2005/05/01
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●責任を持つ、ということ。

広島は雨の日曜日。
前日の夜、前触れもなく突然広島にやってきた私でしたが、
運良く友達のH夫妻に遊んでいただくことができました。
同級生で、妹と同じ11月に出産予定のMちゃんは、ちょうどつわりが治まってきたところ。
だんなさんのhighigは、お仕事での責任あるポジションからか、
しばらく見ないうちに顔つきが変わっていたので驚きました。

ランチのあと買い物をして、喫茶店でもいろいろと話をしたのですが、
ホトケを含め現在の30歳前後というのは、組織の中で

自分のことだけ考えていればよかった時期は過ぎ、
所属するチームやその家族、組織全体、自分や家族など、
責任を持つ範囲がぐっと広がる時期なのだなあと改めて感じました。

責任を持つというのは、勇気が必要で、とてもかっこいいことだと思います。
例えば誰かが誰かに対して「責任を取りなさい」という場合などは、
責任という言葉自体に重いイメージが取り付いてしまうので、
責任を持つということにも抵抗感を覚える人はいらっしゃるかも知れません。
事実、私自身はわりと長い間、
責任という言葉にネガティブな雰囲気を感じていました。

でも本来の「責任を持つ」というのは、
自分のやりたいことや夢といった何かを他者のために我慢することではなく、

対象となる物事に自分がどうかかわるのが最上なのかを模索し、
選択し続ける姿勢なのかなと感じます。

責任は、できれば「取る」のではなく、まず「持つ」ほうにまわりたいもの。
そのほうがずっとスタイリッシュな感じです。
国家や政治、行政、仕事、はたまた夕ごはんのおかずまで、

物事に対して文句を言う人は、その物事に対して責任を持たない人なのだと、
最近何かの記事で目にしました。

自分自身が責任を感じていれば、
たとえ憤りを感じたとしても誰かへの文句ではなく、
別の対応になるということかなと思います。
だったら世の中のことに広く責任を持てば、
文句を言うことが少なくて済むんだなあ、
そのほうが精神的にすがすがしそうだなあと妙に納得しました。

私は今、何に責任を持っていて、何に持っていないんだろう。
そしてこれから、どんなことに責任を持ちたいだろうか。

今を一生懸命に生きるということが、自分にとっての責任ある生き方のヒントになるに違いない、
そんな気がしています。

Hちゃんご夫妻、楽しい広島の休日をありがとう♪


(責任というのは、とても扱いの難しい言葉ですが、
これを書いている私がどなたかを批難するような気持ちはまったくありません)





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最終更新日  2005/05/02 12:41:51 AM
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