全269件 (269件中 1-50件目)
東京の友人から、京都に来ると連絡があり、9日に約束してました。しかし9日は、朝からすごい大雪。滅多に見れない雪景色。運がいいのか悪いのか・・・ 用事があったので、遅めの待ち合わせにしてもらったのですが、東山を観光してるから清水寺に来てほしいとのこと。・・・すごかった。どこの雪山かと思うくらい積もっているし、階段や石畳は凍っているし、あちこちでつるっつるっ滑ってはる。転倒の恐怖がつきまといましたが、景色はとっても綺麗でした。誘ってもらわなければ、絶対あんな日は外出しなかったと思うと、ラッキーだったと思います。 しかし、ここでおみくじをひいたらさぁ大変。「凶」だったんです!生まれてはじめてひいてしまいました!しかも清水寺で。笑ってしまうくらい、いいこと書いてない。ちなみに友達は「大吉」でした。勿論内容もすごい対照的。びっくりでした。 久しぶりだったのとお酒が入ったので、かなりしゃべりすぎ、日が変わる頃にお別れして、電車に乗ったのはいいのですが、やってしまいました。すっかり眠ってしまい、気がついたら終点・・・反対方向は終電が終わってたので、駅前のホテルに駆け込んでしまいました。今までは、乗り過ごす事はあっても、タクシーで帰れる距離だったのに・・・「凶」を噛み締めてしまいました。 翌朝11時からケアマネの実習の約束があったので、京都に帰宅。実習を終えて、滋賀に帰ろうとプラットホームで電車を待っていたら、びっくり。昨日別れた友人が、私の乗ろうとしたドアの向こう側に乗っていたのです!こんなことってあるんですね~。同じ電車の同じ車両のドアなんて!すごい偶然。しかも、晩御飯代を払ったかが気がかりだったので、すっきりできて嬉しかった。乗り過ごした事で、「凶」は落ちたのかなって思っていたのですが・・・ 落ちていなかったらしく、今日も朝から雪でひどい目に合いました。夕方にはいろんな意味でぼろぼろになってました。皆、いろいろ助けてくれはったのが救い。 今週から就職面接に行きます。とりあえず二社。こんな時に、おみくじひくんじゃなかったです。節分すぎたのに、どうやったらおちてくれるんでしょう???
2008/02/13
コメント(4)
やっと受ける会社が絞れました。とりあえず2社にエントリーしてみることにしました。でも、情報収集を頑張りすぎて、すでに疲れきったというか尽くした感もあります・・・これからなのに。 私自身としては、HP見たり、人材会社のセミナー行ったりしましたけど、そういうのはPR的なもので、実情はイマイチ見えてきませんでした。そんな中で、友達や知り合いに聞いて、いろいろ情報を下さった方々がおられます。とても助かりました。本当に感謝です。 人間関係とかまで赤裸々に教えてくださった方もおられたり、業界の負の動向も教えていただけて、とても勉強になりました。 便利なので、人材会社を通す事にしたのですが、全然決められなくて、迷っていたら、いくつ受けてもいいんですよって言われました。まさか人材会社がそんな事言ってくれるって思わなかったし、びっくりしました。 職場を変わるのはこれで4回目・・・いつのまにか。でも1つ目と2つ目は病院だったので、横に移動した感じ。3つ目の今は、上司から声をかけてもらったので、活動どころか試験もなく。 だから、今回がはじめての転職活動と言えるかもしれません。しかも未経験職種(今とちょっと似てるけど)。 それにしても、人材会社って本当に便利。提出書類は添削してくれるし、面接練習までしてくれるらしい。職務経歴書を書いたら、三箇所もコメントついて返ってきました。1、あなたにとってこの仕事の魅力はそれだけですか?2、職場は学校ではありません。受け身の印象を持たれる可能性があります。 学ぶ姿勢とそれを活かしていきたいという意欲を表してください。3、どんな経験が活かせるとをお考えですか?具体的にご記入ください。 すごい~。ちょっと感動してしまいました。それにしても、「職場は学校ではない」って、自分が新人さんに言ってた台詞だったのに、自分が言われてしまいました。 今朝、早速書き直したら、「大変わかりやすく書けていました。よくできていたのであれで送りますね」って電話がかかってきました。うーん。「よくできました」ハンコをもらった小学生みたいな気分。 さあ、腹くくって頑張らないと。 お昼からは、ケアマネの実習の為に社会資源調査もやってきました。調査といえば大げさですが、やったことといえば、行政の窓口や事業所にいって、話聞いたりパンフレット集めてきただけ。これを使える表にしないといけない。ほんとあっちもこっちもやる事いっぱい。 今の職場でもあと二ヶ月だからと思って、ちょっと意識を変えてみることにしました。いきなりはりきりすぎてフライングして失敗してしまったけど・・・ とりあえず、最近言葉も交わさなくなった上司達の関係をなんとかしたい。仲良く終わりたい。もうちょっと言葉を交わしてと、上司にお願いしてみた。「おっしゃる事はわかるけど、私も・・・」と、自分の話。その話もわかる。なんでこんなになったんだろう?とも思ったけど、なんとなく掛け違いの部分が見えてきた。厳しい~でも頑張る。もう伝書鳩でもいい。これも転職活動の一環。 わくわくするけど、不安もいっぱい。 何もかもうまくいくといいな。
2008/01/24
コメント(12)

12月29日は、ウィーンからヘルシンキへの移動の日。本当はウィーンでカウントダウンしたかったのですが、航空券代の節約の為断念。準備が着々とすすんでいく街を見ながら立ち去る事は、とても名残惜しかったです。 ヘルシンキはウィーンより明らかに日照時間が短かく、15時にはもう薄暗くなります。飛行機は一時間遅れで15時半頃に到着した為、手続きを終えた頃にはもう日も暮れていました。 バス乗り場には到着したけど行き先が疑問で、友達とああでもないこうでもないと言ってたら、旅行会社の現地係員をしているという日本人が、声をかけてくれました。地図をくれたり、ホテルまで案内してくれたりと、とても親切にして頂きました。 30日は、アイスパーク・オリンピックスタジアム・フィンエアスタジアム等をトラムでまわりました。そして、ウスペンスキ寺院。ヨーロッパ最大のロシア正教の寺院だそうです。 ここの内部は、とっても綺麗で思わず見とれてしまいました。礼拝の方法も厳かで、厳粛な気分になれ、長時間ぼーっとしてました。友達とははぐれていたのですが、友達もこの寺院で長時間過ごしたと言っていました。 この時に、この10日間のうちで唯一太陽の輝きを一瞬見る事が出来ました。 この後は、ミュージアムショップめぐりをした後、アカデミア書店で友達と合流し、カフェアアルトで夕食をとってホテルへ戻りました。あちこちうろちょろしてかなりくたくたになっていました。 31日は、朝からマーケット広場・ハカニエミ市場をひやかしに行きました。市場にあるスオッパケイティオというスープ屋さんで昼食。ここは、かなり美味しかったです。雑誌にもよく紹介されているらしく、観光客慣れしてはりました。回転速いので、食べたらすぐでていかないといけなかったのですが、相席の現地人から情報収集も出来ました。 ここで友達と別れて、テンペリアウキオ教会に向かいました。ここは、自然の岩を切り出して作られた教会で、外観からは教会ってわかりません。場所的にもわかりにくいと紹介されていましたが、観光バスがたくさん止まっていたので、わりとすぐ見つかりました。この写真は15時半頃です。もう暗いです。 内部の壁は自然石のままで、音響効果がとてもいいらしく、この日もコンサートの準備が行われていました。ここも不思議に落ち着く場所で、すごく居心地が良かったです。 この後は、エスプラナーディという目抜き通りをぶらぶらウィンドウショッピングしてまわりました。18時にどこのお店も閉まるので、ホテルに戻ったのですが、この頃から爆竹や花火の音がひっきりなしに響き続けました。地面も建物も石造りの上、広場が多いので音響効果抜群。フィンランドは、普段は花火が禁止されており、大晦日から新年にかけてだけ解禁されるそうで、すごい事になってました。ロケット花火とかがあらぬ方向からやってきてかなり危険。街中は、ちびっ子ギャングというか輩だらけになってました。ホテルの部屋は、衛星放送が写ったので、紅白の再放送(7時間遅れです)を見ながら、23時過ぎまでだらだらしていました。 23時すぎに元老院広場に向かったのですが、皆同じ考えらしく、広場に近づくにつれてどんどん人が増えながら同じ方向に向かってすすむので、さながら巡礼のようでした。 私はカウントダウンというのは、「3・2・1 どーん」っていうふうに花火があがるものって思い込んでいたのですが、ヘルシンキは違いました。広場では大統領が演説したり、オーケストラの演奏があったりとセレモニーが行われているのに、無関係に花火があがっていました。スクリーン・舞台・花火とどこをみたらいいのやらという有様。 この時、フィンランド語を「キートス(ありがとう)」しか覚えていない事に気づき、後悔。数を数えているんだろうけど、いくつかわかりません。しかもカウントダウンと花火はやっぱり無関係でした。ちょっと拍子抜け。 でも気分は高揚。生まれて初めて、見ず知らずの金髪碧眼の人とハグしてみました。小市民なので、それだけでカウントダウン気分になれました。 この後、夕食を食べに行こうとバーやパブを何軒かまわったのですが、どうも22時以降は飲み物しかださないらしく、おつまみもでない有様(逆に21時以降はスーパーではお酒売ってくれませんでした)。とりあえず、ビールで乾杯してホテルに戻り、部屋のバーからワインを出して、ポテトチップスを大晦日の夕食として新年早々頂きました。 元旦は、10時頃に空腹を感じて目覚めました。チェックアウト後は中央駅を探検。さすがデザインの国。地下鉄もポストも何もかもが素敵で、またまたおのぼりさんみたいに写真とってました。 ヘルシンキはコンパクトな街で、とても観光しやすいと思いました。今度は白夜の時期に行ってみたいです。 夕方の便で日本に帰国。到着が朝の10時頃だったのですが、お日様の光の眩しさと温かさが何より嬉しかったです.あちらは、そんなに寒くもなく、ユキダスの登場もなかったのですが、ずーっと曇っていたので。 帰国してしまえば、夢をみていて覚めたような気分ですが、本当に楽しかったです。また行きたいな・・・
2008/01/07
コメント(10)

12月23日にセントレアを出発して、ヘルシンキを経由後ウィーンに到着しました。前日にボーっとしながら、慌ててパッキングした為か、忘れ物続出した上、何故かカメラをスーツケースにいれてしまい、壊れても自分の責任ですというような文章にサインを書かされました。出そうかと迷ったけど、友達の「ハードのスーツケースやし大丈夫と思う」の言葉に励まされ~。 到着後、私のカメラは無事でしたが、友達のスーツケースはふたが開かないかと心配するほど壊れていました。友達はクレームも5回目らしく、慣れた調子でカウンターですらすら交渉しており、英語力の大切さを痛感しました。私なら「ブロークン」をひたすら連呼して係りの人を困らせていたと思います。 地下鉄すぐそばのホテルをとったので、空港からは不便はなかったのですが、切符の仕組みや駅の構造がよくわからず結構時間をとられてしまいました。でも、親切なおばさまが鉄道駅から地下鉄駅まで連れて行ってくれたので、大変助かりました。 24日はクリスマス市めぐり。ベルベデーレ宮殿・マリアテレジア広場・市庁舎前広場とはしごをしました。市庁舎前広場は特に素晴らしく、おとぎの国みたいでした。 日の出る時間がとても少ない上(明るいのは10時から16時くらい)、曇ってばかりでしたが、街はクリスマスのイルミネーションで輝いていてとっても綺麗でした。建物どれもが歴史を感じさせてくれ、石造りと修復作業の努力による景観が素敵でした。 25日はシェーンブルン宮殿と、そのクリスマス市。宮殿は豪華絢爛で、オーディオガイドを借りたお陰でじっくり見学できました。裏の庭園にある丘に登ると、ウィーンの街が一望できました。途中にある泉は凍っており、歩いたりすべる事も可能だったので、私もへっぴり腰でちょっと歩いてみました(こけてません)。 ここのクリスマス市も可愛かったです。グリューワインも美味しかったですが、なにぶんユーロが高いのであんまり買い食いできなかったのが残念でした。 この日は、観光客向けのコンサートに行きました。観光地いたる所で、チケット売りのお兄さんに捕まるので、学生割引してくれた人から購入しました。ま、記念にという程度のものでした。 26日は王宮とオペラ座の観光。王宮は広すぎて迷いまくってました。でもいつもどこからか親切な人が現れてくれるのが素敵です。オペラ座はツアーに参加すると舞台裏などまで見学させてくれるのでなかなか楽しかったです。その後、おのぼりさんなので、ホテルザッハーにいって、ザッハトルテ食べてきました。 観光客だらけで、高級ホテルの緊張感はありませんでしたが、設えはやっぱり素敵でしたし、美味しかったです。 27日は、それぞれ気になる建物めぐりや買い物しながらうろうろしてました。この頃になると土地勘もついてきたので、暗くなっても大丈夫。でも、地下鉄車内で、向かい席に瞳孔散大(クスリ?)した人が座ってこられて、私達にくわっと口を開くように威嚇してこられた時は怖かった。ひたすら目を合わせないようにしていたら退散してくださったけど・・・ 28日は、ザルツブルクに行くつもりだったけど、電車賃の高さ等を天秤にかけて断念。友達は国連都市に行き、私は教会めぐり。なかでもカールス教会は印象に残っています。 ここ、内部の真ん中に工事現場みたいな足場が組まれ、途中まではエレベーターで登れます。ここがちょうど踊場みたいになっていて、フレスコ画が目の前で見られるようになってるんです。で、ここからは相変わらず工事現場みたいな階段でてっぺんまであがれます。かなりサービス満点なのですが、ぐらぐら揺れてるのがわかるし、パニックおこすかと思うくらい怖かったです。正直おこす寸前でした。 私達はほぼ毎日、街の中心にあるシュテファン寺院で待ち合わせをしていました。でもいつもミサ中で、結局一回も見学できませんでした。 私はクリスチャンではないし、お祈りの仕方もわかりませんが、そのミサの様子をみているだけで、暮らしの中に宗教が息づいているのが実感できました。 ウィーンは、古いけど整っており、人々が街を大切にしながら暮らしているように感じました。そして何より皆さん親切でした。「ダンケ」と「ビッテ」だけで楽しく 旅行できました。綺麗なクリスマスの時期に旅行できて本当に良かったです。
2008/01/05
コメント(12)
あけましておめでとうございます。昨年はいろんな事があった年でしたが、振り返ってみると楽しかったし、良い年でした。今年も新年早々、研修や転職活動などいろいろありますが、頑張りたいと思っています。 さて、23日に出発した旅行からは、あちらを元旦に出発して2日に帰国いたしました。変な時期ですが、元旦出発だと飛行機代が数万円安くなる為、迷いなく節約の道を選びました。 帰宅してすぐに洗濯して、母の実家帰りの父母に拾ってもらって実家にスーツケースを持って帰り、やっと年賀状を書きました。そして今朝は実家で日本の正月をかじってから、先輩と買い物に・・・すごい人混みでした。 まだ旅行の整理が全然できていない上、明日から仕事ですので、とりあえずのご挨拶とさせていただきます。 ヘルシンキでカウントダウンしてきたのですが、直後に友達と今年の抱負を言い合ったので、書き留めておきます。今年の抱負は「挑戦」です。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2008/01/03
コメント(6)

明日から、来年2日までウィーンとヘルシンキに行ってきます。今日は、朝から仕事で、夕方買い物に行っているものそろえ、冷蔵庫の整理までできました。冷蔵庫は特に大切。10日後の野菜とか怖いから、全部食べきりました。卵なんてここ数日間1日2個ずつ食べてました。そのかいあって、見事に空っぽになりました。でも食べ足りないみたいで明日の朝ごはんの予定のパンにまで手を伸ばしてしまいました。 しかし、荷造りがいっこうにすすみません・・・そして、年賀状は書けませんでした。荷造り終了次第、郵便ポストがあるかぎり努力します。でも、ほとんど帰国してからになると思います。ごめんなさい。 さて、これなんでしょう?ちょっと顔みたいに見えますが(私だけ?)、答えは「ハンディユキダス」っていう商品です。靴に装着するスパイクで、雪道や凍った道も安全って書いてありました。フリーサイズのくせに、23センチからということで、22.5センチの足にはちょっと大きいといわれましたが、新品なのでゴムが伸びていないという事を強気に考えて購入しました。 今年はよくこけたので、念には念を入れて、転倒対策を講じないといけません。石畳に凍られたら歩けませんから。気をつけます。 今回は、ばたばたでした。全然相談する時間がなくて、行き先も決まらないし、都市が決まってからもホテルがなかなか決められなくて。でもなんとか出発できそうで良かったです。はじめてのセントレア。空港までの交通費はイタイですが、まずはそこから楽しみです。トヨタの空港見学してきます。 さて、来年は4日から仕事です。ケアマネの研修がはじまるし、転職活動しないといけないし、いろいろ忙しそうですが、ちょっと楽しみです。 ではでは皆さん、良いお年を~。
2007/12/22
コメント(14)
10月に受けたケアマネ試験の合格通知がきました。試験って、3月に辞めた職場の就職試験以来だったので5年ぶりでした。あの張り詰めた緊張感って独特ですね~。関係ないかもしれませんが、なんだか若返った気がしました。 マークシートのテストだったのですが、子供の頃は消去法ができるから好きだった上、ご褒美ほしさに提出した進研ゼミを思い出します。良いイメージのテスト形式だったのに、今回見事に失敗してしまい、完璧に落ちたと思っていました。 終了10分前の合図を聞いて、慌ててマークの塗りつぶしにとりかかった時の焦りは、今も思い出せます。 最も大きな誤算は、塗りつぶすマークが、各設問につき1個ではなく、数個ずつだった事でした。答えは数個でも、マークシート解答欄は1つって何故か勝手に思い込んでいたので。 そんなだったので、合格は嬉しい・・・でも、1月から3月にかけて実務研修が7日もある上、座学だと思っていたら、宿題や演習などが盛りだくさんで結構大変らしい。早速上司に、お休み欲しいのですが・・・と言ってみました。良いお返事は頂けたのですが、シフト組むのが厳しい感じ。しかも、「転職活動をしてるの?」っていう微妙な雰囲気。そして、この冬の予定がなんだかいろいろ狂いそうな感じ。もろもろ全て、乗り越えられるのだろうか?とちょっと不安です。 そう、合格はゴールではなく、まさにスタートって事を実感しました。とりあえず、しんどそうだけど、研修で介護の現場にいる人達と出会えるのはかなり貴重な気がするので、ちょっと楽しみです。
2007/12/11
コメント(6)
今日、神戸全日本女子ハーフマラソン大会に出場しました。最初はハーフ走ると意気込んでいたのですが、夏以降ジョギングどころか運動全般何もしなかった上、怪我等いろいろあったので10キロに。 しかし、練習どころか、ジャージすら持っていない事を直前に気づき、買いに行くけどなかなか見つからない。3日前にやっと、紳士服洋品店の店先で上下で990円のジャージ発見。メードインチャイナ万歳なのですが、縫製が微妙。しかもサイズが大きい・・・ でも、値段の魅力に勝てず購入。洗濯してアイロンかけて、とりあえずズボンのすそ上げまで頑張りました。わざわざミシンを借りる為だけに実家にまで帰りました。 当日は、6時40分の電車に乗るのに、6時20分に覚醒しびっくり。待ち合わせをしているので必死。我ながらよく間に合いました。なんだか直前にばたばたしてました。 灘駅に到着したら、わくわくしてきてすっかり目が覚めました。お天気いいし、運動会みたいだし、何せ初マラソン。10キロは制限時間が1時間。走った事ないので、どれだけかかるのか未知。出場する事に意義があると思って完走は諦めていましたけど、沿道の声援があると歩く事ができず、負けず嫌いが久々に作用して頑張れました。55分04秒で完走できました。すっごく嬉しかった! 職場の人と出たのですが、1キロもいかないうちにはぐれていたので、再会にちょっと手間取りましたが、なんとか合流し神戸クアハウスへ。昭和の香りのする健康ランドみたいな所ですが、天然温泉らしいし、いろいろなお風呂があって楽しかったです。 そして、祝杯。神戸牛ってはじめて食べたかもしれません。美味しかった。 自己満足な気分に浸れた1日でした。
2007/11/25
コメント(12)
たらいまわしを実感する出来事に遭遇しました。 私は、今年3月に転職&引越しをしました。3月のお給料があまりに少ないので聞いてみたら、「住民税を前だおしで天引きしてるので」と言われました。恥ずかしながら、私は住民税が5月でくぎられるという事を知らず、今の職場のお給料から住民税が天引きされていないのは、前の職場で払い終わったからだと思い込んでいました。 先週、今の職場から前の職場の源泉徴収表を提出するように言われ、その時はじめて自分が住民税を払っていないのではないか?という疑問にぶち当たりました。前の住居地の市役所(住民票の所在地ではない)に問い合わせたら、5月までは納付されているけど、その後の支払いはない。前の会社から書類が来てないから、ここではどうしようもない。住民票の市役所に言って、どうしたらいいか聞くように言われました。言われたとおりに電話したら、区役所にかけるように言われ、区役所にかけたら、前の住居地の市役所にかけるように言われました。 つまり、「振り出しに戻る」です。らちがあかないし、会社が悪いというような言い方だったので、前の職場に電話してみました。 退職数ヶ月前に、人事部門がアウトソーシング化されたせいもあり、なかなか連絡がうまくとれない上、会社が悪いという先入観まであったので(無知だった自分が悪いのは当然ですけど)、クレーマーみたいに毎日毎日電話。 今日、前の住居地の市役所(最初に電話した所)から謝罪の電話がかかってきました。市役所のミスで、私は「保留」扱いになっていた事、会社はちゃんと書類を提出していた事、ただちに納付書を送ってくれる事、延滞料などは市役所のミスなのでかからない事などを言われました。 最初に電話して、調べてくれた(はずの)時には、会社が悪いみたいに言って、取り合ってくれなかったのに、会社が言ったら掌を返した態度になった事にびっくり。なんて杜撰なんだろう。ひどい・・・ また、私の今の月給を越える税金の金額にびっくり。たらいまわしにされたおかげで、電話代も貴重な時間もいっぱい使った。精神的苦痛も感じた。大げさだけど。延滞料いりませんではなく、迷惑料ほしいくらい・・・ 役所は信用してはいけない。担当者の名前は覚えておこう。わからない事はわかるまで聞こう。無知は恐ろしい。以上、勉強したので、授業料???
2007/10/17
コメント(7)
今の職場には3時になるとおやつの準備がされます。今日は忙しくてすっかり遅刻。4時頃にむかうと、会う人会う人に「今日は珍しいお菓子だよ」って言われるのでわくわく。 そこには3種類の手作りのお菓子が用意されていました。そして「TさんとRさんからラマダンのお菓子をいただきました」ってメモが書かれていました。 TさんとRさんは留学生の院生。そういえば先日の夕方、いつも笑顔で穏やかなTさんが珍しく興奮気味に先生に訴えているのを目にしました。めずらし~と思うけど、英語なのでちんぷんかんぷん。先生に聞いたら「ラマダン中でお腹が減っているから、考えられない。今日は帰りたい」と言っていると教えてくれました。 宗教心の薄い日本に来ても、ちゃんとイスラム教の教えを守るのは、いろんな意味で大変だろうなぁとつくづく思いました。 今年のラマダンは、9月13日頃から始まっていたらしいです。去年はドバイ旅行の為に、ラマダンの時期をチェックしてましたが、今年はそんな予定もなく、忘れていました。 たった数日の観光だったので、やっぱりラマダンは避けました。でもラマダンの時期に行くと、日没後の食事やラマダン明けの食事は特別にご馳走が出される事、街中では金持ちが貧者に食事を振舞ってくれるという事がかなり気になっていました。 そんな気になっていたお菓子が、ここ日本で、しかも職場で振舞われるなんて!そんな事に私も興奮しました。 さすが、断食月のお菓子。かなり濃厚でどっしりとお腹にきました。でも、おいしかったです~。遅い時間に行った事もあり、遠慮なくたくさんいただきました。おかげですっかりお腹膨れました。今日は晩御飯いらないみたい。 怪我してから、気分だけでなく食欲も落ちていたのですが、秋の気配と共に(良いのか悪いのか)食欲が回復してきた事を実感しました。
2007/10/10
コメント(6)
昨日は、上司が飲みに連れて行ってくれたので、久しぶりに暴飲暴食しました。ちょっと酔ってしまい、日頃からしんどいと思っている事などを、結構ぺろっとしゃべってしまった気がする・・・ 言い過ぎた。今更遅いけど、反省。 それにしても相当溜まっていたせいもあり、か~なり飲んでいた気がする。お会計、いくらだったんだろう???今日はすっかり二日酔いになってて、しんどかった。もうこんな事はやめようと思ったくらい。 しかも、リアルに怖い夢をみてしまった為に、朝の気分ときたら。~夢の中~ なんか鼻がスースーするなぁと思って目が覚める。鼻の下の傷が全然痛くないやと、鏡を見てみたら、なんと私の鼻がない!鼻のあるはずの場所は平坦になっていて、鼻の形に赤い三角形ができている。びっくりして、鼻を探すと、布団に鼻が転がっていたのを発見。早速水道で洗って、鼻につけてみる・・・ ・・・というところで本当に夢から覚めました。子供の頃、近所の駅前で原爆(なぜか原爆だ!って思った記憶がある)にあい、足や手がばらばらになってしまった夢を見た事があります。あの時も、他の人と混ざってごちゃごちゃになっている足や手の中から、自分のものを探しては体幹にくっつけていくというブラックな夢でした。 今回は、鼻の下を縫ってもらった傷が癒えない事を気にしてるから、夢にまでみてしまったのでしょうけど、それだけにリアルで怖かったです。 明日は大学時代の友達に会うのに~。赤みはなかなかとれませんね。
2007/09/21
コメント(8)
昨日は、職場の納涼会でした。怪我をして以来、お酒を一適も飲まなかったのですが、ちょうど絆創膏が全部はずせた事もあり、解禁とばかりにちょっとビールを飲みました。怪我後のブルーな気分から立ち直ろう!という明るい気分で。 場所は鴨川の床だったのですが、途中で雨が降ってきた為、お部屋に移動。ものは考えようで「二趣向楽しめたね」っていう明るい席で楽しかったです。 一夜明けて今朝、薄皮がはっていたのをめくってしまい、また絆創膏を貼る羽目になりました。ちょうど耳鼻科受診の日で、今後について相談。耳鼻科医師は専門外の事には疎かった・・・そして私も灯台下暗しでした。診察介助の看護師のおかげで、大学内でも形成外科が受診できる事を知り、明日受診する事になりました。色素沈着するかもしれないという不安と、積極的に情報収集してもっと早くに医師にお願いしてればよかったという後悔。 でも、不幸中の幸いだったんだとも思います。いろいろ連絡調整してくれた看護師に感謝です。 今回の怪我で、大学病院という場所について改めて発見がありました。また看護師の役割についても考えさせられました。患者になった事でいろいろ勉強できました。この経験を忘れずに、授業料が高くなかったと言えるようになりたいです。 今日は仕事で、ちょっと席をはずした間にあった電話と、その後の対応について注意を受けました。特に問題が起こったわけではなかったのですが、尤もな注意でした。私の甘えや、それによる軽い認識を痛感しました。 自分の考えた事とそれによる行動の結果です。今回はたまたまタイミングが悪かった事が続いたからだったのですが、カバーできる方法はいくらでもありました。私がそれを問題視しさえしていれば・・・あのままだったら、今後もっと大きな問題に繋がったかもしれません。そう思ったら、今回軽い出来事ですんで良かったのかもしれない。 最初はタイミングを悔しがりましたけど、根本的な問題があったのだから。注意されたという事は、今後はこうしてほしいという気持ちだから。去年、自分が後輩を注意したり、叱った時の事、その未熟な行いも思い出しました。 叱る事は嫌な仕事。あえて嫌な思いをさせてしまったのだから、引きずらず頑張るしかない。自己嫌悪に陥っている場合ではないですね。 それから、上司を見ていたら、去年の自分がダブって見えてきました。抱える事や自他を責める事の辛さ。そしてそれによる周囲の人々への影響力。私もきっとこうだった。そして私には未熟で独りよがりだというおまけまであった。「もっと力ぬいて」って言われてたのが、こういう事なんだと今更気がつきました。 ここの所、ちょっと浮かれて、大事な選択を知らず知らずにしてしまっていたような気がします。足元がふらふらしてるから、気を引き締めろという暗示かも。 あんまり気持ちが暗いので、帰宅してから、自己啓発系の本を斜め読み~。友達にも、ネガティブな考えがネガティブな出来事を引き寄せるって言われました。もう嫌な事、悪い事は十分続いた気がします。次は良い事が起こるだけっていう話を信じて、明日は良い日になりますように。
2007/09/12
コメント(6)
5日前の金曜日、転倒して鼻の下を3針縫ってもらいました。当日はショックから立ち直れず、帰宅して自分で手当てせず、とりあえず寝ました。朝起きたら悪夢から覚めるかも~なんて思いながら。 翌朝、当然現実に直面。鼻の下の縫合部は、絆創膏が貼られているだけなので、浸出液でベトベト。足の傷は、ガーゼが張られているだけなので、血液が乾いて固まってくっついてしまってる。 これではいけないと、とにかく洗いました。鼻の下の縫合部は、浸出液が乾いて汚いだけでなく、傷自体汚いので、切ってみました。昨晩ちゃんと手当てすれば良かったと思いながら・・・足の傷は、かさぶたになりかけているのをこすってはがしました。再度、昨晩ちゃんと手当てすれば良かったと思いながら・・・ 何を貼ろうかと思った時、病棟で褥瘡(床ずれ)チームだった時にみつけたラップ療法のHPの事を思い出しました。創傷治癒には「湿潤環境が良い」という理論を元に、サランラップで手軽に手当てできるので、自分で試してみる事にしました。 鼻の下は、薬局を探しまくって見つけたハイドロコロイド製剤の絆創膏を購入して貼付。 日曜日、まだ唇はドナルドダックみたいに腫れていたのですが、ちょっとましにはなっていました。そんな顔ですが、「ドラリオン」を見に行ってきました。脱線しますが、かなり良かったです。もう驚異の世界ですし、面白いし楽しい!また次回作も是非行きたいです。 さて、とても気分転換になったし、何より人前に出るリハビリになりました。友達には、うだうだぐじぐじネガティブロールな話をしてしまい、迷惑をかけた上、自分勝手な事まで言ってしまったのですが、注意されて目が覚めました。このおかげで月曜日に開き直って出勤できたと思っています。本当に感謝です。 月曜日、出勤して、自分から顛末を話してみたら、わりと平気でした。足の傷はどんどん目に見えてよくなるので、ラップ療法を宣伝しまくりました。もうほとんど上皮化できました。鼻の下の縫合部は、あまりかんばしくなかったので、切除を繰り返してみたのですが、やりすぎて3針のうち1針自己抜糸してしまいました。一番浅い場所だった事もあり、ちゃんとくっついてました。金曜日に縫ってもらった時、「次回受診は水曜日だけど、傷が深いから抜糸できないと思う」って言われていたけど、抜糸できる気がしてきた上、躊躇されても「抜いてほしい」という自信に繋がりました。 今日水曜日。自分から、自己抜糸してしまった事を申告し、診てもらいました。「くっついてますね。他の糸どうしますか?」って聞かれたので、当然抜いてもらいました。さすが耳鼻科医(アレルギーが専門みたいだけど)綺麗に縫ってくれてました。感謝です。「そういうの(ハイドロコロイド製剤の絆創膏)売ってるんですね。また貼りかえて下さい」と言いながら普通の絆創膏を貼られたのはがっかりですが、そこまで期待してはいけないです。とにかく、時間外なのに綺麗に縫ってくれた事は多大なる感謝。 絆創膏は、清算してもらうまでの間に即効貼りかえました。 まだ腫れも赤みもあるし、上皮化もできてないけど、あとは日にち薬。どうか跡が残りませんように・・・
2007/09/05
コメント(10)
仕事が終わった夕方、久しぶりに職場外周ランニングに出発しました。そしてすぐに、こけました。しかもまた顔から。 どうして私は顔より先に手を出すことができないのか・・・とりあえず、あぁ血だらけ・・・という事で職場に引き返しました。やはり職場の人に会いたくないので、部屋には戻らず、ちょっと処置のできそうな場所へ。水道で洗って鏡で見てみてびっくり! 鼻の下が切れて、かなりえぐれていました。鼻には傷一つないのに。しかも歯がまた欠けていました。子供の頃も全く同じように顔からこけて、鼻の下を2~3針縫ってもらった事がありました。歯も欠けたのですが、受診が遅れたので欠けたままな上、出っ歯になってしまったのです・・・ 気がつけば足からも血が。でも何より、鼻の下の傷をじーっと眺めて、どう考えても縫わないと無理だと思案している内に、気分が悪くなり、立っていられなくなりました。しばらく横になったら気分も持ち直したけど、あの傷は見つめるものではありませんでした。その間、一緒に走っていた医師があちこち問い合わせてくれたのですが、どこも診てくれないみたい。形成外科のある病院は遠いし、抵抗あったけど背に腹は変えられず、職場で診てもらう事にしました。 救急外来は、すごく混んでいて、診てもらえたのは1時間後でした。あまりに遅いので、同行医師には先に帰ってもらったのですが、形成外科がないので耳鼻科が良いだろう、耳鼻科も歯科も全て各科当直しているはずという素敵な情報をくれました。 診察してくれた救急医師は、3日後の月曜日まで診てもらえないとわかっているのにも関わらず、形成外科に紹介状を書こうとし、傷は消毒しただけで縫ってくれないので、耳鼻科耳鼻科とかなりアピールしました。その甲斐あって、耳鼻科医師に連絡してもらえ、縫ってもらえました。本当に良かった。あんなえぐれた傷のまま3日も過ごせません。耳鼻科医師にも、深いから傷残るかもと言われましたが、自己責任だから仕方ないですよね・・・ ついでに歯科歯科ってアピールしてみたら、歯科も連絡してもらえ、欠けた歯の形を修正してくれました。そうこうしてたら、21時もまわってしまったけど、休日前の夜にこんなにスムーズに各科受診して、処置してもらえたのは、まさに不幸中の幸いでした。 私なりに身をもっていろいろ学びました。・大学病院にもメリットはある。・職場って便利。・自己主張の大切さ。・適切な情報をもつ事の大切さ。・救急医は、あくまで救急の医師でしかなかった。・耳鼻科は外科の仲間だった。・消毒液ではジアミトールが一番しみない。・ディスポの穴あきシーツには粘着剤付のものがある。・麻酔が痛い。・歯科って奥深い。ETC・・・・ それにしてもこんなガーゼだらけで、仕事行きたくないなぁ・・・歩いていてこけたならいいけど、わざわざランニングしててこけて、職場で処置してもらったなんてなぁ・・・ 一年しかいない予定の職場なのに、いろんな恥ずかしいネタを提供してる気がする・・・ 何より、傷がきれいに治るかなぁ・・・
2007/08/31
コメント(16)
先日、客員教授がアメリカにお帰りになるので、送別会が行われました。彼は、秋に3週間ほどだけ日本にこられるのですが、日本のマラソンコースを走りたいと思っておられたようで、そのわずかな期間にハーフマラソンにでるという話に・・・ で、一緒に出場するという話になったのですが、私は英語がわかりません~。もう1人一緒に出場する方が「あなたは日本語で大丈夫。先生が日本語を勉強すらから」っておっしゃったので、不安ながらも「はい」と言ったのですが・・・ 試しに走ろうという事になり、3人で走りました。途中で雨が降ってきても雨宿りすらすることなく、スポ根みたいに走りました。40分程度ですけど。 彼の早朝ジョギングコースを走ったのですが、気配りの人でした。紳士でした。まるでビリーのように、適所に温かい言葉がけ。段差があれば「ビーケアフォー」坂があれば「スモールヒル」ちょっと遅れれれば「オーケー」などなど。他にも私には聞き取れない言葉がけがいろいろあったのですが、残念です。というか通訳してもらうのも申し訳なく、あんまりわかっていないのにうなづいたりしている自分もいました。 雨だったけど楽しく、「よし!先生としゃべれるようになる為にも英語を勉強しよう!」と新たに決意したのですが・・・彼はもうアメリカに帰るので、次回は「ノーベンバー」と言われてしまいました。 マラソンは松山であるのですが、体力だけでなく会話に応えられるだけの英語力も身につけばいいのに・・・などと思いました。
2007/08/23
コメント(8)
仕事で、最近やりはじめた作業の一つに、カルテからの情報収集がある。収集する内容は、既往歴や検査データ、心臓カテーテル検査のレポートなど。 当初あんまり難しくなさそうだと思っていたけど、やり始めてびっくり。心臓カテーテルレポートが全く読めない。 半年前まで、呼吸器・循環器病棟にいたはずなのに・・・と、かなりショックを受けた。 まず、まだ一部しか電子カルテになってないから、どれもこれも調べにくい。そして、問題の心臓カテーテルレポート。手書きなので、書いてある文自体がわかりにくい(前の職場は、レポートはちゃんとしたフォーマットに打ち出されてたし、手書きなんてなかった)。 手書きという事は、単に字が読めないだけでなく、文章の中に英単語や略語、商品名が混じったわかりにくいシロモノ(長島茂雄やルー大柴なみ!)。かつ、ブロック体・筆記体が混在し、スペルもわかりにくい上、間違っていたり。 今まで2回、循環器医師に添削してもらいながらやったのだけど、2時間かけて4人分しかできなかった。これ250人分以上しないといけないのに~ という事で、指示した上司に直訴してみたのだけど、もうちょっと頑張れという事になった。 このままではいかんと、実家に帰って、参考書や資料を探してみたら、いろいろでてきました。中でも、のべ9回にわたって医師にやってもらった勉強会の資料は役に立った(勉強会で、余談として話された内容がまさに、今回の知りたい内容)でした。見つけるまで、聞いた記憶すらなく、当時の興味関心に全くひっかからない部分だった事を痛切に感じました。 知らなくても事足りていたというか、不勉強だったというか・・・ それにしても、学生時代ばりに、略語辞典や英和辞典をひきまくりました。 気合を入れて、カンニングペーパーを一通り作ったので、次回の収集日がちょっと楽しみになってきました。前回、医師から匙を投げたいような様子が垣間見れた気がするだけに、次回進歩がみられ、褒めてもらえる事を期待~。
2007/08/19
コメント(10)
この一年、病棟を離れる事で体力が落ちるのが心配だった事もあり、先週から職場の人と学校の外周を一周だけ走るようになりました。まだ3回しか走っていないのですが、目標として一緒にハーフマラソンに出る約束まで勢いでしてしまいました。外周一周は2.7KMらしいので、この調子なら完走できるのか微妙~。 でも、「はじめてで足が止まらなかったって事は基礎体力があるよ」っておだてられたので、ちょっとやる気もでてきました。三日坊主なのでいつまで続くかわかりませんが・・・ そんな中、職場のプールが職員にも解放されました。屋外だからか、人気はないみたいですが、私の大好きな無料!です。 もう随分泳いでません。だって、最後に泳いだのがいつかも思い出せない・・・でも、マラソンに刺激されたのか、久しぶりに泳ぎたくなったので、寝違いが治っていないにも関わらず泳いできました。 マラソン同志は出張中だったので、元水泳部の人を誘って。やっぱり、屋外は気持ちがいい!そしてお水も気持ちいい!でも、クロールができなくなっててかなりショックでした。小学生の頃、スイミングスクールでクロールばっかり習ってたはずなのに(上達が異常に遅くて、クロールの次の段階、平泳ぎにいけなかっただけですけど)。25Mが必死でおぼれるかと思うくらいお水のんじゃいました。 休憩しながらもトータルで600M泳ぎました。ほとんど平泳ぎだったけど、ちょっと嬉しい。 もうじき大会が近いらしく、水泳部生がどんどん増えてきたので、退散しましたが、もうちょっと泳げたかも?などと大きな気持ちになりました。 お水からあがった途端に、筋肉痛が始まりました。普段使っていない筋肉が目を覚ましたみたいで、痛いけどちょっと気持ちいい感じになりながら、自転車で帰宅。シャワーして、洗濯してご飯食べたら、すごい睡魔に襲われてしまいました。 ある意味健康的な生活です。
2007/07/30
コメント(8)
なんだか、心にぽっかりと穴があいたような感じ。むなしい。 日曜日くらいから、変だなぁとは思ってた。でも、疲れて夏ばてなのかなとあんまり気にしなかった。 月曜日がはじまって、仕事に行っても心が晴れない。先週まではあんなに楽しく感じていたのに。 昨日のミーティングでますますその思いが強くなった気がする。私、ここで一体何やってるんだろう? 最初は、慣れない事ばかりで必死だったし、何もかもが新鮮で楽しかった。でも、慣れていろいろ見えてくると、逆に見えないものがわかってきて、全体像の見えない研究に振り回されている気がしてきた。上司の気持ちがわかってきた。 患者さんには、1時間以上かけて、インフォームドコンセントして、計測・問診。なかには2時間以上かけていろいろお話する事もある。ボランティアさんには、トータル半日かけて、他の検査もさせていただく。最初は、なんて贅沢な時間の使い方だろうと思ったのに。 なんだか、自分が何やってるのかよくわからなくなってきた。昨日は、帰宅して、3月の退職時にもらった同僚達のメッセージ集を読んで、昨年の日記を読んでいたら、夢に上司や同僚がでてきた。 私、何の為にここに来て、今何してるんだろう?何がしたいんだろう?疲れてたので、休憩したかった。してる。違う事、新しい事に挑戦したかった。してる。自分の時間を大切にしたかった。してる。でも、何か違う気がする。見たくない事を見ないようにしてるみたい。 私はやっぱり看護師の仕事が好きみたい。たった4ヶ月離れただけなのに。もうこんな事考えるなんて。だからって、また同じ事繰り返したくない。4年間離職して、再就職した末の退職だったのだから。どうしたら繰り返さずにすむんだろう? どうしたいのかわからなくなってきた・・・
2007/07/25
コメント(10)

