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暫らく、自治会の役員の仕事と、実母のことで忙しく、外出の多い日々を過ごしていたけれど、自治会の役員の仕事から解放されて、実母のことも、病院の指示に従うしかない状態に落ち着いて、ゴールデンウィークの予定がすっぽり空いた。家にいない時間が多いので、目についた愚痴を聞かなくなったけれど、家に独りで画面とにらめっこしている旦那は、いつもいないはずの私の行動が気になるらしい。先日、私の行動を気にする発言の多さに腹が立って、本人は何気ない一言のつもりだったようだけど。一方的な話しかけが多く、趣味もなく、画面の中のフェイクニュースに一喜一憂して、ベッドの上で寝転んでいる一日がつまらないと感じるのだろう。外出といえば、買わなくてもいい安価な洋菓子やスナック菓子、私と晩酌をしたいと考えてのお酒類を買いに行く程度。毎日顔を合わせる相手としては魅力のない人です。メダカを増やして、雑草を抜いて、毎年好んで食べる「甘辛トウガラシ」の苗だけ購入して、100均で放っておいても育ちそうな種を買って、チマっと家庭菜園もどきなどをしていると、なにしているの?と言わんばかりに顔を出してきた。何かを見つけて、何やら嬉しそうな表情で。散歩相手として「犬」が欲しいとか、ベランダに花壇を作ろうとか、いろいろ助言はしてくれる。わんちゃんは生き物なので、散歩相手だけの都合のいい相棒ではなく、ベランダの花壇も、水をあげ忘れたら枯れてしまう。。。ニッコリ笑顔で、「また機会があればね」と断る。特にどうしても・・・という願いではなさそうで、自分のルーティーンに戻っていった。┐(´д`)┌ヤレヤレ
2026.05.05
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独り暮らしだった母を高齢者医療施設に入院させてから、ずっと、ずっと、悲しく、苦しい気持ちで過ごしていたけれど、専門スタッフさん達のプロ意識に助けられて、今、母は元気でいられている。有難いこと。本人は、いくつになっても自分の事を自分で、自宅で自由に暮らすことを望んでいる。もし・・・〇〇だったら・・・ ・・・〇〇していれば・・という言葉は後から後からいくらでもあふれた。でも、そう思うと、全然前に進まない。悔しくて、悲しくて、苦しくて。出来なかったっていう事実だけがループして、絶望感だけがじわっとにじみ出てきてしまう。でもね、悲しんでいる時間を誰も望んでいない。だから、フリーズしてしまった思考回路をゆっくり休ませて、一旦、日常に自分を戻してみた。そうしたら、「きっと、違う幸せが感じられる時間に出会えるだろう」って。幸せにはいろんな形がある。今までの時間も幸せだったけれど、今までとは違った時間にも幸せがきっとあるよねって、気がしてきた。これからの出会いを否定してしまったら、専門スタッフさん達の努力を否定してしまうことになる・・・私達が出来なかった時間、たくさんたくさん助けていただいた。自宅に戻っても、元には戻れない。だから、まずはお願いしてみるという気持ちがきっと大切なんだと。きっと、家に戻れる日が来ると信じて。
2025.02.28
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朝晩は涼しくて、長袖が手放せない。日中は、思い出したように日差しがまぶしい。 去年、母の日の商品として店頭に並んでいた売れ残りの紫陽花。購入して2~3日で、旦那に、「枯れているよ。みっともないから花を切った!」と、紫陽花の葉だけの鉢にされてしまった。そのあとどんどん枯れてしまって、でも、日の当たる場所に移して「触らなくていいからね」と旦那に注意していた。すごい生命力ですね。こんなに緑の葉をつけています。花が開くかな。水草を日向ぼっこさせたくて。蚊を育てているわけではないので、ヒメダカを入れてみたのですが、人影におびえて姿を見せないです。こいのぼりは空を泳いでいる季節なんですけど。
2026.04.26
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毎年、年賀状を送っている友人から、3通目の喪中はがきが届きました。高齢のご両親の介護をしているって、今年の賀状には書いてあったのですが、一人娘なので、ご自宅での介護は大変だっただろうなと思います。大切なお父様の訃報に、喪中見舞いを送ったら、久しぶりに電話がかかってきました。声は、学生時代の頃と変わらず、元気そうで。でも、ご両親を引きって、自宅で死にたいというお父様の願いをかなえたのはすごいなぁと思います。お母様がご健在で、デイサービスへの送迎もしているんだとか。私の母は、ずっと一人暮らし。本人が希望しているというのもあるけれど、兄が三人、近所に住んでいるのにもかかわらず、母の様子に無関心で、そんな息子たちへの意地で、一人暮らしているような。でも、自分の事を自分でできる間は気遣いされたくないという本人の気持ちというのがあって、なかなか難しいものです。
2024.11.26
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親の世代はどことなく大雑把で、陽気で、ポジティブで、とても温かみのあるそんな幼少期を過ごしてきたような記憶がある。「お前は神経質だなぁ」ガサツな会話が多い親戚の中で、どこか違和感だけを感じて、私の生真面目な反応に、叔父さんは眉をしかめて笑っていた。でも、やっぱり、ありがとうは伝えたくて。母は、叔父さんたちにとっては、「スーパーお姉ちゃん」なので、ごめんなさいも伝えたくて。頑張って、前を向いています。
2025.05.02
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認知症病院の医師から、「死にますから」と言われて、1カ月。‵誤嚥’を心配する病院側の判断で、栄養の点滴のために長期間身体拘束をされて、母はとても悲しんでいた。いろいろな事実があるから、事実を家族に伝えただけとは思う。そんな言い方があるのだろうか・・・二つの病院を行ったり来たりしたけれど、正常な会話が出来ない高齢者に対する医療現場の対応は、とても悲しい現実だった。言うだけ言って、背中を向けた医師に、何も言葉が返せなかった。腹が立って、看護婦さんに不満をこぼしたら、医師に伝わったようで、前開きの着物から、ポロシャツとズボンに服が変わって、拘束用のミトンが外されていた。まるで動物実験のようにインスリン注射が打たれて、身体の痛みで、また母は苦しんでいる。「高齢者施設は嫌」「救急車には乗らない」「管につながれるだけで生きているは嫌」そう言っていた母。何もできなくて。親の最期をきちんと受け止められない自分たちに、すべての落ち度がある。そう思うしかない。
2026.03.13
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