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1月中旬から両肩の痛みと手関節の痛みと痺れに悩まされ天草の病院に通院していたが、原因が全く分からず3月3日に熊本機能病院に紹介状をいただいて受診しその日の内に“手根管症候群”と診断されていた。それから、ビタミンB12などの薬物治療により様子をみることとなったが、2週間目の受診のときも、今日の4週間目の受診日も、いっこうに快復していないどころか母指の付け根のふくらみである母子球が小さくなってきている。 病院で、先生から「その後どうですか?」と質問され「はい、全くよくならないどころか、 これぞ、“手根管症候群”と言ったような、お手本のような 痺れと痛みと闘っています。」・・・と言ったら「手術だね!」と即答が返ってきた。「はぁ~、やっぱりそうですか?! でも、日帰りできる手術なんですよね?」「いいや、あなたの場合は7日~10日の入院が必要となる。」 ・・・と言われてしまった。 両手共に痺れていたいんだけれど、今回の手術は左手のみで、右手はまた後日となる。 本当はいっぺんに済ませてしまいたいけれど、両手をギブスで固定されてしまっては、オ○ッ○も出来なくなるもんなぁ~。 ということで、一応手根管を切り開く手術予定日を4月10日に決め、それまでにやっておかなければならない様々な仕事を片付けることとした。 でも入院ともなれば、それ以上に耐え難いものがある。それは・・・敷地内での完全禁煙! それと・・・それと・・・ あぁ~~~~~・・・焼酎が呑めなくなる! そんなことを色々と考えながら帰路に着いていたら天草の玄関口である1号橋(天門橋)を渡り終えたころ右手に鮮やかな桜が目に飛び込んできた! 沈んだ気持ちを天草の玄関口で桜の花が和ませてくれた 1号橋を覆い隠してしまうほどの綺麗な桜に思わず車を止めて携帯でパチリ!
2006.03.31
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昭和34年3月28日生まれのBELLです!色んな方々から【祝い】のお言葉を頂き、ありがたいと思います。でも、・・・・・・・・とうとう、47才になってしまいました。。。ついこの前は二十才だったような気がするんだけど・・・残念!(ーー;) 年月の経過を回想すると、二十才までははやく大人になりたい気持ちから随分と長く感じたけれど二十才を過ぎた頃から三十才までが早足で、三十才を過ぎるとガムシャラに子育てと仕事に励み、制限速度をオーバーするような勢いで年月が過ぎてしまったような気がする。 でも、気持ちはまだまだ“37歳”で、若いんだけど最近はどうも肉体的に40代後半を認めざるを得なくなってしまったような? 決して繰り返すことのない“その時の時”【今を大切に生きなければ】・・・の気持ちで今月いっぱい納期の作業をやらなければ・・・と、思い肩から手指の痛みに耐えて健康なときと同じ状態で頑張ったら・・・・・・やっぱり (ーー;)今夜はもう手指が痛くて、握力がなくなってしまった。明日は現場作業で、納骨堂新規建立の作業が待っているのにちょっと、がんばり過ぎたかも?!
