☆わたぼうmama☆ROOM

挑戦




 息子の挑戦

文字サイズ小(S)で見てくださいね



おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん




          2002年 6月11日~13日  中学3年修学旅行に行く。
                           沖縄から九州に修学旅行が変更になる。

         主治医が何かあった時どこの病院でもすぐ病気のことがわかるようになっているからと
         書いてくださった紹介状を先生に預けて行く。

         出発の朝、見送りに行く。
         気分が悪い人はいませんか?と先生が言われた時後ろの子が手をあげて
         かあさんが僕が手をあげたと思って心配したかと思ったとあとから聞いた。


         絶対に連れて行くからと言われた先生に息子を預ける。
         友達に囲まれて、お母さんたちから行かれてよかったなぁと声をかけてもらい
         息子が参加出来たことが実感できてうれしく思った。
         息子はこの時から帰りたいって思っていたそう。

         薬はもともと冷蔵のものなので保管に気をつけて持って行く。
         お小遣いが決まっていたけど息子はお水を買うお金を別に先生に預ける。
         自分で持っておけばいいと息子に渡してくださったそう。


         どうしているのか心配で心配でたまらないのにTELひとつないまま帰ってくる。

         つらかったと言う。
         人とは違う。
         どこへ行っても、何をしてても、病気と薬がつきまとってくることを思い知らされて帰ってくる。
         つらくてつらくて、TELをしてかあさんの声を聞いたらもっと帰りたくなるのでかけなかったと言う。
         もう、家から出ない、どこへも行かないと言った。

         この修学旅行が自信につながればいいと期待したのに逆な結果に終わる。
         やけになって、データをつけない日が続く。
         体が動かない日が続く。
         出来上がった写真はどれも本当にしんどそうな顔で写っていた。 
         修学旅行のことは何も話さないでと言う。思い出したくないと言った。

         でも月日が流れたら いろんな思い出も出てくることでしょう。 


おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん


          2003年 3月6日、7日   公立高校入試


          病後、学校へ出れる日はすべて車の送り迎えで
          高校は自分の足で通いたいと自転車で5分の高校を選ぶ。
          実際、時間がかかる所や乗り物では通えないのでこの高校へ必ず行きたかった。
          でも、半分も中学へ行ってなかったので合格できるか不安でいっぱいだった。
          その前に試験がちゃんと元気に受けれるかが心配だった。

          遠い私立へ通うのは無理なのでこの高校しか受験する気はなかったのに
          担任の先生が公立受験の日何があるかわからないので
          私立を受けておくようにと言われ受験したけれど
          出席日数が原因で不合格になる。
          公立はそんなことはないからと先生は言われたけれど心配だった。
          私立は受けないまま 行きたい(行ける)この高校だけを挑戦する。

          2年前までは障害のある子は地域での受け皿があったのになくなり
          同じように受験して合格するしか地元の学校に通うことが出来なくなったそう。
          同じ中学にいた障害者3人は養護学校へ行った。

          受験中 病気やトイレの心配で
          途中退席が出来るように校長先生が高校側へ配慮をお願いしてくださるけど
          どんな理由があれ途中退席は認められなかった。
          ほかの病状については 保健室で受けることを勧められるけど 
          保健室でも退席出来るわけではないので みんなと教室で受けることに決める。
          途中試験放棄を覚悟して。

          でも、1日目の3教科も、2日目の2教科と面接も体調よく受けれる。
          回答速報で答え合わせをしてみると よく出来ていたので大丈夫だと思ったけれど
          私立の時のこともあるので 結果を聞くまでは心配でたまらなかった。

          2003年3月13日  公立高校 合格



         2004年3月13日 HP日記より 



1年前の息子の合格発表の日
私はこれほどにうれしいという感情があっただろうかというくらい、うれしい気持ちをあじわった。

発表を友達と見に行った息子から、携帯に「受かったよ」のひと言が入るとすぐ高校へ向かった。
私もこの目で息子の受験番号を確認した。

中学校からその時間は家で待機するよう言われていた。
高校ごとに待機時間が決まっていて
落ちた子のところだけに連絡が入るようになっていたので息子だけ見に行って私は家で待った。
発表と同時に(待機と同時に)携帯に息子から 合格の報告が入ったので、そのまま家を出た。

顔がにんまり、にんまり、外へ出さまいとしても体の中からうれしさがこみ上げてきて仕方なかった。
私はこれほどうれしいという気持ちをあじわったことないと思った。
あっても、それがいつだったかわからないと思った。
本当にうれしかった。

