書くことの意味

書くことの意味

2004年03月22日
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 割り当てられていた翻訳がやっと、終わった。

 ずっと、作者と対話しているような気分だった。不思議なことに、翻訳の進むスピードが、文章によってまるで違う。作者が高揚した気分で書いている箇所は、肉声が頭の中に響くような心地がして〈不思議なことにその肉声は日本語なのだが〉、すいすいと言葉をつむぐことが出来た。けれど、作者自身がため息をつきながら書いている部分は、訳するのもしんどかった。インターネットの英和辞典や会計辞典を使いながら日本語にしていくのだけれど、ついつい、ほかのサイトを覘きに行ってしまった。目頭と首の付け根がずきずきするが、これは自業自得である。

 最初にどきっとするような結論をぽんと提示し、驚きひるむ読者を予想しながら、その根拠を順序良く示していく。この本を書いた当時、作者はすでに80代になっていたと思うのだが、その大胆さにはほとほと感心した。ハーバード大学MBAの名誉教授だというから大御所だろうに、こんなにしなやかな論文を書くなんて。変な連想だけれど、料理番組で奇想天外な調理方法を披露するシェフの姿が頭に浮かんだ。試食する出演者たちの感激ぶりをいたずらっこのような表情で眺めるようなものかもしれない。

 Web SPAに長野県の田中康夫知事が掲載したコラムに、以下の記述があった。「弱い者-槍玉に挙がり、この対象は打って良いのだと世間が認めた者に対しては、マスコミは非常に強く出ます。けれども、強い者-未だ、この対象は打って良いと世間が認めるに至らない者に対しては、マスコミは黙っています。」記者をしていたとき、何度も、この見えない壁にぶち当たった。どんなに原稿を書いてもデスクの段階で文章が削られてしまう。しまいには、デスクとの論争が嫌で自己規制するようになって自分に愛想が尽きた。

 議論も何もなく、平穏に淡々と時間が過ぎていく。私たち日本人はそういう状況をとても好むが、危機的状況はじわりじわりと深刻度を増していて、気付いたときには後の祭りになっている。

 基本的な信頼関係を築いている相手とは、どんな白熱した議論をしても関係に影響が及ぶことはないし、むしろ、より良い方向へ進んでいける。やっかいなのは、根本的に信頼できない相手と議論をしなければならない場合だ。平穏を選ぶというのは、相手と根本的な信頼関係を築いているかどうかを考察しなくて良い、とても楽な選択なのだと思う。けれどそれは短期的な視野で見た場合に過ぎない。長期的には手痛いしっぺ返しが来る。

 少なくとも、自分の交流範囲では、白熱した議論をしても何ら影響が及ばないような人間関係を作りたい。上辺だけの関係はもう、いらない。





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最終更新日  2004年03月22日 16時53分49秒
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