2006.03.28
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今日は、仕事しながら眠気を誘う陽気となりその陽気に反応して工場の桜も開花が始まり、今日は五分咲きといったところだろうか? その桜の開花を待っていたかのように蜜蜂が飛び交い綺麗な花びらから花粉を集めていた。 今日の桜と蜜蜂 この風景を携帯でパチリ!しきりに動き回る蜜蜂に静止を求めることは出来ず、ピンボケの画像となったけど、何とか接写に成功! この桜が満開になる頃に花見でもしたいなぁ~♪
2006.03.27
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♪さよならは 誰に言う さよならは 悲しみに 雨の降る日を 待って さらば 涙と言おう ・・・・・・・・・・♪(古い歌だねぇ~) 最近、日記をサボっていました。3月24日が、城南ゴルフクラブで、九州一円から集まった石屋関係44名の参加で【愛石会】のゴルフコンペがあり、身体の調子も最悪の状態で、全長6.731ヤードのフルバックからラウンドして、またまた【102】の大台を叩いてしまった。 夜は・・・♪赤いネオンに誘わ~れてぇ~♪(ナイショ ^m^ ) 翌日(25日)は娘の所属する阿村中学校のバレーボール部が天草ジュニア大会に出場していたために熊本市内から本渡市内の大会会場である本渡中学校まで二日酔の身体でボォ~っと車で三時間掛けて応援に行った。【25日の結果】・・・予選リーグ1セット2セット3セット計阿村2525ー2本渡0710ー01セット2セット3セット計阿村2525ー2牛深東0906ー0今日、【26日の結果】・・・決勝トーナメント(於:綾南中学校)準々決勝1セット2セット3セット計阿村2525ー2綾南0507ー0準決勝1セット2セット3セット計阿村2525ー2姫戸2321ー0決勝1セット2セット3セット計阿村2020ー0大矢野2525ー2 宿敵ライバル校の大矢野中学校にまたまた決勝戦で負けてしまった。 しかし、今回の天草ジュニア大会の公式戦を最後に5年もの間、阿村中学校の女子バレーボール部を支えてこられた監督が人事異動により、3月いっぱいで転勤となられることとなり監督にとっては阿村中学校最後の監督としての戦いだった。 大矢野中学校に勝って、監督に【優勝!】を、“馬の鼻向け”にプレゼントしてやりたかった。 ・・・・・・・・・・・・・ しかし、善戦むなしくストレートで負けてしまった。 これまで、こんな小さな中学校を輝く栄光に導いて下さった先生、そして今は、部員数7名の小さなチームをここまで育てて下さった先生、本当に“ありがろう”の言葉しか思いつきません。 決勝戦のニセット目から監督も、プレイする子どもたちも、応援者も、涙・涙の試合となったけれど、その涙はゲームに負けている涙よりも先生との別れを惜しむ涙であり、先生は阿村中学校に携わって来られた5年間のご苦労に今日、終止符が打たれるという回想の涙だっただろうと思う。 今日の涙は本当に綺麗なダイアモンドの涙だった!精一杯やった証の素晴らしい涙だったと思う。 先生のお陰で、子どもたちも素晴らしい涙を流せた! 本当にありがとうございました。 先生の厳しい指導を受けてきた子どもたちはきっと立派な将来が待っていることだと思う。
2006.03.26
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阿村小学校の卒業式に参列してきた。・・・と言っても自分に小学生の子どもがいるわけでなく隠し子がいるわけでもなくて、学校評議員という立場の来賓として案内を受けて行って来た。 仕事柄、滅多にネクタイを締めることがなくて通常だったら、納得いく作品?に仕上げるまで5~6回締めなおしてやっと、長さや形に満足できる締め方ができるが何と今日は、二重巻きのネクタイを2回目で成功させた。 (^_^)v 式典会場には満開の桜草を花壇のように飾り付けられていて外の桜の花こそ一分咲き程度で物足りない景色ではあったが、体育館の中の飾りつけは、もうすっかり春の景色で満たされていた。 卒業生はあどけなさを少し残しながらも随分と凛々しく成長し、「いつでも、中学生できるよ!」みたいに感じとれた。 そしてその光景は、式の進行と共に我が子のことのように、熱いものがこみ上げて来てしまった。 この子どもたちは自分がPTA会長職一年目のときに阿村小学校に入学してきた子どもたちで、入学当時から様々な関わりを持ったことのある子どもたちだが、その当時の落ち着きのない、チョロチョロしたあどけない姿は今では想像もつかないほどになっている。 この阿村の地であと三年間、今度は大人への飛躍の一歩ともいえる中学校生活を持て余すことのないように駆け抜けて欲しいものだ。 そう言えば我が家の末っ子の娘もついこの前、小学校を卒業したばかりのように感じるけれど四月からは中学三年生だもんなぁ~。 自分も歳をとるはずだ・・・・・(ーー;) 卒業おめでとう!そして成長おめでとう!
2006.03.23
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松島商業高校を卒業し、自ら三代目の石屋を目指して愛知県に巣立ち、今年成人式を迎えた我が家の長男から夕方連絡が入った。 二年前から愛知県岡崎市で、夜間の工学院に通いながら昼間は上新石材店で石材加工の修業をしているが、技能五輪出場に向け昨夏から石材加工の練習に励んでいる様子だった。 石材加工の本場でもある愛知県予選大会が去る2月12日に行われたが、今日その成績発表が今日あったらしい。 【愛知予選通過!】・・・その知らせを聞き、安堵の気持ち以上に息子の“石”に対する懸命さがひしひしと伝わって来た。 次は今年10月に香川県で開催される全国技能五輪大会で金メダルを獲得し、技能五輪世界大会に出場することを目標に頑張って欲しい。 長男は確かに頑張っている!しかし、今の自分は・・・どうだろう? 石材業にとって、一番の資本である身体を壊してしまって思うように仕事が出来ないでいる。 今日はお墓の文字彫り作業を何とかやったものの“今日中にやらなければ!”・・・そのあせりが不幸な結果をもたらしてしまった。 朝から両肩と左手首にバンテリンの軟膏をすり込んで、午後から文字彫り作業をやるためにインドメタシンの温湿布をその両肩と左手首に貼り付けたら、それが何とヒリヒリと焼け付くように痛むこと! しかし、「良薬口に苦し」ともいうじゃ~ん。“薬が効いているんだ”と、焼け付くような痛みに耐えてそのまま仕事に励んだ。・・・・・そして、何とか文字彫りを終えることができた。 帰宅後、そのまま風呂へ直行!「ぎゃぁ~・・・(>_
2006.03.22
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最近、夜も遅いけど夜明け前頃から手がにぶ~い痛みに襲われ、目が覚め痛みと闘っている。 今夜も眠れるか分からないけれどはやく床に就くこととしよう。 本当に、自分の手を切り取りたいくらいの痛みに襲われるとです。。。。。。。。(>_
2006.03.20
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天草CCでは、メンバーの誕生月に無料招待をしてくれていてラウンドが無料で出来る他、本人の食事とドリンクまで無料となる。 しかも、いっしょにラウンドするビジターの料金はメンバー扱いとなり、日曜日のラウンドは随分と格安となり随分と有り難い企画が行われている。 しか~し!自分は肩と手指の痺れと痛みによって2月11日のラウンドを最後にクラブすら握っていない。先日肩に痛み止めの注射を打ってもらってから少しは和らいできたかな?というくらいでまだまだラウンドできる身体ではなかったけど予約だけは先月から入れていたし、もし、自分がプレイ出来なくても無料だし、食事も出来るから途中リタイヤだって構わないと思い予定通り決行することとした。 しかし、案の定ふたホール目から左手首から指先にかけて捻挫したような鈍い痛みに襲われてしまった。まともなスイングの出来ない状態で、ドライバーの飛距離は150~200ヤード程度でOBすらなかったもののチョロが多かった。それでも何とか18ホールをラウンドすることが出来たが今夜は手首に温湿布を貼り付けている。 結果はまだまだ散々で、48-48の【96】でも、三回連続で三桁を叩いていたから何とか100を切れてホッとしている。 しかし、まだまだこの痛みとは闘っていかなければならないだろう。本当にゴルフどころじゃなかったけど、折角の招待が勿体なかったから、欲が出てしまった。 明日からは絶対にやらなければならない仕事でお墓の文字彫りの作業をやらなければならない!「ゴルフが出来て仕事はできない」なんてことは言えないからね。 (^_^)v
2006.03.19
