2007.01.17
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今日で阪神淡路大地震から12年目。
喉元過ぎれば何とやら…。
何年か前までは、いざと言う時の為に車には水やレトルトの食品などを積んでた。
ずっと寝袋も積んでたけど。
今は、もう積んではいない。
家の中もこの12年の間に溜まった様々なガラクタで溢れかえっており、周りを囲んでいる。
ここは4階建てに団地の一階。
あんな地震が起きた時、この建物は持つんかどうかも分からへんけど…。
12年前、家が半壊したので車で寝た。

校庭に車を止めて寝た。
前年の11月に免許を取って、中古のボンゴを買うたのが役に立った。
最初は、毛布だけを積み込んで寝たが、寒くて眠れなかった。
家は裏の戸は外れ、壁が抜けて空が見えてた。
玄関のサッシはゆがみ食器が割れて散乱し、タンスの引き出しは寝ていたすぐ近く迄飛び出していた。
ぼくの仕事場は、資料の本や棚が倒れて足の踏み場もなかった。
いつも子供が寝ていた所にはテレビが落ちてた。
仕事部屋の横にアングル組んで、ぎっしり天井迄積んでた音響器材は、びくともしてなかった。
揺れの方向によって違うんかも知れへん。
仕事道具のMacもモニターも無事やった。
揺れが収まったらすぐ外に出た。

懐中電灯なんか、そこらに置いてへんかったから仏壇のろうそくに火を付けた。
危ない話やけど。
近所の誰も出て来ーへん。
すぐにカーラジオを付けた。
その時どんな内容の放送やったかは憶えてへん。

しかし、一度外に出てみると、もう怖くて家の中に入られへん。
次にあんな揺れが来たら家は潰れる思た。
前年に屋根瓦を葺き替え、周囲の壁の補強もしてたので、倒壊だけは免れたんかも知れへん。
なんせ戦前の古い建物で、3軒長屋のまん中。
とうに両隣は建て替えてはったので、両端がなくなって不安定な感じやったし。
夜が明けて、食べ物を買いに行った息子は夕方暗くなってから、のり巻きを二つやっと買えた言うて帰って来た。
家の中にはよう入らんかったので、家の前に止めたボンゴの中で待ってた。
とにかく買うて来た寿司食べて、小学校へ向った。
校庭にはすでに何台も車が止まっていた。
2日目はあんまり寒かったので、布団を引っ張り出してボンゴに積んだ。
親子4人ボンゴで寝た。
シートを全部倒して寝れるので、中古のボンゴはすごく役に立った。
朝になって家にもどり、恐る恐る中を見たけどまだ怖くて長い間中にはようおらんかった。
すぐ逃げ出せる様に玄関口での生活。
震災前から入ってた仕事があったので、とにかくその仕事だけをした。
電気がいつ回復したんか憶えてへんけど。
そんな大きな地震やとは思わへんかった。
多分、あの高速道路の倒壊した映像とかは、かなり後で見たのやないやろか?
しばらく電話も通じなかったし。
家の電話は電気が来てないと使えない電話やったし。
後で使い方みたら使える方法あったみたいやけど。
そんな時に取り説とかどこ行ったか分からへんし。
そんなこと思い浮かばへん。
とにかくどないしてええか分からへんかった。
この日は、ぼくが中津へ引っ越すきっかけになった日。
もうだんだん記憶は薄れてしもてるけど…。
しかし、あの後半身浴しても全然汗かかんようになった。
今だにそれは変れへん。
ぼく車で寝るんは結構好きや。
しかし、車の中て思たより寒い。
結構すきま風も入ってくるし。
暖房付けてたら温いけど、消した途端寒なってくる。
そこで考えたんやけど、車の中に段ボールハウス作ったら温いんやないやろか。
折りたたみ式の。
大きな箱。
そない言うたら。
そんなに車で寝たかったら毎日車で寝んかい。
て嫁はん言いよる。
いや、何もそこまでして…。





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最終更新日  2007.01.17 09:57:10
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