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先週の水曜日だったか、昼休みに管理部のチョン次長と話していた。「部長は集会に行きましたか?」と訊くから、何の事だと問うに例の「牛肉輸入再開反対」のロウソク集会の事だと言う。あのねぇ、君は知らないかも知れないけど、僕はこれでも日本人なんだからさ、他国の内政問題のデモに参加なんかしたら、手が後ろに回っちゃうでしょ。へぇ、そうなんですか?とチョン次長。じゃあアレどう思うんですかと訊く。どう思うって、まぁバカみたいだなとしか思えないけどねぇ。そもそも李明博大統領の言い分は、輸入はするけど消費者の判断で、イヤなら買わなきゃいいでしょ、ってな事じゃない。僕は尤もだと思うけど。そういう訳にはいかないんですよ部長。米国産の牛肉は、国産だとか豪州産のものより、何倍も安く売るって言うんですよ。なんだい、結構な話じゃないか。大体「輸入再開反対」って言ってる人達は、勿論米国産牛肉は買わないんだろ?米国産以外の肉が、急に高くなる訳でもなかろうに、輸入しようがしまいが、彼らにとって状況は何も変わらないハズだけど?だから、安い肉が市場に出てきたら、買っちゃうじゃないですか。へ?・・・ちょっとまて。安全性に問題があるから「輸入反対」なんだろ?そうやってデモだか何だかやってるんだろ?なのに買っちゃうのかい?韓国人はそうなんですよ。おいおい、するってぇと何かい?何か確固としたポリシーがあって「ハンタァ~イ」ってやってるんじゃなくて、安いのがあったら何でも買っちまうっていう、自制心に自信がないから輸入してくれるなって、そういう事かい?いや、それは・・・そういう事だけじゃなくて・・・李明博大統領のやり方に対して、国民は怒っているんですよ。何やら歯切れが悪い。ところで一つ訊きたいんだけど、ああやってデモだかやって、それで具体的に何か解決するのかい?チョン次長はちょっと狼狽した様子で、「いや、韓国で一番大事なことは「情」なんですよ。国民の「情」をこうやって表現するっていうのが重要なんです」と何やらよくわからない説明だ。 ~(-_-~)・・・・・・茶飲み話だから、そう深い議論には所詮ならないけれど、それでも其処此処に「如何にも」韓国人らしいというポイントがいくつも見て取れる。一つには、これまで何度か過去の記事で指摘してきた事ではあるが、自発的な行動なり解決法の摸索という態度が、全く無い事だ。韓国社会の、救いようのないピラミッド構造と、何事につけても上からの命令を待つ、という気質に因るものだ。実業界出身である李明博大統領の「イヤなら買うな」の発想は誠に正しい。国民一人一人に自主的な選択を委ねるやり方は、しかし韓国愚民にとっては、選択を強いられるというふうな捉え方をされた。自ら何も考えることなく、上がこうしろと言ったことをそのまま実行するほうが、彼らにとって楽だし、自主的に何かを考えて選択する、なんていうやり方は考えられないのだ。二つ目は、これは予想通りというべきか、デモなり集会なりの目的はいつの間にか曖昧になり、漠然とした「李明博NO」の雰囲気のみが蔓延している事だ。デモの参加者も、その多くはお祭りに参加するのと大差のない状態と考えられる。もちろん本人たちにその自覚はなく、自分は何か大切な大きなことをやっている、という錯覚に囚われているのだろう。集団心理というよりも寧ろ「集団催眠」状態というのが相応しい。現に、僕の参加しているサムルノリサークルの連中も、鐘やら太鼓やらを抱えてイソイソと出かけて行ったのが何人かいるのだが、二三時間で帰ってくるつもりが、結局翌朝の4時まで市庁の前で大騒ぎしていたそうだ。「なんだか、2002年のワールドカップの時の熱い雰囲気を思い出す」なんて、とぼけた事を抜かすところを見ても、単に雰囲気に呑まれて騒いできただけ、というのは明らかだ。 ・・・・・・(~-_-)~おおよそ5千万の人口を抱える韓国だ。中には「米国産の牛肉が、どうしても食べたい」という人がいても不思議ではない。しかしそんなことを言おうものなら、即座に「非国民」という罵声が飛ぶ。一体世の中何が恐ろしいと言って、愚かな大衆の「集団ヒステリー」以外に何があろうか。
2008年06月15日
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日記をサボッていると、本当に自分が何をしたのか忘れてしまう。ヘタしたら、昨夜食べたものも思い出せないくらいだ。これはイカン。忘れないうちに書いておこう。その1遅まきながら・・・ダビンチ・コード読んだ。上中下3巻。もう少し長く楽しめるかと思いきや、2日で終わった。つまんない。内容は期待はずれ。その2アジバコ再び・・・5/31 選挙で休みだったから、ラーメンリベンジ。「ミスズラーメン」と言うのを食す。細切りのチャーシュー、ねぎ、しょうが、もやし入り。これはイケル。味噌味のほうがもっと旨いと思われ。次回。ナオキ氏に、もっとホムペを更新するように注文する。その36/3 宮廷料理の試食会という催しに行ってきた。日本の旅行社がツアー客を大量に送り込んできて、参加者は日本人韓国人半々。「大長今」に出演した役者がゲストで挨拶などする 大長今のかつらで~化粧をしていると確かにキレイだが、後で私服の姿を見たら、その辺にいる韓国アジュンマと見分けがつかなかった。(写真を撮るのは、さすがに気が引けた)その4ところで、会場の外にタバコを吸いに出たら、以前「大長今テーマパーク」で会った「李京源」君に偶然会う。ひとしきり世間話などする。「テーマパーク」のほうは、契約が切れ、今は念願だった日本の芸能界進出を果たした、と嬉しそうだった。NHKのハングル講座に出ているそうだ。その5韓国の女子高校生・・・は、日本に比べるとスレた感じが無くてカワイイ(個人的見解)が、朝会社のベランダでコーヒーなぞ飲みつつ一服していると、近くのビラの駐車場で女子高生が3人、毎朝学校へ行く前にこちらも一服点けてゆくのが見える。何処でも同じだねぇ(笑) スクープ!これがジョシコーセイの実態だ(爆)
2006年06月05日
