フリーページ

2003年01月31日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
かなり、日記を書くのがご無沙汰になってしまいました。

メルマガを書くのがやっとという感じです。

今日は、メルマガの一部から抜粋して掲載してみました。
こんなやり方もありかなあ、と思っています。
私のメルマガ読者には、意味がありませんが。。。。

■■■■今週の人:高木仁三郎■■■■

    「高木仁三郎」って知っていますか?

原子力の科学者・技術者であり、原子力発電に対する反対運動を引っ張り、2年3ヶ月ほど前に亡くなられた方です。
私がその生き方を尊敬する人の一人です。


さんのことを思い出しました。

今週号のタイトルにした「あきらめから希望へ」は、高木さんが好んで使われていた言葉です。

私が高木さんの姿を直接見たのは、15年近く前の1988年4月に東京・日比谷で行われた反原発全国運動集会です。この集会は四国の伊方原発の出力調整実験に反対するために行われた、と記憶しています。

高木さんはこの集会の事務局長でした。

私はそのころ大学生でしたが、コメ自由化論争が行われていた時期で、農業問題やエコロジー運動に関心を寄せていました。何度か、反原発のデモにも参加しています。

そのころは、反原発といってもまだまだ一般的には知られていませんでした。1986年に旧ソ連のチェルノブイリ原発が世界を騒がせましたが、食品汚染が問題となった程度で、原発自体の論議にはあまりなりませんでした。

原発問題がテレビのニュースや新聞・雑誌で報道されることはめったになく、広瀬隆氏の「危険な話」や、それを読んだ主婦の方が書いた小冊子・「まだまにあうのなら」といった本で伝わる程度でした。

しかし、この1988年の集会はかなりの参加者を集め、テレビのニュースでも報道されたことを覚えています。

この集会のなかでデモ行進もありましたが、そのときに高木仁三郎さんの姿を見ました。

なにかとても静かで、少し遠くを見ているような姿がとても印象に残っています。

その後、私は大学を卒業し、働きはじめるなかで、反原発やエコロジー運動への関心は薄れていきました。高木さんの著作が出ると必ず読んではいましたが、遠い存在になっていました。



そこには、激しく、真剣に、本気で人生を生き抜いた人の言葉がありました。そして、明るさがあります。

「あきらめから希望へ」「希望をつなぐ」

今の私は「希望」という言葉に引かれています。

高木さんの「市民科学者として生きる」(岩波新書)はお勧めです。原発に関しては賛否両論があると思いますが、それはさておき、その生き方を読んでみてください。

高木仁三郎さんの著書などについての詳細は、   http://www.cnic.or.jp/takagi/





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2003年02月01日 03時01分06秒
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

U-Masa

U-Masa

コメント新着

王様@ 潮 吹 きジェットw サチにバ イ ブ突っ込んだ状態でジェット…
ドライブ好き@ 風呂入るのメンドクサイ! http://feti.findeath.net/nq9l3nl/ 今日…
リナ@ 今日は苺ぱんちゅ http://kuri.backblack.net/65el461/ 今…
しおん@ ヤホヤホぉ★ こっちゎ今2人なんだけどぉ アッチの話…
通な俺@ 愛 液ごちそうたまでしたw http://hiru.kamerock.net/gavgtlr/ フ○…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: