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ここ数回、
コラムで
企業の人材の選抜の仕組みともいえる「ライン」に
ついて書いてきた。
https://dime.jp/genre/765071/
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https://dime.jp/genre/780114/
https://dime.jp/genre/783401/
特にほとんどの中堅、大企業では、
遅くとも 20 代後半で一次セレクト、
30 代半ばから後半ぐらいで二次セレクトがある、と思う。
それらのふるいで、
同期生の中で
幹部候補(役員や関連会社の役員などになる)、
管理職候補(特に、部下が多い管理職)
それ以外(部下がいない管理職もしくは一般職のまま)
の少なくとも 3 つの グループに
ある程度、わけているはずだ。
実際は、
5 つくらいにはわけてあると思う。
今後、中堅、大企業ではこのセレクトを
一段と厳格に行うはず。
総額人件費の管理を徹底させる以上、
選抜の仕組みを一層に
ち密にせざるを得ない。
今回取り上げたのは、
いまなお、
「ライン」が企業内で
きちんと語られることが少ないからだ。
誰の目にも明らかな
いわゆる「出世コース」はよく知られている。
「ライン」は、それとはやや違う。
そのほか、大勢の社員(特に同期生の中で…)とは明らかに異なる
扱いを受ける人たちがいて、
その人たちの処遇の軌跡みたいなものだ。
「出世コース」がエリート選抜ならば、
「準エリート」を選ぶのが、「ライン」かな…。
今回、
ラインについて書いていくうえで
イメージが湧く人たちがいた。
僕の頭には、
入社の難易度が A 級の出版社で
ラインに乗っていると思える女性社員と、
B 級の出版社でそこから外れている女性社員たちが
リアルすぎるほどに浮かんでいた。
ちなみに、
出版界では A 級は最上位の 3 ∼ 4 社で、
B 級はその下に位置する 20 ~ 30 社。
かねてから、
双方の入社の難易度や社員の質は
克服しがたい壁がある。
前述の
A 級の出版社でラインに乗っている女性と、
B 級の出版社でそこから外れている女性社員たちの差も、
様々な意味で大きい。
実際に話をすると、
同じ業界の人には思えない。
B 級の出版社でそこから外れている女性社員でいえば、
ひがみ、ねたみ、不満、愚痴、批判が多い。
(こんなことを口にしていると、
ドツボにはまるのが、わかっていないみたい)
たとえば、
2017 年春に会った
全国紙の資本が入っている出版社の
50 代の女性編集者だ。
1980 年代後半に
中堅の私立大学を卒業し、
地方紙を経て、
中途採用で入社したようだった。
B 級レベルではあるが、
正社員は 700
∼
800
人いるから
このプロフィールでは
もともと、高い評価がつかなかったのかな。
2 年前、
港区のオフィスでこの女性と話していて、
「完全な余剰人員」と思った。
本人は
ラインに乗っているかのような
ふるまいをしていた。
その姿は、
こちらが切なくなるほどに痛かった。
たしか、
僕が別の会社の雑誌の取材で、
盛岡市の企業に行ったとき、
午前 9 時ごろに電話をもらったりするほどに
熱心だった。
だからこそ、
息苦しかった。
会社って、
敗者にはある意味、冷酷だな。
不満を持つのはわからないでもないが、
口にすると、意識化がはじまり、
潜在意識となり、さらに行動につながる。
マイナスの行動に…。
たとえば、
愚痴をこぼし続ける、といったように。
これでますます、意識化され、
泥沼化する。
この編集者は悪循環に陥っていた。
20 ∼ 30 代であろうとも、
ラインからいったん外れて、
何をどのようにがんばっても、
その試みはむなしい努力に終わる
可能性が相当に高い。
そもそも、すぐに努力が実るならば、
「選抜の仕組み」とは言えない。
僕が観察していると、
大多数の人は
自分が「ラインから外れている」と気がつかないようだ。
その現実を受け入れようとはしないのかも
しれない。
むしろ、
「そこそこに自分は優秀」
「たとえ、ラインから外れつつあったとしても、
復活のチャンスはある」などと
信じ込んでいるフシすらある。
だけど、
それはむなしい結果になるはず。
僕がフリーになった 14 年間で
コンビを組んで仕事をした編集者は 90 人 ∼ 110 人だが、
ラインに乗っていると思えるのは 8 人前後だった。
この数人は、
明らかに「おいしい異動歴」をもっていた。
社内の花形と思える部署で、
光が当たるような仕事やプロジェクトに
関わっている。
前述した、
A 級の出版社の女性の編集者はそのひとりに見える。
本人は謙遜するが、
異動歴からして、
社内で重宝されている人材であることは
ほぼ間違いない。
ラインに乗っている人の共通項は、
処理能力が同世代の社員よりは
数ランクは確実に高いこと。
この場合の処理能力とは、
たとえば、次のようなこと。
・時間内で営業用の資料を作成できる。
しかも、その精度が高い。
・時間内で企画書を書いて、上司などに
ツボを心得て説明できる。
・時間内で資料を読んで、正しく理解し、
要旨などを書いて、説明し、説得できる。
小中高校の国語の延長線上にあるような力、
つまり、「話す力」「聞く力」「書く力」「読む力」を
ベースにしたものだと思う。
それに、忍耐とか、集中力が
加わるような力かな。
こういう力が同世代(入社年次で上下 3 年)の中で
上位 2 割以内くらいに入っている人は
処理能力が相当に高いはず。
仕事力はおおむね安定し、
実績も高いところでキープできるようになる。
比較相対的に高学歴な人は
処理能力が高い傾向があるが、
その理由は「話す力」「聞く力」「書く力」「読む力」に
あるはず。
附属、推薦、 AO 入試で入学した人が
一般入試の人よりも、全般的にこれらの力が低く、
処理能力も見劣りするのも、
このあたりに理由があるのだろう、と僕はみている。
ちなみに、
社員数が 100 人以下の出版社などの担当者は
この処理能力が下がる傾向があるが、
基礎学力と何らかの関係がある気がする。
A級、 B 級の出版社の編集者の間にも、
処理能力に著しい差がある。
(信じられないほどに、大きな差)
処理能力が同世代の中で高いと、
上司や周囲、取引先やクライアントなどの
イメージが変わってくる。
「この人は理解してくれているな」とか、
「わかりやすく説明できる」などと思い、
好印象をもつようになる。
その蓄積で、
人事評価がしだいに高くなっていくのだと思う。
これが、本人にとってもプラスになる。
「自分はできるんだ」といった
セルフイメージをもつようになり、
自信になり、それがさらに行動につながる。
そこで何らかの結果が出て、
一段とセルフイメージを強力にする。
つまりは、好循環サイクルが回りはじめる。
絶対にうまくはいかない。
前述のラインに乗っていない女性編集者たちは、
まさにこのタイプ。
僕が仕事をする小さな会社(特に 100 人以下)の担当者も、
このサイクルが回っていない。
好循環サイクルにメスを大胆に入れない限り、
ドツボから抜け出すことはできないのだけど、
大多数の人はそれができない。
現実を直視するのは、
怖いからね。
そのヒントは、
ふだんから、潜在意識に何をインプットしているか、
なんじゃないかな…。
アサヒの理解しがたい、元編集委員。
この放送局もアサヒと同じく、危険。
これも、危険…