All The Things You Are

January 17, 2007
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カテゴリ: Musician
リッチー・パウエル(Richie Powell 1931-1956)というジャズ・ピアニストは、
才能がありながら、3つの不運が重なって、不遇のまま一生を終えてしまいました。

まず1つ目の不運は、兄のバド・パウエルがあまりにも偉大だったことです。
そのため、弟のリッチー・パウエルに関心を持つ人はほとんどいませんでした。
バド・パウエルは、リッチーより7歳年上で、
リッチーがプロとして活動を始めた1949年ごろ、
兄のバドは、すでに天才的ピアニストとして脚光をあびているときだったで、
リッチーにとっては手の届かない雲の上の存在になっていました。
しかも、リッチーのピアノのスタイルがバドのものと同じスタイルだったので、

ですから、誰も弟のピアノになど、目を向ける人はいなかったというわけです。

2つ目の不運は、1954年になってマックス・ローチのグループに参加して、
多くの人に知られる存在になったのですが、
ここにはスター・プレイヤーのクリフォード・ブラウンがいました。
このときもマックス・ローチとクリフォード・ブラウンがあまりにもすごかったので、
リッチーの素晴らしいプレイも、この2人の影にかくれてしまいました。

そして3つ目の不運は、
アルバム『アット・ベイズン・ストリート』でようやく独自のスタイルを確立し始めたとき、
この録音の半年後の1956年6月26日、
24歳の若さで自動車事故のため、この世を去ってしまいました。
これは、クリフォード・ブラウンと一緒に亡くなったのです。


あと数年長生きしていたら、もっと日の目を見ていたに違いない、
才能のあるピアニストだったはずですが、
この3つの不運のため、不遇のまま、この世から消えてしまったのです。

●リッチー・パウエル(Richie Powell)

1931年9月5日生まれ。
1956年6月26日死去。


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Last updated  January 17, 2007 04:50:25 PM
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