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ブラブラと市内へ出かけた。最近仕事絡みでストレスが溜まっていたし、あまり外出する機会も無かったので、日曜日で天気も良かったし久し振りに出かけてみた。とは言え行くところはいつもと変らず、教保文庫なぞ冷やかし、あとは街中をそちこち彷徨いながら、行き交う人々や風景を観察するというものだ。久し振りに知り合いの伝統茶屋にも寄って一頻り店の主人と歓談し、夕方帰途の地下鉄に乗った。席は埋まっていたから、入り口近くに立っていたら、途中から外国人が一人乗ってきた(此処では僕も外国人だが、いわゆる「西洋人」)韓国では、見知らぬ人と話したり話し掛けられたりする頻度が、日本に比してベラボウに高い。路上では「XXXはどう行けば良いか?」など道を訊かれる事が多いが、電車の中だと、「今日は暑いね」とか「いやぁ、山登りしてきたんだよ」とか、世間話の類である。(もっともこの手のことは、僕の経験の範囲では欧米でもかなり普通のことに思う。むしろ日本が少なすぎるというべきか。他人のことは吾関せず。下手に係わっちゃダメよ。クワバラ、クワバラ・・・) ♪~~~┌(・。・)┘♪で、案の定好奇心旺盛なハラボジが一人、その西洋人に英語で話し掛けた。 ハラ「(英)あ~、貴君は何処の国からいらしたのかな?」 西洋君「(韓)スペインです」 ハラ「(韓)おぉ、君は韓国語を話すのか?上手いもんだ」此処まではそんなに珍しくない。問題はその後だ。 西洋君「(韓)ええ、大学で勉強しているんです。(日)この前まで日本に住んでいたんで、(韓)今は韓国で勉強しています」 ハラ「(韓)何?そうか。(日)私も日本で生まれました。大阪に住んでいました」 西洋君「(日)ああ、そうなんですか」 ハラ「(英)韓国の生活はどうですか」 西洋君「(韓)ええ、ええ、とても良いです」なんと英語、日本語、韓国語のチャンポンで話し始めた。 └ (・o・)┘ワォ!韓国に住む外国人がどのくらいいるのかよく知らないのだが、欧米人に出会う率は日本と比してもそれほど低くない。ソウルの周辺には米軍の基地があるし、ネイティブの英語教師も多い。水商売系はロシア人女性が結構いるそうだ。そういえば先月、VISAの更新をしに入国管理事務所へ行ったときも、アジア系以外は全員ロシア人だった。それにしても、こんなに流暢に韓国語を操るガイジンは、テレビ以外では初めて見た。しかも日本語までとは、びっくりだ。外国語のスイッチ(チャンポン)は簡単なものと、そうでないものがあるように思う。僕は韓国語の他に英語とドイツ語を話すが、相互のスイッチは場合によって厄介だ。日英、韓英は比較的易しいし、英独も難しくない。しかし日韓は僕にとっては難しい。日本の業者と日本語で話しているつもりが、何時の間にか韓国語の単語になっていたりする。反対に日本に行って帰って来た直後は、韓国語を思い出すのに少し時間がかかる。似ているが故に、却って混乱するのかもしれない。そういえば、まだ韓国に着たての頃、NHKのテレビを観ていて、確かに日本人が日本語で喋っているはずなのに、一体何語なのかしばらく解らないという体験をしたことがある。(数分したら、やっと日本語として理解出来るようになった) ♪└(・。・)┐~~~♪ハラボジとスペイン人の会話は未だ続く。 西洋君「(英)日本は韓国と比べると、キレイだし便利だし、スゴク住みやすかったですよ。(日)5年くらい住んでました。僕の娘はまだ日本で学校に行ってます。(韓)だけど、なんと言うか、人の気持ちみたいなもの」 ハラ「(韓)情...」 西洋君「(韓)ええ、情みたいなもんは、やっぱり韓国の方がいっぱいあるから、日本よりいいですね」 ハラ「(英)ほぅほぅ。そうかね」直ぐ隣に立っているのが当の日本人(僕)とは知らず、変なスペイン人とハラボジは、日本より韓国がイイ!という意見で一致したようだった。僕は笑いを堪えながら、会話に割って入るべきか考えているうち、じゃぁ僕は此処で、と言ってそのスペイン人は降りていった。話せなかったのは残念だが、 彼らのおかげで気分も一層晴れた。韓国と特別仲良くしたいという国は、多分世の中にあまり無いだろうが、しかしラテン系と韓国人は、案外相通ずる所が多いのかも知らん。┌(・。-)┘ ~ ♪
2005年10月09日
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日本から友人がやって来た。彼はこの度、長年勤めた会社を辞し、目出度く事業を立ち上げた。今回は卒業旅行よろしく、退職祝いを兼ねて釜山、済州島をのんびり回って、ソウルまで僕らに会いにやって来た次第。仕事絡みで韓国には何度も来ているものの、観光らしきものはしたことが無いという。案内するから何処に行って見たいか申告せよと言って置いたら、大長今のテーマパークに行って見たいという。そこならついこの間行ったばかりだが、ソウル市内のお決まりの場所をウロウロするよりも、電車に乗ってバスに乗って、韓国の田舎の風景を感じるのもまた悪くなかろうと思い、再び案内することになった。。・)┘♪ところで、此処のテーマパークには、実際にドラマに出演した俳優が、ファンサービスをしてくれる。あまり有名な役者ではないし、ドラマでもチョイ役だったが、ドラマのファンにとっては嬉しいサービスだろう。(長今を取り調べる監察内侍役。ちょっと沖田浩之に似てる(爆))実は先日来たときには会えなかったのだが、今回はちゃんと会うことができた。入り口正面の建物のところで、ファンにサインをしたり、一緒に写真を撮ったりしている。あー今日は居たよ、良かったね、など言い合いながら近寄ってみると、なにやら様子が変だ。とりあえず、一緒に写真を撮ってくれないかと頼んでみると、露骨にいやそうな顔で「今昼休みだから」と言い奥に引っ込んでしまった。なんだ残念、と思っていたらまた直ぐに出てきて、写真撮影に応じてくれた。李 京源という名の彼は、実は日本語がとても達者だ。本業は役者だが、語学力を買われて此処の仕事をしているのだろう。大変だろうね、とか週にどのくらい来るのとか話を向けてみると、それまで終始不機嫌そうだったのが、こちらが韓国語を話すと判るとオヤ?という顔になり、急に色々話し始めた。 ~└(・。・)┐♪どうやら、僕らの前に来ていた日本人の集団が、彼の不機嫌の原因らしかった。写真も一緒に撮って上げて、サインも全員にしてあげて、色々話をしたりサービスをしていたが、その日本人達、去り際に「ところで誰?あの人」「え?知らなぁい」と言っていたそうだ。。。。。。└(-。-)┐近くで見ると京源君、結構若いし、話しをしてみると真面目ないい青年だった。しかし悲しき哉彼は、日本語が堪能故に、礼儀知らずな日本人の失言を理解してしまった。 ┌(・。・)┘♪└(・。・)┐♪自分は役者だけれど、仕事でほとんど毎日此処に来ている。冬の寒いときもずっと外に居たから、肺炎になりかけて大変だった。だけど、来てくれるファンの為だと思って、一生懸命やっているのに、日本人にあんな事を言われて、とても悲しい、傷ついた、と。御もっともな話しだが、一方プロのサービス業者としては、言うべき愚痴ではない。言うべきではないのだが、それでも、同じ日本人としてこういう話を聞くと、やはりチョット恥ずかしい。まぁ、京源君もプロなんだから、あんまりナイーブじゃやっていけないよと、半分慰めるような形で30分程も色々話をしていたら、最後は御礼にといって、彼が編集だかに携わったという、韓国語の童話の本を持ってきて、サインも入れてプレゼントしてくれた。物を貰ったから、という訳ではないが、好いヤツじゃん、あいつ。 ~┌(・。-)┘♪
2005年09月11日
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最近暑くなってきたし、仕事帰りにクーラーの効いた地下鉄に乗ってボーっとしていたら、車内の吊り広告が目に入ってきた。「イジウォルビン」イジウォルビン・・・・?「意地悪な瓶」って・・・・・なんだ?しばらく考えて、ようやっと分かった。「ウォル」じゃなくて「ウェル」ね。「イジ・ウェルビン」よく見たらちゃんと書いてあった。「EZ Well-being」(爆)どっちにしても、何のことやら・・・・・・・・・・└(-。-)┘
2008年06月13日
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。-)┘♪ 前回から続き。。。客人とサムゲタンの夕食を食し、貞洞劇場に向かった。貞洞劇場は市内中心部、徳寿宮の裏手にある。8時からの公演に間に合うように、7時半頃着いたのだが、既に人がいっぱいで、前方の良い席(S席)は売り切れとの事だった。A席2万ウォン也。集まった人々を見ると、大部分が中国や西アジア系(トルコかな?)の旅行者で、白人も1割程いた。貞洞劇場は1995年に建てられたから、まだ新しい劇場だ。1日1回毎日公演がある。内容は韓国の伝統芸能である舞踊、歌、器楽などを見せる。舞台横のスクリーンに、英語、中国語、日本語で解説が出るので分かりやすい。ただし「伝統芸能」とは言ってもそのものではなく、伝統芸能のスタイルをモチーフに、現代的にアレンジした「ショー」のようだ。 ┌(・。・)┘♪└(・。・)┐♪最初は3台の大太鼓と何台かの小太鼓を並べて、掛け合いで叩くプロローグが奏される。日本でも似たような太鼓の芸能があるが、僕は何年か前にニューヨークで見たBlueman Groupを思い出して、思わず笑ってしまった。次は琴、二弓、笛とチャルメラみたいな音を出すリード楽器による合奏。曲調はマイナーで5音階が基本のようだが、一部2度や長7度が加わり、上昇と下降が異なるスケールである。琴は日本の物とそっくりだが、ほぼ全音にかけるビブラートの幅が広く非常に印象的だ。(4度くらい上がる)このビブラートと、胡弓のような「粘っこい」ポルタメントがあると、とたんに「アジアン」チックになるから不思議だ。楽器の数は多いがハーモニーは無く、すべてユニゾンである。各楽器のキーと音色の違いを楽しむもののようだ。テーマらしきものの後に、テンポを変えながら各楽器のソロがある。次の出し物は、綺麗な韓服を着た7人ほどの女性たちが、扇子を両手に持って踊る「ブチェチュム」という舞で、昔王宮で、中国からの国賓をもてなす時にでも舞ったのだろう。これは先日の「のど自慢」のときにもやっていた。人数が多いから、どこを見ればよいか迷うが、特定の一人に注目して見るとなかなか面白い。(僕は「辺見えみり」に似た、右から3番目の娘を見ていた)しかし、楽器でも踊りでも、常に満面の笑みを湛えながら演るのは、意外と難しいものだ。3番目は「サムルノリ」である。これは2台の太鼓と2台の鐘による掛け合いで、これだけでも観に来る価値がある。基本的なリズムは現代的な16ビートだが、最近ハヤリの「タテノリ」ではなく、大太鼓による強弱4拍打ちをベースにした、2ビート系のリズムだ。シンコペーションはそれほど強調されてはいないものの、サンバに通じるものがちょっとある。これもテーマ部とユニゾンの「キメ」以外は全て即興演奏で、ソロ回しもある。もともとは、農民による祭りの時に行われたそうで、リズムに合わせて一晩中踊り明かしたとか。確かにこのリズムは非常に心地よく、いつまででも音の中に浮かんでいたい気持ちになる。次にさっきの「ブチェチュム」の女性たちが、踊りながら太鼓を叩く(!)という、曲芸みたいなものがあり、その後が「パンソリ」である。「パンソリ」は、日本で言えば「詩吟」と「講談」を合わせたようなもので、物語を歌を交えて語って聞かせる。独特の抑揚ある歌い方が面白い。そして最後は、帽子に長い紐をつけて、それを回しながらさっきの「サムルノリ」の楽器を叩きながら踊る「パングク」というもの。(これも「のど自慢」でやった)首を器用に揺らして、頭の上の紐をグルグル回す。見事だが、首がどうにかならないか心配してしまう。約2時間の公演であるが、舞台が引けた後演者たちが全員劇場外の広場に出て、観客達が一緒になって踊り狂うというサービスがある。 ┌(・。・)┘♪ ┌(・。・)┘♪ ┌(・。・)┘♪ └(・。・)┐♪ └(・。・)┐♪ └(・。・)┐♪この伝統芸能を見てみると、中国からの文化的影響度の大きさがよく分かる。それは当然であろう。しかしながら、同時にこれは紛れも無くオリジナルである。日本文化には無い(あるいは無くなってしまった)、生命的なダイナミズムを備えている。剣道も柔道も茶道も、果ては文字や政治まで、すべからく韓国が日本に教えてやったものだ、という話がある。そうかも知れないし、出鱈目かもしれない。どっちにしても今となっては些細な話だ。(個人的には、日本に対する劣等感の裏返しが、その様な強がりを言ってみせるのだと考えている)これだけの伝統文化を持ち、それを現代的に昇華させることの出来る国民なのだから、この国はもっと自信を持ってよい。潜在意識に刷り込まれた、どうしようもない劣等感が、この国の政治をいつまでたっても成熟させないし、外の世界に目を向けることを阻んでいる。対する日本は、60年間の間の徹底した過去忘却と、意識的な白痴化を自らに課した事により、右も左も総お子ちゃま化が止まらない。隣国が大嫌いだという「嫌韓派」が増加しているそうだが、そういう彼らが、じゃあ日本を心から好きかというと疑わしい。国のために自らを犠牲に出来るかと問えば、「イエス」と答える者は皆無だろうと思う。サムルノリのリズムに身を委ねながら、そんなことを朧に考えた。 ┌(・。-)┘♪
2005年07月24日
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「民族」或いは「統一」という言葉は韓国人にとって、ちょうど戦後日本人にとっての「平和」と同じくらい、ある種の麻薬的な効果を持つ言葉だ。現在の韓国や北韓の人々にとって、7世紀後半の「統一新羅」が民族的自尊心の原点となっている。私見ではあるが、朝鮮半島のほぼ全土を「統一」したという史実と、現在の「南北統一」という夢を重ね合わせ、現実との区別が付かなくなってしまったが故の事と思う。 ~~~~~┌(・。・)┘♪遥か昔、世界史の授業でカジッた程度の知識からすると、朝鮮半島には6世紀頃までの数百年間、「高句麗(コグリョ)」「百済(ベクチェ)」「新羅(シルラ)」そして「伽耶(ガラ)= 任那(イムナ)」の各国が成立していたが、「伽耶」が「新羅」に滅ぼされ、「百済」「高句麗」も後に「新羅」に滅ぼされた。(「任那」は、大和朝廷の支配地だったという資料もあるそうだが、韓国では当然認められていない)この頃までの日本と高句麗、百済は、貿易や文化的な交流が盛んであった事は周知の事であろう。万世一系の天皇家にも、百済の血が入っているらしい事は、数年前に今上天皇が言及した。(中国の書物には、「百済」の国には、「倭人=後の日本人」が非常に多く住んでいる、と記されたものもあるらしい)初期には新羅も含めた朝鮮半島との交流は、今とは比較にならない程盛んであったそうだ。仏教や中国文化も、これらの半島国を介して日本にもたらされた。だから朝鮮民族は日本人の祖先であり、民族的・文化的に優位であった、という論法が成り立つのは明白、と多くの韓国人が考えている。ところで、僕は朝鮮史にそれ程詳しい訳ではないが、単純な素人考えで一つ疑問を持つ。 ♪└(・。・)┐~~~~~新羅が「朝鮮半島を統一した」とは良く言ったもので、何のことは無い、戦争を仕掛けて隣の国を侵略しただけの事だ。(このとき日本の大和朝廷は、海を越えた百済に7万人だかの援軍を送っている。聖徳太子あたりの時代だ。かつての領土「任那=伽耶」を「新羅」に奪われているから、かの地の奪回を目論だのかも知れないが、結局負けた)新羅はその後「高句麗」に攻め入るときに、当時の中国大陸の強国「唐」と結託して、南北から挟み撃ちにした(恐らく。これは僕の想像)。戦争で侵略した訳だし、前後して大量の高句麗人、百済人および旧任那人が日本に難民として亡命してきている史実を見ると、当然大虐殺が行われたのだろう。 ・・・・・・・・・・~(-_-~)疑問とは外でもない。一体当時の「新羅」と、日本に多大な影響を及ぼした「高句麗」や「百済」「任那」は果たして同じ民族だったのか?現在に続く「偉大なウリ朝鮮民族」とは、別のエスニックグループであった可能性は、全く無いのであろうか?朝鮮半島にあったものはすべからく、之皆朝鮮民族と断ずるのは、ちょっと無理があるのではあるまいか?早い話が、「劣等な日本人に文化を教えてやった」かつての優秀な半島住民は、現在の韓国・北韓人とは何の関係も無い別民族だったと考えると、一体どうなるんだろう、という事だ。 ~└(-。-)┘実のところ、どうしてもこれが知りたい、という訳では特にない(笑)どうでもいい。半島からもたらされた文化や様々なものにせよ、善意によって無償でくれた訳では、まさかあるまい。代金なり、何らかの見返りは支払われたと考えるのが自然だろう。何にせよ、記録自体が曖昧な時代の事なのだから、自尊心を託すには甚だ危ういんじゃないの?という、まぁ他人事で無責任な疑問ではある。ところで、誰かこんな素人くさい疑問に答えてくれる人は居ないだろうか(笑)
2007年05月07日
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昼休みに会社のベランダで、お茶を飲みながら宇課長と話をしていた。宇課長は日本通で、独学で日本語を習得した。が、使う機会がないと忘れちゃうから、たまに日本語でのお話会をする。話は取り留めなく広がっていたのだが、話題たまたま盧武鉉(ノムヒョン)大統領の事に及び、いい機会とばかり訊いてみた。と言うのも、先日の中央日報に、盧武鉉が懇意の新聞記者達に向かって「自分のどこが間違っているのか解らない」と話した、という記事があり、オヤオヤと思っていたからだ。ネット版の中央日報は、読者が記事に対する意見を投稿出来るようになっていて、日本語版では案の定非難の意見が殺到していたが、韓国語版を見ると2つ3つしか投稿が無い。(追記:今見たら、40件位に書き込みが増えていた)折も折り、米国の官僚からは「大いなるアマチュアリズム」と評された盧武鉉大統領の執権能力に関して、国内外から批判が高まっているのに、開き直りか、或いは本物の馬鹿とも取れるこの発言を一体韓国民は関心が無いのか不思議だった。 ♪└(・。・)┐~~~~~~~~~~「盧武鉉に関心は無いですね、正直言って」と宇課長。ほぉ~、そうなんだ。でも米国に見放され、同朋と思っていた北韓には裏切られ、経済も雲行き怪しいし、やっぱり大統領の責任じゃないのかい?「それはそうですけど、でも仮に盧武鉉じゃなく他の人だったとしても、結果は大して違ってなかったと思いますね。」そりゃまた随分と悟りきった発言・・・「だから大部分の国民は、次の大統領を待ってるんですよ。朴槿恵(パク・クネ)です。李明博(イ・ミョンバク)が出ればそっちかも知れませんが、まぁ、確実にどちらかがなるでしょう」でも、盧武鉉だって本命じゃなかったのに、棚から餅みたいなものだったんだろ?それにいくら朴正煕(パク・チョンヒ)の娘だからって、政治家として有能かどうかは解らないじゃないの?(注:朴槿恵は、かつての軍事政権、朴正煕大統領の娘。独裁政権だったが、50代60代の世代は朴政権時代を懐かしむ声が少なくない。李明博は前ソウル市長で、ソウル市内の
2006年08月20日
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韓国語はそれ程好きではない。韓国に暮らし、韓国企業で仕事をしているから、否が応でも話さなければならないが、話さずに済むならそうしたい。何となれば、音の感じが好きではない。特にあまり抑揚の無いソウル言葉は、聞いていて綺麗ではないし、つまらない。一方、これが書かれた文章になると、また趣が違う。基本的に韓国語と日本語は構造が似ているが、同じように「体言止め」や「言い切り文句」などがあるし、書き言葉独特の言い回しもある。 ♪~~~~~┌(・。・)┘ └(・。・)┐~~~~~♪もう4、5年程も前、まだ日本の会社に勤めていた頃、仕事の関係で頻繁に韓国に出張に来るようになった。何度目かの出張のとき、妻に「韓国語の絵本」を土産に頼まれた。買って帰った一冊は、本屋の棚から偶然引っ張り出した中の一つで、なかなか絵に風情があって良さそうだった。題名は「おやすみなさいお月様」と書いてある。当時は、てっきり韓国産の絵本とばかり思っていたが、後に米国で子供に読み聞かせる絵本の定番と知った。(原題「Goodnight Moon」) この本は、実のところ僕自身もお気に入りの本になった。絵と文が醸し出すシュールな雰囲気は、大人の鑑賞にも十分堪えうるものだ。(ある程度の感受性は必要だが・・・)ところが、後に英語版と日本語版も手に入れてみてみたら、どういう訳か韓国語版で感じた味わいや深みが、希薄であるような印象を受けた。無論英語版はオリジナルだし、そこここ韻を踏んだ文は秀逸だが、それを日本語に訳すと、音の面白さがなくなってしまう。どうしても間延びした感じになる。一方、韓国語でも同じように韻は踏めないが、文章は日本語よりも簡潔になるから、引き締まった感じになる。個人的には、韓国語版が一番好きだ。最初に読んだせいもあるだろうが、不思議なものだ。 ┌(・。-)┘~♪
2007年01月30日
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ネットでニュースを見ていたら、久しぶりに大爆笑の記事があった。中央日報の記事から・・・ ~~~┌(・。・)┘♪ ~~~┌(・。・)┘♪ ~~~┌(・。・)┘♪野球とサッカーだけ?…「私たちにも兵役特例を」体育会に建議へ「国威宣揚にプロとアマチュアの区別があるでしょうか。野球やサッカーを見てもむしろアマチュア種目選手の方が多く寄与していると思うこともあります。人気種目選手にだけ兵役特例の措置をはかれば、誰が不人気種目で太極マークをつけて戦うでしょうか」--。 国家代表射撃監督ピョン・ギョンス国家代表コーチ協議会会長は声を荒げた。22日、泰陵(テルン)選手村で選手を指導した同会長は、ワールドベースボールクラシック(WBC)に出場したプロ野球選手たちが4強進出で兵役免除の措置を受けたことについて「不人気アマチュア種目の悲しみを感じる」と述べた。 泰陵選手村がざわめいている。政府が野球ワールドカップで4強に入った選手たちに兵役を免除するとし、アマチュア代表選手たちが「公平でない。私たちにも兵役を免除してほしい」と反発する動きを見せている。ある現役代表選手は「選手たちが怒りに震えている。プロ野球やプロサッカーと年俸の差が大きい上に兵役特例の措置も受けられなければ何のためにこんな大変なスポーツをするだろうか」という仲間が多いと紹介した。 ・・・つまんないので以下省略。気の毒だが、笑うしか反応しようがない。「兵役特例の措置も受けられなければ何のためにこんな大変なスポーツをするだろうか」・・・って、兵役免除欲しいからスポーツするのか君わ? ~(-_-~) (~-_-)~この記事には、幾つかの興味深いトピックが含まれる。「免除」がアメになるほど国民にとって兵役がイヤな事だと、政府がよく知っている事の半面、本来壮健なスポーツ選手だからこそ優秀な軍人足りえるのに、WBCで国威宣揚「ウリナラ マンセー!」に酔いしれたあまり、思わず「免除」と口を滑らせた茶番がひとつ。 ~(-_-~) (~-_-)~ ~(-_-~) (~-_-)~もうひとつには、「公平」とか「平等」の概念が、日本と同様に本来の意味とはかけ離れて理解されている事が読める。(これもある種の「歪曲」か)この記事はチョッと極端すぎるが、我(日本)彼(韓国)の「公平」概念は、共通して根底に「ねたみ」の感情が存在している。そして「ねたみ」は、同一コミュニティに所属するものの間でのみ発現する。言い換えれば、「ウリ」と認める相手に対してのみ「ねたむ」。ウリ同じスポーツ選手、ウリ同じ大韓民国国民、ウリ同じ民族・・・・多くの人が指摘する事ではあるが、韓国の(マスコミや政府によって操作されたものであるにせよ)反日感情の裏には、達成意識の欠如による劣等感がある。これは即ち「ねたみ」に他ならない。然すれば日本に対する「ねたみ」は、日本を「ウリ」又は「身内」と無意識に認めるからこそ出てくるものだ。 ♪└(・。・)┐~~~ ♪└(・。・)┐~~~ ♪└(・。・)┐~~~聞けばWBCのリベンジをやるとかやらないとか。身内同士で仲良くヤキュウでもやっているのが、本当は両国にとって幸せなのかも知らん。 ┌(・。-)┘~♪
2006年03月23日
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今日は朝から寒い一日だった。最高気温こそ18度とのことだが、風も冷たく体感温度は6、7度というところか。あまり寒かったので外出する気も萎えてしまい、一日家でごろごろしていた。少し日が経ってしまったが、5日の事は書いておくべきだろう。この日はある縁により仕事で出かけた。行く先は江南蚕院の漢江公園である。ここ韓国でも、5月5日は「こどもの日」と称して、祝日である。そして毎年この日に、現在は北朝鮮領である、「黄海道」出身者の集まりがある。この会の音響担当を乞われて出かけたのである。機材等は所縁のある音響会社が供出してくれたので、私は単にオペレートだけしに行ったのだが、正直言ってそれが何の集まりなのかさえ、本番が始まるまで知らずにいた。現地に着き機材のチェックを終え、渡されたプログラムを見る頃にようやく合点がいった次第。早い時間から三々五々集まって来る人々は、大半が老人である。そして男は軍服、女は韓服姿である。子連れの若い夫婦や中年男女も続々とやってくる。本番が始まる頃までには、韓国全土から3千人程も集まったのではあるまいか。黄海道は北朝鮮の南西端に位置し、江華島の北側で韓国と一部接している地域である。この集会は、黄海道出身で、50年前の朝鮮動乱時に共産勢力と戦った旧軍人、戦火を逃れて南下したまま故郷に戻れなくなった人々が毎年集い、互いに団結し交流を深め、故郷へ帰れる日が来ることを共に願う集まりであった。今年で27回目だそうだ。老人たちはその当事者たちであり、下の世代はその2世3世、或は4世達である。会の中身そのものは、然して面白いものではなかった。役員やらの挨拶が一通り終わった後、この1年間に各界で功労のあった人達の表彰、声明文の決議と合唱(政府への対応要求とか、そんなものだったと思う)と続き、お弁当の時間をはさんで綱引きやら子供達のゲームやらがあった。その後何人かの歌手の歌、民族芸能のようなもの、大くじ引き大会というものである。よく言われることだが、この半島に住む人々は血族や故郷に対する帰属意識が非常に強い。ある調査によると、朝鮮半島が他国から侵略を受けた回数は、2000年間に960回に上るそうだ。ほぼ2年に1回の割合で、他国から戦争を仕掛けられた勘定だ。対するに日本は、2600年間に太平洋戦争1回きりである。幾度か元寇等もあっただろうが、数からすればたかが知れる。2年毎に侵略を受けたら、民族的アイデンティティを保つ為に、血族の結束が強まるのは当然なのかもしれない。だからこうやって故郷への思い未だ絶ち難く、一族引き連れて全国から集まってくるのだろうか。それとも所謂同窓会といったところなのだろうか。そう思って集った人々を観察していたのだが、特に悲壮感が漂っていた訳では無し、皆焼酎飲んで歌って踊って、ただの屋外宴会であった。2世だという50代半ばの音響会社社長は、去年無くなった1世の父親の遺言で協賛しているそうだ。しかしポツリと話したことには、「俺は南で生まれたから、向こうの土地は知らないんだ。ああやって軍服着てるのは、皆70以上だよ。だんだん少なくなってきてる。親父の遺言だからこうやって来ているけれど、この会も後10年続くかどうか。そのうちみんないなくなるよ」
2005年05月08日
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以前、日本で僕が韓国語を習っていた先生が、政治レベルでの日韓の意思疎通に障害となっているのは、一種の「誤訳」が原因の一つだ、と話してくれたことがあった。通訳に罪はないが、単純な直訳では意味やニュアンスが微妙に異なり、双方がその違いに気づいていない、というのだ。具体的には「謝罪」とか「遺憾」とかの言葉の概念に差異があるらしい。似たようなことは別の本でも読んだことがある。例えば過去に何か過ちがあった。大変遺憾です、ゴメンナサイね。過去の過ちはそれとして、さあこれからどうするか、未来志向で考えましょう。いわゆる「禊」「祓い」、「水になが」せば全て元通りというやり方とか、「事実」は消せないけれど、十分に反省して今後過ちを繰り返さなければよい、という考え方は、しかし中国人や韓国人には全く理解できないという。彼らにとって、過去の事実を消し去り、新たな価値観に基づいた事実を構築しなければ、「反省」したことにはならないのだそうだ。間違ったら、それまでのものを全て「御破算」にして、或いは「無かった」事にしてもう一度やり直す。他国の侵略や政権の交代により、それまでの価値観が一夜にしてひっくり返る、という事が日常であった彼らにとって、この態度はごく自然な事であろう。ならば歴史という概念について、ひょっとして日韓に差異があるのではないかと思い、あれこれ漁っているうちに、面白い記述を見つけた。