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そのころのとあるいっしつ
#02
…次の日である。
「どや、ミルルはだいぶ馴染んでくれた?…って、まだ一日目か」
「はい。あの…」
黒いツインテールの少女と、メイド衣装の少女で合計二人。同じ部屋で語り合っている。
白いカップに入っているのは黒い液体…コーヒーというやつだ。二人とも椅子に腰かけて、それを飲んでいた。
「どないしたん?」
「苦いです、これ…」
渋い顔をして苦さを体全体で表現してみせる。まるでオセロを思わせるように、白黒がはっきりしている。
このコーヒー、無糖のブラックなのだ。
「あ、砂糖ほしい?この瓶にあるから好きなだけ使っていいよ?…瓶一本丸ごとでも」
「そんなに入れませんよ…」
「あははははっ」
困ったような顔をしながら、瓶の砂糖をカップに入れる。白い粉は黒の中にあっという間に溶け込み、見えなくなる。
何回も口に運んでは、その度に砂糖を足す。
「…カオルくんはよっぽど甘党なんやな~」
「はい。ご主人様は苦いものと辛い物をあまり好まないようなので」
メイド衣装の少女、ミルルはそう言う。確信を持った表情で小さくうなずいた、この味付けのコーヒーこそが
彼女の“ご主人様”――つまりカオルの口には合うらしい。
「ところで、どうして私がはぐれた事をご存じだったんですか?」
「なんとなくや。周りをきょろきょろして…何よりそのカッコだったしな」
黒ツインテールの少女は“なんとなく”でミルルを連れて来たらしい。ミルル自身が納得(?)しているから
良いものの、傍から見ればこれは立派な誘拐、もしくは拉致である。
「そのメイドさん衣装は脱がへんの?」
「これは、私がご主人様のものである何よりの証拠なので」
胸を張ってそう答えるミルルの顔に、迷いはなかった。カオルもかなり崇められているようだ。
念のために言っておくが、洗濯はしている。寝るときは、シワにならないように寝巻を着ている。
「でもまさか、カオルくんのメイドさんとは。忘れるなんていい度胸してるじゃないか」
「私も突然のことだったので…。ご無事でしょうか…」
やはり主人の身を案ずる姿勢がメイドらしい。とても心配そうである。
「交通の問題があるから、すぐにはいけないのが残念だけど。…そだ、ちょっと外に出てみよか」
「お外に、ですか?」
かくして、二人は家を出て外を歩くことになった。
*
「はぁぁ、寒いですね」
「そやな。もう今年も終わりや~…」
季節は冬。年末の朝方となれば確かに寒い。その中を二人で歩いているのだ。
「ところで、どこに向かうんですか?」
「あてなんかない。要するにウォーキングって奴や」
自前の手袋とマフラーを装備し、防寒対策は十分。…だというのに、ミルルはとても寒そうだった。
頭にぴょこんと生えている特徴的な髪の毛が、ぷるぷると震えていた。
「前はどこで働いてたん?」
「私は、近くのメイド喫茶でバイトをですね」
「あ、あそこで?ちょっと遠いからあんまり行けなかったんや~」
今二人がいる地域には、メイド喫茶なるものがいくつかあった。ミルルも、その内の一店で働いていたという。
「お、嬢ちゃん!今日も元気だね!」
ふと、近くから威勢のいい男性の声が聞こえた。
「おっさんも朝から頑張ってるねぇ!」
そんなふうな返事をして、その男性の下に駆け寄り、何か買って戻ってきた。
「食べる?」
口で“はふはふ”しながら、手に持っている容器の中身、たこ焼きを差し出す。
ミルルは両手を顔の前で合わせ、楊枝で一つとって食べた。
そんな感じでいつの間にか商店街食べ歩きのような雰囲気を作り出した二人は、なぜか周りの人たちに注目されつつ
あった。
特に、メイド衣装のミルルが人目を引いたのかもしれない。八百屋の親仁もほんの一瞬、我と言葉を忘れるほどに。
「すごいな~、ミルルが注目されまくってる」
「…私だったんですか?」
当の本人が気付いていなかったようである。てっきり彼女は、自分の隣のこの少女が注目を浴びているのかと
思っていたらしい。
「あんまりこっちの方は時代の流れに乗ってけてないからさ。メイド服も珍しいんだよ、きっと」
「そうなんですか…」
ついさっきだって、タバコ屋のおばちゃんが彼女の振り向いた先にいたらしく、鼻血を吹いて騒ぎになった。
確かに、このご老人ばかりの商店街には、メイド衣装すら眩しいものなのだろう。
ついには人だかりが勝手に道を開ける始末となり、二人はそのまま商店街を出ていった。
それからしばらくして、脇に工場がある公園の通りを歩いていた辺りで、何やら気になるものを発見した。
「なんですか?それ」
「ロボット…みたいやけど。なになに?…“MID-X2000.@”…?」
何かの暗号のようなものを呟く。機械だとすれば、今のは形式番号に値するものだ。
「…これ、MID社のロボットやな」
「MID社?」
説明しよう。MID社…通称まいど社とは、機械工業を焦点に活躍している、国内大手のメーカーなのだ。
