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カテゴリ: 虚  第一章
その地は錆び付きつつあった。                                           何処からともなく腐臭がし、空には円環の白い炎が揺れていた。死にゆく輝きが呪詛をたゆたわせ、月の影がそれを背にしている。その地は何もかもが命の輝きを失い、凍て付いていた。           動いているのはその地の空を覆う光の呪いだけだった。                           日蝕だった。                                                    けれど普通ではない。                                                  月の影が日の光を背にしたまま、もう半年がたとうとしている。                          蝕はそれより先に進まないのだ。この半年間ずっと。                             凍った世界はなかなか溶け出さず、どろりとした闇が貪欲にその地を貪りつつある。           「まるで妾の様だとは思わんか、のう?山蛾(さんが)。」                                   艶めかしく淫靡な声が闇を圧倒して響いた。                                     その声は闇夜の砂浜に佇む女の唇から洩れ出でた。                                白い着物を着た女はどこか淫らで、幽鬼のような美しさを身に纏っている。                その女の声に、異質な声が返った。                                          波の音に乱れるその声は闇に沈み、女の耳にだけ届く。                          「その通りじゃ。妾は<あの御方>しかいらぬ。」                                    毅然と海を睨み女は言い放った。けれどその凛然さはすぐに妖しい笑みに崩れた。              「・・・けれど、今度こそ<あの御方>を貪り殺してしまうやもしれぬなあ。あの傲慢で美しい金の瞳・・・・いくら愛しても足りぬ。あの強靭な身体と精神、いくら貪っても足りぬ・・・・。のう、<あの御方>を崇拝したそなたには判るであろう、山蛾。」                                 いたぶる笑みを浮かべる女に、山蛾と呼ばれた男は沈黙で応じた。                    その男の頬に手をのばし、弄ぶ様に女は撫でた。                                男に触れることができるのはこの女だけだった。                                山蛾には在るべき肉体がなかった。山蛾は実体を持たず、魂だけでこの世に存在していた。      その山蛾に触れることのできるのは、<喚魂者>であるこの女だけだった。                「可哀相に・・・・。このような身体では、もう<あの御方>に触れることも叶わぬのう。」          今まで無表情だった山蛾の瞳に一瞬悲痛な色が宿る。それを女は見逃さなかった。          「<あの御方>もそなたをこんな姿にせずとも良かったのになあ・・・。けれどそなたも悪いのだぞ、よりにもよって、<あの御方>に欲情するなど。」                                 女は堪え切れぬ、と言う様に狂った様に笑った。                                 「くっ・・・、あは、はははっッ・・・・、まさかそなたにそのように想われていたとはっ、<あの御方>も夢にも思わなかったであろうなあっっ!」                                       山蛾の顔が苦痛に引き攣る。                                           『白炎(びゃくえん)、様。』                                            狂った様に笑う女を制止する様に山蛾は言霊を紡いだ。                           すると、名を呼ばれた女は凄惨な憎しみのこもった眼を山蛾に向けた。                     「そなたの其の情念が<あの御方>を殺したのじゃ・・・。」                         雷に打たれたように山蛾は身を震わせた。                                   いつもは冷然としたまなざしが苦しみに歪んでいる。                              そのまなざしから白炎は眼を逸らし、視線を海に向けた。                            「<あの御方>の魂は見つかったのであろうな?」                                     『・・はい、今は転生され<界のほとり>にて生きておられます。』                       山蛾の声は感情を焼き殺したかのように淡々としたものに変わったが、眼には今までにない熱が宿っていたことに白炎は気付かなかった。                                       「<界のほとり>・・・っ!・・・・道理でこの世をいくら探しても見つからぬわけじゃ。よう蒐一族より先に見つけることができた。褒めてつかわすぞ、山蛾。」                                山蛾は静かに平伏した。                                                それに頷き、歓喜のあまり思わず白炎は両腕で自らの身体を抱いた。                        「それで・・・、それで<あの御方>の・・・元虎(もととら)様の今生の名はなんと申す?」            山蛾の口元がかすかに温かく微笑する。                                   『志砂 咬(しずな ぜん)、と。』





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最終更新日  2005年09月10日 16時10分00秒 コメントを書く
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