歴史或いは史学に関するもので、「“歴史”とは、“吾”と“彼”の闘争が、時間から発展し、空間から拡大する、“心的活動”の記録である」というものだ。歴史書の前書きなので、なにやら難しく言い回しているが、非常に重要な部分を含んでいる。つまり、歴史とは単なる事実を記すものではなく、事象に対してどのように思ったかを記録したものだ、と言っているのである。もちろん主語は「我が民族が」である。分かりやすく言えば、日帝の植民地時代があったという事実そのものより、植民地にされて我が民族はどのように悔しかったかとか、どれほど日本が憎かったかとか、そういう事がより上位であるという事だ。全ての韓国人がこのような認識であるかは判らないが、少なくとも一部の知識人・言論人の、共通する潜在意識ではないか。駅の窓口で切符を買おうと並んでいると、アジュンマ(=オバサン)が平気で一番先頭に割り込んで、先に切符を買ってしまう。或いは地下鉄の中で大声で電話をするとか、子供が走り回って騒いでいても親は何の注意もしないとか、これらは韓国では良く見かける光景だ。韓国は「儒教」の国であるはずなのに?と日本人なら思うかもしれないし、民度・教育程度の低い馬鹿国家と切り捨てる人もいるかもしれない。もちろんそんな事は無い。価値判断の基準が日本と異なるだけである。日本では「他人がどう感じるか」「他人からどう見られるか」を判断の基準にする。「恥」の文化と言われる所以である。韓国では「自分が」或いは「我が民族が」主体となる。その上に形成される社会は「家族」「主従」「国家」であったから、家族や血族或いは主人や家来に対しどう振舞うかは大変厳しく規定されている。しかしこれらのカテゴリーに含まれない「他人」や「他国」に対してどのように振舞うかは、もともと倫理規範に存在しない。しようがないから自己中心で考えざるを得ない。だから、日本の価値基準を当てはめて他国の事をあれこれ議論してみても、単なるヒマ潰し以上のものにはなりっこない。私見だが、韓国という国は、日本という国がこうもあったであろう、ひとつのバリエーションと見ることが出来る。逆に日本は韓国のひとつのバリエーションである。歴史に“もしも”は無いとよく言うが、日本と韓国は、その“もしも”の一つが具現化した珍しい例ではないかと思う。(これを日本人に言うと、人によってはモノスゴク反発され、人間じゃないみたいな目で見られる事もあるから、気をつけねばならない)先日来NHKの例の投稿を何度か眺めたりしている。しかしほとんどが似たり寄ったりで、面白くなくなってしまった。嫌韓派の理論武装はたいしたものだが、大部分が韓国の非を罵り糾弾し、向こうが改めなければならぬと決めつけるか、或いはムリムリとか、関係ないねというような思考停止である。やっぱりみんな韓国のことが嫌いなんだなぁ、と妙に納得してしまった。“目糞鼻糞を嗤う”とはよく言ったもので、嫌いな相手に対する態度は、韓国の日本に対するそれと全く一緒だから、つくづく我々は似たもの同士だ。韓国が好きだという日本人も、まだ多い事だろう。僕も特にキライではない。食べ物や個人的な付き合いの中での韓国人達は好きだ。但し、民族!民族!と馬鹿みたいに繰り返す、この国の政治は嫌いだ。生まれ育った国だから、日本は好きだ。特にどこがというと思い浮かばないのだが、偶さか日本に行くと“帰った”という気分になれるから、好きだ。但し、歪んだ自虐史観を教育の場でも押し付けようとする“市民団体”なる日本人達は嫌いだ。
2005年06月13日
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今日妻が「戦車を見た!」と言って驚いていた。何でも駅で電車を待っていたら、戦車を積んだ貨物列車が通過していった、というのだ。そう言われて思い出した。実は僕も先週見ている。その日は仕事で議政府市方面に車で向かっていた。と、対向車線を戦車が通過していった。思わず目を見張ったのも束の間、次から次へとやってくる。およそ10台程もあったかと思う。戦車ですよ戦車。いわゆる「タンク」です。それが一般道を何気に走っていった。┌(・。・)┘♪└(・。・)┐♪議政府市をはじめ、韓国や米国の陸軍駐屯地はそこここにある。だから軍用車や装甲車は日常的に道路を往来しているし、ソウル市内の繁華街でさえ軍服を着た若い軍人達がかなりウロウロしている。もちろん、それでさえ日本ではお目にかかれない風景だが、さすがに一般道を走るタンクの行列を見たのは初めてだった。平和ボケしたこの日本人は、そこで改めて思い出す。そういえばこの国、厳密にはまだ戦争中だったんだなぁ。(休戦中)いや、一般の韓国人でさえほとんど意識はしていないんじゃないかと思う。しかし、現実的には男子には徴兵制がある。先ごろ、海外在住のため韓国籍を放棄しても徴兵義務は果たさねばならぬ、と法律が改正されるため、駆け込みの国籍放棄者がいっぱい出て問題になった話があったし、例の銃撃事件も部隊内でのイジメが原因か、との話もある。誰も好き好んで軍隊なんか行きたくない、という気持ちは確かにわかる。会社でも、僕より年下の部下達ほとんど皆軍隊経験がある。どうだった?と訊くに、金君は「射撃訓練のときが一番怖かったですね」と言う。「わが国はお金がないから、装備が古いんですよ。銃とか。だから暴発するんじゃないかと、気が気じゃなかったですよ」ははぁ、そんなもんですか。どっちにしろ、こういう話はいくら聞いても、日本人にはピンとこない。そうかと思えば、軍隊は女性にとって結構いい職場だともいう。これも金君の話。高校だか大学だかの同級生の女の子が、卒業して軍隊に就職したそうだ。その当時はなんでそんな馬鹿なことを、と思ったらしいが、一般の会社でOLやるよりかなり待遇もよいし、今では相当な狭き門だという。「今思えばあいつ、先見の明があったんですね」とため息をついていた。自分の今の給料よりたぶん高いだろう、とも。┌(・。・)┘♪└(・。・)┐♪あくまで建前上だが、この国では有事の際、成人男性のほとんどが武器を扱え、国民を誘導したり、臨時の部隊を編成したりする事が可能である。日本の場合、嫌韓の論客達もヒステリックな平和主義者たちも、もちろんこの僕も、パニックしてただオロオロと逃げ惑うばかりなのだろう。
2005年06月24日
