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2004年12月29日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
HPで見つけた話。


なかなか、と思ったので転載しちゃいました。まずいかな。URLも載せます。

「夜と昼は共存することはできません。ですから、カーマという欲望があるうちは、ラーマの悟りバクティ)がアートマに訪れるはずがないのです」

現世的な観点から言えば、6室は競争のハウスであり、物質的な繁栄の前提条件となります。さらに、6室は、生涯のパートナーや配偶者を望む欲求が生じます。この世界の怒り(Krodha)には、肯定的な側面も存在します。不正義や残虐行為に対する怒りの御旗がなければ、悪の力を打ち負かすことはできません。

しかし怒りには、他者を破滅に追いやる本来的な傾向があり、しかもあらゆる罪の根底にある感情です。怒りから、自分と他人、自分のものと他者のものという、二元論が生じます。マーヤ(MAYA:アーギヤーナ[無知]の別名)の実態が、実は怒りなのです。怒りは、生きとし生けるものすべての心にははびこっています。


・・・って、おっと!まって、怒りから二元論が生じる、とあるのは違うんじゃないかな~。それは逆でしょ。最初にまず二元の世界にあるから、違いが生じて、対立や怒りが生まれる余地があるんであって。



「神は、善と悪を現象化させるために、生物と無生物でできた宇宙を創造しました」

このように、「矛盾」は存在の源泉です。しかしそれと同時に、すべてはつねに対極から対局へと変化し続けます。種子には、自分とは異なる存在になろうとする衝動を、本来的に内包する性質があります。つねに自己矛盾を抱えており、それを乗り越えようとする仕組みを有しています。「矛盾」がなければ、生命は存在せず、動きもなければ、成長も発展もなく、すべてが屍(しかばね)の存在となります。しかしこの「矛盾」は、個々にとっての「矛盾」ではあっても、全体(unified whole)にとっての「矛盾」ではありません。ひとつの対局から別の対局に変化するのは、あくまでも低いレベルにおける出来事なのです。しかし低レベルの出来事であるからといって無意味であるわけではなく、全体にとってそれなりの意味があるのです。



BPマルヴィヤ創造(シュリシュティ)とは、3つのグナ(Trigunamayimaya)と、統合化された全体(unified whole)との相互作用における「矛盾」を表しています。

プジャヤパダ・ゴースワミ・ツルシダ(Pujyapada Goswami Tulsidas)は、彼が書いた不滅の叙事詩「ラーマ・チャリタ・マナス(Rama Charit Manas)」のなかで、上記のように記しています。

「満足するだけで、貪り(Lobha)を制御することができる。満足は、5室が表す識別(Viveka)によって生じ、識別は、人生における灯台である」



インド占星塾のこのあたり
http://www.asc-21.com/TOP/Past_Perspectives/0412/1205.htm







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Last updated  2010年10月22日 11時04分16秒


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