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2006年01月16日
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カテゴリ: きまぐれ連載
私はまるで日課のようにその店に行っては引き出しをあけた。なぜだか家具よりも引き出しの中身に心を奪われていた。というよりこの店自体、家具を売っているのか引き出しの中身を売っているのかよく分からない。こんなにどの引き出しにもぎっしりと、しかも生活感のあるものたちが詰まっている家具屋なんて、普通じゃありえないだろう。
引き出しの中をのぞくたびに、いつも何かしら発見があった。時には自分のイメージがそのまま形になっている様子にドキドキしたり、かと思えば予想もしなかった中身の出現に笑ってしまったり・・・。聞き古した感のあるCDの並び順にも深い意味があるようで、ずっと眺めていたい気分にさせられた。

店長・・・・・・と、私は密かに彼をそう呼ぶことにした。どう見ても20歳前後のこの青年に一国一城の主の風格など感じられないが、引き出しの中身に関してはまぎれもなく「店長」だと思ったので。店長は一向に商品(家具なのかその中身なのかは定かではないが)を勧めてくる気配などなかった。本を読んだり、店内のBGMに合わせて足でリズムを取りながら小さな声で歌ったり。そのくせ、引き出しを開けたときの私の反応をカウンター越しに密かに気にかけているようだった。

その日、いつものようにまだ開けたことのなかった引き出しを幾つかあけて見ているうちに、私はローボードの一番下の引き出しに一冊の絵本が入っているのを見つけた。子どもの頃に読んだことがある昔話の絵本。懐かしい気持ちで手に取ると、本のてっぺんに何かタンポポの白い綿毛のようなものがくっついている。本を開くと、絵本に細い「耳かき」が、しおりのようにはさまれてた。

一瞬驚いたものの、その意味はすぐに理解できた。

その絵本にはこわい妖怪が登場して、村人の家に押し入っては、隠れている住人がコトリとでも音を立てようものなら、その音の主を大きな耳から吸い込んでしまうのだ。そしてその絵本を読むと子供のころの私は、必ず耳の奥がムズムズしてしまったのだ。
ああ、だから耳かき・・・と納得していると、背後から声がした。

「あの・・・それ・・・」

懐かしさから引き戻されて振り向くと、いつの間にか店長がすぐ隣に立っていた。私の驚きをよそに店長は饒舌に言葉を続けた。



この店に通い始めて以来、店長から「いらっしゃいませ」以外の言葉を聞いたのは初めてだった。と思ったらいきなり「耳かき」について熱弁をふるわれているのだ。一体どんな顔をして聞いたらいいものだろうか?
私のそんなとまどいに気づいて、店長の熱弁は突如減速してしまった。しゃべりながら勢いよく動いていた大きな手は中途半端な場所で止まってしまい、うつむいた横顔が紅くなっている。

店長のあまりの狼狽振りに、何かフォローの言葉を掛けずにはいられなくなって私は口を開いた。
「・・・私もこの絵本知ってる。私も子どもの頃耳がムズムズしたよ。」

「あ、・・・そう・・・ですよねぇ!」店長は嬉しそうな声をあげた。

「うん。でも、本に耳かき挟むなんて考えなかったけどね。」

「あはは・・・」照れくさそうに笑いながら耳の後ろを掻いている店長に、
私は手にしていた耳かきつきの絵本を手渡した。

「じゃあ、これ」

「はい。」

店長は絵本を受け取るとしゃがみこみ、ていねいにそれをもとの場所に戻して、引き出しを閉めた。



「この絵本も耳かきも、ここにあるから、いいんだね。」

私が言うと、店長はしゃがんだまま店の中を見回した。

「ここにあるものたちはすべて、僕が選んで、組み合わせて、どこにどんな配置でしまうかを考えて、その結果としてそこにある。だから、僕にはとっては大きな意味がある。」

店長は静かにそういうと、立ち上がってさめた視線を私に向けた。


「だって・・・・・・この店の外に出たら、どこにでもあるただの絵本と耳かきでしょ?」




あの小さな、家具を売る気があるのかどうかも分からない店の中で、店長は引き出しの中に自分の世界を作り出すことに拘っている。彼が選び、どこにどのようにしまうかを考え慎重に配置したものたち一つ一つは、店の外で見るとただのガラクタなのかも知れない。それよりもひょっとしたら、店を出たとたんに魔法のように消えてしまうのかも知れない。
すべてのものはあの場所にあるからこそ意味があって、だから、引き出しをあけた瞬間に何かしら不思議な輝きを放つのだろう・・・。

それでも私は、店長と初めて会話を交わした記念にと、大通りの書店であの絵本を買って帰った。






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Last updated  2006年01月16日 16時38分04秒
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