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縁起も景気も良いに越したことはない。ニュースを見ても景気の悪い話ばかりだし、せめて新年からは気分も新たに、と思うのは人情だが、どうも今年は春から縁起が悪かった。 ・・・・・・(~-_-)~ 僕の部署は製品開発部門だが、ある特定の製品分野だけは、ずっと人員が空席だった。一昨年にやっと担当者が見つかり、香港支社で仕事を取り仕切るようになって、ヤレヤレと思っていたら、去年の夏頃になって突然ガンが見つかり、退社してしまった。デキル奴だったから残念だが、仕方がない。 9月の中頃に新たに経験者を部長職で採用し、これで巧くいくかなと思っていたら左に非ず。一月も経たないうちに、「耐えられない」と言って逃げるように退社していった。最近の日本の若者なら知らず、40過ぎのオヤジが吐くセリフだから呆れて二の句が無い。 (大体において、これは本人に問題がある。僕は日本人だし、韓国式のダラダラした「なぁなぁ」のマネージメントは大嫌いだから、部下には一々細かい指示はしない。本人の自主性と能力で結果さえ出せば、仕事のやり方はもちろん、個人にかかわる部分には一切関与しない。訊いてくれば教えるが、何も言わなければ、全て分かっているものとして接する。彼は(否。多くの韓国人は)これが耐えられないらしい。一から十まで指示してやらないといけないし、私生活など個人的なことまでベタベタと干渉してやることが、逆に「情」があるという事になる。上司がかまってくれないから仕事が出来ないなんて、こんな理屈がまかり通るのは、世界広しと云えどこの国だけだろう) ~(-_-~)・・・・・ 11月初めに、また新たに部長職で経験者がやってきた。年齢は僕よりも4歳くらい上だが、組織上は僕の部下になる。前任のお坊ちゃんに比べて、こいつは大分横柄な感じで、自信もあるのだろうが、年下の、それも日本人の上司というのが気に食わない様子が態度から見て取れた。 前の会社では管理職だったかもしれないが、実務を与えざるを得ない。初めのころは、物知り顔で蘊蓄を垂れるだけだったが、例によって僕はゴールと期日を指示するだけだから、12月の中頃になって、ようやっと自分がやらねばならないことに気付いたらしい。休日も出勤してくるようになった。(僕は家が近いから、土日も大抵会社にいる場合が多い) テレビドラマなら、何事か起きる場合はそれなりのBGMが鳴るのだろうが、現実世界では音もなく、ただ淡々と起きるものだ。新年初日の1月5日。4時頃に、翌日の会議で発表する資料について、彼と簡単に打ち合わせをした。それが終わって、ものの10分ほど経っただろうか。トイレから若い部下の一人が駆け出してきた。 「梁部長が倒れました!」 比喩ではなく、文字通り「大の字」に倒れた。脳内出血だった。直ぐに救急車で病院に運ばれたが、あれから1週間。未だに意識がない。出血が多く、手術が出来ない状態だそうだ。聞けば、顔や頭が2倍くらいの大きさに腫れているらしい。 倒れた当日には、病院まで付いて行ったが、つい数時間前まで動いていた人間が、自発呼吸はあれど微動だにせず、半眼を開いたまま瞬きもしない状態なのは、何やら人形を見ている様でもあり、薄気味の悪い事だった。 もともと高血圧で、血圧を下げる薬も飲んでいたらしい。風体がオッサン臭かったから、最初はてっきり50は超えていると思っていたが、まだ40半ばだ。所謂「メタボ」という事になろうか。当日は朝から「頭が重いから、風邪をひいたようだ」と周囲には漏らしていたそうだ。 同情はするし、出来ることがあれば吝かではないが、為す術がない。それよりも、あのポストは何やら憑き物でもあるや知らん。今、冗談抜きで「お祓い」してもらおうかと思っている。 ところで、韓国に「お祓い」ってあるのかしら?
2009年01月11日
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NHKのBS1でディベート番組があるそうだ。そこで、日韓問題についてやるらしい(6/19)こちらでは見られないので残念だが、NHKのホームページを見て驚いた。事前にテーマに関して投稿を募っているのだが、「韓国に対して親しみを感ずるか?」の問いに、800余通の投稿のほとんどが「感じない」となっている。「感じる」は10に満たないかも知れない。放送までにはまだ間があるから、これはもっと増えるのだろうが、9割以上が否定的意見とは、ちょっとただ事ならない。NHKこんなの放送出来るのか?担当者今ごろ頭抱えてるんじゃあるまいか。 お題目が「日韓の課題 - いま語りたい」だから、「課題」や「問題」が「ある」という前提なのだろうし、そう考えている人達が投稿しているのだろうから、サンプルとしては偏りがあって当然かもしれない。「韓国サイコー、全然モンダイありませぇーん」という人はこの番組見ないんだろう。 投稿意見を途中まで読んでみたのだが、くたびれて止めてしまった。ある投稿曰く「”反日”教育は敵国に対してやるものだ。敵国視している国に親しみを感じるかとは愚問」蓋し名言。 「反日教育」は韓国の国策だから、それについて外国人として「止めろ」とも「もっとやれ」とも意見する余地は無いだろう。実際僕は毎日、その「反日教育」の産物である韓国人達と仕事をしているのだが、少なくとも今まで自分が「日本人」である事で不都合を被ったことは無かった。こっちに来たばかりの頃一度だけ会議の席か何かで、誰かが思わず「チョッパリ」という言葉を使ってしまった事があった。日本の代理店の対応がどうの、という話だったが、きっと分からないと思ったのだろう。僕が「あぁ、そうだね。僕もチョッパリだからね」とニッコリ笑って言ったら、えらくうろたえていた。むしろ、前にも記したことがあるが、彼らの心理の奥にある払拭しがたい「劣等感」のほうをより強く感じる事が多い。ともあれ、まだ僕には「反日」というイデオロギーを擁するメリットが良くわからない。 韓国に来る前、家の近所の韓国人奥さんと偶然知り合いになった。彼女は韓国の大学に留学していた日本人と出会い、10年ほど前結婚して日本に移り住んだのだ。僕は一度話しただけだったが、ちょうどこちらも韓国に引っ越す直前だったから、妻は少しでも韓国について教わろうと、何度か家に遊びに行ったりしていた。ある日妻が、えらく憤慨して帰ってきたから事情を訊くと、彼女は妻に対して、日本人がどれだけ韓国にひどい事をしたかとか、どれほど野蛮で劣った民族かとか、要するにお決まりの「反日」講釈を一くさりブッたらしいのだ。それも延々と。彼女は結婚して日本に来たけれど、どうにもこうにも日本が好きになれず、ご主人を説き伏せて韓国に引っ越すつもりだと言っていた。そんなに嫌いな日本人と結婚して、子供まで作ったのはアンタでしょ、と思わず突っ込みを入れたくなるのだが、自分の亭主だけは別のようだった。肝心の話の内容は、僕が又聞きした限りでは特に目新しいものではなく、「ネチズン」と称する韓国の若者達が展開する、幼稚な論理と全く同じであったから、ちょっと呆れてしまった覚えがある。つまり、たとえそのような偏った教育を受けてきたとしても、曲がりなりにも外国に10年も暮らしていながら、視野が全く広がっていない事が、ちょっと驚きであった。「反日」史観を心底信じきって、露ほども疑わないらしかった。もちろん彼女は、韓国人ではあっても多分に特殊な部類であろう。拓殖大学教授 呉善花氏の著作を読むと、反日思想に固まった著者が日本で暮らすうち、自分の受けた教育と現実の日本の姿の違いに気づき、新しい視点を獲得してゆく姿が描かれている。しかし、同じ日本に暮らしても、ついにその目を開くことなく終わる韓国人達も多いのだろう。現に今、韓国のネットで「呉善花」を調べたら、「日本軍国主義右翼の愛玩犬」とか「拉致して処刑せよ」とか、はなはだ物騒なものしか引っかかってこない。このような現実を知ってしまうと「日韓友好」などと聞くと、些か鼻白んでしまうのも確かなのだ。ともあれ、日々の生活の中で「反日」も「友好」も実感することはまず無い。新聞・テレビの報道だけが、時折「反日」キャンペーンを展開し、人々も少しは憤慨なぞし、だが幾日か経つとカラッと忘れてしまう。韓国人にとって「反日」とは、生活のカンフル剤のようなものなのだろう。そうなると、日本側の「嫌韓」の方が、今後厄介な問題事になるかも知れない。ヨン様にはまだまだ頑張ってほしいものだ。
