があるのならお店をすべて君達に任せるから自分たちで賄ってくれ」といった話になったそうな。(よくあるパターンですね)
さあ、勢いよくここまで引っ張ってしまった連中ですから、そう簡単には収まりません。
更に大激論が続き、「こんなチャンスはめったに来ないぜ」(そう思いたいのはわかりますケド)ってことで、やるだけやってみようってなことになりました。

ホントよくありがちな話ですよね。結論が決まってて、皆で後付の理屈コイて納得するパターンですね。

ということで、「ひとやすみ」はディスコ経営に乗り出すことになったのでした。
とは言うものの、メンバーの顔を見渡してみて、DJやダンサー、ウェイターくらいは出来そうですが、肝心の経理とか厨房とかはどうすんだって話になります。
元来、好きなことしてメシ喰うっつーか、楽して喰うっつーようなコンセプトの持ち主ばかりですから、そんな叩き上げのような根性のあるヤツはひとりも見当たりません。
かろうじて白馬車の支配人フジワラさんが、経営の実務経験者でありましたが、そこはそれ、だてに歳を取ってるわけではありませんから、いきなり今の仕事を放り投げてまでこんな博打のようなムボーな話には乗って来れません。

「すぐには辞めれないから、当分は遅番の仕事に入る前に手伝いに行くよ」

ジュリーも同様、パブツモローに入ったばかりだから今すぐには辞めれない、ってなモンです。(やはり生活感のある大人二人ですから、こんな博打にうかつに手を出すほど子供じゃありません)
とは言うものの、結論が出た以上は前に進む以外ありません。
実務者探しと言うことで、マチャアキが新宿ムゲンのワタナベ主任に目を付け、皆で口説き落とし、店長と経理をお願いしました。
頼まれる方だって、そりゃ乞われて悪い気はしませんが、給料が出るか出ないか、いや、稼げるか稼げないかわからないような話に気軽には乗れません。
てなことで、一度皆で店を視察しようじゃないか、ということになりました。

蒲田駅西口(だったと思う)は、今ほどの繁華街ではありませんでした。
京浜地区独特のちょっと暗い感じが漂う商店街。
駅こそ大きくて立派ですが、ちょっと危険な雰囲気が匂います。
お店は、商店街からは外れていましたが、駅から10分ほどの大通りに面した小さなビルの2階でした。

パブディスコ「ブルドック」

人通りも少ない歩道、寒風が吹く中、アフロや長髪の胡散臭いヤツらがゾロゾロと店の中に入っていきます。
内装はそれなりに凝った造りで、ダンスフロアを囲むようにボックスタイプの客席があり、奥にはVIP席のような仕切りもあり、ちょっとしたパブという感じでした。
厨房もそこそこに広く、ちゃんとした料理も出すつもりでいたのでしょう。
設備はそこそこ、ひととおり整っていました。
DJブースはかなりいい加減で、近所の電気屋さんが組み立てたようなセットで、フェーダー付きのミキサーなどはなく、二つのターンテーブルを家庭用のプリアンプとセレクターで繋いであるだけのテキトーなシロモノでした。
ここらへんのことだけは知識のある奴らばかりでしたから、早速ブースの設計から始まります。
職人やタレントが商売を始めると概ねこんな感じなんでしょうね。
誰一人として原価計算とか、売上見込みとか言い出しません。
一番肝心なことを抜きにして店のディテールばかりに話が集中します。
それでも、なんとなくやっていけそうな雰囲気はあり、それとなく夢見がちな道楽者は結構楽しんで意気揚々と新宿に引き上げて来たのでした。

「やるか?」
「やろうよ」

二つ返事で全員がこの話に乗りました。
早速、マチャアキはワタナベ主任を伴って退職届をだしました。
続いて高橋さん、池ちゃん、ジョイ吉野そして委員長が退職届けを出します。
これに白馬車のフジワラさんが早番で入り、更にマチャアキの弟子みたいな若者が付いてきました。ジュリーも空いた時間は駆けつけるってことで、(確か)皆1月一杯で仕事を辞め、2月からハコ取りというような計画が立てられました。
委員長の場合、ワカバヤシ支配人には随分と親しくして頂いて大変に申し訳なかったのですが、逆に「頑張れ」と激励してもらい、感動に打ち震えながら夢の実現に向けて大きく飛び立ったのでした。(大げさなヤッちゃな)
少なくとも不良上がりのろくでなしばかりが集まって、店一軒任されることになったことは事実ですから、周りの人はみな尊敬の眼差しで見ていたことは間違いありません。
結果はともかくとして・・・・。





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最終更新日  2005年09月22日 12時16分34秒
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