祝祭男の恋人

祝祭男の恋人

Aug 26, 2005
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カテゴリ: 小説をめぐる冒険


 類似性を指摘していて、例えばそれは、高見順が1940年代、
 陸軍の報道班員となり、ビルマへ従軍し、そして、晩年癌を患い、
 五十代後半でこの世を去ったという、ただ、その二つの点と点だけで
 あったけれど、開高は「高見順伝」という短い文章を書いていて、
 それは読んだことはなかったが、いつかどこかで、高見順の
 『いやな感じ』だけは読んでおこうと、頭の片隅に残っていた。

 図書館の書架でたまたま目に留めて、ぱらぱらと捲ってみると、

 でも、「転向」という響き、「社会主義運動」というある種の
 「におい」が伸ばしかけた手を押し留めていた。

 盆休み、実家に帰省すると、前半は、とにかく飲み続け喋り続け、
 ひたすらに喋り続けたあとで、自分の中の饒舌がごっそり外へ
 抜け落ちた。もう喋り疲れたな、と思っていた夜、本棚の片隅に
 たまたま、『いやな感じ』がある。新品のまま、古本屋に流れて、
 偶然父か母かが買い置いたのか、更に誰も読まないで、注文票まで
 入ったままである。

 面白くなかったら、途中でやめよう、とゴロンとなって読み始めるや、
 なんだろう、これは、途中で本を置くのも惜しいくらいの吸引力が
 ある。変だな、予想とだいぶ違う。

 1920年代末。
 将校の暗殺計画に加わって死刑を免れた(死に損なった)アナーキスト
 でテロリストの「俺」が赤線地帯にやって来るところから小説は始まる。
 娼婦に一目惚れする「俺」。
 饒舌がある。粘度のある会話体が、湿り気を帯びながら高速回転して

 底のような世界をしぶとくキラキラ観察している。

《ビルマル(娼婦)として最低の私娼窟の女に啖呵を切られ、そして
 女郎屋でもズドン(拒絶)を食わされた。ましてやそれより格が上の
 芸者は、いくらミズテンだって駄目にちがいない。行くだけ無駄だ。
 そう思って俺はいやけも刺していたが、あのクララのことを忘れられ
 なかったせいもある。人目で俺の惚れた女がど淫売であることは俺を 
 悲しませていた。悲しみは人間を疲れさせる。》


《つまり、なんていうか、新橋赤坂の一流芸者だって、ノイ(玉ノ井)や
 メイド(亀戸)の安淫売だって、もとをただせば同じなのである。
 周旋屋のいいのに会えば、一流地の芸者の置き家に下地っ子として
 入れて貰えるが、ひょんなめぐり合わせで、同じその女の子が吉原の
 貸座敷(女郎屋)に奉公させられるという場合もあるのだ。 
 玉のよしあしということだって、もちろんあって、見るからに
 お酉さまの熊手の売れ残りみたいな子が、一流地の芸者になろうたって、 そりゃ無理だけど、どんなきりょうよしでも、ちょっとした出発点の
 ちがいから、芸者になりそこなって、おいらんになったりする。》 


 テロリストとしてのやるかたない殺意を犬にぶつけ、
 無意味な殺人を犯し、再び軍人暗殺を企み、朝鮮に渡るが、
 当局に眼をつけられたところを、内地から働きに来ていた女中に
 救われたりする。二人は連れだって内地へ逃げるが、
 このあたりは、さながらスパイ映画の躍動がある。
 やがて殺人のほとぼりを冷ましに北へ逃げ、再び、大陸へ渡り、
 上海から、奥地へ…

 「枝豆くさい指」という章がある。
 朝鮮から連れ帰った少女と呼んでもいいくらいの女中の娘が、
 東京の濁流に放り込まれ、しかし、活き活きとした生活者として働く
 けなげな光を切り取っている。軽みがあるのに、核心をつくような
 眼の付け所に、唸る。

 『高見順伝』の中で、開高健はこう書く。

高見順はことに会話体の駆使で天才的な鋭敏を発揮した。
 かすかな匂いのようなもののなかにひそむ人の心の本質を
 彼と井伏鱒二ほど含みゆたかに、かつ鋭くとらえた人はなかった。
 卑語、俗語、その時代、その時代の流行語の浮沈にぴったり添い寝
 して高見順は生きた。 
 彼はうつろいやすい習俗のかげにある人の顔や心を、
 ほとんど天才的な“軽み”をもってしゃくいとっていったのである。


 このあと、高見順の他の作品にも少しずつ手を伸ばす。
 そうして思うのは、高見順は生まれ持ったる
 スタイリスト(文体派)ではなかったこと、
 その眼も、筆遣いも、長い時間をかけ、大器晩成として、
 この『いやな感じ』に到達したのだということ。
 遺産である。





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Last updated  Aug 27, 2005 12:20:49 AM
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