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熱は37度台になったが、相変わらずトイレへの駆け込みは続いている。学校へ欠席の連絡、小児科へ行く。私が受付を済ませ、息子は検温と身長体重を計測、179cmの小児か!私「一人で受診できる事も大切だから、自分でしなさい。身体だけ大きくてもね・・・(横目)」ヨ「カチッ!」名を呼ばれ返事して中に入って行った。私は診察室のカーテンの外で聞き耳を立てる。心配するほどのことはなく、症状を経過を追って話している。ウェルス性腸炎との事。帰宅後学校へ電話、明日の授業予定を訊き様子を伝える。担任との会話内容を聞いていた息子は、「・・・相変わらずトイレへ運動会してます」ということはどういう意味なのか訊ねた。そう言われれば変な言い回しだ。(物事をイメージ先行で捉える私らしい言い方かも)私「あなたが忙しくトイレに通ってる様子の比喩で・・」息子の日常に溢れる言葉には、このような不可解が多いのだろう。訊かれる度に解説し、話す内容がうまく伝わる様、砕いて伝える事が当たり前になっている母としては、自分の口数の多さとクドイ話し方はこの子の母ならでは・・と妙に納得した。
February 27, 2007
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土曜の夜、高熱を出した息子の様子から、日曜の検定受験へは行けないか?と思い、私「頑張って行ってくれないかなぁ」と呟く。オット君「仕方ないだろう、具合悪いんだから無理させない方が良いよ」と私を説く。久々に外は雪が舞い寒い。「仕方ない今回は、体調が悪化するより・・」と私は諦め加減になる。起きてきた息子に朝食は食べられそうか?のつもりで私「んで、どうする?」ヨ「いくよ!」私「・・・・・」(おっと、そうきたか)私「ならば、お粥と味噌汁を少しでも食べ落ち着いて、時間をおいて頻繁にトイレへ行かずとも良いタイミングと試験へ出かける時間とを合わせるようにしよう!」食後早々、テキストを見る余裕もないくらいにトイレへ通う息子。私「大丈夫?しっかりしなよ!短時間だから、帰るまでの辛抱だ!」(鬼母)今日の息子は「あ~ぁいやだな」とは一度も言わず。「会場の入り口がわからない」と言ってたこともあり、途中まで車で行き会場へは一緒に歩く事にしていた。車が進むにつれ、助手席の息子の顔はだんだん締まってくるようだった。それから暫く無言、車を走らせ止める。ヨ「よしっ行くぞ!」と私を見て降りた。私「うん、行こう!」と言い私も車を出た。 親バカは、心の内で(この子の強さに感謝)と思った。会場入り口には受験の諸注意が大きく貼り出されている。息子は丁寧にそれを全部読み、ヨ「んじゃぁ、行ってくる」と言い入って行った。受付に何かを訪ねている様子の息子を振り返りながら、(何よりもトイレの場所を先に確認してくれよ~!)終わってからの待ち合わせ場所へ移動して待った。終わって現れた息子へ「ご苦労、どうだった?」尋ねると「何を問われているのかは解ったが、何を答えたかはよく覚えてない」と緊張した様子がよくわかる返事だった。私「初めてだし、ダメでもまた受けられるから・・若し受かったら儲け物ぐらいに思ってなよ」 (こんなに頑張った子に何と心無い事を)取り繕うように言ってしまった。帰宅、昨夜の寝不足分を補充し、起きた息子は、お気に入りのぬいぐるみを昨日迄よりも高く放り投げて遊んでいた。
February 27, 2007
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明日の英検二次試験を目前に、息子は昼頃から腹部の不快感を訴えていた。昼食も満足に食べていなく午後はゴロゴロしていた。英検面接のプレッシャーだろうか?吐き気もあるようだが「本屋に行きたい」等言うくらいだから大したことではない明日の夕方にはケロッと良くなるだろう位に考えていた。夕食の準備にとりかかろうという時に「おかゆにしてくれ」と言う。(おいおい、ほんとの病気か?)食事は3度、しっかりと残さず食べる子が昼の様子といい、おかゆ希望といいやはり要注意のようだ。夕食を済ませ暫くすると、あーやっちゃた(吐)ノロかも・・慎重に処理。ヨ「ゴメンよ母ちゃん」私「なれたもんよ、気になさるな、それより大丈夫かい?」触れると少し熱いかな?しかし、熱があるといえば気にして、明日は××だろうなぁ。チョットようすを見よう。そのまま息子は就寝した。さて、娘はどうした事か。非難させねば、風邪にしろノロにしろ。午前2時、検温38.7、プレッシャー熱にしてはありすぎ、風邪かノロか判らないが、氷枕をする。午前4時10分起きてトイレ、下痢。 (読んでる方へ、汚い話ですみません)やれやれ、今夜も眠れそうにない。明日の試験はどうなることやら。