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3月3日に熊本機能病院の診察を受けて二週間後の今日、再び熊本機能病院へ行ってきた。 10時30分予約だったが10時前には到着し、受付を済ませたが予約時間より随分と早く名前を呼ばれ外来外科専門医4人の先生のうちの一人である○○院長先生の二回目の診察を受けることとなった。 前回は「(神経伝導速度の検査で) 手根管症候群の症状が出ているために ビタミンB12を二週間服用して、 それでも、手指の痺れや痛みが 取れなかったたら、開皮手術をして 手根管の開放をしなければならないね」・・・と言われていて、今朝方も両肩の痛みと両手指の痺れと痛みがあったために“手術100パーセント間違いない”と心を決めて病院へ向かった。 問診で「二週間経ったけど、どうですか?」・・・ハイ、少しはよくなってるみたいですけど、まだまだ手指の痺れと握力低下が戻りません。今朝だって5時頃から痛みと闘っています。「うん。そうなれば、リウマチの疑いもあるから 一応血液検査をやってみよう じゃ、また後で・・・」(そして、採血室へ・・・)・・・試験管みたいな容器に三本も採血された。(若くて美人看護婦さんだったから苦にはならなかったよ) (^_^メ) しかし、それからが待ちに待った!ソファーでうたた寝するほど待った。血液の化学検査に時間を要するのだから仕方ない。 そして、12時半を過ぎた頃やっと名前を呼ばれ診察室へ入れた。「血液検査の結果・・・ リウマチに関わる数値はないし 全て正常な結果が出てるよ。 両肩が痛いと言っていたね。 特にどの部位が痛いの?」 上着を脱いでみて・・・その下も・・・もう一枚! (上半身裸じゃ~ん!・・・最初から上着を全部脱いで! って、言えばいいのに・・・!) 左肩のこのあたりが一番痛いんです。(T_T)「アァ~五十肩特有の症状だね。 この五十肩が原因で、手根管の痛みを 誘発している可能性もあるので まず、肩から治して行かなければならない。 注射するね。 また2週間後に来て!」 手根管症候群については何も触れていないし手術のシュの字にも今日は全く触れてもらえなかった。 でも、注射の影響だろうか?今では肩の痛みはほとんど消えている。 二年前も五十肩の症状で痛み止めの注射を打って治したからもう、注射で治したくなかったんだけど“イヤです”と言う間もなくまたまた美人看護婦さんから注射針を刺されてしまった。 次の診察は3月31日。。。。。どうなることやら?! そして、夜は夜で公民館の役員改選の役員会議があり出席してきた。もう、二十年も役員をさせられているが、2年前から公民館長から“して~!して~!”の、しぶとい責めに合い仕方なく体育部長をやってきた。公民館行事の中で一番忙しい役職が体育部長の役だから皆が敬遠したがる。 でも、来年度からは“生活環境部”といって全く、行動することのない役職となった。 \(^o^)/ただ会議に出席して、反省会などがあったときには堂々と飲み会には参加できる役職だから。 こんなことを言っていいのか?自分は上天草市の社会教育委員・・・・・・(^_^メ) 明日は、娘のバレーボールの公式戦である【牛深大会】の応援にも行かず上天草市の公民館大会に出席することとなっている。
2006.03.17
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明日行っても、【きのう】病院・・・なぁ~んちゃって (^_^メ)・・・ということで、3月3日の受診から2週間目の明日熊本機能病院での再診察を受けてくることとなっている。 先日、熊本国立病院の口腔外科で手術をした長女も明日、術後の診察をすることとなっているために自分の出発時刻に合わせてもらい、家を出て途中にある国立病院に降ろしてから行くこととした。 しかし、今日は 朝からの雨で湿度が高かったせいもあろうか?明け方から両肩の痛みに合わせて両手の痛みも最悪の状態だった。 このままでは、手術も避けられないんじゃないだろうか? (ーー;)しかし、切りたくない! 出来ることなら自然の治癒力で完治したい! そして今日、平成元年の暮れに55歳で、くも膜下出血で倒れすでに17年もの間、半身不随のまま熊本市内の病院に入院していた母が、天草の病院に転院することが出来た。 転院には父と親戚の人が立ち会って自分は行く事が出来なかったけれど母も、やっと 生まれ育った天草の地に戻ってくることができてさぞ、喜んでいることだろう!これからは、時々見舞いにも行ってやれる。 母が倒れて17年の年月が過ぎたが、自分も随分と歳をとってしまった。健康管理には十分に注意していかなければなぁ~。 今日はあむら会ゴルフコンペだったのに、またまた欠席で、2月11日以来、ゴルフクラブすら握ることが出来ないでいる。早く、ラウンドしたいよ~!
