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昨日、次男が通う仙台市の幼稚園で卒園式が行われました。朝、出かけるために慌ただしく準備していると、大きな余震が。いままでの余震の中でも結構大きな揺れで、心臓がドキドキ。。津波警報もでましたが、被害が出るほどではなかったようです。卒園式の式次第も、大きく変更。クラスごとに時間を区切って園庭で行われました。他のクラスのお友達とゆっくりと別れを惜しむ時間もなかったけど、今年卒園や卒業を迎えた子どもに達は一生忘れない記憶に残る旅立ちの日となったことでしょう。幸い、子ども達も先生方も全員無事が確認されましたが、久しぶりに集まった子ども達はちょっと顔色が冴えない感じ。不便な生活で疲れているんでしょうね。私は今年も幼稚園の本部役員を続ける事が決まっていますが、早く子ども達の笑顔と元気な声が戻るように力を尽くしたいと思っています。長男の小学校も午前授業ですが始まっています。久しぶりの学校生活、楽しんで過ごしているようです。末っ子は今日が終業式。ガソリンが足りているのか心配していたけれど、いつも通りに園バスが来てくれて安心しました。近所のガソリンスタンドでは、営業が始まって長蛇の列が。でも確実に入荷して来ているようです。今すぐ給油しなくてもまだなんとか堪えられると思うので、無理せずもう少し待つ事にしています。近くのドラッグストアの駐車場で、毎週土曜日に朝市も開かれています。朝早くに車でちょっとでかければ、お肉や野菜、牛乳なんかも数量は限定されるけど、買えます。ライフラインや物流の復旧の見込みが全くわからなかった時期を思えばなんでも我慢できます。 宮城県沖地震が来たらどうするか。地震前から家族で決めていた事。◎携帯電話の災害時伝言板を使う。これは私が地震後すぐに登録しましたが、夫の登録がメールで届いたのはずいぶん後でした。11日は7時近くに歩いて家に帰って来てくれた夫。「地震で帰れなくなったら歩いて家に戻る」と前から言っていたような気がします。◎子どもは幼稚園、小学校に迎えに行く。長男はたまたま学校を休んでいて家に一緒でした。幼稚園は大きな地震の時は例外無く(車がムリなら歩いてでも)幼稚園に迎えに行く決まりになっていたので、迷わず車で向かいました。◎3日分の食料、水を確保する。水は一年間保存できる2リットルペットボトルを1箱買ってあり、その他にも夫が好きでまとめ買いしてあった硬水のペットボトルが3ケースほど残っていました。食料は非常用のパウチ食料が用意してあったけど、ずいぶん前に買っておいたもので使用期限切れ。それでも、他に食べるものが無くなった時のために捨てずに取っておきました。一般に災害時は3日間自力で生き延びれば公的な支援が受けられると聞いていましたが、ラジオの放送を聞いているともっと長い時間かかるだろうと予想されました。いつ物資が手に入るか全く分からなかったので、食料は少しずつ、本当に少しずつ分け合って食べていました。用意しておいて良かったもの◎天水桶以前から雨水利用をしていたので、外のウイスキー樽には300リットルの雨水が入っていました。これはトイレを流したり、洗濯に使ったり。近くの給水所でもらった水はすべて飲み水にし、生活用水は樽の水が使えたのでスゴく助かりました。外にはまだ300リットルの水がある、という安心感があったと思います。◎ソーラーガーデンライト庭で使っていたソーラー充電タイプのライトは4個あったので、トイレ前やドア、廊下の角、枕元において使いました。ろうそくの明かりをイメージした商品で、さほど明るくはないけど、真っ暗じゃない、というのが良かった。毎朝外に出して充電して使っていました。◎手回し充電式ラジオ友達の結婚式でもらったカタログギフトで注文。ガーデンツールセットと迷ってこっちを頼んだのが大正解でした。ハンドルを回すとラジオ、ライトが使えて、携帯の充電が出来るタイプ。ただし携帯の充電はまわすのがスゴく大変です。単4電池で充電する器具も家にありましたが、電池は温存したかったのであまり使いませんでした。◎EM菌培養液を洗濯に利用3日に一度下着類を手洗いするとき、EM菌とすすぎが一度で済む洗濯洗剤で洗っていました。これだと少ない洗剤、汲み置きの水でも部屋干しのニオイもしません。以前からこの方法で洗濯していたので、役に立ちました。電気、水道が復旧した今も下水の処理能力が低く、下水道も損傷していて被害甚大な地域に汚水が流れ出す可能性が高いとの事。なのでお風呂、着替え、洗濯は3日に一度にしています。お風呂の残り湯が温かいうちに、この洗剤とEM菌を使って洗えば少ない水でも汚れは落ちるし、下水に流れる量も押さえられるのでは?と考えています。◎EMぼかし利用、密閉式生ごみ処理以前から実行している段ボール生ごみコンポスト。それとこのとき作ったEMぼかしを使って密閉式の生ごみ処理容器で生ごみを集積所に出さないようにしています。ウチの地域は割と早い段階で家庭ゴミの収集が再開されましたが、ゴミ袋の不足、処理能力も下がってるだろうと、今まで通り生ごみは堆肥化しています。◎自転車を使うこれは夫が、なんだけど。ガソリンの残量が心もとなく、車で移動したくなかったので夫が通勤に使っていたスポーツタイプの自転車がすごく活躍しました。雪や雨の日、真冬の凍結する時期以外は10キロほど離れた職場に自転車で通っていたので、遠くまで食料を調達しに行ってくれたし、情報収集も自転車でしてきてくれました。私は子どもと家で待っているだけでしたが、ラジオで、「こちらから取りに行かないと情報は手に入らない。動ける人はなるべく自分からうごいて」と言っていたので、私は歩ける範囲で学校や公民館など、なにか情報が無いか聞きに行ったりしました。これらすべてを揃えていても、これ以上に備えていても、十分とは言えないでしょうね。でも、明日災害に遭う、とわかっていたら前もってもっといろいろ対策が出来たのかもしれない。災害への備えをひとうひとつ考えてみる。今家にあるもので災害時に使えそうなものを確認しておくのが大切かなと思います。物がお店から無くなるのでは、と不安になってついたくさん買ってしまいそうな人は、家にどれくらい食料があるのか、確認してみるといいんじゃないかと思います。
