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倉本君の喜びと切なさ
毎年の事だが俺は藤野に手作りチョコを作っている、今年は残念な事に日曜でチョコを渡すどころか、顔を見る事さえ出来ない。
昨日、渡す事も考えたのだったが仕事が立て込んでそれも出来なかった。
手作りが無理ならば買えばよいと思ったのだが藤野が楽しみにしてくれているのは知っているからこそ、余計に手作りがしたいと思った。
栢山には「苦じゃないのか」と言われたが苦とは思わない、藤野のだからこそ出来るのだ。
昨日の帰り、材料は買った、レシピはオリジナルのザッハトルテ、藤野に言わせると「なぜパテシエの学校に行かなかったのか、道を間違えたんじゃないのか」らしいが俺ほどの腕前の人間は山のようにいるだろう、将来、会社を定年でもしたら手作り菓子の店でも出してコーヒーや紅茶を飲めるイートインスペースでも作るかと将来設計を描いた事があったのを思い出しているとドアホンの音で現実に戻された。
なんという偶然、藤野がやって来た。
今日は栢山と過ごすものだと思っていたから諦めていた、明日にでも顔も見て渡せればと考えていたのが今日、直接、焼き立てを食べさせる事が出来るとは思いもしなかった。
「よく来たな」
エプロン姿の俺をイメージじゃないと笑われた。
むくれて見せると顔を軽く抓られた。
「空気が甘いな、手作りしてたのか?」
「ああ、明日にでも持って行こうと思ったんだが丁度いい、食うか、栢山は?」
極上の笑顔が向けられる。
「家に来てなんだかしらないけど外に出ろって。。。追い出された」
「なんだそれ、アイツは落ち着きの無い奴だな、お前を喜ばせようって思ってるんだろうがいちいち大袈裟なんだよな、だが、喜んでやれ」
「うん、そうだな」
嬉しそうな照れくさそうな顔、こんな表情するようになったのは栢山と付き合い始めてから、俺と居るだけではこの顔は拝めない、悔しいが仕方が無い。
こうて俺の事を頼りにしてくれるのを非常に楽しみにしながら、苦しみだと思ってしまうのは正直なところなのだが、藤野の顔を見るとそれもどうでも良くなってしまう。
「出来てるから食べるだろ、紅茶でいいか?」
笑顔が綻びながら頷く藤野は雑誌に手を伸ばしてリラックスムードが漂って来ているのは俺の側が楽だから、安心出来る相手だから、嬉しい、それだけで胸が熱くなる。
出来上がった、ザッハトルテを切り分け、砂糖無しの生クリームを添え、紅茶は藤野の好きなアールグレーを入れた。
「お待たせ」
トレーの上のザッハトルテに視線が釘付けになる。
可愛らしい、俺はこの顔が見たくて毎年、手作りしているのだ。
「倉本、なんでパテシエの学校に行かなかった?」
「趣味だからな」
何時もの会話が始まる。
これは藤野の為に振るう腕だからそんなところに行く必要など無い、お前と居る為に同じ会社に進んだ、だから趣味だと笑って誤魔化す。
「なぁ~口開けろ」
悪戯な表情を浮かべてスプーンに乗せたザッハトルテを口の前に運んで来た、それを受けとろうと口を開けると目の前でスプーンがユーターンして藤野の口に入った。
ガッカリした瞬間。。。
頬にキスされた。。。嘘。。。
「お礼だ、受け取れ、ホワイトデーには他の形で返すが今はこれ、栢山には内緒だ」
楽しげな藤野、俺を翻弄して満足そうな顔が憎らしい。
紅茶を飲んでザッハトルテを平らげてニコニコしている目の前の男が愛おしい、俺はお代わりを進めたが流石の甘党も二切れ目は無理だというから、残りは持ち帰り用に箱に詰めてやった。
栢山に食われるのは正直、腹立たしいがそれは仕方有るまい、俺の妥協。。。
「倉本、膝貸して」
「帰らなくて良いのか?」
「夕方まで帰って来るなだと。。。」
なんという、喜び、そして栢山への感謝、しかし、これはほんのひと時の仮初の恋人同士の戯れ、切なく甘いひと時を俺は味わう事になる。。。藤野、愛してる。。。本当はお前が欲しい。。。
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