February 24, 2007
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英語検定二次面接試験を25日に控え今日は学校で練習をし、いつもより少し遅くに帰ったようだ。帰るタイミングが違うと周りにも会わなくて良い生徒が居たりする。(多分急いでいる様子)進路妨害され、「じゃぁネ、じゃぁネ、じゃぁネ・・」と何度も言われたとか。「自分と同じクラスの生徒もそれを見て一緒に笑っていた」息子は憤慨して話していた。高校受験と英検面接のことでWストレス、更なる対人ストレスは困りもの。怒りの沸点も普段より下がる。同時進行が難しい息子は混乱ぎみだ。(検定の時期を考えとけばよかったな)母も反省。ヨ「検定の意義が解らない、必ずしも必要ではない!」面接が苦手の息子は『二次試験を止めたい』と今にも言い出しそうだが耐えている。私「じゃやめる?」ヨ「そんなんじゃだめだ!・・そういう事を言ってるのではない!」押しつぶされそうだが、寸でのところで保っている。(受験の希望はある)時間をかけ、落ち着くようお茶をすすめ時間をおく。私は(今夜は長期戦)と気持ちを据え、息子のやる気が持ち上がるまで付き合う。合格した時はその上を目指したい気持ちがあったはず。二人で面接練習をする気にやっとなったのは、話し始めて1時間以上経ってからだった。タイマーを準備し、初めは息子が試験官、私が生徒のスタイルで質問と答えは息子が話す。次は逆の立場で行った。曖昧なところ、忘れたこと、試験当日の会場入り口・受験室を見つけられなかったら等々、不安なことをチェック。金曜日にもう一度練習があるらしい、ヨ「それだけじゃ、全体の雰囲気がつかめなくてわからないんだ」(困惑)私「何回か付き合うから、家でやろう!」ヨ「悪いが、頼む、物覚え悪いんで・・」私「お前にうまくやってほしいから、それに出来なくてブチッ・バチッ言ってるのは私も困るのでネ」わからない点を明日先生に伝え、明日も母と練習をすることになった。学校で解りやすく練習できるよう話してみることにする。息子は布団に入ってからも「すまないね、母ちゃんも色々あるんだろうけど・・」と言って、今夜自分のことに時間をかけてしまったことを詫びるようだった。「良いんだよ」とだけ返事した。普通と自分の困難さを知るとき、詫びることはないものを静かに「ごめんね」と言う。そんな気持ちになる息子を見るのは辛い。明日になったら重い気持ちにならないように「お前と一緒に英語を学べて、嬉しいよ~」とでも言ってみよう。
February 20, 2007
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今夜は先日呼びかけた方々で集まった。こんなで良かったのかなぁ?9人それぞれに思うことが有ったか?何もなくては、と進行を書いたものと今年1月に配布された?自作の呼びかけの作文を配った。皆が心の思いを話すには時間が足りない筈、「地域にこれまで無かった胸のうちを話せる場所になってくれれば・・」その気持ちが伝わればとりあえずそれで良い。会場へ急いだ。皆、話したいことは思ったとおり沢山あった。話し足りない気分で帰っただろう。産声をあげたばかり、定期的に続けて行こう。そしてからが本当に親としての支援を考えて行ける。困り事を話合いながら他を知り自分を振り返りどうあるべきかは、その後生まれるかと思う。現実には今夜のような場所に出てこられなくて悩む親はずっと多いことだろう。声を上げても、この指とまれと言っても動かない親は、救いたくても私には救えない。情報を共有できない、もどかしい。わが子をそして己を救いたければ踏み出すしかないものを・・・。(チガウカナ?)発達障害児を抱える家庭の障害は子どもの障害だけではない。来られなかった方々には残念だが2時間、話が尽きなかったことだけ伝えて次回へ繋げよう。今夜の会へ「自分も」と参加を希望して下さり立場の違う視点からの発言も参考になりよかった。夫婦で参加してくれた人達の真剣さも伝わる。今夜参加してくれた皆さんに ありがとう!
