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カテゴリ: 虚  第一章
彼の瞳が好きだった。
直に魂に肉迫するような金の瞳が。
目を合わせる度、彼の感情が、皮膚のない剥き出しの・・・・血を滲ませた彼の肉が、直に感じられるようだった。
其の時だけ、自分は彼を理解できた。


街の雑踏から遠ざかったその薄暗い路地は、消えゆく暮色により一層影を濃くしていた。
「咬(ぜん)・・・・・?」
押し殺した声がそっとその場の空気を震わせる。
その声に顔を上げ、カチリと音がするほどキツく泰然と視線を合わせてくる人影があった。
夕闇で此処は見えないはずだが其の瞳は外されない。

(元虎様・・・・・・・・っ。)
最後のあの瞬間からずっと捜してきた人だ。
幻かと清綱は自分の目を疑った。
ここに居ていいはずの気配ではない。
だが奇妙な幻の人は消えない。
それどころかよりリアルに生々しい其の瞳は強い光を増した。
獣のようにしなやかな身体が、沈み行く夕日の最後の残光に愛しげに照らされている。
闇に凝る路地裏にはその人のみが鮮烈な存在感を放っている。
上がり始めた月までもが其の凍えた光を撒き散らして、己のただ唯一の存在と知る様にその人に自分の煌きを背負わせだしている。
太陽と月の輝きを一心に受け止めながらもその人は気負うことなく一人立つ。
まるでこの空を統べる者のように。

咬であった。
この路地裏への道を塞ぐように咬は其処に、居た。
気が狂うほど、捜し求めた人だ。
この人だけを、ずっと捜していた。
磨耗していく頭で、もう自分が見境が無くなっていることを清綱は悟った。

そして其の毒は他の何よりもはるかに多く清綱を殺した。
あれほど手酷い苦しみは無かった。
胸が潰れそうに痛むのを堪え、清綱は其の瞳を見返した。
一度苦しく奥歯を強く噛む。
そのまま声は出さず、殺気さえ籠めるように・・・真率な眼で咬の、・・・・元虎の瞳を見返した。
清綱の眼と元虎の視線がまともにぶつかる。
(元虎様。)
限りなく強い瞳が其処にあった。
自制の利かない頭で、腕を差し伸べようとした。
けれどそれより先に足が動いていた。
左足が無機質なコンクリートの地面を蹴ろうとする。
が、視線の先に思わぬものを見て清綱は足を止めた。
「咬・・・・・。」
声が震えた。
元虎はただ清綱を見つめていた・・・・・ただ、ひたむきに。
其の毒のように強すぎる瞳が、柔らかくまるで慈しむように笑んだのだ。
(・・・・・・有家・・・・・。)
声は届かない。
けれど確かに元虎の口唇は昔日と同じ名を上らせた。
清綱は眼を見張った。
元虎の瞳からは涙が落ちていた。
「・・・・元、と・・・・。」
清綱の言葉は続かなかった。
突如元虎の表情が変わったからだ。
其の身体がグラリとよろめく。
思わず駆け寄ろうとしたが、其の途端元虎が目を合わせてきた。
其の目は清綱を激しく拒絶した。
そして其の目が清綱を認めた瞬間、元虎の唇は蒼白に小刻みに震え始めていた。
息を詰め、恐怖で身体が強張っている。
目じりが切れるほど見開かれた其の目には先程宿っていた感情はまったく無い。
ただ恐怖で此方を見ていることが清綱は分かった。
「おまえ、なのかっ。」
疑問と確信と鋭い拒絶と恐怖が其の声に乗せられる。
呼吸することすら忘れたように瞬きもせず此方を血の気の引いた顔で見返している。
(咬!)
咬だった。
元虎の状態から一気に記憶の無い状態へと戻ったらしかった。
「咬。」
深い声で清綱は名を呼ぶ。
が、咬は其の声に弾かれた様に走り出す。
同時に重く凝った甘い闇から、女の声が聞こえた。
「『元虎様・・・・・。』」
咬の行く手は路地裏の奥・・・・。
「そっちは・・・・・・!」
(いけない・・・・・っ!)
清綱は切迫した眼差しで其の女の声のした宙空を睨み、踵を返した。
後は何も考えず咬を追った。
其の清綱の姿を嘲笑うように女の淫靡な美しい声が何度も元虎の名を呼んだ。





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最終更新日  2005年09月10日 16時00分29秒
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