2006.03.16
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昨日までの作業は基礎コンクリート打設までの準備だったが本日の天気予報は最高気温が16度まで上がるということと明日からまた雨になるという予報からして基礎コンクリート打設は今日しかないと思い、実行することとした。 ここまでやっておけばひと安心! (^_^)v 現場は生コン車もは入らず、クローラー式運搬機で運んでも片道20分も掛かるような、難所のために砂・バラスを1.5m3、セメントを17俵、水300リットルを事前に運搬してエンジン式ミキサーでコンクリートを練るといった作業となった。 そして今日、コンクリート基礎が出来上がりひと安心。後は石に文字を彫りこんで金箔を貼り付け、建立するだけの作業となった。 もし、明後日の病院での診察で「手術しなさい」と言われてもこの現場に納骨堂を完成してからにしようと思っている。
2006.03.15
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すでに二ヶ月もの間悩まされている身体の痛み・・・両肩の五十肩と両腕の手の痺れと握力低下だが、『手根管症候群』と診断され、自ら肉体労働が出来なくなってしまっている。しかし、契約を頂いた仕事は工程通りに進めなけれべならず今では、監督みたいな立場で現場に出向いている。 今回の作業は小さな納骨堂建立だが、その基礎造りは、そのお墓が大きかろうが小さかろうが関係なく誠心誠意、誠実を以って一貫している。 地盤を掘り下げ、栗石を入れ敷き詰めるための下準備 栗石を敷き詰め、基礎固めを行う。(この作業を省く石屋もいるよ・・・信じられない!) 今回の墓所は地盤を上げなければならなかったので松島産の合津石で基礎をあげることとした。 石積み作業の後、裏込めコンクリートを施工し今日、基礎コンクリート打設準備のため、型枠を設置し配筋作業を行った。これで、いよいよ明日はコンクリート打設を行うことができる。小さな納骨堂施工でも、手抜きはしません。何事も基礎が大切だからね。 基礎と言えば下の画像も基礎だろうか?原点だろうか?去勢手術をやって、ブクブク太ったリクがシェリーと!もう、子どもは出来ない身体になっているけれど今日、リクとシェリーはつながっていた。
2006.03.14
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三月中旬になるというのに、何だ今日の寒さは!熊本・天草・松島ではちょっと考えられない寒さだった。折角咲いた梅の花も、ものの見事に散ってしまい、今にも咲きそうだった桜の花もまた身を引き締めてしまったかのように、つぼみを固く閉ざしてしまったように思えた。 それもそのはず、今日の最高気温は松島で4.9度までしか上がらず、おまけに風も強く、体感温度はもっと低かった。 そんな中現場作業へ行き、自らは手を出さずもっぱら、現場監督みたいなことをやっていたからなおさら寒くて仕方なかった。 こんな時はスコップ片手に労働していた方がマシなのに17日の手根管症候群の診察を前に手を酷使することが出来ない。 ブルブル震えながら現場作業を見守るだけの辛い日だった。明日もまた寒いらしい・・・。 どぎゃんなっとっと?!明日は、雪まで降るかも知れんて、言うよるよ!