February 16, 2007
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地区の軽度発達障害の親を集め、茶話会からはじめようと考えている。10人ぐらいの集まりになりそう。互いの信頼関係から作っていく事を目標に、今日は第1回の集会を連絡した。会場の手配公の場所で、できるだけ参加できるような時間帯を皆から聞き設定する。「障害」というネーミングと葛藤している親もあると考え、会の名称を暫定的に考える。オット君と二人で「いろはのい」「ABC」など話していると、ヨッちゃんが話題に加わり、「だったらスバルはどう?」と言う。マジメに話す息子に母は「ダイハツじゃいけないのかい?」ヨ「俺達は異星人みたいだってこともあって、なんかねぇ星が良いと思うんだけど・・それに『昴』って集まって一つになるという意味もあるんだよね」と超マジメ態度で事典を出してきた。馬鹿げた己の発言を恥じながら、息子の不意の発言に納得するしかない。しかし、我が家の会話はそれでは終わらず。オット君「不思議・・?そういえば、生まれる前に名前を考えた時、昴輝(こうき)が最初の候補にあったねぇ」私「あっそうそう、昴の字だったね」ヨ「エッそうだったのかぁ、俺そっちがいいなぁ」私「コウキはコウキでも、高機能だったんだねぇ」ヨ「ブチッ!」(笑)暫定的な会の名称は「昴」として会場の使用申し込みをした。皆に電話連絡をする。地域の障害者コーディネーターも参加したいという事で案内する。児童相談所へは以前から希望してたことでもあり、今後も何かと関わっていただくことになるので、経過と状況の連絡をする。ともかくも見た目では解りにくいため周囲の理解を得ることの難しさを持った人達がいること、そんな「会」があることだけでも地域社会へは、啓発になる筈だと考えている。活動を続け、広げていくことで一般にも広がりのある協動へ、やがては軽度発達障害児(者)の「共に活ける」活動へ・・なんて、今は夢のまた夢。
February 13, 2007
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2月6日は、娘の23歳の誕生日でした。一日中、出かけていることが多かったので、今年のケーキは手作り出来なくて、ごめんなさい。当たり前のことだけど一緒にお祝いできて、とても嬉しく思いました。「何歳になったの?」解りきった質問をしたら「32歳、来年は42歳、その次は52歳・・。」一年で10歳以上も歳をとるペットの鳥年齢で答えていた。自分の1年を別な意味で話してはいないだろうか?と、余計な心配かもしれないことをふと思った。一年頑張ってきたね!一緒に過ごせる今日が嬉しい。ありがとう。6日は、もう一つのありがとうがありました。1年前までは話したこともなかったご夫婦でした。人に優しくて私達夫婦も時々寄せてくれ、仲良くしてもらっています。いつかの事、手作りのパッチワークのバッグを持っていて「いいなぁ・・」と羨ましがったところ、「あなたにも作ってあげるから」と、それから、お仕事をしながらチクチク縫っていてくれています。「取っ手はどうする?」と訊ねながら、膝の上に大事に仕上げようとしているバッグを置き、眺める奥さん。ソファーの向こうでそれを微笑ましく見ている旦那さん。なぜか、自然に涙がこぼれてきた。母もとうに亡くなり、よく編物をしていた叔母も年老いて自分のために手作りをしてもらえることなど、久しく忘れて無くなっていた自分に改めて気が付く。身内でもない、一年前までは知りえなかったのに・・。このご夫婦との出会いは、私にとって不思議。いつもご夫婦がくれる、多くのやさしさにまた、心があたたかくなり支えられている。ありがとう。
February 7, 2007
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昨日、発達障害児(者)の保護者や関係行政機関の意見交換会がありました。地域でははじめての事で活発な意見の交換はあまり期待していなかった。次期は遅かったが先週後半になってから、私の念願かなってやっと学校から案内チラシが配布された。しかし、同時にお願いした親の会への呼びかけプリントは・・・。この2年以上の期間、遠く離れた地区の沢山の方々とも知り合え情報提供したり、近況を伝え合ったりできている。しかし、どうしたことかこの地に「親の会」を望んでも、世間のことごとく阻むものを実感することになるのはどうしたことだろう。心無くも「まぁ無理でしょう」と言った人、「十数人は知ってますが・・」と言いながら一人にも取り合ってくれなかった人、「会が出来たら参加する」といった親・・など、様々な立場からいろんな言葉を聞いてきた。数日前、地区に「親の会」ができそうな事を耳に挟んだ。話の出所は期待していた他の方ではなく、どうやら私のことらしかった。「こうなったら、やはり軌道に乗るまでやるしかないね!オット君」とりあえず何人か集まったところで運営を検討しながら進めようということになった。昨日の意見交換会では「希望しているひとがいるのにどうして今まで・・・。(疑問)」と思った。会の終わりごろ「グループ参加希望の方は残ってください!」と言ったところ5名の方が残り連絡先を快く教えてくれた。障害はADHD・AS様々、「また会いたい・・」と、皆が親同士のコミュニケーションを欲してるのが伝わってきた。「よし、これで8名」なんとかなる!オット君と遅い昼食をとりながら、「やっと一段落だね」と話した。夕方、下校してきたヨッちゃんに今日の様子を伝えた。私「あなたの知っている子のお母さんにも会ったよ、よろしくって!」ヨ「やっぱりなぁ・・見てて大変そうだもの、あの子」私「これからも大変だよ、並大抵じゃないのよ、会を発足させるってのは・・」ヨ「そうかそんなに集まったか、やれよ!・・・っていうか、わるいな母ちゃん・・」私「オッ、なかなか可愛いこというじゃないか」多分、自分のことで両親が頑張ってることが息子には少しでも伝わっているかと思える会話だった。
February 7, 2007
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