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広場恐怖ですが、広場恐怖はなぜ「広場」恐怖なのか?広場恐怖という言葉は、日本人には感覚的にわかりづらいかもしれません。もともと、精神医学や精神科医療、心理学、精神療法(心理療法)の分野では、ヨーロッパやアメリカのほうが進んでいますので、日本はそれを「輸入」して症例や病名をそのまま翻訳しています。 でも、精神科領域の病気は、その国の社会・歴史・文化と深く結びついているのですから、東洋のしかも島国である日本では西洋でとらえられる観念がしっくりこないことがあっても無理はないわけで。深い部分では世界共通ですけど、表面、見た目のあらわれ方では、文化によって多少の差異があります。さて広場恐怖。「広場」というと日本では空き地のイメージですが、ヨーロッパでは、広場が大勢の人との交流の場でした。トルコのバザールなどを想像されるとわかりやすいと思います。いろんな人種が行商にやってくる。刺激と活気にあふれているわけです。物売りの声がかかったり、人ごみでなかなか思うように歩けなかったりする。広場という場所は自分の予期しないことが起きたり、状況をうまくコントロールできなかったり、人と接して何か嫌な思いをさせられる可能性もある。嫌になってもすぐには逃げ出せない場所。日本でいうならば、スーパーのレジに並ぶ。渋滞に巻き込まれる。トイレのない電車に乗る。そういうストレスに近いわけです。平井 瑛子( ひらいようこ )ホームぺージ 神経症を完治する精神療法(心理療法)心理学と精神療法(心理療法)の本棚
2007年10月10日
自殺に関して私が立てたひとつの仮説。「自殺を試みるほど追いつめられたり、鬱病になっている人が、『○○に申し訳ない』『死んでお詫びしたい』というとき、その言葉には裏の意味がある。本音は、じつは、『私は○○さんを恨んでいる。そんな憎しみをもっている自分はこの世にいられない。だから自分を自分で抹殺する』という意味なのである。」敵意を表に表せないほど、私はその人を愛していた。慕っていた。尊敬もしていた。その人に認められたかった。でもどうしてもかなわなかった。私はそんな自分に失望した。自分が許せない。そこまでの意味が含まれていると考える。「自殺はよくない」「命を粗末にするな」というような次元の話じゃない。個人のプライドの問題である。たとえ小学生にだって幼稚園児にだって自我や汚されたくないプライドはある。だからといって自殺はすすめない。問題を解決しないからである。魂は死んでもなくならない。死んでも魂だけになって苦しむほうが、生きていて苦しむよりも、もっとつらいものなのである。平井 瑛子( ひらいようこ )ホームぺージ 神経症を完治する精神療法(心理療法)心理学と精神療法(心理療法)の本棚
2007年10月10日
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