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March 17, 2005
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テーマ: Jazz(2023)
カテゴリ: カテゴリ未分類
「ビバップ(bebop)」は、モダン・ジャズの幕開けといえるジャズの演奏スタイルであり、
その誕生は、1930年代末から1940年代初頭にかけてのことでした。

その頃、ジャズの表の顔は「スウィング」スタイルでした。
それは、ジャズの高度なテクニックを駆使して「わかりやすい音楽」を創ることです。
要するに、ジャズはポピュラー・ミュージック、ダンス・ミュージックとして確立されたのでした。
ところが、黒人ミュージシャンたちのジャズは「わかりやすい」だけではないものを求めていました。
白人バンドが、もてはやされていたことも、黒人たちには面白くないことだったでしょう。

1938年オープンした、ハーレムのレストランバー「ミントンズ・プレイ・ハウス」には、
ほかのステージでの、「わかりやすいジャズ」の仕事を終えたミュージシャンたちが集まってくるようになりました。

「ジャム・セッション」というものが始まります。
そうすると、わかりやすい音楽に飽き飽きしていた黒人ミュージシャンたちは、そこで、テクニックの極限を競い合い、
複雑な音楽を創り出す実験のような演奏が、盛んに行われていきました。
この頃には、このような店が多くなり、各所でジャムセッションが行われるようになりました。

こうして、生まれてきたジャズの形が「ビバップ」、または「バップ」というものです。
語源はわかりませんが、最初の頃は「ビバップ」と呼ばれていたようです。
そのうち、「バップ(bop)」と呼ぶほうが一般的になったようです。

この、新しいジャズの誕生のことを「バップ革命」といったりします。

「表のジャズ」である「スウィング」が白人の手によって違った形のものになっていったのに対し、
「裏のジャズ」である「ビバップ」は、ジャズとしての形を整えていくのでした。

「スウィング・スタイル」との違いは、

テンポの幅も極端に広がりました。
それから、コード進行も複雑になり、
明瞭でないメロディー、不協和音といったものが多様されるようになりました。

1940年、「セロニアス・モンク」、「ケニー・クラーク」、「チャーリー・クリスチャン」、
「ディジー・ガレスピー」、「バド・パウエル」といったミュージシャンが中心となっていました。


ビバップの誕生を記録したものとしては、
チャーリー・クリスチャンの、「ミントンズ・プレイ・ハウス」での演奏を録音したもので、
1941年5月に、1人のファンがテープレコーダーで私的に録音したものだったそうです。

1946年頃からスウィング・バンドの解散が相次いで、「スウィング」が衰退してくると「ビバップ」は勢いを増し、
1953年頃までのジャズの代表的なスタイルとなりました。
このあとジャズの主流は、「ハードバップ」へと移っていきます。

チャーリー・パーカーは1955年に、ニカ男爵夫人が住むニューヨークのホテルの部屋で亡くなりました。
34歳という若さでしたが、死亡診断書には推定年齢53歳と記されていたといいます。





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Last updated  March 17, 2005 08:44:52 PM
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