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明石国営公園で懐かしい木を発見。
グレビリアツリーと書かれていました。
懐かしいとゆうても1年位前のことなんだけど。
去年の7月ゴールドコーストにホームステイした時、
ステイ先の住所のストリート名がGrevillea Draive。
このGrevilleaは木の名前で周辺にたくさん植わっているから、
この名前がついたそう。
GCではストリート名や施設名の多くが植物の名前になっていました。
季節は冬。でも、もっともっと大きなGrevillea Treeが出迎えてくれました。
と、ここまでは懐かしい思い出話。
このGrevilleaの発音がとんでもなく、難しい!カタカナ英語では無理。
どんなけ難儀したか!
~ハプニング話~
ステイ先から英語力もたいしてないのに
乗り換えながらバス通学していて、毎回行き先を告げ、
チケットを購入するんだけど、行きは、Pacific Fairで乗換えで
とりあえず、みんなそこ経由だから通じてたけど
(パシフィックフェアだけど、発音的にはピシフィックフェア)
帰りが全く通じない。
帰りはそれぞれバラバラだから、一応自分では言ってみるけど
通じないからホストマザーが紙に書いてくれたメモを
いつも運転手さんに見せてやっとわかってもらえてた。
いつもGrevilleaの発音で、はぁ?って顔されて。
くっそ~、帰ってからFlanに聞いてもらったらOKゆうて
くれんねんけどな~~~。
なんでやねん。
そうこうしながら、バス通学にも慣れたころ、ハプニングが。慣れたころが危ないとはよくゆうけれど、まさにそれ。
日本みたいに時刻通りにバスが来ないのは当たり前。
バスの番号で方向が決まってる。
乗るのは「757」のナンバー。
2週間くらい経った頃、いつになくバスが遅れていて、
「756」のナンバーが停まった、1しか変われへんから、
きっと近くまでは帰れるはずやと勝手に思い、3日位
メモなしで通じていたこともあって運転手さんに
告げた。。。I’m go to Grevillea Drive,OK?
しかもメモなしで。。。運賃もまったく同じ3ドル50セント。。。
あ~、良かった。通じたわ!
と安心していたら、アレアレ?なんか景色違うよな?
気がついたら、全く反対方向に進んでいた。
慌てて、バスストップのボタンを押したけど停まらない。
たまたまバスストップがなかったからだけど、かな~り
山の方まで行ってから停まった。
あたりは真っ暗、現在地の地名は不明。
おそるおそる、携帯でマザーに電話したけど、
つたない英語で必死に伝えたけど、答えは
子どもたちと晩御飯作ってるからタクシーで帰ってきて、
とゆうようなことを言われてしまい、タクシー。。。
呼ばないといないんですけど。。。
この日、いつもより帰りが遅くなって、いつも子どもたちの
面倒をみてくれているマザーに感謝の気持ちを込めて花束を買っていた。
日本へのお土産にジンジャークッキーを15本も買っていた。
スクールのバインダー入り、サンダル入りバックを持っていた。
両手に大荷物。
しばらく、呆然。
自分で自分を責める。
子ども連れてなくて良かった。
責めても仕方ない。
バスのおっさん、OKゆうたやん。
この状況を何とかしないと。
でも、ジッとしてても帰れないから反対側歩いてたらそのうちバスストップがあるはずやと(願い)歩きだす。。。
大きな道をまっすぐ着たからいつかパシフィックフェアまで帰れるはずと言い聞かせて。
道路脇は土でしかも斜めになってるから、1歩1歩がしずむ。
歩いても歩いても遠すぎて進まない。
途中、小川があり必死でジャンプ。
この先、もっと大きな橋あったよな???
道路歩いたら、明らかに轢かれそう。
真っ暗やから。
走る?どうする?こんなとこで死にたくないなどと
自問自答しながら歩いていると(ふらついて)
道脇に民家が出てきて、その家の前で大きな男の人が
車に積んでたんか、なんかようわからんけど、
声をかけてくれた、けど、こわい。
こんなとこで何してんの?
乗っていく?
とゆうようなことを言ってたけど、こわいから
アイアム、ノー、イングリッシュ、サンキュー、と
通り過ぎようとしたら、その先は橋があって
デンジャー、デンジャー行ったらアカンと言う。
でもこわいし。
言ってることはわかってるけど、こわいやん。
どう見ても道に迷ってこんな辺鄙な、しかも歩くとこちゃうところを両手に荷物を4バック持っているアホな日本人。
しつこく、ゆうてくれるのは、ありがたいんだけどやっぱりコワイ、でも先には橋が見えていて道は途切れている。
しばらく会話になってないやりとりの後、
意を決して乗ることにした。助手席のドアよりに体を固めて、財布も荷物も
不安もいっぱい抱き寄せて。
自分が知ってる中で、一番近いとこはスクールに通ってるホテル。
そこまで行ったらホテルのタクシーが安全やし。
辿りつけることを願いながら。
英語わからん~、ゆうてんのにイロイロ喋ってくれて、
よくわからんまま、返事していたけど距離はかなり戻った。
ホテルの入り口が見えたとき、ほんまに嬉しかった、
助かった!と思った。涙が出てきた。
エントランス前で下ろしてくれて、本間に心から
サンキューベリーマッチ、ユアベリーベリーカインド!!!
叫びました。ニコニコしながら彼は手を振って帰りました。
本当に親切なおじさんだったんです。ありがとう、感謝や。
ホテルのエントランスでタクシーを呼んでもらうのに、
いつもは英語力でおじけづいてた私だけど、
あまり通じてなさそうだったけど、日本語分かれや!
しんどすぎて、はよタクシー呼んで!という態度と単語を
ゆうといたら、着ましたわタクシー。
必死なときは通じるもんや。
ステイ先に帰ったときは、本当に本当に本当に自分に反省&頑張ったやん自分。
なんとかなるもんや。
見るに見兼ねた誰かが助け船出してくれたんやと心底思った。(きっと亡き弟トモやろう)
このことから気がついたこと。
弱い自分がいてもいいやん。
人のせいにしない。
そして、乗り越えられたことに感謝。
現地在住の日本人の方、3名くらいの電話番号は知っていた。
けど、こんなとこまで来てもらわれへんわな、迷惑やし、
散々迷ったけど、やっぱり頼れない、と強がった自分。
次週、この話をゆうと、何で電話しないの???と
迎えに行ったのにーーーーーとゆうてくれて、
ほんまにそうしたら良かったわ!と心の奥底から思いました。
と、とても長~い思い出話でした。留学の思い出と共に、Grevillea Treeは忘れられない。