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善信

善信

2006.01.19
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カテゴリ: 道場
若者は仕事や学業のために地方から都会へと出て行き、再び戻ることはありません。
この現象は自分が主宰していた会においても顕著で、当時の年齢構成が十代から三十代であったことも手伝って、毎春ことに一人、二人とこの地を後にしました。そして、新たに入る者よりも出て行く者のほうが多かったために、ついに一昨年の春に地元には練習生が一人もいなくなりました。

離れていても練習を続けている者、続けていない者、時々、連絡をくれる者、音信不通となった者、身近にいる時はどうしようもない奴だと思っていた者が、ご利益があるからと言って有名な神社の御守をわざわざ送ってくれたり、逆に、頼りにしていた者の連絡が途絶したり、と、様々です。

それぞれの前途を喜び、祝う一方で、去っていく彼ら・彼女らを送り出す時の寂しさはとても辛いものでした。
それでも、今こうして振り返ってみると、その時点では大いに悩みはしたものの、自らの会を起こしたことは、自分自身の成長のためになったと確信することができました。

同じ師に学ぶ者同志で団体を結成し、師匠と会員の間、会員相互の間をとりもち、練習場所や宴会場、食事会の手配、運営費の捻出に夜遅くまで奔走してこともありましたが、結局、師がいなくなって間もなく、内部で主導権争いが起きて、その集団から離脱、志を同じくする後輩たちとともに会を発足したものの、それも数年後に、その彼らが蜂起して空中分解してしまいました。

そして、自らの一存で全てを決する、なんて言うと独裁的な感じがしますが、そういうスタイルの団体を設立し、志の同じ者は受け入れるが、異なる者はお断りする、といった厳しい方針でメンバーの選定をし、結果として、先に述べたような揉め事は一度も起きなくなりました。いや、正確に言うと、志を異にした時点で辞めていただくことになるため、常時、快適な人的環境で活動・稽古ができたのです。このような形態は無償指導だからこそできたことであり、これが収入源の方にはとても真似のできないことであろうと思います。

さて、その一方で、希望者は誰でも受け入れるスタイルの団体も別に起こしました。しかし、会員数が増えるのに従って、派閥が出来たり、勝手に独立して教えるようになったり、挙句の果てには団体そのものを乗っ取ろうとしたり、で、終いには嫌気がさして5年ほど前に打ち切ってしまいました。

自分にとっての武術との関わりは稽古以上に対人関係でのいざこざに振り回されてきたような気がします。それゆえに、こんなものに関わって限りある人生の貴重な時間を無駄にしてしまったのではないかと悔やむことが少なくありませんでした。


自ら心血を注いで育てた練習生との交流が、暖かく、力強い記憶となり、細々ながらも武術に関わってきたことを全面的に肯定しています。もしかすると、自分は彼ら・彼女らに育てられて初めて指導する者として覚醒したのかもしれません。





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Last updated  2006.01.21 15:28:32
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