Ryu☆彡

sima



癌と判断されてから約2ヶ月後

後ろ足で歩くように、横に寝ているのに動き出し
前足も歩き出すように動き出し
吐こうとしても何も吐けず、吐く元気もなく
「もういいよ、よく頑張ったよ」
撫でながら閉じれない目を撫でるように隠し撫でる母
隣で自分は泣くのを堪えるのに精一杯で
ただ心の中で「ありがとう、ごめんね、ありがとう」
判ったように、大きな息を吐き出して、息をしなくなった

父は普段全く行わない仏壇に線香を立ててお経を唱えていた。


食欲はあるのに自分では食べる力がなくなり、水も飲めなくなり
手動で与えるようになっていった。
ご飯がほしくなったり水がほしくなったら台所まで来ては鳴き
涼しい所を求めて、風呂場の方へ歩いていく。

突然、歩けなくなってしまった。
さっきまでは歩いていたのに、こんな急に訪れるなんて思ってもみなかった。
同時に、トイレがまともに出来なくなった。
それでもご飯は食べていた。

仕事に行く前に、ヨタヨタと歩いて来てくれた。
「ごめんね、時間がなくて・・・」
撫でて抱っこして寝床に運んで、撫でて家を出た、今日は居てやりたいと思いながら。

家に帰宅して「よかった、生きてる」とホッとした。
だけど、また水が溜まったのだろうと母は言った。
水さえも通らず、吐こうとするが何も出ず苦しそうになっていった。

病院に明日行こうな、水を抜いたら楽になるからと。
台風の予報だけど、なんとかしなければと母と話していたら
父が言った。
そうやって無理に数日間だけ命を延ばしても苦しいだけ
歩く事も出来なくなってるのに、苦しい思いをこれ以上させるのは良くない

最初は何を言ってるんだと思ったが、後になって意味が判っていった

意識がなくなって、何処を向いているのかも判らないのだろう
一人じゃないと、ただただ、名前を呼び撫でた
頑張っているのに頑張れなんて言えない、頑張れとは言わなかった


「よく頑張った、ありがとう、ありがとう」


一人ぼっちの時に逝かなくて本当に良かった
撫でてあげてる時に、声が聞こえる時に
最後をちゃんと見届けれた事が
本当によかった

人生の半分以上を一緒に生きてくれた

思えば友人と知り合わなければ
友人と野良猫を見に行かなければ出逢う事もなかっただろう

その友人とは数年に1度バッタリ会って話す貴重な友人
そんな友人とその日、7月9日に仕事先で客として来て話したのも
引き寄せてくれたのかもしれない
メアドが変わったからとメアド交換が出来、そして
友人に亡くなった事を報告出来たのだから


約14年間、生まれてきて、出逢ってくれてありがとう
精神不安定の時、声も出さずに鳴いていたら
いつも心配するように鳴いて、一緒に居てくれてありがとう
仲間が増えた時でも、威嚇もせずいい子で
一緒に遊んであげて、遠慮ばかりさせて
我慢たくさんしてくれてごめんね、ありがとう
賢くていい子で、食い意地すごくて、空気を読んで

自分が思ってた以上に、こんなにも言葉に出来ない何かが
心がポッカリと空いたような
泣いちゃ駄目だって思っても涙が出てきてしまうなんて

ありがとう
本当に本当に、ありがとう


夢に出てきてくれて、ありがとう
「息を吹き返した?死亡硬直していたから有り得ない・・・夢なんだ」
と夢の中の自分の頭の中では思っていた
それでもすごく嬉しかった
抱っこした状態でカニカマを食べてたね

もう、鳴き声も、動いている姿をみるのも二度と見れない
撫でる事も、抱っこする事も、なにもかも
考えてしまうと涙が勝手に出てきて仕方がない

他の事をして気を紛らわそうとしても、忘れられない
頭では分かっているのに、自分が不甲斐ない

それでも、いっぱいいっぱい、ありがとう
忘れたくない、そう思って打つ自分
読んだ時にまた、少しでも思い出せるように


たくさんの思い出をありがとう
ゆっくりおやすみなさい

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