虚

虚

PR

×

コメント新着

虚乃剣 @ お久しぶりです 怖いですが、美しい詩ですね。 >嗚呼…
茜夜 @ Re:charberryさん コメント、有り難うございます。 自分の…
charberry @ 本当に放って置かれたら、それはそれで・・・ 繊細ゆえに傷つき、疲れ、虚になり、無に…
茜夜 @ Re:虚乃剣さん そう言って頂けるとほっとします。(●^_…
虚乃剣 @ ヤッハー(´Д`)y─~~~ 思わず笑ってしまいました(笑) こうい…

お気に入りブログ

何某の戯言 佐藤のかしさん
桜 シ オ ンさん
ボウキャクワスレ スリ鉢 胡麻さん
綴 砂葉さん
リセット zakkballanさん

プロフィール

茜夜

茜夜

バックナンバー

2026年10月
2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月
2006年04月06日
XML
眩暈がする。
ようやく書類を一通り片付け終わり、一人になれた。
今日はもう、これでいいだろう。
放って置いても、明日の仕事は明日の朝、否応なしに向こうからやって来てくれる。
熱の籠もった紅い瞳にじん、と痛みを感じ、氷翠王【シャナオウ】は冷たい手を押し当てる。
そうすると、微かに瞳の熱は逃げたようだが、逆に氷翠王は身体の他の部位に籠もる熱に無理矢理思考を引き摺りこまれた。
あの男が掴んだ二の腕が、肩が背が指が熱い。
あの男が触れた部分から、余すことなく毒を注ぎ込まれた心地がする。
神経細胞の一端一端まであの男に犯された気がする。

手段を選ばず、容赦がなく、躊躇いもなく。
(判らない。)
もう、触れないで欲しい。
全て捨てるから、その毒のような言葉を手を俺に向けないでくれ。
「・・・・・・・しゃっちゃん?」
夜の篝火に煌めく庭園を臨む濡れ縁で、そっと温かで穏やかな、少し線の細い声に優しく思考を呼び戻される。
「・・・・・・・・・・・。・・・・・・千波【チハ】?」
思わず、縋るような声になったのかもしれない。
千波が少し瞳を見開いた。
それでも千波は気にした風はなく、そっと優しく氷翠王の手を引き、気遣う言葉をかけてくれる。
「夜食、できてるよ、しゃっちゃん。美味しくできたんだ。・・・・・きっと朝から何も食べてないでしょう?胃に優しいもの作ったからいきなり食べても大丈夫だよ。さっき足塚さんが仕事、終わったみたいだって言ってたから呼びに来たんだ。」

そっと引く手に抗う気もおきず、そのまま引かれるままに足が自然に踏み出す。
「しゃっちゃんの部屋に運ぶから、先に行ってて。部下さんに呼ばれても仕事に行ったりしないでちゃんと、待っててね?約束して?」
千波は氷翠王のことをワーカーホリックと思っているらしい。
頭の中で記憶の襞をめくる。
ワーカーホリック、仕事中毒、職業である仕事に生活の多くを犠牲として打ち込んでいる状態を指す言葉・・・・・・・・。

