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2010.10.08
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グループBマシンが躍動した1985年Manx Rallyの魅力


(2025/7/1記事再構成)

グループB全盛期のターマックイベント、1985年Manxラリー。舞台はイギリス領マン島。この動画は当時の熱狂を高画質で蘇らせた貴重な一本です。 ターマック上を踊るオペル・マンタやアウディ・クワトロ。今だからこそ、その走りをもう一度みてみましょう。

​目次​
    • 🔹 ERCとWRCの違いとは?
    • 🔹 1985年Manx Rally開催概要
    • 🔹 リザルト詳細(トップ10)
    • 🔹 このイベントが残した遺産


🔹 ERCとWRCの違いとは?



ERC(ヨーロッパラリー選手権)は、WRC(世界ラリー選手権)と並ぶ伝統あるシリーズですが、対象エリアがヨーロッパ圏に限定されており、地元のプライベーターや若手有望株の登竜門として機能してきました。 一方 WRCは世界選手権であり、国際的な舞台で各国のトップチームが競います。グループB時代においても、ERCはWRCへのステップアップの場とされていました。 1985年のManx RallyはERC第39戦(係数3※説明は後述参照)として開催され、WRC勢が多数参戦することでハイレベルな争いが展開されました。

🔹 1985年Manx Rally開催概要

開催名 23rd Tudor Webasto Manx International Rally
開催日 1985年9月11日〜14日
開催地 イギリスマン島ダグラス(地図リンク)
主催 英国ラリー協会(イギリス領マン島)
路面 ターマック(舗装路)
SS距離 646.27km
総走行距離 約700km以上


🔹 リザルト詳細(トップ10)

順位 ゼッケン ドライバー コドライバー 車両 チーム 総合タイム トップとの差 平均時速 速度差
1
#5 Russell Brookes Mike Broad Opel Manta 400 GM Dealer Sport 5:34:55 – 115.8 km/h –
2
#4 Jimmy McRae Ian Grindrod Opel Manta 400 GM Dealer Sport 5:42:24 +7:29 113.2 km/h -0.69%
3
#10 Bertie Fisher Austin Frazer Opel Manta 400 GM Dealer Sport 5:43:26 +8:31 112.9 km/h -0.79%
4
#2 Harald Demuth Emilio Radaelli Audi Quattro A2 Audi Sport UK 5:44:21 +9:26 112.6 km/h -0.88%
5
#9 Terry Kaby Kevin Gormley Nissan 240RS Team Nissan Europe 5:48:52 +13:57 111.1 km/h -1.30%
6
#18 Austin MacHale Christy Farrell Opel Manta 400 ESI 6:05:24 +30:29 106.1 km/h -2.83%
7
#3 Per Eklund Dave Whittock Toyota Celica Supra Toyota Team GB 6:07:16 +32:21 105.6 km/h -3.00%
8
#21 Kenny McKinstry Mark Crowe Ford Escort RS1800 — 6:08:34 +33:39 105.2 km/h -3.12%
9
#15 Andrew Wood Mike Nicholson Vauxhall Astra GTE GM Dealer Sport 6:11:11 +36:16 104.5 km/h -3.37%
10
#20 John Price Derrick Davies Renault 5 Turbo — 6:11:26 +36:31 104.4 km/h -3.39%

リザルトの2位には故 コリン・マクレーの父、 ジミー・マクレーがいますね。

🔹 このイベントが残した遺産

この1985年Manx Rallyは、 ターマック専用セッティングの重要性を改めて認識させた大会でした。 印象的だったのは、まだオペルマンタのようなFRカーが4WD黎明期であるアウディクワトロのような車両と勝負できていた時代であること。そして何より、これらグループBマシンが“舞う”姿は、現代のファンにも色褪せることなく映ることでしょう。 もしあなたが 「音」「姿」「速さ」のすべてに魅了された世代なら──このラリー動画は貴重なものではないでしょうか。



🔍すごい開催数! なぜ1985年ERCは50戦も開催されていたのか?

1985年当時の ヨーロッパラリー選手権(ERC)は、現在のような年間10戦前後のフォーマットとは異なり、**なんと50戦近くがカレンダーに組み込まれた“巨大シリーズ”**でした。 その背景には、ヨーロッパ各地のナショナルイベントを束ねるための 「係数(coefficient)」制度が存在していました。

🔹 係数(coefficient)制度とは?

ERCでは、各ラリーの“重要度”に応じて Coef.1~4の数字を割り当て、**得られるポイントに差をつけていました。**
係数 レベル 特徴 優勝ポイント例
Coef.4
最高格 国際的に有名な伝統イベント 400pt
Coef.3
上位格 ERCを代表する中核イベント 300pt
Coef.2
中堅 地域強豪が多く出場 200pt
Coef.1
小規模 ローカルラリーの登竜門 100pt

これにより、ドライバーは“格の高いイベント”で結果を出すことで効率よくポイントを稼ぐことができました。逆に言えば、全50戦を追いかける必要はなかったのです。

🔹 多すぎるレース数の理由

なぜ50戦もあったのか?それには次のような理由があります:
  • 各国の伝統的ナショナルラリーをERC傘下にすることで、シリーズ全体の権威と人気を拡大
  • プライベーターや若手が 母国開催イベントを通じてERCに参加しやすくなる構造
  • WRCに比べて費用を抑えつつ、実績づくりが可能
  • 各イベントが ERC戦であることを商業的にアピールでき、スポンサー獲得に有利

つまり、ERCとは「ヨーロッパ全体のラリー文化を包摂する、巨大で開かれたシリーズ」だったのです。

🔹 参考:1985年ERCのイベント規模

1985年は下記のように、約 50戦(正確には地域によって変動)で構成され、係数ごとにランキングポイントが管理されていました。
  • 🌍 ヨーロッパ全域:西欧・東欧・北欧・バルカン半島までカバー
  • 📅 1月〜11月まで連続開催
  • 🔁 有効ポイント制で 上位6〜8戦をカウント(年度により異なる)

これが現在のERC(年間6~8戦)と決定的に異なる点であり、当時のERCチャンピオンは 各国トップクラスを相手に結果を出さなければ獲得できない重みあるタイトルでした。

🔹 現代との比較

現代のERCは FIA直轄の公式選抜制で、少数精鋭の国際戦という形に変化しています。 一方、1980年代はERCが ヨーロッパ中のドライバーやイベントを繋ぐ“巨大ラリーネットワーク”だったという事実も、ぜひ記憶しておきたいポイントです。







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Last updated  2025.07.05 09:52:18


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