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さて、「一日一善」ならぬ、「一日可能であればちょっとゲージュツ」というコミットメント・レベルで実現できることというのは、やっぱりゲージュツです。それが、たとえ誰かの作品をひとひねりしただけのものであっても、市場価格や為替変動リスクのない、動かぬ価値です。
少なくとも、クラプトンのギターを2004年に260万ドルで落札した人は、既に日本円で6000万円ぐらいは目減りしたギターを持っている、と言うだけのことで、何ら創造したわけでもありませんので、これは明らかにゲージュツではありません。
そんじゃあ、その「動かぬ価値」とやらで何ができるのか、というと、それを未来へと伝えてゆくことができます。そうした時間的なディメンジョンだけではなく、リアルタイムで他の誰かに伝えることも出来ます。
そうして創作した作品は、家族に、あるいは生徒に、はたまた世界中のオーディエンスに対する存在価値となります。つまり、誰かに何かを伝える力があります。それは「へー、おじいちゃんって、そういうギタリストだったんだー」とか、「へえーその時代にこんなことやってる人がいたんだ」などとそれ自体が何かを伝える力を持ち続けます。
「そんなキレイ事言って...」
などと言われるかもしれませんが、何を隠そう、みんなそうやって誰かに影響されてギターを始めたり、音楽を聴くようになったりしてるはず。程度の差こそあれ、創作された作品には、何らかのインスピレーションを与える力を持っており、それは未来永劫朽ちることがありません。それどころか、あわよくばその作品から得たインスピレーションで新たな曲が生まれ、それがまたあらたなインスピレーションを産み、そうやって未来へと続いてゆくんですねー。
おじいちゃんのギター演奏を聴いて、孫がダンスを始めたとしても、それだって立派なインスピレーションです。Why not? という感じ。
これで、経済的な価値観以外の領域で、所期の目的「素晴らしいものを次の世代に残す」がまっとうされます。めでたしめでたし。
しつこいようですが、その一方で、クラプトンのギターを2004年に260万ドルで落札した人は、既に日本円で6000万円ぐらいは目減りしたギターを持ってるだけです。つまり、このギターを代々伝えていこうと思ったとしたら、この人は現時点ですでに6000万円ぐらいは目減りしたギターを後世に伝えることになります。この人は、所期の目的を達成した、と言えるのでしょうか?
ちょっとこの人にはカワイソーだけど、失敗ですよね?まあ、また値段が上がるかもしれないけど...でも、下がる可能性だってある。
それはひとえに、金銭的な尺度が分かりやすい、ということにあると思います。みんなそこで騙されてしまう。
つまり、たとえば車を購入する時、燃費や性能、品質なんかが良く分かんないから、とりあえず「高いもんがイイもんだろう」と「信用して」同じ車種でもグレードの高いものを購入する、とか。車ならまだいい方。下手すっと結婚相手を「年収」で選んだりする。「高い方がイイだろう」。
まあ、ある程度それでイイこともいっぱいありますが、その辺ちょっと慎重にならなきゃならないこともあります。
実は、これが先日、聖句をご紹介した意図だったのですが...
聖書では、金銭に対する執着を忌避するように、と教えられている節がたくさんあります。
基本的には、日本でもよく言われるように「貯金を墓までは持ってけない」のであるから、金銭に執着するのはやめなさい、ということ。
そりゃ、遺産をしこたま遺すことは出来ますが、子孫が使っちゃったら、やっぱりゼロですからねえ。
そんじゃあ、私達が未来に残せるホントに確かな価値あるものって何でしょう?って聞かれて、その中には「ゲージュツ」や清らかな心をもつ(またはぶっちゃけ「人様に迷惑かけずに生きていける」)「子孫」を残す、ということがあると思うのですが...すくなくとも、除外されてはいないでしょう。
つまり、金銭とは関係ない価値観の方が、よっぽど大切だ、と言っている気がします。
まあ、僕は敬虔なクリスチャンでもなんでもありませんが、客観的にそんな気がしました。
先日の日記では、
James 5:1-3
Go to now, ye rich men, weep and howl for your miseries that shall come upon you.
Your riches are corrupted, and your garments are motheaten.
Your gold and silver is cankered; and the rust of them shall be a witness against you, and shall eat your flesh as it were fire. Ye have heaped
treasure together for the last days.
ヤコブ5:1-3
富んでいる人たちよ。よく聞きなさい。あなたがたは、自分の身に降りかかろうとしているわざわいを思って、泣き叫ぶがよい。
あなたがたの富は朽ち果て、着物はむしばまれ、金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。
あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
クリスチャンは「宵越しの銭は持たねぇ!!」ってことは、江戸っ子と通じるものがありませんでしょうか。。。なんて言ったら、罰当たるかな。。。
まあ、どんなに金持でも、貯金を墓までは持ってけない、ってことですよね。
「富める者の方が苦しみが大きい」というのが、まさにぴったり当てはまっている、と思う今日この頃。。。
と書きました。
つまり、ここでは、、クラプトンのギターを2004年に260万ドルで落札した人は、既に日本円で6000万円ぐらいは目減りしてしまったので、苦しんでいるだろう、ということです。飽くまでも「例」のレベルですが。
「富める者の方が苦しみが大きい」というのは、本当のところは、年収300万円の人よりも3,000万円の人の方が苦しいかどうか、というレベルではなく、先ほどご説明したCapitalismの意味合いから、「持てる者」と「持たざる者」のレベルなのではないでしょうか...
つまり、経済的な部分に、価値基準のすべてを置いてしまっているから、それを失うと非常に苦しい、ということだと思います。
そもそも、昨今の不況みたいなことで、一瞬にして失われてしまうようなものが「価値」なのか、という疑問も生じます。少なくともこうして苦しむ人々のよりどころであった「価値」は、こんなにいとも簡単に失われてしまう程度のものであった、ということですよね。
「本当に価値のあるもの」は、その価値が変わんないから「本当に価値がある」わけですよねえ?
それじゃあ、経済的価値を「本当の価値」と言ったら、ハッタリじゃないですか。
(最初から全部読みたい方は こちら )
Facebook と連携? Jan 25, 2012
かおちゃん35◇さんご返信 May 11, 2011
D-Mineさん返信 Mar 17, 2011