譲れない自由意志(旧こころが風邪をひいたら)

譲れない自由意志(旧こころが風邪をひいたら)

2008.01.06
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新潟市に沼垂という地名があります。
日本書紀で大化3年に「渟足柵」が作られたとあります。
渟足柵の正確な場所、日本書紀の記述の正確さは定かでないにしろ、

聖徳太子の時代 は このあたりは ヤマトと「蝦夷」の国境地帯と考えておかしくないとおもいます。
(ちなみに 今僕の近所にあり、アルバムにも載せた「車大歳神社」は大化2年に建てられたそうです。)

ましてや 奈良の大仏を建立するように聖武天皇が呼びかけた「国民」とは
それ以北の東北の人々は含まれなかったのでしょう。




蝦夷 もしくは 蝦狄(えてき)


寒くてコメ作りには適さなかったものの
青森県の三内丸山遺跡に見られる 高度に進んだ文明を持っていたにもかかわらず
征服されて 歴史を塗り消されてしまった地域。

東北の人にとって古代の日本史は「押し付けられた」歴史でしょう。

東北の人々にとって征服される痛みは古代だけではありません。

宮城県に何人か親友がいますが
政治でも 歴史でもない 何の他愛もない会話の中で
「東北の人間は戦で負けた故の『こんちくしょう』という思いがある」
というような言葉を聞きます。
一人は高校生(当時)もうひとりは20代前半の若者でした。
ほんと 若者の何気ない会話に「征服された」という意識が浸透しているのです。



やはり 戊辰戦争が大きいのではないでしょうか?
明治維新は 自分たちの地域が 天皇に反逆した「賊軍」の地域とされ、
やはり 西から征服された辛い経験でしかないのではないでしょうか?
「会津の人は薩摩の人が嫌い」と聞いたことがあります。

新潟市付近は幕府の天領

いずれも明治維新では辛酸を舐めた土地なのではないかと思います。

かつて 蝦夷と蔑まれ 明治には「賊」と呼ばれた東北・越後。

理不尽な環境に置かれても声を上げない。

それは命を守る上での何よりの鉄則だったのかな。

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そう思うと『自分の意見を言うことを極端に避ける』 土地だというのは
なんとなく納得できました。
もっともっと検証が必要な「仮説」ですが。

そういった地域で育ち  
働くために引っ越す あるいは 出稼ぎに行く 東京。

そういった 歴史や背景をもった人々が多い東京では
60年前にアメリカ人が行き渡らせようとした「民主主義」は
なかなか根付かないのかな?なんて思ったりします。

「納めるだけでなくて どのように使われるのか見届けるまでが納税の義務」
というアメリカ人が持つ「主権者」の思想とは
隔たりが大きいような気がします。

もっと 日本人が歩んできた歴史に根ざした仕方で
「民主主義」を日本人のものとしてアレンジして変容させて
消化・吸収していかないと、日本という国が
遠くない将来に地図から消えてしまうような気がします

五星紅旗






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最終更新日  2008.01.06 13:32:51
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