最近、作業用ロボットの開発、生産を行っているらしく、自動車工場のロボットから、娯楽用ロボットまで着手して
いる。
そして、このMID-X2000.@というのは、去年から量産化が始まったばかりのメイド型作業用ロボット[MIYU]の
試作体と同じ形式番号だった。
まあ…詰まる所は量産に成功したので、廃棄されたプロトタイプという事になる。
ほとんど原形のままで、ちゃんと整備すればまた動きそうだった。
「決めた。…これ、もらっていくわ」
「良いんですか…?」
ちょっと不安だった。確かに廃棄状態だが、現場を押さえられてはたまらない。
しかし、ミルルがそんな事を心配している間に、当人はかなり遠くまで歩いていた。
「ミルル~、置いてくで~?」
「わ、ま、待って下さ~い!」
後を追うようにして、ぱたぱたと走って行った。
で、やはり帰り道もさっきの商店街を通るわけで、やはり周囲の人々を圧倒するような特異なオーラが出ていた。
今度はミルルにではない。隣の少女の背中に背負われている人型の“何か”に注目が集まっているのだ。
「あの、大丈夫ですか…?」
「へーき。こんなの卓袱台前だよ」
それは「朝飯前」の事を言っているのではないだろうか。
人目に付かない所で目立つ汚れをふき取ったので、周囲には“ゴミを拾った”というような誤解は与えていない。
むしろ、メイドがいるのに自分で背負っているのはどうしてか、と疑問を与えているに違いない。
ちなみにミルルは、この人型についていたメインとなる動力と、重荷になる部分を中に詰め込んだカバンを持たされて
いる。
おかげで、本体を背負っている側にはあまり負担が無い。そして、堂々とこの道を突っ切って行く。
またしても、何事もなかったかのように商店街を通過し、無事に自宅へと戻って行った。
*
自宅へ戻ると、早速先程の廃棄ロボットを組み直し、その能力を見てみることにした。
「…テーブルは持てる。で、本がたくさん入った本棚を軽々持ち上げる…」
「すごい力ですね…」
二人とも唖然としていた。とにかく、このロボットのパワーは桁外れだったのだ。
女性を模したフォルムとは裏腹に、とにかく馬力があり、何と学習機能まで備わっていた。
このロボットに自分たちの昼食を拵えさせてみると、これまた出来の良いものがそこにはあった。
みじん切りも狂う事なく、炒めものは黒く焦げた跡が無く。
結論からすると、家事まで行えるスーパーロボットだった。
「……………」
さすがに、会話する能力は持ち合わせていないらしい。代わりに二つの瞳が、こちらをじっと見据えている。
「…どうするんですか?」
「どうって?」
拾って来たはいいが、その後は謎だった。ミルルには意図が掴み切れていないらしい。
「もしかしたら、明日明後日くらいにはカオルくんの所に戻れるかもしれない」
「…え?」
「今日一日あたしに時間をくれたら。…多分」
どうやら、ミルルをカオルの所に連れていくのが早くなるらしい。それを聞くと、ミルルは喜んで彼女に協力した。
協力といっても、散らばった工具や機材を整理したり、発生したゴミを処理したり、休憩を挟むためにお茶を淹れたりと、
そんな事ばかりだった。でも、お互いにそれで良かった。おかげで作業は円滑に進み、日が暮れた頃には
大部分が完成していた。
が、それもパーツ単位での事で、まだ組み上げには至っていない。後は明日までのお楽しみという事で、
本日分の作業はこれを以て終了となった。
「はぁ~…、疲れたな~」
「ですね。…こちらはもうできていますので、どうぞ」
「お、悪いなぁ」
テーブルに、出来上がった料理を並べていく。ミルルも、メイド喫茶でのバイト以前に料理の腕前はなかなかのもの
だった。
ちなみに、家事は基本的に何でもこなす彼女は、まさにメイドのような子だった。
「あ、美味い。ようできたな、ウチにあるもので」
「はい、少ない具材でいかに料理ができるかと小さい頃から教わっていましたので」
たとえばこの野菜のサラダは、野菜の切り方と調理方法をあれこれ変えただけで実際には四品だけである。
「喜んでいただければ作った方の苦労も報われますしね」
「まさに労働の対価って奴やな~。でも、ホンマに美味いわ」
本当においしそうに食べる。ミルルはその様子を笑顔で見守っていた。
後は、ここに並んでいる食器たちをきれいに洗ってあげれば、彼女の本日の仕事は終了だ。
「………」
湯船に浸かりながら、ミルルは考えていた。
(ご主人様、ご無事ですか…?)
一応、主人に仕える身として、主人の事が心配でたまらない。それも自分の方が離れてしまっているのだから、尚更。
まるで愛しているかのように、主人の名を呟く。少し一方的だが、仕方が無い。
「近いうちに向こうに…」
僅かな期待。…実際、あのロボットを解体して、何を作るのかなどは聞いていない。言われるままに作業に協力して、
それが円滑に進んだという実感しかわかない。
(何を作るつもりなんでしょうか?)