一昨日18日にこの展示を知り、昨日19日に上司に相談して、今日20日を年休にしてもらえました。勿論、仕事の状況によるけど、こういう前職場では考えられないようなお休みの取り方ができる事が、とっても魅力! 早速夜行バスのチケットをとり、横浜まで行ってきました! 森村泰昌さんを知ったのは、NHKの「ようこそ先輩」というような題名の(各界の著名人が、母校で授業をする)番組でした。セルフポートレイトという意外な方法で表現する、面白そうな人だなぁと思っていたら、しばらくして京都の近代美術館で展示がありました。それがとっても面白くて、えらくはしゃいだ記憶があります。特にモナリザの部屋が強烈でした。 有名な絵画の中に入り混み、なりきるモリムラさん。お客へのサービスも忘れません。なんと、会場にはモリクラというプリクラもどきが出現。私はモナリザバージョン、友達はゴッホのひまわり(ひまわり部分が全部顔になる)バージョンをやりました。 その後、大阪の中ノ島公会堂でも別の展示があって、京都より衝撃は少なかったけど、文化祭みたいな手作りっぽいワクワク感で楽しめた記憶があります。 あれから5年以上・・・私が知らなかっただけで、いろいろやってはったみたいだけど、本当に久しぶり。 今回は、「美の教室ー清聴せよ」という題がついてました。 受付は、爆撃を受けて壊れた教室になっていて、そこでモリムラ先生の声が吹き込まれた音声ガイドをもらいます。そして、モリムラ先生の講義を聴きながら観賞するというユニークな形。 まずホームルームは、黒板と机とイスのある部屋で、モリムラ先生の映像を見ながら、お話を聞きます。それを聞いたら飛び立つ本達に案内されて、1時間目から6時間目と名づけられた展示室を移動していきます。私は特に1時間目のフェルメールの展示が面白かったです。さて今回もユニークなサービスがありました! 最後に卒業試験と題したテストがおいてあり、5問回答したら、目の前で添削してくれて、あたりはずれなく、缶バッチがもらえました。 その後、放課後の部屋では三島由紀夫に扮したモリムラさんがバルコニーで演説してはりました。これはちょっと微妙~。 2時間位で見終わり、お昼ごはん。ここのミュージアムレストラン、美味しかった。 さて、ここの近所には、帆船日本丸も保存展示されていました。昔、旅先で知り合った航海士さんが、「練習船に乗って訓練航海がしたかった」という理由で商船大学に入った話や練習船での話・外航航路の話をしてくれた事があり、いつか見てみたいと思っていたので、気がついた時は嬉しかった。残念ながら、帆は畳まれていましたが、それでもとても綺麗でした。 そうこうしてたら15時もまわり・・・一緒に退職した前職場の同僚が、結婚して神奈川に住んでおり、前日に言ったにも関わらず、お家に招待してくれました。お互い、表情が柔らかくなったと言い合いながら、ひたすら食べてしゃべりました。楽しかった。 すっかり主婦が板についていて、晩御飯も美味しく、家庭菜園でとれたゴーヤやトマトをお土産にくれました。かなり嬉しかったです。 帰りの新幹線は爆睡。明日は我が家に友達が来るので、私も準備しないと・・・
2007/07/20
コメント(4)