2005年06月06日
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~~~┌(・。・)┘♪このところ妙に仕事が忙しい。一体今日が何日で何曜日なのかさえ、判らない事がたまにある。なんというか、頭に余裕が無い、というような感じだ。日本では選挙らしいし、周りでは既に秋夕モードで浮かれる者も出始めたから、仕事もあまり進まない。その上つまらない雑事も舞い込んでくる。先週はどこぞの雑誌のインタビューとか、昨日は昨日で米国の業界誌から原稿依頼の電話があったりした。アメリカ支社が、先ごろ僕が手がけた製品をいつに無くリキを入れて営業しているせいだ。有難いがどうにも手に余ってきた。こう忙しいと、日記を書こうなぞという気が起こらない。記録をとるのは技術者としての基本だから、どうも情けない。 ~ ~ ~♪ └(・。・)┐以前から不思議に思っていることがある。通勤の行き帰り時に、前方に女性が歩いていることが良くある。ある時ふと気がついた。それまで取り立てて注目していた訳ではないが、それからはちょっと観察するようになってしまった。何がと言うに、妙にクネクネとお尻を振って歩く女性が多いことだ。最近流行のローウェストパンツのせいで、そう見えるだけかも知らん、とも思ったが、Tシャツにジャージという出で立ちでもそうだから、これは歩き方そのものに因るものと思う。人間の事だから一概に「こうだ」とは言えないけれど、大まかに見て韓国の女性は日本女性に比して、骨盤の幅が広い様に思う。その骨盤と背骨の付け根を軸にして、器用に上下左右に揺らしながら歩く。年齢層による差もあるようだ。推定50代以上のアジュモニ達は、概して普通に歩く。40代から30代になると大分増えてくるが、圧倒的に多いのは20代以下の若い女性達だ。日本では如何だったか記憶が定かでないが、おそらくこんなに多くは無かったのではないか。いったいアレは何だろう?足をベタベタと引きずる様にして歩くからかな?そこで、どうやったらあのようなお尻フリフリ歩きになるのか、自分でやってみた。(妻に見られると、かなり情けない事になるので、コッソリと) その結果、前に出した側の足に体重を移動するとき、完全に加重が乗る前に股関節を外側に移動させると、かなり近い結果が出た。こと「歩く」という行為に関しては力が横方向に分散し、骨盤が上に動いて吸収してしまうから、効率はかなり悪い。韓国人女性の、あのダラダラした歩き方は、こうして出来上がる。オフィス街をスーツとタイトスカートで颯爽と歩くには、真に不向きだが、仲良しこよしで腕を組み、おしゃべりしながら歩くには都合が良い。(追記)その後の継続調査の結果、上記股関節パターンの他にも足を前に出す際、腰も同時に回しながら歩くパターンもある事が判明。これはハイヒールを履いた女性に良く見られる。ヒールを履くと前に出した足の膝が伸びきらず、歩幅の不足を補う為、腰も回して距離を稼ぐ為と思われる。文化が体型を作るのか?有り得る話だ。文化は当然食も含むし、立ち居振る舞いもそうだから、文化に見合った体型に変化しても不思議ではない。う~む。意外と深いぞ。こんな下らない事を考える位だから、やっぱり頭に余裕が無いのかも知れない。┌(-。-)┘~♪
2005年09月06日
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12月に入ってまたぞろ仕事が忙しくなってきた。日本では忘年会が盛りの頃だろうが、韓国ではクリスマス休暇も正月休みも無いに等しいから、あんまり日本に居た頃の「年の瀬」という雰囲気は感じない。それでも街中は至る所クリスマスデコレーションだらけだし、市庁前の広場には、巨大なイルミネーションが出現した。ココまでやられると、趣味の悪さも凌駕してしまうから大したものだ。 ┌(・。・)┘♪韓国では街中の教会の数が、日本では考えられないくらいに多い。尖がり屋根の上に十字架を乗っけた建物が、至る所にある。自社ビルを持てない教会は、そこいらの商街ビルの一角で営業していたりする。僕のアパートの道向に、20階建てほどのでっかいビルがある。今年の夏にオープンしたばかりだが、建設中はアパートかオフィスビルだとばかり思っていた。左に非ずこれが教会だった。正確にはキリスト教系宗教法人の本社ビルだ。聞けば此処韓国でも御多分に漏れず、宗教法人はなかなかオイシイ商売なのだとか。正確な数は知らないが、一説によれば、国民の3割程度が教会に通っているそうだ。昼時など会社の食堂でも、膳に箸をつける前に、テーブルの下で手を組んで祈る人が相当数居る。(もっとも胸の前で十字を切る時に、「上下左右」とやる人がたまに居るのはご愛嬌)然しながら、韓国がキリスト教国であるという事では当然無い。日本も然り、韓国でも宗教と言うに値するものは存在しない。個人的解釈だが、「政治の基盤」となり、社会的「倫理規範」や「価値判断」の基になるものは宗教足り得るが、それ以外は単に個人的「信仰」と言うべきであろう。そういう意味では、「ウリナラ最高」思想が宗教ジミていると言えなくも無い。 ~(-_-~) (~-_-)~日曜日に、市内まで用を足しに出かけた。何時ものように地下鉄で行った。車内はそれ程混んでいた訳ではないが、それでも空いている席が無い位には人が乗っていた。僕は運良く座れたのだが、座ってみると何だかとても窮屈だ。7人がけのシートにちょうど7人座っているから、何処かで誰かが、必要以上にユッタリ座っているに相違なかった。よく見れば案の定、僕の隣のアジョシが、1.5人分位のスペースを占領していた。韓国には、日本人が一般に考える「公共道徳」というものは存在しない。公共という概念その物が、もともと無いと言う方が的を得る。もともと無いのだから、公共道徳に悖ると文句を言ってもしょうがない。くだんのアジョシは、小さな本を赤鉛筆片手に熱心に読んでいる。見れば聖書である。日曜の午前の事とて、大方教会にでも行くか行って来たかしたのであろう。その聖書は赤鉛筆で真っ赤に下線が引いてあり、日頃から熱心に勉強しているようだ。しかし余程熱心なキリスト者だからといって、人格者であるという筈がない。聖書の律法も、この国に在っては只の念仏に過ぎないのかもしれない。 (~-_-)~ ~(-_-~)国民的英雄(だった)黄教授は、教会に行くのだろうか。確か旧約の最初の方に、「君達ウソついたらや~よ」と書いてある。でも、聖書に左手を置いて宣誓するアメリカの大統領でさえ、数多のウソをついて平然としているのだから、その程度のものなのだろう。どっちにしても黄教授が「ウリナラ教」に一撃食らわせた事は確かである。 ┌(・。-)┘~♪
2005年12月19日
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