どこから出てきたんだとばかりに大きな機材が並び、ほとんど足の踏み場が無くなってしまったほどだ。それによって
生まれるものが何なのか、それには興味がある。しかし、そこを訪れるたびにそれが原型を失っていき、ついには
何も無くなってしまったような空間だけが残った。
そして、「パーツ単位」での組み上げに至る。あまり大型ではなさそうだが、やはり機械であることはわかった。
とにかくそれを拝むには、明日を待つしかない。
湯に濡れてもぴんと上に張っている髪を揺らして、彼女は浴室を出ていった。
★
――同じころ、カオル達“レビ屋”の面々もそれぞれの仕事を終えて夕食の準備に取り掛かっていた。
実はこの店、となりに寮のような建物があって、自由に使う事ができる。使用は任意だったが、年末で休みという事で
二人ともここに寝泊まりしている。だから、ほぼ一日を全員で過ごしているのだ。
霞も昨日来たばっかりだったが随分慣れたようで、ようやく清掃が完了した店内で早速商品の展示などに従事していた。
そんな彼女は、実は料理というものが苦手で、調理するのはカオルと藍の二人だった。藍は霞に
「この際だから覚えておきましょうよ」
と言って包丁を握らせ、簡単な切り方を教えている。霞も満更ではなさそうだ。
そんなこんなで活動の兆しも見えてきたが、年末の休業を挟むので実際に開店できるのはもっと後のことだった。
まあ、それを見越してバイトを雇っていたのだが、まさかこれほど早くに活動させるとは思っていなかったろう。
それは、カオルにも言えることだった。
転属早々に店長が失踪して、それを探しに店の二人がいなくなり、自分がここの管理を任され…、それであの惨状。
正直、藍と霞の登場は予期しないものだったのだ。本来従業員も年末の休みで活動はないわけだし。
「…二人には感謝してる」
「え?」
藍も霞も、口をそろえて驚きを隠せない声を出す。
来て二日目に言われるような台詞じゃないと思っていたからに違いない。
「…私、もし一人だったらここを放置して逃げたかもしれない」
カオルはそう語る。二人とも黙ってしまう。
「…自分がここまで非力だなんて思ってなかった」
「…でも」
青味のある二つの眼で二人を見据える。
「…二人が頑張ってるのを見てから、私がこんなんじゃダメだ…って思った」
「カオルさん…」
「…だから、これから三人で頑張ろう」
「了解!」
霞が腕を“ぐっ”と構え、やる気のあるポーズをとる。藍も満面の笑みを浮かべて頷く。
「…今日を、私達三人が心を一つにした記念日にしよう」
「はい!」
と、何やら親睦が深まったのかもしれない。その日、三人で盛大に盛り上がって夜を楽しんだという。
*
その夜の遅く。
藍も霞も疲れて眠ってしまっていた。静かにおぶってからそれぞれの部屋に連れていき、
それが終わってから自分も部屋に戻ったところである。
『そっちの様子はどう?』
かたかたとキーボードを打つ音が聞こえる。電子メールをしているようだった。
『>早ければ明日の暮れまでにはあの子をそっちに送れそう』
相手は、ミルルを見つけたあの少女。電話でやけに声が大きかった彼女だ。
『え?そっちからここまで遠いじゃない?』
『>凄いモンを拾ったんや。今そいつの組み立てに取っかかってる。』
もう日も変わっているのに、一睡もせずに組み立てているのだという。
『そんな、いいよすぐになんて。…もう寝た方が』
『>あの子にもう言っちゃってるからさ。すっごい楽しみにしてた』
『嘘…それなら一回こっちに話題振っても良かったじゃない』
『>ごめんごめん!でも、あの顔見たら報告するのも忘れるわ。可愛いなぁ…』
『調子に乗ってヘンなコトしないでよ…?』
彼女とのメールはいつも大体こんな感じで、その日にあった事などをお互いに語らい合うのだ。
カオルの夜の楽しみであり、唯一PCをまともに使える環境である。
もともと機械音痴なので機能を理解できず、かなり不便な状態だったが、現在どうにかメールという形で
キーボードを打てるようにもなった。ちなみに今も現在進行形でこのPCの使い方を教わっている。
『で、出来上がったらあなたも来るの?』
『>ううん、あたしは年末までにやることがあるから。年が明けて落ち着いてきた頃に顔を出すことにするよ』
どうやら自分は来られない、そんな風な返事が返ってきた。
『残念。いろいろ言いたい事とかあったのに』
『>まあ、全部まとめて会ったときに聞いてやるから。それじゃ、また明日な』
『…ん。また明日』
「TAB」キーでコマンドを動かし、「送信」へ。“かしゃっ”とボタンの音。
メールを送信して一息ついたあと、そのまま電源を落として就寝準備に入る。
「ふぁぁ…」
あくびが出た。眠い。
カオルは布団を敷き終わると、中に入らずに“ぽすっ”と可愛げな音を立てて布団に埋もれる形で眠ってしまった。
もうすぐ朝日がのぼる。
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