書くことの意味

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2004年07月03日
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 ここのところ、演奏会づいているのだが、今日は、横浜に住む友人に誘われて、横浜みなとみらいホールで催された日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に出かけた。今年3月に音楽監督に就任した、指揮者、小林研一郎氏の就任披露演奏会で、想像以上に充実した中身だった。

 就任挨拶で小林氏がプログラムに寄せた文章が泣かせる。「私ども日本フィルは、皆様のお力を頂きながら、生活の糧を自らの血や肉で獲得してゆかなければなりません。この問題をクリアするために、私はこの度音楽監督の任をお受けし、日本フィルとともに闘いを始めることと致しました」・・日本フィルは、かつての日本フィルが分裂して出来た片方のひとつで、もう片方は新日本フィルである。新日本フィルは、小澤征爾が率いて出来たオーケストラで、比較的恵まれた再出発を切り、分裂前のオーケストラの主力メンバーの多くがそちらに移った。一方、日本フィルには、比較的高齢の男性奏者及び女性奏者が残り、特に、金管奏者の層が薄い。このため、オーケストラの演奏も、いまいち、迫力に欠けるところがあって、どうしても新日本フィルに注目が集まりがちである。多分、小林氏の文章には、そういった差し迫った危機感が背景にあるのだろう。

 けれど、今日の演奏会では、再生へ向けた団員の集中力と熱意が、良い形で音につながったと思う。小林氏の要求する水準に、みんな歯を食いしばって続いているような、真摯さを感じて嬉しかった。昨日に続いて、今日も、素晴らしい精神のビタミンを受け取ったような気がする。

 以前のわたしは、絶対的な演奏の水準ばかりに気を取られて、一流以外のものは聴くだけ無駄と思い込んでいた。今から振り返ると、なんて幼かったのだろう。本当に貴重なのは、ひとがどれだけ、真摯に、あるべき水準を追い求めていくかだと思う。例えば、ウィーンフィルが、80%の力で弾いた演奏と、日本フィルが120%の力で弾いた演奏があるとする。もしかしたら、演奏の絶対水準という基準で見れば、ウィーンフィルの80%の演奏の方が音が優れているかもしれない。けれど、客席で見ていて、より感動するのはきっと、日本フィルの120%の演奏に違いない。

 何か困難なことに挑んで、それを乗り越える素晴らしさ。分野は違っても、そこには普遍的な感動がある。絶望的な怪我を負った運動選手がリハビリの末、奇跡の復活を遂げる様子に胸を打たれるのも、長い間の下積み生活に耐えて、60歳過ぎて漸く花開いた作家やピアニストの存在に励まされるのも、そのためだろう。





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最終更新日  2004年07月04日 01時10分24秒
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