2010/03/22
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○かつてのイスラエルの王ダビデは、実に数々の苦難と波乱に満ちた生涯を送った王であったことは、聖書を読むとよく分かります。羊飼いの少年から身を起して、初代の王サウルに代わって王位に就きましたが、それは、神の導きで、彼が神を恐れ敬い、その導きに従ったからでした。でも、彼にも欠点があり、ある失敗のために非常な苦境を経験しなければならなかったのです。それは、実子アブシャロムが父親のダビデに反逆して、王位をめぐって親と子が戦わなければならなくなったことです。これは、ダビデにとっては非常につらい経験であったと思います。わが国でも、戦乱の昔、親子兄弟が相分かれて血で血を洗うような悲しい歴史が多く残っていることは、みなさんもご存じのことと思います。

 さて、ダビデ王の第三子であるアブシャロムは、父の王座を狙って謀反を起し、ひそかに工作して、民の心を自分に引き寄せ、クーデターを起したのです。不意をつかれたダビデは、一時は非常な危険に晒されたのですが、かろうじて逃げのび、幾多の苦難の後、やがて陣容を整えることができました。そして、双方の軍隊がエフライムの森で戦ったのです。この時、ダビデ王は出陣する将軍たちに「わたしに免じて、若者アブシャロムをゆるやかに扱ってくれ。」(18:5)と命令しました。ダビデにとっては、実のところ、自分のことよりも、自分に反逆を企てたアブシャロムのことで胸がいっぱいであったのです。自分のいのちを狙う敵ではあったのですが、アブシャロムはダビデにとって、愛するわが子であったのですから、当然のことであったと思います。 

 アブシャロムは、自分の出世のためには父の命をも奪おうと考えた野心家であったのです。2サムエル記18章の記述にあるように、エフライムの森で激しい戦いが繰り広げられたのですが、アブシャロムの軍隊に多くの戦死者が出て、密林で行き倒れなった兵士も多く、ダビデ王の軍隊が大勝したのです。戦いの最中アブシャロムは騾馬に乗っていたのですが、騾馬が大きな樫の木の下を通ったとき、アブシャロムの頭が樫の木に引っ掛かり、彼は宙吊りになってしまいました。それでダビデの軍隊は、木に宙吊りになっていたアブシャロムの心臓を槍で突き刺したので、アブシャロムは殺されてしまったのです。そして、戦線からの伝令が王のもとに走って来て、「あなたの神、主がほめたたえられますように。主は、王様に手向かった者どもを引き渡してくださいました。」(18:28)と、伝えたのです。

 そうしたら、王は「若者アブシャロムは無事か。」と聞きました。伝令は、王の悲しみを思い(あるいは王を恐れて)、「‥‥何があったか分かりません」と口を濁して答えました。そこへ、第二の伝令が走って来て、王に「王さまにお知らせいたします。主は、きょう、あなたに立ち向かうすべての者の手から、あなたを救って、あなたのために正しいさばきをされました。」(18:31)と伝えました。王は、またその伝令に「若者アブシャロムは無事か。」と、再び尋ねたのです。そして、その伝令は「王さまの敵、あなたに立ち向かって害を加えようとする者はすべて、あの若者(アブシャロム)のようになりますように。」と言って、「死んだ」ということばを使わないで、ダビデの息子の死を遠回しに伝えたのです。この伝令のことばによって、わが子アブシャロムの戦死を知ったとき、王は身震いして悲しみ、門の屋上の部屋に上がって泣き続けました。

 まさに、王の心は断腸の思いであったことでしょう。そして、王は泣きながら、次のように叫び続けました。「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」 聖書は、わが子を失った時のダビデの嘆きを、このように切々と書き記しているのです。父親に背いたわが子の罪を責め、咎めようともせず、「ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。」と叫んだダビデの愛が私たちの心を打ちます。ダビデは勝利の喜びよりも、わが子の死を嘆き悲しんだので、その軍隊は戦いに敗れて逃げ帰った民のようにひそかに町にはいり、輝かしい勝利はすべての民の悲しみとなったことが記録されてあります。

 たとい、自分に反逆したわが子であろうとも、その子の死を悲しまない親がいるでしょうか。自分が天下をとるためには父のいのちをも奪おうとしたアブシャロムでした。しかし、たとい彼がいかなる悪事を働こうとも、ダビデにとっては、わが子であったのです。それゆえダビデはアブシャロムの死を悼み、泣き悲しんだのです。この父親のわが子への愛情や機微は、ダビデの命を守るために身命を賭して戦った将軍や兵士には、用意に理解できなかったかもしれない。しかし、父親の愛とはそういうものなのではないでしょうか。わが子が死ぬことを望む父はいません。このダビデのわが子アブシャロムに対する親の愛は、神の愛をよく表していると思います。



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最終更新日  2010/03/22 05:41:20 AM
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