2006.03.13
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両手の手根管症候群と診断されて一週間が過ぎ来週金曜日には熊本機能病院で再検査の予約を入れている。 その診察結果次第では手術ということになるが、手術して手根管を開放したら筋力の復調までは時間を要するために手術を避け、極力ビタミンB12の内服薬で治したいと思っている。 そのためには力仕事は厳禁!今、現場での基礎造りやお墓のクリーニングなどの作業を自分の指示で、数少ない従業員さんが頑張ってくれている。 この恩は忘れないし、何らかのかたちで返してゆくよ・・・感謝・感謝! 今年は利益は追求できないかもしれないけれど温かみのある仕事ができるかも?! 明日は日曜日だし、完全に休もう!
2006.03.11
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今まで、色んな病院巡り?をやり、最終的に熊本機能病院で「手根管症候群」の診断を下され、ビタミンB12の服用をして17日の再検査を受けなければならないけれどその検査の日に手指の痺れと握力が快復していなければ手術となってしまう(ーー;) と言われているので極力、手の筋力を使わないようにテーピングしたりしてかばっている。 今日は天気も良く、素晴らしい現場日和だったので現場作業の工程を組んでいた。しかし自分は、現場工程の段取りと指示を出すだけで手は絶対に出さないつもりで臨んでいたのだった。・・・車の運転だけで、本当に手は出さなかった。。。。しかし、昨日から下しが続いていて今朝は食事すら摂れないでいた。昼前になって胃がキリキリと痛み出し、吐き気がして昼食も無理だった。 そんな状態で、昼からは現場作業には行けず、手どころか口すら出すことが出来なくなってしまい、工場でひとり待機していた。 本当に今、最悪の状態。 (ーー;)夕食はお粥を食べれたけれど、明日の現場監督は出来るかな? 今日は免許取立ての長女も熊本市内の国立病院で歯の手術。従業員の父は上天草病院で腸の手術を行っている。自分も後日、手の手術にならなければいいのだけど・・・。 はやく、病院と“縁”を切りたい! 仕事は“円”が欲しい! ・・・・・・・焦っているとです。
2006.03.07
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昨日、普通車(オートマチック限定)の学科試験に合格し、運転免許証の交付を受けたばかりの長女だが、その運転技術を確かめるべく、お手並み拝見と、家族でとなり町の大矢野町まで乗せてもらうこととした。「オイオイ!何だそのハンドル捌きは?!」「ブレーキの踏み方が雑だよ!」「もっとゆっくりと!」「ここではアクセル踏んで!」 ・・・・・・・・・・・「あらら・・・これで、よく卒業できたよなぁ~?!」なんて、いちいち声を掛けっぱなしのへたくそな運転技術で車庫入れすら出来ないでいる状態だった。 このままじゃ、車はキズだらけになるのは必至で、他のドライバーにも迷惑を掛けるどころか事故を起こすのも当然みたいな有り様。 (ーー;) 本当に、こんなドライバーを卒業させたもんだと思った。しかし今の時期は自動車学校も稼ぎ時で、“ところてん状態”に生徒を回転させたいのだろうけどあまりにもひどすぎた。そりゃ~若葉マークを一年間貼り付けて【初心者】を証明し、運転しながら学習して行くんだろうけどもう少し、教習してから卒業させて欲しかったと思った。 昼間、長女の運転に付き合ったが、納得行かず日没後「おい!今から教習だ!乗るぞ!」と言って第二段、長女の運転に付き合い今後経験するだろう色んな場面を想定して狭い道や、国道など実際にあちこちの運転をさせた。 最後の仕上げは地元“あむらふれあい広場”の駐車場に連れて行き車庫入れの練習やロータリーのようになっている記念碑の周りをバックで最短距離を廻る練習を何回もやらせた。 日頃、父親を敬遠している長女だったが、今日は素直に言うことを聞き、父親の特別教習に付き合ってくれた。 でも、まだまだ特別教習が必要ダ! 外で酒呑んだときには迎えに来てもらわなければならないから娘の運転する車に安心して乗れるように・・・・・。 (^^ゞ
