むかしむかし、町のはずれに、主人とおかみさんだけでやっている、
小さな料理屋がありました。
この夫婦は、とくべつに金持ちではありませんが、毎日の食べるものには不自由せず、
健康にもめぐまれて、幸せにくらしていました。
ある日の夕方のこと、金ピカの服を着た、伯爵と伯爵夫人が、金の馬車にのって、料理屋のまえを通りました。
それを見て、おかみさんがいいました。
「あの人たちみたいに、わたしも一度でいいから、
すてきなボウシをかぶり、耳かざりをして、馬車にのってみたいものだわ」
すると、主人もいいました。
「そうだな。何をするのにも、めしつかいに手つだってもらい、いばっていられたら、いうことはないさ」
このおかみさんはスタイルがよく、目のパッチリとした色白の美しい人でした。
「ねえ、おまえさん。わたしが真珠(しんじゅ)の耳かざりをして、なぜいけないのさ」
「そりゃ、いけないっていうことはないさ。そんなこというんなら、
おれだって毎日、おいしい酒をあびるほど飲んで、楽しくくらしたいさ」
こんなことをいっているうちに、二人には自分たちの生活が、急にみすぼらしく見えてきたのです。
家のまえを通る貴族を見るたびに、うらやましい気持ちがおこり、
とたんに自分たちには、苦労ばかりしかないように思われてきたのです。
おかみさんは、ため息をつきながらつぶやきました。
「こういう時に仙女がいてくれたらねえ。仙女が魔法のつえをひとふりすれば、たちまちねがいがかなうっていうのはどうだい?」
こういったとたん、家の中にサッと光のようなものがさしこんだのです。
二人はおどろいて、ふりかえってみたのですが、だれもいません。
しかし、家の中には、たしかに人の気配を感じるのでした。
「なんだか、気味が悪いね」
二人が顔を見あわせていると、そこへスーッと、女の人があらわれたのです。
「あなたたちの話は、みんな聞きました。もう、不平をいう必要はありません。
ねがいごとを三つ、口でとなえなさい。注意をしておきますが、三つだけですよ」
仙女はそれだけいうと、スーッと消えました。
主人とおかみさんは、しばらくポカンと、口をあけたままでしたが、
やがて主人が、ハッとしていいました。
「おいおい、おまえ、聞いたかい!」
「ええ、たしかに聞きました。三つだけ、ねがいがかなうって」
二人はおどろいていましたが、だんだんに、
うれしさがこみあげてきました。
「えへヘへへ。ねがいごとは三つだけか。そうだな。一番はやっぱり、長生きできることだな」
「おまえさん、長生きしたって、はたらくばかりじゃつまらないよ。
なんといっても、金持ちになるこったね」
「それもそうだ。大金持ちになりゃ、ねがいごとはなんでもかなうからな」
二人は、あれこれ考えました。
「ねえ、おまえさん、考えてたってはじまらないさ。急ぐことはないよ。
ひと晩ねれば、いい知恵もうかぶだろうよ」
こうして二人は、いつものように仕事にとりかかりました。
しかしおかみさんは、台所仕事をしていても、三つのねがいごとばかりが気にかかって、仕事がすすみません。
主人のほうも、ブドウ酒やごちそうが目のまえにちらついて、仕事がすすみません。
長い一日がおわって、夜になり、二人はだんろのそばに腰をおろしました。
だんろの火はごうごうもえ、あやしい光をなげかけていました。
おかみさんは、だんろの赤い火につられて、思わずさけびました。
「ああ、なんて美しい火だろう。この火で肉をあぶりやきしたら、きっとおいしいだろうね。今夜はひとつ、一メートルもあるソーセージでも食べてみたいもんだわ」
おかみさんがそういいおわったとたん、
ねがいごとがかなって、大きなソーセージがバタンと、天井からおちてきました。
すると、主人がどなりました。
「このまぬけ! おまえの食いしんぼうのおかげで、だいじなねがいごとを使ってしまった。こんなもの、おまえの鼻にでもぶらさげておけ!」
主人がいいおわるかおわらないうちに、
ソーセージはおかみさんの鼻にくっついてしまいました。
あわててひっぱってみましたが、どうしてもとれません。
きれいだったおかみさんの顔は、長いソーセージがぶらさがって、見られたものではありません。
おかみさんは、大声でなき出しました。
それを見て、主人はいいました。
「おまえのおかげで、だいじなねがいごとをふたつもむだにしてしまった。さいごはやっぱり、大金持ちにしてほしいとおねがいしようじゃないか」
おかみさんはなきじゃくりながら、足をドタバタさせました。
「おだまり! もうたくさんだ。さいごのねがいは、たったひとつ。
どうぞ、このソーセージが鼻からはなれますように」
そのとたん、ソーセージは鼻からはなれ、
おかみさんはもとの美しい顔にもどりました。
それから二人は、二度と不平などいわず、今のくらしをたいせつにしたということです。
つねによい目的を見失わずに努力をつづける限り、最後には必ず救われる。
ゲーテ

インドのネルー初代首相が「名声は群を抜き今もって人々の敬愛をあつめている人物」とたたえた女性がいる。 彼女の名は、ラクシュミー=バーイー。
19世紀、中央アジアにあったジャーンシー王国の王妃である。インドのジャンヌ=ダルク 人々は今も、敬愛の念を込めてそう呼ぶ。
☆ 人としても立派な生涯であった、女神ラクシュミーさんからメッセージです。
運命は、その人の心の結果であり生きざまの結果です。
今の自分とは、過去の輪廻転生と今生に生まれてから現在までの自分の総決算です。
よいと思ってやってみたのに悪い結果が出たというのは、よいと思ったことが、その人の自己中心的な我の考えであり、天から見ればよいことではなかったのです。
あなたの現在は、あなたの過去の総決算。
現在の自分を真剣に、反省してまだ欠点があるというならば、
それはこれからの人生において、
学ばなければならない宿題が残っていることを示すのです。
どうぞ、善なる良心を物差しにして、自分自身の心と対話してください。
必ず大いなる、幸せが天から降ってきます。
私は、三つの願いではなく、もっと素晴らしいもの。
あなたに最も必要な「幸せの源」をあなたの指導霊さんにお預けしました。
辛いという字がありますね。この字は、もう少しで、幸せになれるという意味の字なのです。
☆ よびりん補足
どうやらラクシュミーさんは、下記の話にある、
根源的な「幸せの源」をプレゼントしてくれたようです。
一人ひとり全部、違うはずです。ぜひ手にしてください。
昔、越前の国に生江世経(いくえのよつね)という貧乏役人がいました。生江世経は薄給で、若い頃、食べる物にも事欠く有様でした。、
妻は、吉祥天像に「天女さま、懸命に働く主人を、どうかお助けください」と祈願していました。
しばらくして美しい女性が尋ねてきて、「米三斗」と書いてある文書を持ってきたのです。
美しい女性の言葉に従い、世経と妻は、北の高い峰に昇り、
角が一本生えた恐ろしい鬼から、取れども尽きぬ米袋をもらいました。
この米袋は一斗を取って使うと、また米が出てきて尽きることがなかったので、
生涯、食べ物に不自由することがなかったそうです。
真心込めて吉祥天にお仕えする人はこのとおりである、と語り伝わっています。
苦難の時こそ、明日を信じて、心豊かに明るく生きることですよ。
天は、あなたの努力を知っていますからとラクシュミーさんは、言っています。
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