自分でも自覚のある言葉には、反論することなど頭に浮かばない。
黙って千波の言葉に肯くと、柔らかく微笑みながらも、
「いつもこうならいいのに。」
という言葉が向けられた。
精神衛生上気がつかない振りをしながら、千波の柔らかい声に酔うように心地よく眠気が押し寄せてくる。
その氷翠王の様子に苦笑しながらも、千波はしょうがないなあ、と言いつつ氷翠王の部屋まで手を引いて促す。
連れて行ってくれるようだ。
たぶんきっと、これは甘えている。
その態度のことを含めて、千波は『いつもこうならいいのに。』と言ったのだが氷翠王は気づいていない。
いつもならそんなことはないはずの氷翠王の様子に、千波は少し首を傾げる。
どうしたのだろう。
何かあったのだろうか?
「・・・・・・ん・・・・・・眠い。」
半ば寝ているようにまどろむ声が氷翠王の唇から無造作に紡がれる。
それを耳にし、千波は少し慌てた。
「・・・・ちょっ、ちょっとだけ待って。部屋に着いたら眠ってもいいから。その間に夜食、準備して来るから。」
氷翠王はいつも仕事時間が長く、それは夜遅くまで続く。
睡眠時間は、たぶん二、三時間なのではないだろうか。
その状態を補うように、氷翠王は寝つきがいい、とても。
何処ででも眠れるし、眠りにつくまでの時間も格段に短い。
何でそれを知っているのかというと、何処ででも寝るからだ、この人は。
少し仮眠をさせてくれ、と言ったかと思うと、氷翠王は訓練場でも、教会でも濡れ縁でも広場でも、何処ででも誰の前でも眠る。
そして告げたとおりに、少しの時間が経つとそのまま何もないように仕事をしだす。
氷翠王は自分がどんなに人気があるか判っていない、といつも思う。
“禁足地”の七分の一しか女性がいない中で、この人はすこぶる人気が高い。
大体、“禁足地”に来る前から凄かったが。
裏では“天然の魔性”とか呼ばれるぐらいには。
誰が言い出したかは言わないが。
ひとえに氷翠王が今まで何事もなかったのは、この地のトップに立つ人間だということと、氷翠王の処世術が巧みだからに過ぎない。
誰かこの人に自覚を与えてはくれないだろうか。
他のことには鋭敏にすぎるのに、恋愛感情に近いものには無頓着どころか無知に近い。
否。
本当は判っているのだろう。
感受性の鋭すぎるこの人がそれだけ気づかないなんて有り得ない。
そんなものは何も無いふりをしているのだ、いっそ頑なに。
だから氷翠王のこのポーズは受け入れないという意思表示と、誰も一線を越えるな、という拒絶なのだ。
そうでなければ理解できないのだろう。
“愛”という、特に恋愛感情に関しては。
未だご両親のことが根を張っているのだ。
それも当然だろう。
“あのような事”があれば。
あんなものを見てしまえば、そんなものは嘘だ、まやかしだと、在りはしないと思うのが普通だ。
まして、今の年ならまだしも、氷翠王はまだ幼かった。
今だとしてもまだ十九だから受け入れられないだろうが。
それでも、心の準備はできたかもしれない。
だがそれは氷翠王には与えられなかったのだ。
そしてその傷は深く氷翠王の心を今も苦しめている。
十三年経っても消えやしない身体の傷痕に、他人が触れると吐くほどの拒絶を起こす氷翠王の生身の傷のように。
「・・・・・・どうか、したのか?」
眠気のために半分寄りかかる様にして歩きながらも、氷翠王は千波の変化に気がついたらしい。
曖昧に微笑みながらも、千波は話題を逸らした。
(だって、しゃっちゃんは“分かる”、から・・・・・・・。)
千波が口を開けば、氷翠王は誤魔化されてはくれないから。
口には出して言わないだろうが、それは氷翠王が千波を気遣ってくれる故だろう。
そんなことは千波は氷翠王にさせたくなかった。
(気遣う言葉など言わせるな。)
そう、千波は心に誓う。
だから千波はいつもに近い笑みを浮かべた。
「部屋、着いたよ。・・・・・・しゃっちゃん。」
その千波のまなざしに、氷翠王は首を少し傾けながらも澄み切った瞳を向ける。
それに反射的に千波は思う。
(この瞳は危険だ。)
と。
(逸らせば、敗ける。)
さっき誓ったばかりの心に背くことは、ならない。
逸らしたい、と思いつつ、千波は真っ向から氷翠王の視線を受ける。
長いように思えたが、それは本の一瞬であっただろう。
氷翠王は凭れていた肩を千波から離して一人で立った。
そしてその冷えた指を自室の襖に掛けながら、氷翠王は振り向かずに静かに告げた。
ありがとう、と。
そのすっ、と一本筋の通ったきれいな背が室内に消えるのを見つめながら千波は思う。
氷翠王が襖を閉じずに室内へと姿を消したのは、千波を拒んでいるように見えないように気遣ったためだと、千波には分かった。
その襖を部屋の外から閉めながら、千波は哀しくなりつつも、思った。
ああ、だからこの人には敵わない、と。
恐らく、この“禁足地”の誰もが氷翠王に思っていることを。
そして一つの誓いすらを遵守することのできない不甲斐なさを千波は思う。
だが、その想いを切り捨てるように踵を返した。
氷翠王の健康管理だけは自分に一任されている。
これ以上の負担を氷翠王に与えることはあってはならない。
自分は自分に出来ることをするだけだ。
だから、もと来た廊下を引き返す。
自分が今夜、氷翠王にできる唯一のことを為すために。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月06日 16時32分10秒
コメント(0) | コメントを書く
[サンセツキ  <本編>  第二章] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: