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年
5
月
16
日の朝のことである。
「朝からどうもおかしいみたい。そろそろ来たみたい。
今日、病院に行ってくるわ」
会社へ出かけの私に妻が言う。
そんなことを言われると、会社にいても私は全く仕事が手に着かない。
昼休みに会社から電話を入れると、
「まだ早いって帰されちゃった。
陣痛の間隔が
10
分ぐらいになったら来てくださいって言われたわ」
落ち着かない時間が過ぎ、夕方、帰り際に妻から電話が来た。
「寄り道しないで帰ってきて、本格的に来たみたい」
終業時間の終わりを告げるベルがなると急いで帰宅。
午後
7
時前に家に着くと、
妻がのそりのそりと夕飯の用意をしていた。
「来た、来た、また来た」
と、陣痛が
30
分おきぐらいにやってきてその都度、騒いでいる。
まだ余裕だ。
食事をとり、風呂に入り、病院へ行く準備をした。
ナイターを見ながら、時々「来た」とだんだん間隔が短くなってきた。
鎌倉から、妻のお母さんがやってきた。
午後
10
時ごろ、陣痛の間隔が
10
分ぐらいになってきた。
S
産婦人科に電話を入れ、私の車に乗せ出かける。
簡単な診察のあと、分娩室横の部屋に入れられた。
さしせまって焦っているのは、妻だけらしい。
「この様子だと明日の朝ぐらいでしょう」と言われた。
長期戦だなと思った。
父親学級の時に渡された冊子に書いてある通りに
妻は『動転した妊婦』を演じている。
その様子は苦しさを増してきているが
私は冊子に書かれている通りなので冷静に対応ができた。
陣痛が短くなると、怒りっぽくなると書いてある。
今、妻は鎌倉の母親にくってかかって大声を出した。
2
分間隔ぐらいになると、「助けて」などと口走ると書いてある。
今、妻が悲鳴を上げている。そろそろだな。
看護婦により、妻が分娩室へ。
夫立ち合いである。私が呼ばれて分娩室にはいる。
妻がベッドの上で足を少し立てて、出産準備態勢にいる。
私は枕元に立ち、励ます役目である。
看護婦が一人きりで立ち回っている。
時々、妻と私の
2
人きりにされると不安になった。
超自然出産というのは、うす暗い光の中で静かにお産をすることで、
赤ちゃんに不安を与えない方法である。
ラマーズ法により妻がりきみ出した。看護婦一人で大丈夫なのか?
20
分ほどすると、
妻のお腹をモニターしている機械が、お産のもり上がりを知らせる。
すると、どこからか先生が一人と助手の看護婦が現れた。
妻の最後の『ひとリキミ』が入る。
妻の口から「もうだめ」と弱音が出る。
私は容赦なく首を押し上げ「それもう一度」と声をかける。
午前
2
:
38
、長女の誕生である。
体重
3120
g。身長
54
cm。
手も足もそろっている。目口鼻もある。
健康である。五体満足である。
私としてはそれが一番だ
.
何もしていない父親が、役得で一番に抱かせてもらえる。
母親の腹の上でへその緒の処理をした後、我が手の中に、
けいれんのような動きをしている我が娘。
感激である。
思っていた程、
しわくちゃじゃあなかったが、
体全体が赤かった。
やっぱり、赤ちゃんである。
分娩室に入って、一時間後には
妻はもとの部屋でお産を済ませて横になっていた。
超安産であった。
胎盤が非常に大きく、取り出すのに苦労した程度だった。
娘よ誕生日おめでとう。ようこそ、我が家族へ。
この文章を読むと当時の臨場感を思い出す。
父親学級の冊子は重要で妻はその通りに演じている。
陣痛から出産まで直ぐではない。
特に初めてだと、心配で早めに病院に行ってしまう。
大体の場合、一度返されたりするが、それでも行った方がいい。
旦那の方がもっと気がかりだ。
会社を休んでついていこうか、
でも、今休むと生まれてから休みづらいしとか考えてしまう。
などと、やきもきしながら、結局仕事が手につかない。
妻の場合、本人が大騒ぎをしていたが、
一般的に見て安産だった。
私が立ち会ったのも、
1
時間もない。
その点でも娘は親孝行だった。もう一度おめでとう。
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