うさこな広場

うさこな広場

2009.09.14
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学校は窮屈であるというところから始める。
なぜ、窮屈であるか。
選択ができないからだ。

思えば今は選択社会。
ありとあらゆるものがそろっていて、欲しいものがあったとき、いろんな会社、デザイン、色から選べる。
たとえば車。
新車を扱うお店でちょっと高いなと思えば、インターネットで安いお店を引いたり、新聞の折込広告を見たり、オークションでゆずってもらったり、いろんな手段を使って、自分の満足を求めることができる。

だけど、学校って選べない。
自分が生まれた場所の小学校へ入学しなければならない。

1時間目は体育より算数がよくても変えられない。
9時から登校したくても・・担任が嫌でも・・友達と暮らすが離れても・・
新体操部に入りたくても・・と、本人の自由にならないことがいっぱい。
だから窮屈って感じる。
特に高校までは休憩時間中に外に出ちゃいけません。
1時間いすにしっかり座ってきちんと聞いていなければいけません。
●時までに家に帰らなくてはいけません。
拘束ばかり。
それによって子どもは守られているんだけど、子どもだって人格があるから押さえつけられるとストレスがたまるよね。
だから非行に走ったり、親・教師に反発したり・・普通の反応だと思う。

だからって全部彼ら彼女らの言うとおりにするわけにも行かない。

それを学ぶいい機会と考えることもできる。

全国にいる児童・生徒●千万人、一人一人が独自に選べるような細かいカリキュラムは、難しい。
やろうと思えばネット回線を使ったビデオ授業などできるが、迫力ある生の授業が聞けないなど、犠牲もつき物。


だったらいっそのこと、選択のできない、ネットのない社会ならよかったのか?
・・・そうではないだろう。



私たちも「選択できるのが当たり前。自分が望む生活ができるのが当たり前だ」と思っていないだろうか。


最初の私の疑問(どうしたら日本に住む人が幸せになれるの?)から逸脱した結論なのだが、選択できるという可能性を見つけてしまったから、絶望するようになったのではないのか?、と。
かごの中の鳥は幸せ。その世界しかしらないから。
もしかして、そういうことなのかな。
生まれてきたからには幸せにならなければならないという強迫観念なのかな?
人生85年間、ずっと幸せであり続けた人なんていないだろうに。





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最終更新日  2009.09.14 20:54:08
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