2006.03.04
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5時30分起床長女が熊本市内の免許センターに普通車免許の学科試験を受けに行くのと自分が一ヶ月以上も痛みに悩まされている肩から手指にかけての痺れの原因を突き止めるべく県内最高レベルの外科医療技術を誇る熊本機能病院での診察日が同じ日だったために娘の免許センターの受付時間にあわせて家を6時35分に出た。 娘との語らいの時間もあるだろうと思っていたが娘の友人も一緒だった(聞いてないよ~)ために娘たちは自分の運転する後部座席に乗り込み適当に会話していた。親子の会話らしき会話は、家を出て二時間後、免許センターに到着してから、ただひとこと(父)「一回で合格しろよ!」・・・(娘)「うん、わかった。」ただそれだけだった。 娘らを免許センターに下ろし、そこから30分かけて自分の目的地である機能病院に到着したのが9時過ぎだった。 久し振りの熊本機能病院は受付の建物から随分と変わっていてまるで一流ホテルに来ているような感覚だった。 いよいよ自分の診察。様々な検査を覚悟していたが、担当医の問診の後肩と手首のX線を何枚も撮り、MRIや血液検査があるわけでもなく神経伝導速度の検査をしただけに止まった。 そして診断結果が言い渡された.「頚椎損傷も認められますが、痺れの一番の原因は過激な労働による手根管症候群ですね」・・・だと手根管症候群 それで、二週間ビタミン剤を服用し、それでも痛みが消えなければ手術して手根管を切開しなければ治らないと言われた。 でも、今まではっきりした原因がわからなかったのに今回の診断で病名がわかっただけでもいいとしよう。 診察が終わった頃、娘から携帯に電話がはいった。「おとうさん、二人とも合格したよ!」「でも、夕方までかかりそうだから先に帰ってていいよ」 ・・・ということで、ひとり帰宅の途に付いた。
2006.03.03
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二年前、我が家の長男が県立松島商業高校を卒業したが、長女も同校の卒業式を昨日迎えることができた。 昭和63年11月12日生まれの長女だが、実にその成長の早いこと!自分も歳を取るはずだ・・・(ーー;)。 その長女も自動車教習所に通い、明日はいよいよ熊本免許センターで最後の学科テストを受けることとなっている。自分も、患っている肩の痛みや、痺れの原因が判らないので明日、熊本市内の機能病院での受診をすることになっているため娘を免許センターに送ってから病院に行くために早起きして、6時半には家を出る・・・予定。 今まで、煙たがられていたオヤジだけど卒業式を終えた長女は何か素直な娘になっている。明日は熊本市内まで娘と約二時間のドライブ気分♪どんな会話をしようかなぁ~?あんまり話しかければ嫌がられるかなぁ~?ひょっとして、無言のままの二時間になるかも知れない。まぁっ、いいかぁ~。親子だから縁は切れないはず。 (^^ゞ 年月の経過が早いといえば今日・・・工場で静かな作業をしていると、近くの野山から「ホ~~~~~ホケキョ~~~♪」って、今年初めてウグイスの鳴き声を聴いた!冬の間は「チャッ、チャッ・・・・」と鳴いているウグイスだけど春の訪れを感じる頃に「ホ~ホケキョ~」って鳴き始める。そして本格的な春になれば「ホ~~~~ホケキョ・ケキョ・ケキョ・ケキョ・・・・・」って、競い合いながら雄鳥の求愛する鳴き声が響き渡ってくる。こんな素晴らしい自然を相手に何度目の春を感じて来たことだろう?!
2006.03.02
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