2011/03/29

去年の記録を見返してみると、今年はバラの芽の上がりが遅いようです。↑やっと葉が広がったトレジャートローヴ↑アブラハムダービーも我が家は津波で大きな被害を受けた被災地から10キロ圏内にあります。でも、高台で地盤がかなり硬い場所だったため、被害はほとんどありませんでした。だから、私たち家族は今回の地震の被災者ではないかもしれないと思っています。でも、当たり前だと思って暮らして来た日常が突然おくれなくなった経験は、記録に残しておきたい。記録、ですので、表現が少々細かくくどいかもしれません。自分のための記録です。地震が起きたとき私と長男は家にいて、すぐに2人ともテーブルの下に入りました。揺れは激しく長くて。必死で深呼吸しながら『止まれ~!』と念じ続けた。一旦止まったので恐る恐る出てみる。長男にはまだ出ないよう言って、すぐ使える場所にしまっておいた手回し式のラジオを取ってきました。以前使い方を確認しておいたのに手が震えて。。やっと聞こえたと思ったらまた大きな揺れが。そしてなにかガラスが落ちて割れる音!テーブル下に潜って耐えていると、6メートルの津波が来ると言っていて、これは大変な事が起きていると確認出来ました。揺れがおさまったようなので、家の中の被害状況を確認してまわると。。写真立てのガラスとキッチンのグラスが一つ落ちて割れていましたが、家具などが倒れる事も無く家もどこも壊れていないようでした。次男と娘はまだ幼稚園。大きな地震の時は、園バスは引き返し、親が迎えに行く決まりになっていたので車で15分の幼稚園へ向かいました。停電で信号が止まっていてかなり渋滞。雪もかなり降ってきていつもの倍以上の時間をかけて到着。園庭にバスが数台停めてあり、子ども達がお迎えを待っていました。子ども達は上靴のまま。荷物も月曜日に来たときに!と先生に言われました。先生方もまだ被害の大きさを把握していなかったのでしょう。結局幼稚園は28日に卒園式をするまで休園になっています。私もこの時はまだ、3日くらいはライフラインがダメになるかもしれないと思っていました。家に帰る途中、食べ物を買わないとと思いドラッグストアへ。店内は物が散乱。照明が付かないので暗くて足元にはなにかで濡れてベタベタしています。家には卓上ガスコンロとガスカセットが3本あったので、子ども達用に湯たんぽ、あとは残りわずかに棚に残っていた即席麺、カップ麺、チョコなどのお菓子ををカゴ2つ分入れて清算の長蛇の列に並びました。待っている間も余震が度々あって、電球が落ちて来て子ども達がケガをしないかハラハラしました。お店の方は薄暗い中、自分たちの携帯電話の電卓で懸命に清算してくれています。やっと家に着いたときにはもう6時半。ダンナから連絡が無く、迎えに行くべきか迷っていたら会社から2時間半かけて歩いて帰って来てくれました。すごい!えらい!!外で使っていたソーラーライトを常夜灯にして、懐中電灯の明かりを頼りにお湯を沸かしてカップ麺で夕食。湯たんぽにもお湯を入れて外服のままいつでも逃げられるように玄関までのドアを全部開けたままにして眠りました。今年に入ってやっと地デジ対応のプラズマテレビを買って、以前のテレビを置いていたスチール製の棚には収まらず、グラグラして危ないのでDIYで天井までのジャストサイズのテレビラックを夫が作っていました。↑夫作、テレビラック地震の日の2週間ほど前に完成してつっぱり棒で固定したし、他の背の高い家具も天井と突っ張らせていたのが功を奏したのかな、と感じています。↑リビングの棚。もともと突っ張り機能付きの商品を通販で買いました。以前から地震に備えていたものもいくつかあったし、たまたま、今思うとやっててよかったと思うことも結構あったり。。長くなるので今回はここまで。次回またそのあたり記録、紹介します。
2011/03/20
日記もサボっていたので前回からだいぶあいてしまいました。11日の地震から9日目となりました。我が家は巨大な津波が押し寄せた海岸まで10キロ弱、生活圏にあった場所が被害を受けているのをテレビで見ています。高台で、かなり地盤の丈夫な土地だったためライフラインの復旧も早く進んだようです。今は食料とガソリンが入手困難。日本中が混乱しているようですね。ニュースを見ていて、首都圏でも停電や物不足が起きているのを知りました。首都圏は正常に機能していて欲しいです。日本中が混乱していてはますます被災地は不安が募ってしまう。我が家はなんとか大丈夫ですが、まだまだ人間らしい生活に戻れないでいる人たちがたくさんいます。被災地以外の地域にお住まいの方々には、日常を守って、被災地への関心をできるだけ長く持っていていただきたいと思います。これかから少しずつ地震の経験を記録に残して行こうと思います。
2011/03/20
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