おばあちゃんのところへも電話を入れた。
塾の先生へもお礼のメールを入れた。
夜、担任の先生にメールを入れた。
小学2,3年生の担任の先生にも、5,6年生の担任の先生にも電話を入れて報告した。
みんなにうれしさを伝えた。

みんな、こんなにうれしいことはないと同じように喜んでくださった。
息子は病気にはなったけど
保育所の先生から小学の先生まで心配してもらって気に留めてもらって
こんな幸せ者はいないと思う。

あれから1年、いろんな想いが通り過ぎて行った。

最近、時々思い出す。
中学の卒業式の息子の姿。
涙、涙で見れないかと思ったけど、不思議と涙が出なかった。
半分もなかった中学生活だったけど、一生懸命がんばった。
息子は息子なりに精一杯がんばった。
だから涙が出なかったんだと思う。

そして、1年。
また本当にがんばったよね。
高校1年生も、あと5日。
最後までがんばって。






         2004年3月15日 HP日記より 










早退して帰ると携帯へ息子から連絡が入る。
残り時間数を確認するから折り返し電話すると言って一旦切った。
幸い、5,6時限目は家庭科と古典で大丈夫とわかり電話を入れた。
もう少しなのにがんばればいいのに・・と思った。
でも、帰ってきた姿を見たらかなりしんどそうでぎりぎりまでがんばったんだ・・と思った。

早退届を担任の先生に出しに行ったら
「よくがんばったなぁ。一番少ない教科で残り2時間なので
もう大丈夫。進級出来るよ。」
と言われたと息子が服を脱ぎながら、しんどい中にも顔をゆるめて言った。
進級出来る。

10月からほとんど残り単位数を変えずにがんばった。
9月には、このままだと進級はむずかしいと言われた。
残り単位数が3時間という教科が5教科ぐらい並んで
あと何日で不認定が決定するかわからない状態からよくがんばったと思う。

不認定が決まっても学校へ行ってもいいんですか?と先生尋ねたら
普通はその時点で休学ということになりますと言われた。
そんな話を先生としていたのが今となってはうそみたいで。
10月から天候も一気に涼しくなって息子を助けてくれた。
10月4日から1日も休んでいない。
休まず学校に行けるようになると体力もついてきてまたそれがいい方向に息子を支えてくれた。
薬を離せることはないけど薬の副作用は確実に減った。体が慣れてきたのかもしれない。

進級が目標と息子は先生に言った。
私も何が何でも進級させたてやりたかった。
そんなに進級進級とあせらなくても体が一番では、と先生にもお医者さんにも言われた。

私は息子をわかっている。
進級出来るか出来ないかで息子の人生は変わるんだと言い切れた。
進級が目標。その目標が達成できたら病気に負けることはない。
自信を持って生きていける。

無理して学校へ行く日も多く先生は心配されたけど
倒れたら救急車で運んでくださいと言い切った。
私はそこまで賭けに出た。

でも息子はがんばった。
病気を理由に規定を変更してもらえるように先生は働きかけてくださったけど
規定があったからがんばれた。
目標ができた。
出来ればあと4日がんばって。
有終の美飾ってほしい。
人生これから。
ここからすべて開けるよ。





         2004年3月19日 HP日記より  







本当にすがすがしい笑顔で帰って来ました。
高校1年生が終わりました。
やり遂げたあとってすばらしいと思いました。
本当によくがんばったね。
それから、今日だけは母さんにも自分で同じ言葉をかけてやったよ。
進級出来るなんて本当に夢のよう。
今だから言えるけど9月には母さんあきらめてた。もう無理だと思った。
だから今、本当にうれしい。
昨日からもう母さんの友達にメールで進級の報告をしたよ。
みんな病気になった時からずっと心配してくれて、不思議とくじけそうになっているとメールが届くの。
以心伝心というかいつもそのメールで励まされて元気になったから
ありがとうってメールしたよ。
担任の先生にお礼はもちろん、合格に導いてくださった塾の先生にも
中学3年の担任の先生にも、小学校の担任の先生にも
進級の報告をしたよ。
おじいちゃん達にも、おばちゃんにも、母さんの会社の人にも報告したよ。
母さんじわ~とうれしさがこみあげて涙がでたよ。
今までの想いが報われて穏やかな午後、ありがとうって想いでいっぱいでした。





         2004年3月29日 HP日記より  








息子の学校から進級判定会議を終えて最終的な評定が送られてきました。
担任の先生からは進級できるよと言われたものの
出席日数ぎりぎりのところだったので不安で
開けて 進級 と印が押してあるのを見てやっと手放しで喜べたような気がします。
本当に進級できたんだ。
授業日数198、欠席35、早退22、欠課数合計265
でも、息子の勲章






© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: