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今日、半年振りに息子(2歳11ヶ月)と会った。私と会うと、息子はものすごい怒りを抱えているのが肌で感じられた。これは当たり前で、連れ去られた際、予想したとおりだ。考えてみれば、私のこの間感じてきた怒りとも同質のものかもしれないが、まったく同質というわけではないだろう。息子のこの怒りが今後何とか価値あるものへと変容していくことを願うばかりだ。面接が始まると、息子は、ミニチュアの家の家財道具を戸惑いながらも以前のように私にくれた。それも今回は全部くれた。続いて、先日ブロックを私が送ってあげたからか、ブロック遊びを黙々とし始め、作品作りに没頭した。面接終盤、息子は車の種類を言いながらきれいに並べ始めると、私との交流もかなりスムーズになっていた。表情も幾分以前の柔らかいものへと戻っていた。途中息子はほとんど私と目を合わせることができなくなっていたが、一度だけ合った時にはとても不思議そうな様子に見えた。息子はたくさんの言葉をおぼえ始めていた。最後は、私からの声がけに反応し、息子は以前のような輝かしい笑顔で「バイバイ!」と手を振った。・・・面接後、とても、複雑な心境だ。息子はほぼ予想したとおり、以前とは変わっていた。でも、魂は深く傷つきながらも以前のままだった。そんな息子が不憫でならない。半年前、まだ2歳半の息子に「強く生きろ」と私は声をかけ、その数日後私たちは引き離された。その時息子は「わかったよ!」と言わんばかりに、静かに何度も頷いた。あれから半年後、精一杯の力を振り絞って息子は何とか強く生き延びていた。
January 30, 2006
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90年代のアメリカにおいて、セラピストの心理療法によって幼児期の性的虐待の記憶を思い出し、父親を訴えるという事例が続出したそうだ。 その記憶が客観的事実についての記憶か否かで論争がおこり、結局それらは「偽りの記憶」であるという結論になり、父親らは裁判で勝てるようになった。 さらに、その記憶を誘導して引き出し、父親を悪者に仕向け、告訴にまで導いたセラピストらに多額の損害賠償請求が認められるに至って、この告訴告発運動はようやく終焉した。 現在日本のDV告発運動は、単にこのアメリカでの事例と似ているというだけでなく、同根の運動でもあると私は思うようになった。 アメリカでは娘が父親を訴えるよう仕向けられていたのが、日本では妻が夫を訴えるよう仕向けられている。 ともに家庭を破壊へと導いている。
January 25, 2006
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レノア・ウォーカー著、斎藤学監訳「バタードウーマン 虐待される妻たち」 現行のDV被害者支援の原型はすべてこの本に書かれているのではと思える程、DV被害者支援運動のバイブル的な本だと思う。 字が小さい上に、著者のフェミニストとしての偏見が鼻につくため、大変読み辛い本ですが、女性センターの相談員(彼女らはフェミニストカウンセラーなのだろう)がどのような構えで接するのかがよくわかる。 しかし、約25年前のアメリカで書かれたこの本は、直接的にはたかだか40人程の被害者へのインタビューをもとに書かれたものにすぎず、しかも著者自身こうした研究成果が単なる仮説に過ぎないことを認めています(しかもその後その仮説は実証されたのだろうか?)。 また、本書に出てくる加害者は、誰が見ても真性加害者であり、こういう加害者から避難しようというのなら十分理解できるほど、わかりやすい横暴な加害者です。 一方、その後の日本ではこうした話が一人歩きし、あるいは悪性フェミニストに利用され、本来関係ない男性までもが「加害者」とされ真実が審理されることもなく冤罪被害を受けているという現実には愕然とさせられます。 つまり、現行のDV被害者支援の方法が本当に適切で効果的であるという科学的裏づけはあんがい乏しく、歪曲された考えによって押し進められているということだと思う。 私は、シェルターなどという箱物を用意してDV被害者支援のメインに据えるより、夫婦問題の初期段階で、専門家による夫婦カウンセリング等のサービスを導入し、関係修復をはかる方が余程当事者および子どものニーズに沿うし、経済的だと思う。
January 22, 2006
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今の日本は、離婚に伴う子の奪い合いという深刻な問題に対し、あまりにも社会的に解決の仕組みが不備だと思います。 裁判所に訴えても、基本的には現状を追認し、面接交渉もままならないなど、非監護親の権利はあまりにも軽視されていると思います。 先日、子どもに会えない父親による子の奪取が最高裁で有罪になりました。しかし、一般論として、そもそもの(多くは)母親による父子の引き離し行為自体は罪ではないのか。 外国では、この行為自体を犯罪とするようです。これは当然だと思います。 当事者双方、および子ども本人等の権利を平等に尊重する必要があると思います。 参考:国際的な子の奪取に関するセミナー http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20051206-51.html
January 21, 2006
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いよいよ初の試行面接の日が迫ってきました。 息子と半年振りに再会する予定です。 もちろんうれしいのですが、一方で、どうしてあんなに仲良く毎日を過ごしていた息子との仲が引き裂かれなければならないのか。深い喪失感は簡単には拭い切れません。 日本では、多くの実の親子が別居や離婚によって会えなくなってしまう。 離婚を契機に、半数の父子関係は分断されてしまいます。 他の国では考えられないこのような状況は一体いつまで続くのでしょうか。 大好きな親子がどうして生き別れてしまうような悲惨な状況が未だに続いているのでしょうか。 たとえ夫婦は別れても、実の親子であるという事実は永遠に消えないのに。
January 20, 2006
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息子が私を追いかけて走ってきた時の様子がビデオ映像に残されています。私に追いついた時の息子はとても嬉しそうでした。会えなくなる1ヶ月半程前のことです。私は息子にいろいろなことを教え、息子もどんどん吸収し始めた頃でした。息子が「もっとパパ教えてよ」と言っているのはこの時の様子からも明らかです。ここまで仲良くしている子を、まさか妻がDVを口実に私から引き離そうとは思いもよりませんでした。
January 18, 2006
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反悪性フェミニスト(フェミナチ)の書。DV・痴漢・セクハラ冤罪等の実態が暴露されている。これらの冤罪は、構造が似ておりパターン化されている。DV冤罪にしても、ほとんどのケースが見事に似たようにことが進んでいく。要するに仕組まれているというのがはっきりとわかる。世の男性にとっては、いつ冤罪被害にあって人生を狂わされてもおかしくない状況が現出されてしまった。これは恐ろしいことだと思う。
January 16, 2006
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久しぶりにこの本を読んでいます。まず、気になるのは、家族例における加害者がすべて夫ばかりであること。「自己愛的な変質者」の男女比は、おそらく半々ぐらいなのでは?すくなくとも極端な男女差があるとは思えない。後は、加害者と被害者という二項対立の構造で描いていること。いみじくも著者が本書で述べているように、「加害者」はあたかも自分が「被害者」のように周囲に印象付けるのがうまい。また、加害者は自分自身の「悪」を相手に無意識的に投影して相手を「加害者だ!」とするかもしれない。これらは紛れも無く冤罪を生みます。また、ちなみに加害者もかつて子供時代における被害者です。 やはり、加害者VS被害者ではなく、関係性の病理として捉え、その解決を援助するという方向性へと変えたほうがいいと思う。それだけでも、冤罪被害者に対する不当な人権侵害は減少するでしょう。現状では冤罪被害者は、冤罪加害者による周囲を見事に巻き込んだ「破壊工作」の犠牲者と言えます。もしこの冤罪加害者が組織を作ったら、それは間違いなく「破壊的カルト」の様相を呈するものになるのでは?さらに、この本の問題は、裁判で「加害者」を訴えることが「被害者」の回復法であるとする点です。これは多くのケースでは良い解決法にはならないしょう。それどころか一部の悪徳弁護士やカルト的「支援」団体と結びついた危険な告訴告発運動を生み出し、家庭を破壊するだけです。
January 13, 2006
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DV防止法は2004年の改悪により精神的暴力をもDVとして認め、その「被害者」を保護することとなりました。 これは一見良いことのように思えるのですが、一方で恐ろしいことになりました。 ちょっとした口論でも妻が「暴力だ!」と思い、女性相談所にでも相談しようものなら、たちまち「DVです!離婚しなさい!一刻の猶予もありません。子供を連れて逃げなさい」となってしまうのです。 シェルターに「一時保護」されると、その事態は、「加害者」とされた夫にとっては、決して一時的なものではありません。 多くの場合、お決まりのように、父親は子供との関係を絶たれ、妻との話し合いの機会も持てず、「加害者」夫を目の敵にするカルト的な支援団体や一部の悪徳弁護士らによってそれこそ暴力的に離婚させられてしまうのです。 こうしたDV冤罪の嵐が今日本全国で吹き荒れ、多くの家庭が破壊され、罪の無い人々、子供が深く傷つけられています。 もう、他人ごとではない危険な状況です!
January 11, 2006
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