今日は、江戸川乱歩の「暗黒星」というお芝居を兵庫まで見に行ってきました。私にとって江戸川乱歩といえば、怪人20面相シリーズ。あの独特の、大正末期から昭和初期のちょっとモダンで、不気味なおどろおどろしい空気感に惹かれて、小学生の頃夢中で読んだのが懐かしいです。でも「暗黒星」は知りませんでした。 さて、このお話は昭和14年に発表された作品で、奇人資産家伊志田氏の館で起こった殺人事件の謎解きが主題です。そして素晴らしい事に、会場は昭和11年に建てられた旧乾邸というお屋敷を借りて、各部屋を移動しながらお芝居を観賞できるミステリーツアー方式で、その場に居合わせたような気分で、一緒に犯人当てができるんです!!!このシチュエーションだけでも感動! 10時公演に間に合うように、7時すぎに家を出発した甲斐がありました。御影駅で待ち合わせしたのですが、友達も早く到着していて9時すぎには合流。山の手にある豪邸を見物しながら、坂道を地図と目印を頼りにオリエンテーリング気分で旧乾邸へ。 到着してまたびっくり。予想以上に素敵な建物でした。 現在は、相続税の物納で国税庁の持ち物だそうで、存続も怪しいらしいですが、10年ほど前まで住んでいらっしゃったらしく、古いだけでなくいろいろ改築もされていました。でもとにかく豪華!シャンデリアや数々の工夫を凝らした装飾類が素敵で見飽きません。わくわくしながら劇が始まるのを待ちました。 5部屋に渡って移動するのですが、早く到着したおかげで、ほとんど最前列をキープ。なので、臨場感はこの上なくタップリ。面白かったし、とても引き込まれ、2時間があっという間でした。休憩時間に犯人当てのアンケートが回収され、当てた人1名にプレゼントが用意されていました。張り切って考えて、せっかく犯人は当てる事ができたのですが、抽選には当たりませんでした。 休憩時間が終わると共に、謎解きがはじまりました。動機にはちょっと無理があるように思いましたが、原作はどうなんでしょう?帰路紀伊国屋によって、原作探したけど在庫がなくて確認できませんでした。 本当に、いろんな工夫や趣向が凝らされていて、わくわく楽しめ、とても贅沢な時間が過ごせました。旧乾邸という舞台装置の存在の大きさは勿論なので、取り壊されるなんて事ないようにって思いました。 ちょっと遅めのお昼ご飯は、三ノ宮の「AGEHA」というカフェで。混んでて売り切れで、目当てのものは食べられなかったけど、美味しかった。友達と別れてからは、ジャバというお店でお茶。なんだか気持ちよくうたた寝してしまいました。 帰ろうとしたら、JRがまた40分程度遅延。今月これで2回目・・・今回は、地震の影響もあったみたいだけど、やっぱり人身事故も絡んでいたみたい。なんだか・・・ ともあれ、この3連休は、有意義に過ごせてとっても満足!初日は巡回入浴にデビューした上、台風の中、高校時代の友人達と久々に会ってタイ料理。昨日は実家に戻り、不在者投票に行った上、町屋でフレンチ。友達が祇園祭に行った事がないというので、ついでに鉾町も散歩。 そして、今日。 すっごく楽しかったけど、疲れもかなり溜まっていたみたいで、電車でぐっすり。寝過ごしてしまい、気がついたら、駅を4つも通過しててびっくり。今までの最高記録。でもすっきり起きられた上、琵琶湖でやってた花火まで見る事ができ、ちょっと嬉しかったです。やはり、転んでもただでは起きたくありません。 さて、リフレッシュできたので、明日からまた頑張ります。
2007/07/16
コメント(6)
再就職して3ヶ月。どうも仕事をしている実感が薄い。病院に比べて楽だし、楽しい。人間関係も悪くないし、むしろ恵まれている感じ。このままではやばいという認識と、弟が頑張っている事に刺激を受け、3日前に派遣会社に単発の仕事を聞きに行った。そして今日、巡回入浴の仕事にいかせてもらった。 なんといっても、在宅での入浴介助なんて学生の実習で見学して以来。しかも最近は、健康な人としか関わってなかったし、採血や心電図や身体計測したりICや問診するのが主なので、寝たきりの人と関わる事もなかった。おかげで、昨日は寝れなかった。22時に布団に入って電気まで消してみたのに、0時の時計を覚えている位。朝も4時半に目が覚めた。すごい緊張~。 久しぶりの入浴介助♪やっぱり楽しい。利用者さんの表情が嬉しい。しっかりした方はおられなかったけど、微妙な感じで返ってくるちょっとした反応が嬉しい。 母は「大変やしやめときなさい」と反対してたけど、病棟の大変さに比べたら、大変な気もしないし、またやりたいって思った。 在宅なので、訪問するという形自体も新鮮だし、いろんなお家があるなぁと勉強になった。介護保険がどこまで利用できるのか、不勉強だからわからないけど、家族の介護力の相違の影響力を改めて実感した。 そして、病院は確かに便利なハコだなぁとも思った。 あと、3人(運転してくれるオペレーターさんとヘルパーさんと看護師)でテキパキしないとうまくまわらないので、いろんなコツがある事を発見。いっぱい勉強させてもらった!病院には介護浴槽があり、我流でやってたけど、この人達は巡回入浴のプロなんだなぁと思わせられた。 逆にちょっと気になる事もあったけど・・・ 最初、腕時計をもってこなかったので、職員さん多少機嫌が悪かった(今朝、いるかなぁと予想でして時計を確認してみたら、ナント止まっていたので)。でも最後は、「いやぁ~派遣会社通しているから、持ち物とかも伝わらないんだね~」なんて言ってくれて助かった。 要領悪くて迷惑もかけたと思うけど、愛想よくお礼を言われた上、持ち上げたり、スカウト(?)みたいなお話までいただいて、ちょっと増長。 私、褒められるの居心地悪くて苦手だったのだけど、仕事で褒められるのはすごく嬉しかった。 褒めてくれてる時に、変な人が来るという意味で「いろんな看護師さんが来るから」って言ってはった事が気にかかった。 私自身、初めて出会ったスタッフと共に、初めての利用者さんのバイタルサインを判断して入浴の可否を決める怖さがあった。でも、向こうのスタッフは、もっと怖いよなって思った。チームで唯一の医療スタッフが、単発の派遣で来るなんて。そして利用者さんは・・・ そんな事を考えたら、怖い世の中だなって思った。
2007/07/14
コメント(6)

前の職場の同僚が2人、大阪から遊びに来てくれました。引っ越してきて、初のお客さん。クローゼットにいろいろしまいこんで、掃除もいつもより頑張って、ちょっと緊張してお迎えしました。 テレビもないし、ラジオもFMも電波がこないようなので、手持ち無沙汰。休憩してもらったらすぐに出発。滞在時間はたぶん数分? 3ヶ月ぶりに会うのですが、懐かしくて新鮮な感じがしました。そして、彼女たちがとても逞しく思えてきました。去年以上に大変な中、本当によく頑張っているので頭が下がると共に、とても刺激になりました。 車で来てくれたので、琵琶湖博物館とみずの森という所にドライブがてら行きました。お天気だったのでドライブ日和でよかったです。 琵琶湖博物館は、お子様天国!この国は本当に少子化なのかというくらい子供だらけでした。 マンモスではなくて巨大象。 この象のお腹の下は、立ったままの大人でも余裕でくぐれる大きさ。普通に通り抜けしていたら、後ろから小学生くらいの兄弟が走ってやってきて、「写真撮るからどいて!」と言って、ど真ん中にスタンバイし、向こうにいる両親に笑いかけていました。イマドキの子供ってすごい!って思った瞬間でした。 偽実験室で実験者ごっこができたり、魚に触れたり、体験がいろいろできるので、お子様ギャング達は興味津々。やりたい放題で、走って暴れまわっていました。何をしたのか、大量に鼻血を出している子までいました。すでに微笑ましくなんて見てられない・・・ 共通観覧券を買ったので、徒歩5分のみずの森にも行きました。こちらでは、しょうぶ展が開催されており、お年寄り達が静かに観賞中。このあたりは蓮が有名みたいで、大きな蓮池もありました。少しだけ咲いていましたが、とっても綺麗でした。7月中旬からが見頃だそうです。 この一体はまさに、子供からお年寄りまで家族全員楽しめる娯楽スポットのようでした。 その後食事をして、家に送ってもらい、彼女たちは大阪に帰りました。また来てくれるようなので、滋賀の観光地をいろいろ勉強しないと。
2007/06/17
コメント(4)
今日、とっても怖い目にあいました。なんと、夜の職場に閉じ込められてしまったのです。自業自得ですが・・・ まず状況。職場の建物には、出入り口としていくつかの扉があります。扉は夜間鍵がかかるのですが、職員証があれば外部からいつでも入れます。内部から外に出るには、内鍵を開けて扉を閉めたら、自動的にまたロックされるようになっています。 仕事が終わったのは20時前。予想より早かったので、図書館に行く事に。当然もう鍵はかかっている時間。いつもの出入り口からでると、建物を迂回しないと図書館に行けない為、校舎内を通って近道をしようと思ったのが間違いでした。 内扉と外扉のある二重構造の出入り口が図書館に行く一番の近道。私は内扉の鍵をあけて、その扉の鍵の閉まる音を後ろで聞きながら、外扉の鍵をあけようとしたら・・・ない!ないのです! よくよく見たら、「非常の時は・・・」ってかかれた緑のプラスチックのカバーの向こうに鍵があるよう。そして、このプラスチックのカバーを壊さないと鍵をあけることはできない様子。 焦りました。ここは山の中にある学校。しかも怪しげな部屋(失礼ですが結構怖いです)がいっぱいある古い建物。私のいる空間はガラスの扉とコンクリの壁に囲まれた2m×4mほどの場所。外は中庭、内部は廊下で人を感知して点灯する電気がついているので、感知しなくなると薄暗くなる・・・ そうだ!携帯電話!と思いつき、先ほど別れたばかりの上司に電話してみたのですが・・・ 学内は圏外で、まれ~にアンテナが一個たってくれるという電波状況で、繋がらず~~ 朝までここで怖い思いをしながら、過ごす事などを想像しながら軽いパニックにおちいってしまいそうな時、灯りがついて人が歩いてきました。 私はガラスの扉を必死でたたきました。気づいてくれてありがとう。見ず知らずのその人は、閉じ込められている私に対し、言葉を発することなくただ笑顔で扉を開けて、立ち去っていきました。 恥ずかしいという思いより、助かったという思いが強かったです。もう図書館に行く気分なんて吹っ飛んでしまって、急いで家路につきました。
2007/06/05
コメント(6)
学会が終わりました。今まで、覗きに行った事はあったけど、主催者側に立った事はなかったので、新鮮な事ばかりでした。今まで気にも留めなかったものや事柄でも、手が込んでいたり、心遣いがされている事を知りました。 準備期間中の私は、ある講演の事前申し込みから入場整理券発行をしていたのですが、FAXを三回くらい送ってくる方(混乱しました)や、住所のない方(整理券送れません)、電話番号のない方(連絡とれません)、講演2日前に申し込み葉書が届いた方(郵送間に合いません。電話番号なくて連絡とれず、速達で出したけど、当日いらっしゃらなかったみたい)、達筆すぎて字が読めない方などさまざまでした。 そして、郵送するってわかっているのに、郵便番号の書かれていない方の多いこと多いこと・・・ 郵便番号検索と電話番号検索HPは私のパソコンのお気に入りにしっかり登録されました。 今回、当たり前だけど、余裕をもって申し込む事、必要事項は必ず記入する事の大切さを身をもって知りました。 演者から送られてくるパワーポイント達の整理もさることながら、動作確認・チェックまで入念に準備しているのに、当日にならないと持ってこない人、当日差し替える人や、何故か規定外のマックを送ってくる人など様々・・・協調性の大切さを学びました。 2日間あり、1日目は受付・大会場・懇親会等の手伝いで、トランシーバーの指示を元に走り回りました。2日目は小会場進行係で、1人で演者のパワーポイント開いて、演台と反対にある壁際の前後二箇所の照明かえて、後方にある学会タイマーセットしてと、部屋の中をくるくるこま鼠みたいにまわっていました。 椅子が足りなくなり補充したり、マイクがハレーション起こしたり、空調がイマイチだったりとばたばた落ち着きなかったと思います。疲れましたが、終了後に座長が「お疲れ様」って言って下さって、癒されました。何気ない思いやりって素敵です。 内幕もいろいろあり、見栄や力関係などいろいろオトナの世界も拝見しました。イチハラエツコ気分でしたが、うかうかしていると、巻き込まれる恐れがある事も実感したので、気を引き締めます。 事務職って本当に縁の下の力持ち。私は今まで、看護師は縁の下の力持ちだと思っていました。でも今回、事務の仕事を経験させてもらう中で、実は表舞台に立っていて支えてもらっていたんだって事を実感しました。 終わってしまえば、文化祭のあとみたいな気分です。帰宅したら、晩御飯も食べずにバタンキューと眠ってしまった事、風邪をひいて寝込んでしまった事など、疲労も大きかったけど楽しかったです。いろんな意味も含めて、本当に面白い体験をさせてもらっていると思いました。
2007/05/29
コメント(4)

今日は、友達と花博公園に行ってきました。 朝、雨が降っていたのですが、大阪に着いた頃には晴れ!晴れ女の自信を取り戻しました。 せっかく12時に待ち合わせたのに、お昼ごはん食べながらしゃべりすぎたので、公園に着いたのが16時過ぎになってしまってました。そんなこんなでもうじき日が暮れる~と慌てましたが、到着してしまえば、新緑は眩しいし、お日様が噴水に光ってとても綺麗だったので、それだけであぁきてよかったと思えました。 花博の公園だけに、お花達がとても綺麗。色とりどりに鮮やかに咲いているので、見ているだけで楽しい。 中でもバラ園は、綺麗なだけでなく、香りが素晴らしかったです。いろんな色や形をもった多種多のバラがある事にびっくりしました。 プリンセスミチコ、ビクトル・ユーゴー、オードリー・ヘップバーンなど人名もあれば、嵯峨野や宇多野など地名もあったりと、ネーミングも面白かったです。 国際庭園も健在で、チープなものからユニークなものまで様々だけど、プチトリップ気分。 風車があれば、オランダ気分♪ うろうろしてたら日も落ちてきて肌寒くなってきたので、暖をとる為にも持参したバトミントンをしました。ラケット持つなんて何年ぶりでしょう!最初は全然当たらなかったけど、当たりだすととっても楽しい。結構夢中でやってしまいました。明日筋肉痛になるかも・・・ しゃべって身体動かして、気持ちも身体も軽くなって気分爽快。明日からの7連勤、リフレッシュしたから頑張ります。
2007/05/20
コメント(8)

近くのホテルのロビーでちょっと休憩してから、朝ご飯を食べに築地へ。厚かましくも、そこのホテルマンに聞いて、お休みとは知っていたのですが、開いているお店もあるとの事だったので・・・ 私は方向音痴で、駅からどこに行けばよいのか全くわからなかったのですが、外国人観光客がいたので、彼らについて行くと、場外の飲食店がある地域にたどり着け、開いているお店も発見。さすが外国人観光客はしっかり調べていてくれてました。威勢のいい客引きをしている半分屋台のようなお店で、海鮮丼をいただきました。朝からしっかり美味しかったです。 当初、10時開館のお台場のノマディック美術館に行くつもりだったので、あてなくお休みの築地市場をうろうろ~としてみました。とっても閑散としていて、ある意味貴重な体験。お魚はないけど、潮の匂いがしました。 休日なのに、市場内で仕事しているらしいおじさんが「今日はお休みだよ~」と声かけてくれました。まだ時間がたっぷりあるので、どこか朝早くから開いている所はないか聞いてみたら、近くの浜離宮に行くといいと言って、道を教えてくれました。 お礼をいって、そのままうろうろしていたら、またさっきのおじさんが声かけてくれて、仕事が終わったし、方向が同じだから車で送ってくれると。 浜離宮に到着したら、9時開園でまだ8時前だったので、開園まで東京案内をしてくれるという言葉に甘えました。霞ヶ関の官庁街や国会議事堂、東京タワーに浅草寺、靖国神社等、説明しながらまわってくれ、景色のよい所では停まってくれる等、親切に観光ガイドまでしてくれました。そして、9時前に浜離宮に到着したのですが、珈琲や烏龍茶を次々とだしてきて、5本もビニール袋にいれて渡してくれました。全部缶だったので、重いしすごい荷物になったのですが、とても嬉しかったです。お礼をしようとしたのですが受け取ってもらえず、そのままお別れましました。いろんな話をしたのですが、お互い自己紹介はしなかったので、名前も知りません。でも楽しかったです。 浜離宮は気持ちの良い公園でした。でも園内で迷ってしまい、同じ道をくるくる回っている気がしてきたので、対向に歩いてこられたマダム風のおばさんが笑顔で挨拶してくれたのを幸いに、道を聞いてみました。 そしたら、景色の良い所があるからとあちこち案内してくれました。話してみると、マダム風ではなく、本当にマダムのようで、とても上品なお話ぶりに聞きほれてしまいました。マダムは園内だけではなく汐留界隈も案内してくれました。ご近所にお住まいらしく、いろんな情報を教えていただきました。気がつけば11時すぎで、お礼を言ってお別れしました。こちらもお名前を伺うことも名乗る事もしませんでしたが、ハイソな世界の方のようだったので、なんだかちょっとまぶしかったです。 浜離宮は、汐留のビル群が借景になっているのがちょっと面白かったです。また汐留には、歴史の授業で習った新橋停車場も復元されていて、ちょっとした展示室もありました。お昼近くになると汐留自体が混んできた事もあり、お台場に行く気がしなくなりました。予定変更して、マダムのおススメどおり、銀座まで歩いていく事にしました。 銀座は期待していなかったのですが、歩行者天国になっていたので、デパートに入らない限りは苦痛なく歩けるし、大道芸は面白いしでなかなかよかったです。 あと、ちょこちょこ展覧会もやっていました。源氏物語の衣配りをイメージした展示とピンホール写真の展示を見ましたが、どちらも素敵でした。 憲法記念日だった事もあり、街宣車と警察、デモ行進が賑やかな中、そのまま東京駅まで歩きました。高速バスは満席で取れず、新幹線で帰宅することにしましたが、さすが始発。座れてよかったです。 疲れましたが、それ以上にとても楽しかったです。都会の人は冷たいって聞きますけど、親切な方と出会えて幸せでした。
2007/05/04
コメント(4)

本当はカレンダーどおりのお休みの予定でした。でも1日に、平日に東京に行きたいと相談してみたら、急遽2日からのお休みにしてもらえました(別の日に働きますけどね)。 17時で仕事切り上げて駅へ行ったら、夜行バスは良い便がなかったので、始発の新幹線で行く事にしました。 近所の駅は5時半頃出発。朝ごはんは駅弁。始発でも結構席は埋まっていたので、座れて良かったです。うとうとしてたら、品川に到着。山手線と地下鉄で六本木へ。 10時開館の六本木ヒルズにある森美術館が今回の目的だったのですが、まだ9時だったので東京ミッドタウンにいってみました。都会の朝は遅いのか、まだガラガラで、旧防衛庁の住所だった赤坂9-7-1をもじった「A971」というお店で再度朝ごはんを食べました。 さて、森美術館。「笑い」をテーマにした展示を二部構成でされていました。 一つ目は「日本美術が笑う」で、土偶から岸田劉生までが取り上げられていました。 改めて、埴輪の表情というものを見たら、とってもユーモラス。若冲や大雅は、日本美術史の先生が気合を入れて教えて下さっていたので、なんだか先生の事ばかり思い出してしまいました。「寒山拾徳図」がとっても不気味で、今まで不気味で苦手だった「麗子像」が、ちょっと可愛く感じるようになりました。 二つ目は、「笑い展 現代アートにみるおかしみの事情」で、文字通り現代アート。こちらは、面白いもの何がなんだかわからないものいろいろ・・・とりわけ印象に残っているのは、匍匐前進するビジネスマン達の「Horizons」や「日本に潜伏中のビン・ラディンと名乗る男からのビデオ」などでした。 見終わったのが、14時で4時間程たってましたが、時間を忘れる位面白かったです。わざわざ行ってよかった。平日に行けて本当に感謝です。 昼ごはんを食べてたら、友達から晩ごはん付き合ってくれるという連絡がきました。待ち合わせまでは、ぶらぶら~として過ごしました。 目的のお店が閉まっており、その近所にあった「鉄道ムードカレーの店ナイアガラ」へ行きました。店名通り、座席は電車のまんまだし、あちこちに地名のプレートだらけ。おまけに食事は機関車が運んできてくれます。お土産として、日付入りスタンプと昔懐かしい切符(ちゃんとお店の名刺になっている)までくれました。有名なお店らしく店内は色紙だらけだし、藤原紀香と陣内孝則のドラマにもでていたとか。友達曰く、カレーは辛いものほど美味しいらしく、苦手だったコールスローも食べるように言われたのですが、確かに美味しかったです。 前回いつ会ったか思い出せないくらい久々(たぶん6年くらいは会ってない)でしたが、高校からの友達だからか、会わない時間を感じさせず、とても楽しかったです。 その後お茶をして、祐天寺から恵比寿まで歩きました。知らない土地を歩くのは大好き。しかも、友達は土地勘があるので安心。夜に別の友達が泊まりに来て、翌朝から旅行にでるのに、最後まで付き合ってもらえて本当に嬉しかったです。 さて今回、前から一度してみたいと思っていたマンガ喫茶宿泊を行いました。緊張して入店。思ったより狭かったですが、一応分煙もされてました。狭い個室でしたが、シートはリクライニングがきいて、飛行機のビジネスクラスシート並みに快適でした。疲れていたので、マンガもネットも使うことなく、あっという間に眠ってしまいました。誰かのいびきで目が覚めて、それからちょっとうろうろしましたが、特にカルチャーショックを受ける事もなく、5時になったので、シャワーだけ浴びて退店しました。
2007/05/02
コメント(0)

昨日は地元の友達と「ホリディ」を見に行ってきました。友達も転職に悩んでおり、お互い微妙な時期でしたが、見終わった後、楽しい気分になれる映画でした。 家族の寝静まった実家に帰ると、祖父母宅への出発時間の書いた紙が置かれていました。父母は、2ヶ月に一回は祖父母宅に出向いており、私の新居が実家と母方の祖父母宅の真ん中となったこともあり、転職&引越しした事を報告に行く約束をしていました。 久しぶりの祖父母宅。2人とも、年老いてはいましたが、まだまだ元気そうで良かったです。竹の子がいっぱいできているからと、裏の竹藪につれていってくれたのですが、2人とも足元が昔に比べてあやしいので、足場の悪い竹藪ではふらっとしているように見えて、とてもヒヤヒヤしました。 竹の子は、本当にあちこちににょきにょきできており、私も竹の子堀りをさしてもらいました。初体験だったからか、なかなか楽しめました。 どちらが先に始めたのか、趣味で父は石を彫っているのですが、祖父は木を彫っているようで、あちこちに作品が飾られていました。庭に二宮金次郎像があったので、どんな本を読ませているんだろう?と覗いてみたら、両ページに日の丸が描かれていました。 祖母と、家の周りをくるくる周回し、作品やお花・畑などを見せてもらいながら、お土産となるものを荷台付手押し車に変化した乳母車に積んでもらいました。 また、祖父と一緒に草むしりしたのですが、雑草をむしり続ける作業が妙に楽しかったです。 良いお天気だった事もあり、田舎がある事がとても幸福な事に思えました。 2人とも年老いたのを改めて実感したし、近くなったこの機会に、私もちょこちょこ会いに行こうって思いました。
2007/04/29
コメント(4)

4月に入って、大阪方面に行くのは4回目。あんなに近かった梅田が遠い・・・事も今は新鮮。 良いお天気で、空を見上げたら飛行機雲が3筋。大阪にいた頃は、飛行機は低空飛行体勢に入ってたからか、飛行機雲見なかったなぁとちょっと感動しつつ、頭の中ではプリンセスプリンセスのダイアモンドがまわっていました。懐かし~。 サントリーミュージアムに着いたら、学生の団体さんがうじゃうじゃ・・・展示を見る前に、アイマックスシアターの「ブルーオアシス」を見ることにしたら、両側の席は団体高校生さんの鑑賞会。あぁ~と意気消沈しそうになったけど、実際は学生さん達の素直な反応が面白かったし、一緒に見られて楽しかったです。 ダリ展は、とっても混んでいるのでは?とかなり心配していたのですが、予想よりはすいていて、ゆっくりじっくりみられました。 今回は、著作や挿絵・インテリアが多く展示されていて、面白かったです。昔、容器を見て仰天した香水瓶もあって、その由来を今更知ったのも新鮮でした。 ダリを知ったのは、中学の美術の時間に、模写の作品として選んだのがきっかけでした。溶けた時計が描かれている不思議な作品で、苦手な美術の時間の退屈を紛らわせてくれました。でも、ダリという名前を認識したのは、数年後にCMでその溶けた時計の作品が映されて、「だ~り~てる~」というフレーズが流れた時でした。 その後、パリに行った時に、ダリ美術館を見つけ、そこで衝撃を受けました。そこは、今回の展示でもあった「メイウエストの唇」が普通にポンと展示されていて、ダリが作ったという奇妙な音楽が流れたり、映像がうつされていました。私にとって初体験の体感できる美術館でした。(12年前の話ですし、あくまで私の経験上の話です)そんなこんなで、ダリに興味をもって、その奇行ぶりにわくわくしたりしました。 数年前、伊豆旅行中に偶然入った20世紀美術館でやっていたダリ展では、オブジェが多く展示されていて、これもまた面白かったです。またその時、諸橋近代美術館からの借り物がやたらと多く、ここにも興味をそそられたのですが、裏磐梯という交通の便の悪い、しかも冬には閉まってしまうという美術館なので、未だいけず・・・です。 脱線しましたが、今回のダリ展でも新たな面を垣間見る事ができ、新鮮でした。 その後、港を見ながらお茶を飲んで、レンタサイクル(無料!)を借りて、港サイクリングをしました。 潮風が香る中、昭和期の建物や、港のいろんな風景を眺めるのは、プチ旅行気分でとても楽しかったです。 対岸にはユニバーサルスタジオが見えます。ここから渡し舟がでてました。小さくてわかりにくいですが、中央あたりに、バックトゥザフューチャーの時計台の大通りの張りぼての裏側が見えて、その向こうに新ジェットコースター、右手にはホテル群が見えます。 また、こじんまりと人魚姫もいました。(最初、ローレライ?って勘違いしたのですが、よくよく考えたら、港の安全の為にもローレライはまずいですよね) そして、パトカーならぬパトロールシップ?も。大阪府警って書いてありました。保安庁っていうのもありました。 キリンみたいなガントリークレーンを眺めてたら、海遊館の黄色い部分まで、クレーンに見えてきました。どうなんでしょう? 久々にお会いする方々とお話でき、美味しいお料理を頂き、21時頃に帰路に着いたけど、23時前に帰宅できました。朝早くでてきて良かった。 GWの滑り出しは、とっても楽しい一日になりました。
2007/04/27
コメント(10)
今日で引越し&再就職してから、17日。あっと言う間でした。 家は大分おちついてきて、快適です。ただ、仕事はまだたいしてしてないくせに、毎日ぐったりで、21時22時にはぐったり疲れて寝てしまっています。前職の習慣からか6時半に目が覚めるので、我ながら規則正しい生活を送っています。にも関わらず、口内炎ができ、若干の血尿はでるし、メイボも・・・抗生物質をのんでなんとかましになってきました。 自分の事、図太いと思っていましたが、案外繊細だったみたいです。 今日はいろいろ初体験をしました。まず、自転車で通勤。職場が山にあるので坂がきつく、皆からおすすめしないと言われていましたが、やってみたら20分で通えたので、今後もできそうです。バスでは、気づかず通り過ぎていた景色が、とても新鮮でした。桜もまだ咲いているし、いろんなお花も咲いてるし、土の匂いがするし、公園もあるし・・・わくわくしてきました。帰宅時は下り坂で、夜景がとっても綺麗でした。 予想外に早く職場に着いたので、図書館にも行ってみました。大学図書館の雰囲気って好きです。朝早かったので、まだ人も少なく、意味なくぐるっとまわってみました。書庫が反応鈍くて使いにくかったけど、あの独特の匂いが結構好きなので、自己満足。 職員は時間外も自由に出入りできるみたいですし、新聞も数紙おいてあるので、時間が潰せそうです。 いつも迷っていた構内も一人で移動でき、よく使う通路については自信がつきました。調査も一部独り立ちしました。 電話がかかってきても、前の職場の部署名でなく、今の職場の部署名がすっとでてくるようになりました。 そして、オフィスの引越しが終了。パソコンと机は、今まで人のを借りていたのですが、やっと自分のものをもらいました。パソコンには、ビスタを入れてもらったので、なんだか新鮮です。 先週、この仕事に誘ってくれた上司から「頭使う仕事してもらってないから退屈してない?パソコンが来たら、どんどんしてもらうから」って言われました。初めてのオフィスワークなので慣れないし、昨日もプリンターと大格闘しているレベルで、退屈どころか、自分では頭も気もいっぱい使っているつもりだったのですが・・・苦笑。明日から、ちょっと怖いです。 何はともあれ、いろいろ体験・勉強できますし、スタッフは皆さん親切なので、本当にありがたいです。感謝です。また、お昼休憩が一時間あり、お茶の時間まであるOLライフ自体が私にとっては優雅で新鮮です。もう前の仕事には戻れないかもしれないと不安になるくらい・・・ 全体的にちょっと落ち着いてきたので、この一年をどう過ごすか、この先どうしたいのか、そろそろ考え始めようという気分になってきました。
2007/04/17
コメント(12)

今日は勤務最終日でした。ここでの4年間、振り返ったら、あっという間でした。 昨日同期としこたま飲んだわりに、朝はすっきり起きられました。出勤して一番に、病棟スタッフのロッカーにサンキューギフトとメッセージカードを入れているにも関わらず、辞める実感がない。挨拶まわりをしてても実感がない。ロッカーを片付けても、社員証その他を返却しても実感がない。 ただ、一日とってもにこにこしていたらしく、数人の同僚に指摘されました。実際楽しく仕事できました。私の一番好きな仕事、お風呂介助ができたのも大きかったです。 最後の最後に、一年目さんを思いっきりしかってしまったのが今日の唯一の後悔・・・ 師長さんに、「この一年、過緊張になったんやと思う」って言われた時、「あぁ、そういう事やったんやな」って思いました。退職で、解放されて楽になれると思います。でもまた壁がやってくる。次は乗り越えられるよう、力を蓄えようって思いました。 今まで仕事した中で、最も尊敬できる上司でした。いっぱい怒られましたけど、部下として感謝しています。 今日は、お花やプレゼントをもらったけど、スタッフ全員からの写真付メッセージ集が一番嬉しかったです。 この職場で、同僚達と一緒に働けて良かったと心底思いました。 もう病棟で働かないからいらないって、いろいろ捨ててたら、「また働きたくなるよ」って言われて、「そうかも?」って思えてきました。患者さんあってこその私。今日一日、改めてそれを実感しました。 元気になっていかれる患者さんから貰うパワーは大きいです。どんなにしんどくても、患者さんからの言葉で、すごく元気を貰います。勿論、その反対もありますけど・・・ でもやっぱり、この仕事好きだなって思いました。 一年後、自分がどんな答えを出すのか、今はわかりません。でも、私の人生での大きな転換点。しっかり地に足をつけて頑張ろうって思いました。 今、荷造りをしているのに、まだ実感がありません。次の職場に行っても、落ち着くまでは実感しないのかもしれません。実感した時、きっととても寂しくなるんだろうなって思いました。 通いなれた通勤路、お気に入りの桜並木、病室から見える夜景・・・もう最後。そして空を見上げたら、また部屋の窓から、飛行機が見える景色が大好きでした。段ボール箱に囲まれて、今晩一晩でこの部屋ともお別れ。 明日の今頃は、滋賀人になっている・・・なんだか不思議です。 今は、何もかも、誰も彼もに感謝したい気分でいっぱいです!大阪に来て、この職場で働けて本当に良かったです。
2007/03/29
コメント(16)
昨日から今朝にかけて、この職場で最後の夜勤でした。今現在の気持ちでは、もう病棟では働かないつもりなので、夜勤という勤務自体の最後かもしれません。 22日からずっと連勤で、スタッフの病欠が次々出る中、4日勤残業つきで迎えた夜勤でした。6日連続勤務なんて、半年に1回あるかないかくらいのものなのに、スタッフ・患者さん共に大変な時期と重なり、最後の最後に本当にしんどかった。でも、しんどい中に妙な充実感がありました。 病棟自体が大変だったので、団結感が強くなっており、濃い勤務になった上、患者さんの急変に対する勘も冴えていて、自分の直感に随分助けられました。「なんかおかしい」「いつもと違う」という自分の判断に、自信をもてるようになった事を改めて実感しました。 夜勤全体としては比較的落ち着いていたので、ゆっくりと患者さんに対応できたので、悔いのない夜勤になりました。7時ぐらいから1人急変されたけど、発見対応も連絡調整も早くでき、わりとすぐ持ち直せたし・・・改めて怖いとも思ったけど、ほっとしました。 今年の退職者の送別会は明日だったのですが、前代未聞の病欠者続出で中止となり、勤務も大幅に変更されました。スタッフそれぞれに最後の挨拶のできる日をチェックしてたのが、狂ってしまい、挨拶できてないけどもう勤務が合わない人もでてきました。 あと1日しか働かないのに、全く実感がなかったのですが、今日が勤務上最後に重なるスタッフ達には挨拶をしていきました。晴れ晴れお礼を言ってるつもりなのに、涙がでそうになりました。そして、「この職場で働けてよかった」っていう実感がわいてきました。 最終日、病棟でだけは泣かないようにって思いました。 上司に、「これ物品の最後の仕事」って、古くなった物品ノートを新しくするように言われました。2年前に作ったファイルはぼろぼろ。それだけ活用してもらえたんだと、自分にいい聞かせながら、次はいつまで使ってもらえるかわからないけど、皆に使ってもらえるものを残せるのがなんだか嬉しかったです。 他にも、作ったものがちょこちょこあるなぁと思ったら、独りよがりですが、やっぱり嬉しくなりました。 振り返ってみれば、いろいろ大変で面倒な事も多かったけど、楽しかったです。明後日が最終日。この気持ちのまま、悔いのないように頑張りたいです。
2007/03/27
コメント(6)
少しずつ荷造り中。4年間で随分荷物が増えました。仮の住まいだからと思って、極力増やさないようにしていたのに。次の家にもっていくもの、実家にもって帰ってもらうものをわけるだけでも一苦労。 一番悩むのが本類。看護関係の雑誌や本、教科書が一番多い・・・少しでも読んだのか?と思うような綺麗な本もある。看護系の、特に技術の本って、購入した事で自己満足してしまったり、知りたい所だけちょこっと見るっていう事が多かったなぁと実感。どれもこれも高いのに。 そこで、勿体無いから同僚にもらってもらおうというアイデアがうかびました。 で、分別してるのですが、いざ手放すとなるとなかなか踏ん切りがつきません。 もう急性期病棟で働かないんだから、いらないって思う一方で、もしかしてまた働こうって思うかも?などという思いも浮かんで来るのです。結局、特殊治療関係の本や古い雑誌や今更読まないだろうと思うような本しか出てこず、あんまり減りませんでした。 すぐ使うものや、当分使わないもの、もういらないんじゃないかと思うもの。いろいろ考えながら、思い出にふけりながらの荷造り。 荷造りって想像以上に大変かも。でも、単なる荷物の整理ではなく、生活そのものも見つめなおせる機会だなぁと思いました。 次の部屋では、もっとシンプルな生活ができそうな気がしてきました。さて、荷造り再開!
2007/03/20
コメント(10)
引越しの契約書をもって、賃貸仲介業者に行きました。これで契約完了! そして、書類を持って4月からの職場に行きました。4年前の一年間、月に2~3回程度お世話になった職場。当時はヨソモノ感が強かったのに、懐かしいっていう気持ちがわいてきたのにちょっとびっくりしました。 勤務されているスタッフに挨拶をして、あちこち案内してもらって・・・ちょっと怖くなりました。以前より確実に規模拡大。紹介していただいた、一緒に仕事させていただく方達は、きりっぱりってしてらっして圧倒されました。やっていけるんだろうか? 夕食をご馳走していただきながら、仕事内容のお話を聞いてますます怖くなってきました。想像していた以上に、いろんな事を任せていただく事になりそう。未経験な上、覗いた事もない世界なのに・・・ 期待に沿えるよう頑張りたいけど、私の器には余ると思う。確実に。充電じゃなくて消耗になったりして・・・苦笑。 でも、今更後戻りはできない。とりあえず一年。前向いて進むしかないんだって思いました。仕事内容や可能性についての話の続きに、「この一年は大きいよ」って言われたけど、本当にそうだと思います。 怖いし不安いっぱいだけど、可能性もそれだけ大きい。普通ならなかなか出会えないチャンスだし・・・ 飛び込む前だから余計に怖いのかな。
2007/03/16
コメント(8)
朝一番、以前の職場に就業証明書をもらいに行ってきました。数日後に取りに来てと言われたけど、今日欲しいと言ってみたら、半時間で作ってもらえました。感謝です。 ついでに健康診断を受ける事ができました。提出締切日までに、健康診断を受診できる日が今日しかなかったので、一か八か聞いてみたらできると言われ、とてもラッキー。 健診項目に、内科・耳鼻科・眼科の受診があり、採血・レントゲン・心電図と移動したので、あちこちで懐かしい顔に会えました。「私って運がいいわ~」と思ってまわっていたのですが、「帰ってくるの?」って聞かれる事が多く、「しまった!」と気がつきました。この時期に健康診断書を作ってもらうって事は、就職って考えますよね・・・失敗失敗。 でも、健康診断を受けた事で、会いたかった人に会えました。その場所が心電図っていうのが微妙でしたけど、当時の私にとって、癒しの存在だった検査技師さん。ずっと聞きたかった質問もできたし、昔と変わらない笑顔が嬉しかったです。 当時の(言葉の使い方はまちがっているけど)天敵も発見。髪は白黒マーブルになり、鬼瓦みたいな顔がますます・・・いろいろな噂は耳にしたけど、苦労されているんだなと。 8年前に辞めた職場ですが、知っているスタッフがいっぱい残っていました。私は、オリンピックみたいに4年毎に所属先を変えているので、ずっと続けている人と自分を比較したら、なんだか4次元空間で足場なくきょろきょろしているようなイメージが浮かんできました。こんなんでいいのかな・・・と。 本当は今日、次の職場に行くはずだったのですが、健康診断の事を告げ、延期にしてもらえたので、ゆっくりできました。でも、健康診断って健康保険がきかないから予想以上に高くて、用意していたお金では足りず、支払いができませんでした。いつまでに支払いますっていう誓約書を書いて帰りました。恥ずかしい。 実家に帰って、転職・引越しの必要書類は健康診断書以外は全部揃い、ホッとできました。 現職場での引継ぎも順調で、ロッカーがどんどん綺麗になっていきます。あと13日勤務したら、さようならです。 やっと、実感と名残惜しさがわいてきました。一日一日、大切に過ごしたいと改めて思いました。
2007/03/12
コメント(0)
昨日、やっと滋賀へ部屋探しに行きました。駅前で母と賃貸情報誌を見ていたら(思いっきりカモ)、声をかけられて、そのままお店へ。2ヶ所見せてもらって、契約しました。高いのか安いのか、相場がわからないので疑心暗鬼。こんなに簡単にフラッ~と決めていいものなのかどうかわからないけど、まぁ時間もないし。 今住んでいる部屋を基準に考えてしまうので、いろいろ思う事もあったけど、条件を見るだけなのと、実際に部屋を見るとの違いや、自分の嗜好がわかって面白かったです。お風呂とトイレがセパレートになるので、ユニットバスとさよならできるのがとっても嬉しい!でも、部屋は狭くなるし、荷物の配置を考えると若干不安・・・ 引越し業者さんの見積もりもはじめてみたけど、激戦時期だけに、う~ん。ま、取り合えず住むところ決まってよかった。あとはなんとかなるでしょう。 あとは住宅手当がいくらでるかというのが気になる。 実家に帰ったら、以前私が使っていたパソコンを処分するから中身を確認するように言われた。久しぶりに起動したら、懐かしい音と画面。初期化した記憶があるのに、なんか残っているからもう一回初期化してみた。これで消えたのか若干不安だけど、これ以上どうしたらいいのかわからないので仕方ない。さようなら、はじめてのパソコン、バリュースターNX、ウィンドウズ95。次回帰宅した時にはもうなくなっているって思ったら、ちょっと寂しい。 今日は、最初に就職した病院に、就業証明書をもらいに行ってきました。久しぶりすぎて、通勤路を間違えて苦笑。外来診察一覧を眺めてたら、知っている医師や知らない医師、出戻りの医師がいたりして面白かった。総合案内で用事を告げたら、「顔は覚えているわ」と言われてちょっと嬉しかった。 8年ぶりに病棟に行ってみたら、ちょっと改装したみたいで(病院機能評価を意識したっぽい改装ぶりだった)、いろいろ配置がかわっていた。でも懐かしい。きょろきょろしていたら、当時の上司発見。他の上司や通りかかりの事務の人ともおしゃべりできた。覚えていてくれる人も、私は覚えていても、気がついてもらえず、道案内してくれようとした人もいた。 看護師以外は、知っている顔をちらほらみかけたので、あんまり入れ替わってないのかな?8年の歳月で髪の毛が後退してしまった人以外は、ほとんど変わっていなかった。 古巣に帰ってきたような感覚で、なんだか元気をもらえました。「綺麗になったでしょ。またここで働かない?」って、お世辞でも皆がいってくれるのも嬉しかった。確かに改装して綺麗になったけど、今の職場の方がやっぱり綺麗。もう夜勤をする自信がないから、病棟では働けないし、もし万が一病棟勤務を考えるようになってもここでは再就職する気持ちは絶対に起こらないと思う。でも、ここで最初に勉強させてもらって、本当に良かったと思えました。 帰宅したら、次の職場から、必要書類の連絡がきてました。もう一日早く連絡ほしかった・・・と思うこと一頻り。仕方ないですけど。3月、賃貸契約・引越し・退職・就職の為に書類地獄・・・(履歴書もいるっていわれたけど、志望動機とかどうすればいいの?って感じ)しかも間に合うのかやばいもの数種。なんだか急に忙しくなってきました。ジャットコースターみたいに早く時間がすぎていきそう。 夕方から、関東に行く友人の送別会。私みたいに近場ではなく、文化圏まで違いそうな遠い土地で、がんばらはるんやって思ったら、私なんて甘いなぁと思えてきました。プレゼントのメッセージアルバムを見せてもらってたら、懐かしい写真が満載。この2年間、楽しい時間を一緒に過ごしてくれてありがとうね。
2007/03/03
コメント(14)
早いもので、もうじき3月。先週から、退職の手続きのお知らせが総務からちょこちょこ送られてくる。資料をみていると、懇切丁寧でわかりやすいので、ちょっと感動。前回の職場は、ここまで至れり尽くせりではなかったなぁと比較してしまった。 あと一ヶ月だし、退職届も出したし、手続きをしているにも関わらず実感がない。来月の4月の勤務希望の表に名前がないし、同僚からは食事に行く度に「寂しくなる」って言われても、他人事に聞こえてくる。 何故かなぁと考えてみる。前の職場を辞める前の3ヶ月間は、とても楽しかった記憶がある。4月からの学生生活に対する不安と期待を持ちながら、精一杯思い残すことなく働こうっていう気力があった。患者さんからも「楽しそうやなぁ」と言われたり・・・ 今は、どう?4月からの仕事に対する不安と期待はある。でも、前回と比べて楽しくない。疲れているし、イライラしてる。不満の理由もわかってる。 2月丸々、黒い雲が覆ってたみたいな感じ。半月ばかり、ずーっと体調崩したまんまで、ちっとも治らないのは明らかにストレス。無気力感もあった。 こんなままで退職を迎えたくないのに・・・ 先日、外来応援に行った時、誰かにじーっと見られてるのに気がついた。一年前に入院してらっした方の息子さんだった。目が合ったら笑いながら話しかけてきて下さった。ちょっと調子が悪くなって点滴に来られたらしい。「見に行ってやって」と言われて伺ったら、わりと元気そうで、手を握りながらいろいろ話をして下さった。 いつの間にか点滴を終わられたので、帰られたんだと思っていたら、内科外来の入り口で、二人立って並んでこちらを見てらっしゃるのに気がついた。近づいていったら「あんたのこと待ってたんや。忙しそうにしてるから。」って。とってもとっても嬉しかった。そして挨拶したら、帰っていかれた。並んで歩いて帰られる後姿を見送りながら、患者さん(お母さん)の背の高さに驚いた。ずーっと車椅子に乗ってはる姿しか見た事がなかったから。元気にされているんだなって思ったら、また嬉しくなった。 たぶん、もう会うことはないと思う。でも最後に素敵な贈り物を頂いた。 土曜日に、「がんの痛みと心の痛み、どう支えますか」というテーマのセミナーに参加した。いろいろ勉強になったし、内容がとても良いセミナーだった。先週このセミナーを知った時、病棟勤務は二度としないと思っているけど、どうしても行きたいと思った。行ってみて、自分が患者さんたちから頂いている贈り物の事を改めて実感した。 この仕事、やっぱり好きかも。あと一ヶ月、とても貴重な時間だから、大切に過ごしたい。
2007/02/26
コメント(14)
昨日の夜勤は、けっこうつらい勤務でした。あんなに怒鳴られたのははじめてかも。しかも真夜中に・・・ 明けで、1月で異動になった同期の送別会の予約をしにいき、夕方から年度末のチーム会議にでました。約束があったので、欠席しようと思っていたのだけど、書記だったのでやむなく。 その足で待ち合わせ場所に向かったのだけど、焦っていたのと夜勤明けの睡眠不足のせいで、とんちんかんな事をして遅刻してしまいました。 3~4年前、私はカウンセラー養成講座なるものを受講していました。その中のワークに3日間連続で受講するものがあり、その時のメンバー7人が今回集合。諸々の事情で私はリタイヤしたし、2年ぶりに会う人が多かったのだけど、皆変わってない。 短期間だけど、とってもとっても濃い時間を共有した仲間なので、不思議に旧友みたいな感覚がしました。 連絡もほとんどとっていなかったので、びっくりな話も多かったけど、とても楽しい時間が過ごせました。大変キョーレツな体験をしたにも関わらず、結構記憶の彼方に忘れている事も多く、昔話も面白かったし、現実的な話もやっぱり面白かった。 最初は、大阪離れるって返信した事から、会いたいねーってなって、7人も集まってくれて、本当に嬉しかったです。面と向かって、皆にちゃんと言えなかったけど、感謝しています。ありがとう。 気分よ~く帰宅して、睡眠。目覚まし時計鳴っていたのに起きられず、今日も待ち合わせに5分遅刻してしまいました。 今日は、5年ぶりに看護学校時代の友達のお墓参りに行ってきました。亀岡と愛知在住の友達3人で行ったのだけど、亀岡の友達とは5年ぶりでした。2人とも子供がいるので、お参り後にランチをする予定で、10時に待ち合わせて11時に友達宅に到着。後から考えたら非常識な時間でした。お昼ごはんからお茶の用意までしていただいて、いっぱい気を遣ってもらった上、かなり長時間お邪魔してしまいました。とても申し訳なかったです。時間を間違えました。教訓です。 お母さんが、「もう家族しか覚えている者がいないと思ってたから、嬉しい」とおっしゃった事がズキンきました。 愛知の友達が京都に来る時は連絡をくれるので、半年に1回は会っていて、いつも彼女の話がでてくる。そしてお墓参りの話もでていたけど、迷惑じゃないかと思って今まで実行しませんでした。でも、今回の訪問で、もっと早く行くべきだったと感じました。そして、また来る事を約束しました。 待ち合わせてからお邪魔するまでと、帰途につき交通機関がわかれるまでの間、3人でいろいろ話しました。 亀岡の友達は自営業のご主人を手伝いながら3人の子育て中。愛知の友達は、2人目の子供の育児休暇中。3人とも全く違う環境だけど、全くギャップを感じなかったです。懐かしい思い出話もしたけど、近況報告などしていても、10年前の学生時代のノリで違和感なく話せるって不思議。 何年会わなくても、会わない時間は問題にならないんだって実感しました。 提出期限のある会議録には全く手がついていないけど、そんな事はどうでもいいやーって思えるほど、この2日間の、旧友と過ごせた時間は貴重でした。
2007/02/08
コメント(6)
先日、退職願いの書類等をもらった。なんだかんだでもう2月。病院とも、大阪とももうじきお別れ。なのに、引越し先も決めてないし、4月から本当に転職するのか、自分でも実感がない。 仕事は相変わらずきついし、一年目さんの進歩のなさは恐ろしい。ここに新人さんがくるなんて、4月からはめちゃくちゃ厳しいと思う。皆が愚痴る中、イチヌケして本当に申し訳ない。もう十分頑張っている同僚達に「頑張って!」なんて言えない・・・ あと2ケ月ないけど、皆と働ける最後の機会。しんどいなんて愚痴ってばかりいないで、噛み締めたいと思うのに。 今日は節分。街は、節分とバレンタインデー商戦で大賑わいだった。でも、私にとっては、どちらも特定の人の事をしんみり思い出す日。 節分は、音信不通になって4年たつ、ある友達の誕生日。「節分生まれやから、まめまめしく育った」らしく元気な人だったけど、嫌な途絶え方だった。4年たっても彼の行動を支持できない。節分になると、毎年思い出してしまう。楽しかった事と、解せない事を。偶然でもいいから、もう一度会って話がしたいな・・・ 5年前のバレンタインデーは、学生時代の友達のお通夜だった。看護学校の友達で、卒業後は違う病院で働いていた。就職2年目か3年目の夏のビアガーデンで、彼女はとても疲れていた。頭痛と視力の低下がでているって言ってたけど、本人も私も友達も疲れだと思っていた。でも、10年以上前に手術した脳腫瘍の再発だった。 それからの闘病生活。強い治療をしたけどよくならず、どんどん悪化する中で、副作用で容姿が変わり、痙攣や記憶障害がでてきた頃、お母さんがお見舞いに来てほしくないという事を遠まわしにおっしゃった。 それからは季節の変わり目にお見舞いの手紙をかくだけになった。5年前の冬の初めに、突然お母さんから電話をもらったて「お見舞いに来てほしい」って言われた。嫌な予感はあたった。 意識はあったけど、目を合わしたり、頷いてくれるのがやっとだった。職場で、そういう患者さんや家族を何人も見てたけど、頭が真っ白になった。友達やお母さんに、なんて声をかけたらいいのかわからず、ひたすらおろおろした。お母さんが、病状についてや(お葬式用の)写真を選んでいるのっておっしゃってた事、友達の手を握った事しか覚えていない。 お通夜の晩は、雪が降っていた。友達の名前が看板に書かれているのを、ひたすらぼーっと眺めていた記憶がある。お母さんが選ばはった写真は、帽子を被って少女みたいにかわいく笑っている写真だった。 その後、納骨前にお参りをさせてもらって、肩身のお品を頂いた。あの春から、再就職で大阪に来た。携帯電話のメモリは今もそのままだし、バレンタインデーも4回きたけど、一度もお参りに行かなかった。行こうと思いながらも勇気がでなかった。 来週、仲の良かった友達と3人でお参りに行く予定。心がざわついています。
2007/02/03
コメント(2)

「暗展」という企画を見つけました。大阪芸術大学の学生さん達が、企画から作品すべてにおいて作り上げられたようです。 さがす、みつける、てらしみて、みる。真っ暗の会場の中で、ペンライトの灯りをたよりに、作品を鑑賞していく・・・ 企画自体がすでに面白い!って思いました。 ギャラリーで開催されていたのですが、普段行く事がないので、入りしなにちょっと緊張してしまいました。 暗闇で飲食をするというオープニングパーティーも企画されていて、参加。ペンライトが、テーブルランプに変身し、企画者の方が挨拶されました。意図する所や思いが述べられて、わかりやすくますます楽しみになりました。 谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の文章が配られ、朗読され、椀物と羊羹をいただきました。私はこの文章を全く知りませんでしたけど、暗闇と椀物・羊羹の味わいを、まず文章読んで、耳で聞いて、舌で頂くっていうのが面白かったです。 さて、展示。「楽しみ為のコツ」を、探して読みながら会場へ。人が多いと、わりと明るいですが、いないと確かに真っ暗。 どれも個性的で興味深い作品ばかりでした。中でも私は、「ホラーちっくな作品」が不気味だけど可愛くて好きでした。そして、「不安」がテーマの顔型の作品が一番印象に残っています。 「みえないからこそみたくなる」確かにそうですよね。たぶん、普通に見るよりじっくりと細部まで照らして見たと思います。 とても面白かったです。 退場時にペンライトのお土産まで頂きました。 このギャラリーは老松通りという所にあり、ギャラリーや骨董屋さんなどが、多数ある場所らしいのですが、昭和期の建造ビルや興味をそそられる通りなどもあり、探検するのも楽しそうです。 待ち合わせ時間より早く着いたので、1人でうろうろしてたのですが、タイムスリップ感や異世界感まで味わえました。 帰りしな、1人では入りたくても怖かったビルも、2人なら入れて満足できました。なんか建物が違うだけで、空気感まで違う感じがしました。また探検に行きたいくらい。 はちみつ堂というカフェで晩御飯を食べたのですが、雰囲気も可愛いし、素敵。お食事もケーキも美味しかったです。 面白かったし、楽しかった! 「暗展」 ホームページも素敵です。 ↓http://an-ten.com/top.html
2007/01/29
コメント(6)
職場の勤怠表やお給料明細などの勤務管理が、パソコン管理になるので、昨日初期設定をした。3月までしか働かないから、現行のままでやってほしいのに、2月からは変更されるらしい。 お給料明細も自分でパソコン開いて印刷するようになるみたい。これって、ありがたみがないと思う。私の職場は、お正月に勤務したらお給料とは別にご祝儀がでる。1日につき8千円だけど、これは現金でご祝儀袋に入れてもらえるので、とってもとっても嬉しい。お給料明細の紙切れと比べたら、金額とは正反対にありがたい感じがする。 それに、上司から明細書をもらう時は、軽く緊張するし、ちょっとしたコミュニケーションでもあると思うのに。 勤怠表がパソコン管理になった事に対して同僚が、「これで残業申告しにくくなるやん。陰謀や。」って言ってたけど、確かに面倒。 そして、勤怠管理を外部委託するみたいで、締め切り厳守になったみたい。経費節減? 締め切り厳守はわかるけど、なんだか腑に落ちない。 メリットがあんまり見えないまま、言われるままに初期設定したのだけど、当然ながらパスワードを設定するように言われた。個人情報管理だからしょうがないけど、悩む。 よくよく考えてみたら、一体いくつの認証パスワードを使っているんだろう? 職場のオーダリング画面用、社員証用、そして今回の勤務情報用、自宅のパソコンを開く用、WEBのいろんなページ用(この楽天だってその1つ)、金融機関のカード用、クレジットカード用などなど・・・ 覚えきれない・・・それに若干混同してる。時々間違えるもの。 このままだと、今後も減るどころか増える一方なんだろうけど、同じパスワードは怖いし、一覧表作るのも怖いし・・・ パスワードで管理しているというよりは、パスワードに管理されている気がしてきた。
2007/01/26
コメント(4)

朝起きたら、目がはれてる上、メイボになってた。泣いた時にこすりすぎたせい?そして朝ごはんで紅茶飲んだら、喉が痛い。昨日居酒屋さんで小龍包を食べたのだけど、熱かったので火傷したみたい。 落ち込んだ気分を払拭する為に、どこかへ行こうと考えた結果、国立国際美術館にでかけました。 淀屋橋で降りて、川沿いをずーっと歩いていきました。川沿いにはベンチがたくさんあるのですが、そのベンチの2/3くらいは、ホームレスらしき人達が寝そべっていました。寒いのに・・・ その姿を見てたら、昨日の外来に受診されていた方が頭に浮かびました。アルコール依存みたいで、禁断症状対策に点滴を希望されたようなのですが、服も靴も薄汚れていました。そして何故か裸足で足の裏が真っ黒。アルコール綿で肌を消毒したら、茶色く色づきました。 先日も、お金がないからと入院拒否し、悪い検査結果が予想されるので、家族と再受診するように説明しても、頑なに拒否される方がいました。住所は兄宅って書いてあるのに、兄とも連絡とれないと言って、それ以上は口をつぐまれて・・・ どちらも30代前半で、私とかわらない。この先、この国はどうなっていくんだろう?私もどうなるんだろう?なんだかますます暗い気分になっていきましたが、そうこうしてるうちに到着。 ここは、展示室が全部地下!地上はこんな感じなので、とても目をひきます。今ちょうど、「夢の美術館~大阪コレクションズ」というのをやってて、見応えがありました。平日なのに、結構人も多かったです。 若干元気がでてきたので、大阪駅まで歩いていきました。寄り道しながら、ただぶらぶら歩いただけなのですが、これが結構気分転換になりました。 デパートでウインドーショッピングしてたら、外国の人に英語で話しかけられました。デパートで道を聞くなら、店員さんに聞けばいいだろうと思って、英語できませんって通り過ぎようと思ったら、「あなたの(背の)高さが好きです。どれくらいですか?」というような事を聞かれました。たぶん・・・ 一瞬?が飛びましたが、私ぐらいの身長の人にプレゼントでもするのだろうかと、身長を答えたら、「結婚してますか?」と聞かれました。面倒だったので「はい」と答えたら、去っていかれました。正直に「いいえ」と答えたら、英語の勉強になったかしら? それにしても、「彼氏いますか?」ではなく「結婚してますか?」って聞かれた事、ネタが身長だという事に若干の複雑さを覚えました。 そのままぶらついていたら、旅行会社が目に入ったので、飛行機の時刻表をもらってきました。来月3連休がもらえるかもしれません。バースデー割引も近いです。 旅行行きたいな~とあちこちの旅行を空想。なんだかわくわくしてきました。本当にしんどい時は、空想すらできません。昨日の疲労は、今日で回復できたみたいで、楽しく想像できました。 いくつかプラン考えたけど、どれか1つでも実現して行けたらいいな~。これが一番の気分転換♪
2007/01/23
コメント(2)
私には弟がいます。 先日の彼の誕生日、ケーキを買って帰省しました。閉店30分前のデパ地下に行ったら、丸型のケーキが売っていました。丸型のケーキって、予約しないと買えないものだと思っていたので、なんだか嬉しくなって、それにしました。 弟もそう思っていたらしく「予約してくれたん?」って聞かれました。「そやで」って言葉が喉からでてきそうでしたが、顔でばれそうだったので、正直に答えました。 「ハッピーバースデーのプレートつけて下さい」とお願いしたら、「キャンドルは、何本ご用意いたしましょう?」って聞かれました。小さなケーキに、弟の年の分だけロウソクが林立してる様子をイメージしたら、思わず赤面してしまいました。 「それなりに・・・」と答えたら、5本くれました。友達に、そういう時は「÷10歳」でもらったらいいって教えてもらい「なるほど~」と思いました。でも実際は、ロウソクは使用される事はなかったのですが・・・ 誕生日プレゼントは、去年と同様音楽ギフト券。芸がないです。弟と私は、子供の頃からあんまり仲の良い姉弟ではなかったので、誕生日プレゼントの習慣などはありませんでした。しかし、私の再就職1人暮らしと同時に、弟が退職して勉強をはじめたので、応援の気持ちで、ギフト券や滋養強壮ドリンクなどを買うようになりました。ドリンクは、高いものを買ったのに、いろいろな成分が入っていたからか、かなりまずくて飲むのに相当気合が必要だったと言われました。嫌がらせみたいですね。 弟は、4月から学校に通う事になるので、入学祝いもしようかな~と思い、母に相談したみたのですが、いいよって言われました。そう言われても・・・ そう思ってたら、帰省のおり、珍しく弟にお願い事をされました。学校に行く前に、自己学習の弱点ポイントメモを印刷したいけど、プリンターが壊れたから、かわりに印刷してほしいって。 だから、プリンターでもいいなぁと思ったのですが、学校行ったら印刷はそこでするし、買い替えしないっていうので、またもやどうしよう。やっぱりお祝いは現金?だとしたらいくらくらいなんだろう? 今日、その印刷第一弾がメールに添付されてきました。ルーズリーフに裏表印刷してっていうリクエストになかなか応えられずに、何回も失敗を繰り返してたら1時間近くかかってしまいました。改行や、ページ切れなどの確認の為にメモを読んでいたら、それだけで眉間に皺がよっていきました。 勉強楽しいらしいけど、どこが楽しいのか私にはさっぱりわからない・・・今までも、そしてこれからも、こういう事を勉強し続けた上、職業としたいと思っているなんてすごいなぁと改めて実感しました。 最近、理屈っぽい性格にますます磨きがかかってきたけど、仕方ないよなぁとも。 言葉の揚げ足取られたり、理論武装で責められるので、話すの怖いのだけど、もしそれがガス抜きになるのなら、たまにならいいかもと思えてきました。たまになら、ですけど。
2007/01/21
コメント(4)

4年ぶりにUSJに行ってきました。社員割引でチケット買えるのだけど、一回も利用した事なかったので、退職前に恩恵にあずかろうと・・・ 待ち合わせ場所を環状線の最後尾車両にしたら、友達は先頭車両に乗ってしまったらしく、出足でハプニング。でも会えてよかった。携帯電話って素晴らしい! 開業まもなく行った時は、ディズニーランドばりにとっても混んでいたのに、前回行った時はあまりにも閑散としていたので、潰れるんじゃないだろうか?と心配になったけど、今日は若干回復しているように思いました。 とりあえず、前回は工事中だったスパイダーマンにむかいました。子供の頃、テレビで見る実写版スパイダーマンがとても怖かったので、映画も見た事なかったのだけど、東洋一のアトラクション(できた当時)って言われたので、私の中で今回の最優先アトラクションでした。確かに3Dで迫力あったし、面白かったです。でも、個人的にはバック・トゥ・ザ・フューチャーの方が好きだなぁと思いました。 ジュラシックパークは合羽を着てたにも関わらず、今回も髪の毛まで濡れたので、乾かしがてらバックドラフトにも行ったのですが、懐かしい映画音楽を聴きながら、それぞれの映像にでてくる俳優さんや監督が若いなぁとびっくり。当時の事を思い出しながら、お互い年をとったはずだねぇとぼやいてしまいました。映画や音楽って、記憶の糸をたどりやすいツールなんだと実感。 ターミネーターにラウンジがあり、休憩と優先搭乗ができるので利用。ラウンジは、飲み物しかなくてちょっとがっかり。すいているから優先搭乗はどうでもいいと思ってたのだけど、待ち時間がない上一番前の真ん中に案内してくれるので、ちょっと嬉しかった。 綾小路麗華のコニクタラシイプレゼンを聞きながら、リアルタイムで見ていた映画が、どんどん古くなっていく事を実感して、懐かしいような寂しいような感覚がわいてきました。 友達は初めてだったので、ETとジョーズにもいっときました。この2つ、もうちょっと改良してくれたらいいのに・・・ ランド・オブ・オズもできてて、ウィケッド見てきました。若干、ストーリー展開に無理を感じたけど、最前列で見たので、迫力もあって楽しめました。 私が大好きなのは、スヌーピーのグレート・レース。子供向けのコースターなんだろうけど、妙にはまってしまいます。エキスポランドのマッドマウスとこれは、何度乗っても飽きません。 最後に、この寒い夕空の中、スタント・スライドで水浴びしたら時間切れ。 冬の平日とはいえ、17時に閉園って早すぎる。 春には新しいアトラクションができるらしいし、頑張ってはいるのに、ディズニーランドと引き合いにだされては、負けてしまう感がある。映画はどんどん古くなるから、客層的にも難しいのかな。 今回もまた心配になりましたが、やっぱり楽しかったです。
2007/01/11
コメント(8)
今朝、母からの宅配便が届きました。「甘いものが多いけどよく歯磨きしてください」っていうメッセージ入りだけあって、本当にお菓子類がいっぱい。 いつも送る前に欲しいものを聞かれたり、入れるものを教えてくれるので、メインの中身は知っているのだけど、それ以外にもいろいろ入れてくれるので、開ける時はわくわくします。手渡しでも勿論わくわくするし嬉しいけど、あの宅急便を荷解きする時は、もう一重のわくわく魔法がかかっているみたいな感じ。 あんまり嬉しいので、一昨年のクリスマスだったか、家族全員にプレゼントを買って郵送してみました。到着後、母から「涙が出た」って電話がきて、私も涙が出ました。 去年は、クリスマスまでに買い物に行く事もできず、何もせず・・・でも、母からは宅配便は届きました。普段はお惣菜は入っていないのに、何故か鳥のから揚げが入っているな~と思ったら、クリスマスだから鳥料理を!と思っていれてくれたらしい。 今回は、お正月に渡そうと思っていたけど、私がもって帰らなかったものシリーズだったみたいで、お汁粉やお菓子がいろいろ入っていました。 そういえば今日は七草粥の日。今年は入っていなかったけど、去年は、七草とお餅が送られてきた記憶があります。母の宅配便にはいつもテーマがあるみたいです。 今回、フリーズドライの甘酒がはいっているのが目をひきました。甘酒って好きですか? 私は昔、嫌いでした。でもいつだったか、大晦日から初詣のハシゴをしている時に、寒い野外で、友達といただいた甘酒がとてもとても美味しかったのです。それからは、神社に行った時、寒いと甘酒が飲みたくなるようになりました。 今年、氏神さんに初詣に行った時、お神酒がなくなっていました。飲酒運転への配慮らしいです。それで、甘酒はどうなんだろう?久しく飲んでないから飲みたいとか言ってたから、入れてくれたみたいです。その時家に甘酒はなかったから、わざわざ買ってくれたみたい。 早速作ってみました。寒い野外で、あつあつをぐるぐるかき混ぜながら食べるのが一番美味しいし楽しいなぁと改めて感じました。 でも、美味しかった。味そのものより、気持ちが嬉しく、それが美味しくしてくれた感じです。 宅配便って、単に物を送るだけではなく、思いも詰められて送られているんだなぁと実感しました。
2007/01/07
コメント(14)

今年は夜勤明けの三連休で、お正月三が日が全部お休みでした。話もあったので、実家に帰ってゆっくりしてたのですが、とにかく食べて食べての毎日でした。まぁ、「やつれた」とか言われてたくらいなので、いい事にします。 元旦は、氏神さんにお参りした以外は、テレビ見ながら食べる事と寝る事しかしなかった。やっぱりコタツは魔物です。転寝しすぎて気がついたら翌日の朝になってました。今1人暮らししてるから大目にみてもらっているけど、実家暮らしの頃だったら、恐ろしく怒られていただろうなーと思いながら、二度寝。 2日は、友達と「エラゴン」を見に行きました。いかにも続きますっていう終わり方に、ちょっとがっかり。 もう夕方だったのだけど、食べまくっているからお腹もすかないので、エネルギーを消費するためといって、カラオケに行ってみました。久しぶりだったので、またもやその進化ぶりにびっくりしました。 お腹も若干すいたので、お店に入ったのだけど、鳥料理がメインのお店で、鳥のお刺身とか生ものがでてきてて、美味しいのだけど、一抹「鳥インフルエンザ」の恐怖が頭をかすめました。ま、一瞬だけでしたけど・・・ 3日は、友達とランチの予定だったけど、結局晩御飯も食べてしまった。しかしどこもかしこも、とにかく混んでいた。普段だったら、並ばずすーって入れそうなお店まで行列。恐るべしお正月。 今日も一日ずーっと食べていた気がする。人が多すぎて、バーゲンといえど、買い物とかする気にならない。うーん。人混みって、それだけで疲れてしまう。でも、久しぶりにいっぱい話ができてすっきり。 夏から年末にかけて、「やつれた」「きつくなった」「イライラしてる」「疲れている」「元気がない」等々、いろいろあったから、いろいろ言われたけど、元旦でリセット。 明日から仕事だけど、心機一転頑張れますように。
2007/01/03
コメント(8)

以前、鞆の浦にお雛様を見に行きました。 ↓http://plaza.rakuten.co.jp/yaiyaiya/diary/200603050000/ その時にこの島、仙酔島の事を知り、いつか行こうと温めていました。でもなかなか行く機会がなく、もう9ヶ月・・・退職の事考えてたら、大阪以西に行くなら今だって思ったので、いきなり行く気が盛り上がり、今日やっと行ってきました。 福山までは新幹線で一時間ぐらい。福山からはバスで鞆の浦へ。バスを降りたら潮の香りがして漁帰りの朝の風景。漁船からおろされたお魚が料理されたり、干されたりしてました。 船に乗って5分で仙酔島へ到着。この島は、お宿が2つある無人島。もしご興味ある方は、ホームページ見てください。http://www.tomonoura.co.jp/sen/index.html 私はここの江戸風呂を経験してみたかったんです。蒸し風呂は、別府にもあったけど、ここのはまた違うみたいだったから。入り方などは丁寧に教えてくれはるし、何より気持ちいい。私はサウナは苦手だけど、蒸し風呂は大丈夫みたい。 まず、海草(ひじき)のしきつめられた蒸し風呂に入って、胎内風呂という塩分の高いお湯にぷかぷか浮かびます。空を見ながらかなり気持ちいい。死海のお風呂もこんな感じかなと想像。 次はヨモギのしきつめられた蒸し風呂。かなり良い香り。そして、「世界一の露天風呂です。」と海水(夏は海水浴場)に入るように言われる。私は無理。2回くらい気合入れて入ってみて、膝上まで浸かってあきらめました。12月に瀬戸内海に膝まで浸かっただけでもほめてあげたいって思ったけど、2月の海に首まで浸かりましたっていう話を聞いてびっくりでした。 ヨモギとにがりと穀物でできたパック(これ食べられました。ヨモギ餅みたいな味がしました)をしてもらい、枇杷のしきつめられた蒸し風呂へ。ここもかなり良い香り。 終わったら、シャワーで流して、露天風呂へ。 タオルも短パンもシャツも全部貸してくれるから何ももっていかなくて大丈夫。この後、国民宿舎のお風呂もつかえました。今ちょうど柚子湯をやっていて、ここもまた気持ちよかったです。お店の人は塩の湯をすすめてはりました。 お昼ごはんは、身体に良いお弁当がついていました。美味しかったけど、ちょっと量が少なくて残念。 その後、五色の湯という足湯に浸かりがてら、ハイキングコースを歩きました。見晴らしも綺麗。 足湯も気持ちよかったし、その後彦浦という砂浜を眺めながら、ハーブティーをご馳走してもらいました。ここのハーブティーはびっくりです。目の前でハーブをつんでお湯を注いでくれるんです。なんて贅沢! 今回はレモングラスとペパーミントとアップルミントを入れたって教えてくれました。お砂糖とかいれなくても甘みがあって美味しかった。 そうこうしてたら、もう夕方になってしまいました。今回も福山城を見ることなく帰宅する事になりました。 瀬戸内海は、大きな島、小さな島がいろいろ浮かんでいて、本当に綺麗。無人島もいっぱいあるみたい。水軍が活躍していた頃ってどんなだったんだろなぁって想像がふくらみます。
2006/12/27
コメント(10)
昨日の夜勤はきつかった。いろんな意味でしんどかった。あぁ、もう私には臨床は無理だな・・・って改めて実感。 帰宅が昼過ぎになったけど、すぐには眠れなかった。寝て起きてを繰り返して、疲れがとれず、いろんな事が頭をぐるぐる・・・寝られないならと、お正月の遊びの計画を考えるけど、身が入らない。 今朝起きたら、ちょっとだけ筋肉痛になってて、また夜勤を思い出す。 なんとか、気分を入れ替えないとって思って、買い物にいったついでに近所の神社にお参りをしてみた。 他には何がいいか考えて、岩盤浴をしてみる事にした。昔一回だけした事があったけど、気持ちよかったし、調べてみると最近いろんな所にできているみたい。インターネットって便利♪なんばに、新しく出来た場所発見。ここは9種類の石が楽しめるって書いてある。しかも、デトックスフットバスとセット割引があった。 デトックスって、噂には聞くけど、どんなものだろう?あんなに色が変わるもんなんだろうか?興味が沸いてきたので、出かけてみた。 お店は難波マルイ(マルイって、東京ではじめて看板みた時は軽い衝撃だった)のすぐ近くだった。 綺麗なお店で、店員さんも良い感じ。ロッカーも清潔。 まずデトックスフットバス。ただの足湯に思えるのだけど、10分くらい経過したらみるみる変化。なんだか黒~いものがういてきて、茶色に変色。びっくり。手品みたいで不思議。こんなにいろんなものが溜まっていたのか?とよくわからないなりに納得してみる。隣の人はほとんど変化してなかったけど、代謝が悪くても変化しないらしいので、健康なのかどうかは、一回ではわからないって言われてはった。 私の茶色い色を見ながら、慰めるように「お客さまはまだましです」って言ってくれはったけど、私が代謝悪いとしたら、もっともっと濁った色になっているのかもしれないという考えが浮かぶ。ネガティブだ・・・ 次に岩盤浴。ここ、平日は90分料金で120分入れるらしい。トルマリン、麦飯石、芙蓉石、翡翠の順に4つ寝転んでみた。以前やった時は、タイマーを自分でかけるので、音がなるのが嫌でちょっと落ち着かなかったけど、今回は砂時計なので、逆に落ちきったのが気がつかないくらいだった。ゆっくりできたし、気持ちよかった。 お客さんも私いれた最高3人と少なかったし、石の音(一部粒々石のベットがある)が響くので、身じろぎするのがちょっとはばかられるくらい静か。 いっぱい汗かいた。汚いものだけでなく、汚い心もでていって! 後悔は、消え去るものではないけれど、学びとして記憶に残りますように。 明日から、また頑張ろう。
2006/12/21
コメント(4)
連休明けの日記で書いたのですが、10日の日曜日に、学生時代にほんのちょっと(月に三回くらい?)お手伝いしてた仕事の上司とご飯を食べに行きました。そしたら、待ち合わせ場所で、前の職場の上司とばったり会ってしまいました。こちらも随分お久しぶり!3月で退職する事を伝えたら、「おいで~」と言ってくれはったけど、病院で就職するなら、今の職場の方が断然いい。 そんな偶然に興奮したので、4年ぶりにあったのに、緊張感はぶっ飛んでしまいました。頼まれもしないのに、旅行の話などを張り切ってしゃべってしまい、かれこれ6時間ぐらい話していたのに、先生の本題はあんまり聞いてなかった気がする。 想像したとおり、これからどうするの?っていう話で、もう正直に言いました。でも、「よく聞く話」的な事を言われたのが逆に、気分を楽にしてくれました。そりゃー、よく聞く話だと思います。この職業のあちこちで交わされる会話だから。でも、実際に辞めるか留まるかは別ですけど。 そして、極力私にあわせた条件で、4月からの勤務について話してくれはりました。正直嬉しかったです。でも、失業期間をどう過ごそうかと想像が膨らんでいただけに、働くという事が実感としてわかなかった上、若干のプレッシャーがあるのが・・・ある意味安定しており、ある意味不安定なので、たぶん両親が反対するだろうなぁと思った事もあり、あんまり突っ込んで聞かなかった気がします。 帰宅してお礼メールを送ると、返事で人事の試算を送ってくれました。できる範囲で、かなり気を遣ってもらっているのがわかり、頭が下がりました。でも、両親に話すとやはり反対。しかし、反対されると、天邪鬼な性分からか、説得したくなってしまい、だんだんデメリットが小さくなり、メリットが大きく見えてきました。そして、デメリットがメリットにまで見えてきました。 偶然会った前の職場の上司に、この流れで連絡をとり、相談できた事も大きかったです。アドバイスをいっぱいもらいました。 今は、やってみようかなという方向で、いろいろ質問中。そして、両親も反対しなくなりました。 この一週間ばかり、急にいろいろと考えました。今まで考えてなさすぎた分、凝縮した感じです。考えないとな~と思ってたし、良いタイミングだったんだと思います。 このお話を受けるかどうかで、とりあえず今後一年が決まるし、その後の計画も変わってくると思います。そんな大きな決断を一週間で、「渡りに船」「棚から牡丹餅」みたいな感じで決めていいのかとも思うけど・・・
2006/12/16
コメント(12)
10連休があけて昨日から出勤。「お久しぶり」「お帰り」「懐かしい」「リフレッシュできた?」などなど言われながら、「ドバイってどこ?」って散々聞かれた。そして、「そこって危険じゃないの?」って。安全で良い所だといっぱい宣伝しておいた。興味もってくれるだけでなく、皆も行ってくれたらいいのにな~。 そうそう、私のお土産(食べ物シリーズ)はわりと不評なのだけど、今回は好評だったので、かなり嬉しかった。 連休中の配布物の中に、お給料とボーナスの明細があったのは、散財した後だけにひとしおありがたかった。それに、来年はボーナスとは無縁そうだし・・・ 患者さんはわりと入れ替わってて、知らない人も多かったので、勤務終了後、全員の顔を見に行ってみた。受け持ちさんに挨拶したら、「あぁ、あなたが。名前しか見ないからどうなっているのかと思っていた。」とか言われて、「すみません」。 連休前からおられる方は、この10日間の自分の病状などを教えて下さった。ニコニコ笑顔で話してくださる事が多く、連休中に調子がよくなっているのがわかって嬉しかった。 そんなこんなで、話し込んでしまって全然帰ってこないから、同僚に迎えにこられてしまった。仕事が終わってから、同僚とご飯を食べに行って、また情報収集。主に新人さんについて。今一番問題視されている新人さんを、当分ずーっと私が担当なんだけど、大丈夫かな。かなり強烈らしい・・・気合いれないと。 ドバイの続きが書きたいのだけど、ちょっと休憩。 この連休中、2~4年間連絡をとってなかった人、3人から次々メールがきました。その中の1人に、今の職場に就職する前に、お世話になっていた方がいはりました。内容は、当時お手伝いしていた調査が拡大続行しているから、興味ないかというもの。 4年間、メールすらした事なかった上、退職前というタイミングのよさにびっくり。 そして、覚えていてくださった事、声をかけていただいた事がとても嬉しかった。 近況報告を書き、3月で辞めるって書いたら、実はもう4年が経つので、そろそろ色々思うことがある頃かと勝手に予想して連絡しましたと、お見通しな事が書かれてあり、連絡して良い日時を教えてって書いてあった。 再就職する前、私にはまがりなりにも夢があった。そして、その修行の為に就職するっていう話をしていたと思う。学生だったので、地に足が着いていないというか、自分の事をよくわかっていなかったので言えた事。現実を突きつけられた今は、もう一度考え直しです。今回はその為の退職。 そろそろ夢の実現の為に辞める頃って思わはったのか、はたまた単に辞めたくなる頃って思わはったのかは謎。でもどちらにしろ、嬉しいけど、怖い! 本当の事を言うと、再就職して落ち着いたら、ちゃんと近況報告するつもりでいた。でも、自分のあまりの仕事のできなさぶりに落ち込んで、それを知られたくなかったから、成長したら連絡しようと思うまま4年がすぎてしまった。 私、卑下せず話せるか心配。逆に、背伸びをしてしまいそうな気もする。切れてしまったと思っていた縁が、繋がっていた。 これは、今後について、自分に正直に、今きちんと考えるようにっていう啓示なのかな。 お稲荷さんにお参りしてから、ちょっと変化があった気がする。偶然なのか、ご利益なのか、それは解釈次第だとは思う。 千本鳥居を順々にお参りした時、メインは退職と退職後の自分についてだったのだけど、心境の変化が起こった。3月まで、ただ悔いのないよう頑張るだけではなく、ちゃんと目的意識をもって頑張るというふうに。消極的で神頼み的なものから積極的なものに変わった結果、「おもかる石」が少し軽くなった気がする。 今回のメールは、その目的意識に対する動機付けでもある気がした。 なんかいつもながらまとまらない内容だけど、今気持ちも混乱しているので・・・
2006/12/07
コメント(6)
全269件 (269件中 1-50件目)