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実家の狩猟グループの入る山には、何カ所も立木にビニールテープが巻いてあります。
赤は待ち場、黄色はイノシシの通り道。
で写真の緑・赤は道が間違えやすいので注意他に緑・黄色・赤の交差点など。
これらは父が、十五年以上前に付けた物で今でも残っています。
実家のグループの入る山全てに付けてあり。
息子の私が言うのは気が引けますが、父は私が知るかぎりナンバーワンのシシ狩り名人でした。
二十歳前から祖父の銃を持ちだし猟をしていて、経験年数の長さもさることながら、何より凄いのはその知識・記憶力力です。
今までの猟をした山、イノシシの寝屋、勢子の入り方、犬の追い出し方、シシの逃走方向。
この全てを記憶していました。
イノシシ猟をしたことがある人には分かると思いますが、同じ山でも年によってイノシシの寝屋や逃走方向が変わります。
それに木の成長により通り道がかわったりなど・・・。
この全てを把握して、山やイノシシの寝屋を考え勢子や犬を変え猟をしたました。
また長年勢子をしてましたから、山の中は手に取る様にわかり、勢子に無線で細かく指示。
勢子の人は、まるで操り人形だ!などと言っていました。
「身体が弱くなっても、無線機で指示してくればいいよ。」
と、みんなにからかわれていました。
実際、病で床に伏せたとき、枕元に無線機を置き細かく指示を飛ばしてました。
さて写真の標識ですが・・・。
何処の狩猟グループにもある話で、ある時若手とベテランの衝突がありました。
若手の方が一生懸命見切りをした山を、信用しないで他の山にいったり。
ベテラン達が必ずイノシシが掛かる待ち場を独占し、若手を来そうに無い待ち場、いわゆる捨て待ちに配置したり。
そのころ父は、グループのリーダーを譲り、ご意見番的存在でした。
こんな状態が続いては若手が育たない、怒った父は若手を連れグループを脱退。
(本当は父が作ったグループみたいなもんでしたが・・・)
父の他には中堅一人、後は若手ばかりのグループ。
いくら父が山の隅々まで知っていても、後は素人みたいなもんです。
イノシシの見切りをするのも一苦労。毎回教えてもすぐ忘れる。
山の中で自分の居場所が分からなくなるヤツまで居ます。
業を煮やし数年かけ、全ての待ち・、見切りの道につけました。
そのころは父も若い頃の無理がたたり、山を歩くと膝が痛いを言っていました。
山奥の急斜面に付けられた印を見つけると、俺たちの為のこんな足場の悪いとこまで・・・・。
そう考えると、熱い物がこみ上げてきます。
私の目標は父で、いつか越えてやろうと頑張ってきましたが、未だ足下にも及ばず・・。
今日は父の命日です。